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2018年12月 3日 (月)

ラザレフ プロコフィエフ 『ロメオとジュリエット』 組曲 ほか 日フィル 横浜定期 11/24

【残り3曲を自由に想像させるラザレフ版】

2011年のあの日、聴き逃してしまったラザレフのロメジュリを、7年ぶりに回収できた。プロコフィエフによる2つの組曲版から抜粋して、任意に並べ替えたヴァージョンは、もともと震災前から準備されていたもので、必ずしも、運命的な過去の出来事にまつわる特別ヴァージョンというわけではないが、奇しくも、それに相応しい内容をもっていることは後述したい。3月11日に強行した公演と、2012年のアンコールにつづき、今回が3回目となり、最初の公演が録音にも残されている。その構成はバレエのドラマトゥルギーからは自由に、一見、音楽的な興趣だけを優先したようにもみえるのだが、7/10曲目に若い2人の悲劇が起こることで、残り3曲の解釈は聴き手のイマジネーションによって変容する、謎として生まれ変わり、劇的な解釈も可能である。多分、見える形は万華鏡を振るように十人十色であって、一定の答えを定めてはいない。その人がもっている音楽の知識やイメージ、あるいは、価値観のなかで、貴賤なく、いくつかにわかれるグラデーションにラザレフは寛容な姿勢を示す。

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2018年11月 2日 (金)

イザイ音楽祭ジャパン 東京公演 新発見『無伴奏ソナタ』ほか  出演者;フィッリップ・グラファン ほか 日本イザイ協会 10/20

【イザイ音楽祭】

ウージェーヌ・イザイは19世紀から20世紀にかけて最高のヴァイオリンの巨匠であり、優れた作曲家でもあった。特に、彼が6人の友人たちへと捧げた無伴奏ヴァイオリン・ソナタは、それぞれが大曲というわけではなく、むしろ、簡潔にひとつひとつのテーマを追った質素な作品たちであるが、それらのどれもが現代のヴァイオリニストにとっては最愛の、そして、必ずぶつからなくてはならない試練の作品となっている。バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータの6曲と同様、イザイの作品は特別に尊重されているのだ。最近、そのイザイの未知のソナタが発見されたというニュースが飛び交った。もっとも、そのソナタはいま述べた6曲のソナタに入るはずのものだったらしいが、バッハの前例に倣う形で調性を改めたせいで、お蔵入りとなったものだという。

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2018年10月29日 (月)

ラインダート・ファン・ヴァウデンベルク 歌劇『出島~シーボルトの愛』(ハイライト版) 演奏会形式 アンサンブル・ノマド 64th定期演奏会 10/25

【一体、誰がつくった?】

アンサンブル・ノマドの上演した歌劇『出島~シーボルトの愛』の世界初演は、あらゆる意味で型破りな成功だったといえる。今回は全曲WPという予定だったが、作品が長すぎたせいか、最終的には日本公演のハイライト上演への変更を決断。また、演奏会形式と謳っていたが、実際には演出と衣裳付きのセミ・ステージ形式で行われ、これに肉付けする形で作品は欧州に旅立っていくことになる。いつかまた、例えば新国立劇場のような、パヴリックな興行主などが作品を日本に呼び戻してくれる日を夢みるばかりだ。諦めなければ、夢は必ず叶うだろう。

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2018年10月19日 (金)

バッハ 音楽の捧げもの ほか 寺神戸亮/前田りり子/上村かおり/曽根麻矢子 @所沢MUSE 10/12

【父と子】

1747年の5月、ヨハン・セバスチャン・バッハは、息子のカール・フィリップ・エマニュエルが仕えていたプロイセンのフリードリヒⅡ(大王)に招かれ、王都ベルリン郊外のポツダム宮を訪れた。バッハは60代、大王は30代半ばである。大王は自ら用意した主題をバッハに与え、3声のフーガを所望すると、みごとにバッハは即興で応えたという。翌日、大王は4声、5声も跳び越えて、6声のフーガを所望したが、さしものバッハといえども、この難題には即座に応えることができず、拠点のライプツィヒに戻ってから緻密に作曲をしなおして、先の3声のフーガにも手を入れ、新しい6声のフーガに加えて、様々な種類のカノンと、4楽章のトリオ・ソナタ1曲を添えて、恭しく献呈した。これが今日に残る『音楽の捧げもの』の誕生であった。

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2018年10月 6日 (土)

野村誠&中川賢一 生誕50年記念 2台ピアノ・コンサート オリヴィエ・メシアンに注ぐ20のまなざし ほか 9/4

【一期一会の音楽】

台風の影響で交通機関が大幅に乱れ、早めに着いた私たちはあとからくる人たちを待つ間、飲み屋で聞くようなはなしも耳にできて、楽しかった。作曲家の野村誠はとにかく、世の中の役に立つ人だ。論理だけで生み出された目新しさや、美しい旋律などにこだわらない現場主義、できたて手作りの音楽。自らの関心を自由に表現し、そこに乗ってくる人たちを温かく歓待する音楽。その場に集う人々を明るくし、前向きな気持ちで家路につかせる音楽を得意とする。ところが、そうしたものが、例えばジョン・ケージの「チャンス・オペレーション」にちかい形となってしまうようなことも。理論的に構築し、知的に名付けられたものと、開放的な雰囲気のなかで、自然と成り立ってきたものというちがいこそあれ、両者にそれほどの差があるのだろうか。

