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2016年9月22日 (木)

ホアキン・アチュカロ ピアノ・リサイタル アルベニス 「エル・プエルト」「エル・アルバイシン」~『イベリア』 ほか @浜離宮朝日ホール 9/20

【単純性と複雑性との対話】

ホアキン・アチュカロ(アチューカッロ)のピアノ・リサイタルは、本当に不思議な雰囲気だった。ある意味では、期待を裏切られるパフォーマンスだ。アチュカロは1932年生まれ、スペインの巨匠で、世界的にみても特異な位置を占める音楽家といえるが、日本での知名度は、知る人ぞ知るというレヴェルに止まっている。彼は最初の演目として、マイラ・ヘスの編曲によるバッハのカンタータ第147番より『主よ、人の望みの喜びよ』を選び、そうしたイメージをも真っさらにした上で、音楽に集中するよう促していた。私はこの素っ気ない作品の演奏中に、「単純性と複雑性との対話」というキーワードを思いつき、それを念頭に置いて耳を傾けていると、この演奏会が面白いようにうまく嵌まるのに気づいたのだ。だが、そうした予感(あるいは予見)が確信に変わるのは若干、先のほうの話になる。

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2016年9月10日 (土)

神田慶一 歌劇『青い海よりおおいもの』 国立オペラ・カンパニー「青いサカナ団」 9/3 (初日)

【オペラ・シンフォニア】

クラシック音楽は、筋書きのあるドラマだ。何百年にもわたって、誰かがそれを大切に守りつづけてきた。もしもそれが演劇だとするなら、台詞、演じ方も、舞台装置や演出のあり方、間の取り方に至るまで、数百年の歴史のなかで受け継がれてきたものが確かにあるはずだ。新しい時代の人々はそうしたものへの敬意を払いながら、できるだけ丁寧な再現を試みることで芸術家として認められている。こうした態度はオーセンティック、あるいは、オーソドックスと呼ばれている(後者は批判的な意味でも使われる)。一方、ピエール・ブーレーズは歴史的なものの権威に胡坐をかき、博物館で大切にしまわれた宝物のような姿で、伝統音楽があることを強く否定した。現代では、オーセンティックなあり方を守りながら、芸術家が独自の個性で伝統にぶつかり、これを刷新するという考え方と、時代と対話するなかで生じる、まったく未知の領域を切り開く表現という考え方が融合し、これらのグラデーションのなかで、理想的な創造と再現のあり方が模索されている。

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2016年8月31日 (水)

コルネリウス・マイスター ベートーベン ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 ほか 読響 名曲シリーズ @サントリーホール(2日目) 7/19

【マイスターと日本の聴き手との相性は?】

コルネリウス・マイスターについては、私はいくつかの録音を聴いて、質のよい指揮者であるという判断を下していたものの、これまでオペラを含む数回の来日は演目などの関係で、私の気を惹くものではなかったので、生演奏に接するのはこの日が初めてとなってしまった。読響には2014年の客演が初めてであったが、それがきっかけとなったのか、下野竜也の後任として、読響の首席客演指揮者の地位に就くことが今公演の直前に発表されている。注目の若手指揮者マイスターは、楽団トップのカンブルランとも縁が深く、シュトゥッツガルト州立歌劇場のGMDの座をも彼から襲うことになっている。この地位でうまくやれば、読響もカンブルランからの禅定というシナリオが見えてくるのかもしれない。

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2016年8月25日 (木)

アーサー・ブリス オーボエ五重奏曲 ほか 新日本フィル 室内楽シリーズ #102 吉村 知子・プロデュース 7/13

【ブリス:オーボエ五重奏曲】

新日本フィル(NJP)の室内楽シリーズについて、101回目の大島ミチルを中心としたプログラムには感銘を受けたが、次の回も連続して興味ぶかい内容になっていた。プロデューサーは、第2ヴァイオリン首席の吉村知美。自らは弦楽器奏者だが、フルートの野口みお、オーボエの新首席奏者である金子亜未を2枚看板とする公演で、特にアーサー・ブリスのオーボエ五重奏曲がメインに組まれている。この曲目については、私も鑑賞した昨年7月の「国際ダブルリードフェスティバル2015・東京」で同曲を演奏したことがきっかけになっているそうで、不思議な因縁を感じるものだ。

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2016年8月22日 (月)

ラザレフ グラズノフ バレエ音楽『四季』/ショスタコーヴィチ 交響曲第8番 日本フィル 定期演奏会 #682 7/8(初日) 

【ラザレフの9年間】

アレクサンドル・ラザレフが日フィルにおいて、首席指揮者として過ごした9年間を、彼としては念願のプログラムで締め括った。トップ・ポストを若手のインキネンに譲っても、両者の関係はつづくようだが、一応の区切りとなる公演を聴いてきた。ラザレフと日フィルは、純粋に音楽的なパートナーとして互いを認め合った。ラザレフは鬼軍曹的に強烈なカリスマでアンサンブルを率いるようにみえるものの、彼一代にして、日フィルを大きく変えたというような存在とまではいえないと思う。もっとも彼はひたすらオーケストラを愛し、ことあるごとに信頼を口にした。2011年の震災時、東京での公演を準備していた彼だが、当日に予定されていた公演自体は中止となっても、日本を見捨てずに来演をつづけたアーティストのひとりでもある。彼はロシア音楽を中心に、日本の聴き手の趣向に寄り添いながら、その真価をみせる働きを幾重にも巡らした。

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2016年8月19日 (金)

笠川恵 グリゼイ 『プロローグ』 ほか 東京オペラシティ B→Cシリーズ #183 6/28

【平凡なるものの嘆き】

東京オペラシティの「B→C」シリーズで、ヴィオラの笠川恵のリサイタルを聴いた。ドイツのハイテク集団「アンサンブル・モデルン」の所属と聞いていたから、かなりの凄腕だろうと思ってはいたが、それ以上に説得力あるパフォーマンスで、難解な曲でも、よく知られた曲であっても、彼女がそういう(弾く)のなら間違いはないというような信頼感を抱かせる演奏だった。考え抜かれ、研ぎ澄まされたパフォーマンスが彼女の身上だが、とりわけ左手のパフォーマンスは美しく、柔らかみがあって、精緻な音楽に貢献している。ヴィオラらしい、深く、情感に満ちた音色が、楽器の深い部分から自然に奏でられている。

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2016年8月12日 (金)

カンブルラン ディティユー チェロ協奏曲「遥かなる遠い国へ」 /ブルックナー 交響曲第3番「ワーグナー」 ほか 読響 559th定期 6/24

【峻険な道】

読響&カンブルランにとって、あらゆる要素を試されるタイトな演奏会であった。時間的なものでいえば、もっと長いコンサートはある。しかし、中身が濃く、密度がぎっしりと詰まっていて、演奏会を通して、高い集中力を維持するのは聴き手にとっても、演者にとっても楽ではない。この日の演目で注目されるのは、デュティユーの協奏的な作品「遥かなる遠い国へ」だろう。カンブルランの得意なフィールドのひとつであり、独奏者には人気、実力ともに高いジャン・ギアン・ケラスを起用した。だが、後半にはブルックナーの演目も控えている。さらに、カンブルランは前プロとして、ベルリオーズの序曲『宗教審問官』を置くことにしたことで、いくつかの峰を越える、峻険な道とはなったのである。

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2016年8月 5日 (金)

大島ミチル For the East (弦楽四重奏曲) ほか 新日本フィル 室内楽シリーズ #101 「女性作曲家の軌跡」 6/7

【個性のある企画】

新日本フィル(NJP)は団員のプロデュースによる、団員による室内楽シリーズを実施している。今回、101回目となり、かなりの回数を重ねてきたことになるようだ。私は以前から興味を抱いていたものの、なかなか他のイベントと比較して、行ってみようということにならなかった。下の小ホールも、どんなところか、わからなかったのもある。また、オーケストラ奏者どうしの急造アンサンブルによる室内楽では、さほど感動できないという体験もあった。しかし、この日の企画には、目にみえる個性があったのだ。大島ミチルの作品を取り上げたこと。そして、ファニー・メンデルスゾーンの曲目がプログラムされていることも、それである。

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2016年7月14日 (木)

第25回記念ヴィオラ・スペース~ヴィオラの誕生!バロックへの回帰 5/31 コンサートⅠ「バロック音楽の夜明け」

【メッセージ満載】

今年のヴィオラ・スペースは25周年を記念し、「原点に返る」と言いながら、蓋を開けてみれば、これまでにない新しい試みが満載だった。ヴィオラのほかに、ヴィオラ・ダ・スパッラ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、ヴィオラ・ダモーレ、それにバロック・チェロなどが登場する多様な楽器の饗宴であったと同時に、従来、それを使用してこなかったアーティストもバロック・ボウ、ガット弦を全員が使用、ピッチは(a’=415hz)のカンマ-トーン(バロック音楽のピッチについては、リンクのブログ記事が面白い)に調整するという徹底ぶりである。私が聴いたのは、『ヴィオラの誕生』がサブテーマとなった5月31日のコンサートである。毎年の恒例だが、東宮も今年は単身でご臨席という演奏会だった。

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2016年6月28日 (火)

下野竜也 矢代秋雄 ピアノ協奏曲/黛敏郎 涅槃交響曲 ほか 新日本フィル トリフォニーシリーズ(第1夜) 5/27

【矢代祈念のためのドラマトゥルギー】

黛敏郎の『涅槃交響曲』あたりは近年、そこそこ演奏される機会に恵まれてきた様相がある。三善晃の作品は簡潔のため、1曲目に来ることは多い。その日の演奏会を彩る顔役として、三善作品は相応しい特徴をもっている。矢代秋雄の作品は死の直後、特別に持て囃されたようだが、近年はさほど演奏実績が積み上がらず、忘却の弊が心配される。黛や三善と比べれば、矢代は短命だった。この演奏会のメインはバンダを含む大編成のオーケストラと合唱を使う黛作品ではなく、矢代の作品だであると、指揮の下野竜也は述べている。では、矢代が最後に演奏されるのかといえば、そうでもなかったのだ。

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«アレクセイ・リュビモフ ピアノ・リサイタル シルベストロフ ピアノ・ソナタ第2番 ほか @豊洲文化センター 5/18

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