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2018年9月20日 (木)

高橋悠治(pf)&波多野睦美(Ms) シェーンベルク 架空庭園の書 @ムジカーザ 9/19

【私の旅が始まった】

高橋悠治(pf)と波多野睦美(Ms)によるシェーンベルク『架空庭園の書』の演奏は、代々木ムジカーザを舞台にたった50席という贅沢さだったが、どこか、イメージどおりにはならなかった。客観的に楽曲分析するほどの楽識はなく、私の拙いイメージなど全く問題にはならないだろうが、そこはかとなく思う点を書き残してみたい。最初に言っておくが、イメージどおりではなかったが、まったく胸に響かなかった演奏というのともちがう。おわったあと、私の心臓はこころなし強いリズムを打っていた。それなのに、右の脳も、左の脳も、まだ鍵をかけたままだ。

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2018年9月12日 (水)

二期会 プッチーニ 三部作 『外套』『修道女アンジェリカ』『ジャンニ・スキッキ』 ダミアーノ・ミキエレット(演出) 上江隼人/北原瑠美 組 9/8

【幸福に生きるのは難しい】

ジャコモ・プッチーニは生前から尊敬され、裕福になった珍しい作曲家のうちに入るが、その私的生活は必ずしも幸福とは言い難かったようである。大恋愛をして、相手の夫の死を待って結婚したほどの奥方はなぜか猜疑心が強く、無欲の使用人を追い詰めて死に至らしめるほどであって、この事件はプッチーニに大きなトラウマを与えた。甘い音楽と壮麗な音楽で売ったプッチーニであるが、どこか寂しく、孤独な愛を多く描き、移ろいやすく、ときに残酷な人情を描くことでは右に出る者がない。『つばめ』でオペレッタ風の軽い作品を請け負ったはずのプッチーニだが、彼のスタイルは、この作品をもの悲しい別れの作品へと変えてしまった。ヴェルディの歌劇『トラヴィアータ』のプッチーニ的解釈ともいえる『つばめ』では、主要役の娼婦がヴィオレッタのように愛へと殉じることもなく、若い相手を捨ててしまうだけである。熱い夢もいつかは冷めるのか、あるいは、相手の将来の幸福について忖度したせいなのか。

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2018年9月 6日 (木)

東京現音計画#10 コンポーザーズセレクション5:山根明季子 7/11

【すべてはパチンコ・パーラーから始まった】

サックスとテューバの仲間、鍵盤楽器、打楽器の奏者と電子音響エンジニアによる室内楽ユニット「東京現音計画」が、コンポーザーズ・セレクションの第5回として、山根明季子を迎えて演奏会を行った。山根はクラシック音楽の枠にはまらないファッショナブルで、ポップ(押し出し)のつよい作品を早い時期から発表しており、1980年代の生まれながら、既に日本の作曲家のなかで、旗手となり得る活躍ぶりをみせている。ベテランでは湯浅譲二、細川俊夫、西村朗、野平一郎、棚田文紀らのベテランが国際的に一定の評価を受ける一方、若手では藤倉大を筆頭に、酒井健治などが台頭する昨今ではあるが、それらの裏の旗手となっているのが山根や、その夫である川島素晴、三輪眞弘、小池稚子といった独特の音楽言語と批評眼を備えたユニークな作曲家たちである。

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イングマール・ベルイマン 映画『処女の泉』 @横浜シネマリン

【思考の組み替え】

恵比寿での上映が8/24日におわったベルイマンの映画を追いかけて、横浜シネマリンにて『処女の泉』を拝見しました。これまで『叫びとささやき』『ペルソナ/仮面』と観てきたわけですが、これらのなかでは圧倒的にわかりやすい作品といえます。正に寓話的な内容で、グリムの脚色以前の残酷な赤ずきんのはなしと似ています。ビルギッタ・ペテルソン(ペッテション)演じる思春期の美少女が惨殺され、ワーグナーの歌劇『ワルキューレ』のように自宅へと舞い込んできた仇を母親が見抜き、父親がこれを討つのですが、この間、神様は何にもしてくれず、最後、遺体の下から泉を湧かす奇跡だけを起こすというオチがつきます。単純な話ゆえ、プロットも早くから予想でき、大きな意外性もありません。

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2018年8月22日 (水)

My favorite artists vol.1 草 冬香 pf.

アンサンブル・ピアニストは、私が肩入れするアーティストのなかで、特に収穫の多いカテゴリーである。一口にピアニストといっても様々な持ち味の人がいるが、基本的には「相手役」の持ち味を引き出すことに長けているのだが、ときにはオペラの歌手のように柔軟で、こころに染み入る音楽をもつアーティストが存在する。そんなピアニストを見つけると、私は大喜びで自分のなかにあるリストのなかに名前を書き込んでいくのだ。

もっとも尊敬するピアニストは、メナヘム・プレスラーという人物だ。高名な「ボザール・トリオ」の創設以来、最後まで残った唯一のメンバーで、現在はかなりの高齢で、体調も衰えぎみではあるが、まだ世界を回っている気力には平伏するしかない。彼がいうには、例えばボザール・トリオのような弦とのアンサンブルで、もっとも重要なことはピアノがヴァイオリンやチェロの響きと同じになることだという。私はそうした言葉に大きなヒントを得た。

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«マルク・ミンコフスキ(指揮) チャイコフスキー バレエ音楽『くるみ割り人形』 都響 フェスタサマーミューザ川崎 8/5

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