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2020年6月13日 (土)

新型コロナをめぐるオーケストラの運営についての考察

【近年におけるオーケストラの経営改革】

オーケストラの運営は近年、国や自治体をめぐる様々な財政的、政治的な事情や、市民の考え方の変化から、より一般企業にちかい感覚が求められるようになった。事務局による財テクの失敗など、非構造的な問題はさておいて、大阪では当時の大阪センチュリー響が橋下市政で、助成対象から外されるという痛ましい変事が起き、楽団運営に先立つものを公的助成だけに頼りきるべきではないという課題も見つかった。また、国(文化庁)の助成も公益財団法人のみが対象とされるようになり、その条件のひとつである負債の解消、運営の黒字化などに向けて、各団は必死の改革を続けた。演奏活動をする地域の範囲を広げて、収入を増やしたり、オペラやバレエ、自治体や民間による活動などに積極的な取り組みをみせて、かなり多忙なスケジュールを詰め込んできた楽団もある。その結果、楽団の事情によって差はあるものの、ほとんどの楽団で単年度赤字は解消し、ある程度の蓄えを積み上げながら、健全な運営ができる体制が整ったかに思われた。

【コロナ禍における経営の混乱】

しかし、十分ではなかった。2020年の新型コロナ・ウィルスによる重大な影響により、各楽団は2月末から3月初旬に始まり、数ヶ月にわたる演奏活動の停止(自粛)が求められた。公益財団法人はその性質上、多大な営利をあげることが制限されており、内部への蓄えも十分ではなかった上に、これらの団体になにか未曽有の問題が起こった際に使える、公的な基金のようなものも準備されておらず、ようやく、問題の発生後に形ができるに止まっている現状だ(まだ器ができただけで、中身は空っぽにちかい)。緊急で国が用意した雇用維持や事業継続のための給付金は僅かであって、給付も遅れており、3末を控える楽団の経営は危機に立たされた。公演ができず、手もとにキャッシュが入らない上に、演奏が行えなければ、公演に対して約束されていた助成金も下りないからである。多くの楽団はそれぞれにできる形で、ネット配信などのパフォーマンスを行うことで寄附などを募るしかなかった。

現時点で、事実上の倒産を発表した楽団がないのは幸いである。メガバンクや企業財団などから、大口の支援もいくらかは発表されている。ただ、いわゆる「コロナ禍」では、ITなどの一部産業を除き、ほとんどの業種で甚大、もしくは壊滅的な被害が出ており、企業からの広告費なども、まだ春先ということもあって、財布の紐はきつく縛られている現状で、根本的な問題の解決につながるほどのものは当面、期待できそうもない。

【演奏再開に向けて】

5月、6月あたりで、営業自粛要請は多くの業種で解除となる見込みで、オーケストラも十分な感染対策を行ったうえで、業界でガイドラインを定めるなどして、演奏活動が再開できることにはなっている。しかし、舞台上や楽屋などの問題で、十分な感染対策を行いながら演奏できるかについては、まだ多くの検証が必要なところで、客席についても、まずは席数を間引くなどしたうえで、入場人数を絞るなどの対応が求められることになるだろう。

楽器の演奏がどれほどのリスクを伴うかについては、世界的にも検証が進んでいる。このなかで、ウィーン・フィルはもっとも楽天的な結果を発表し、通常の編成も維持できると胸を張った。一方で、演奏家などから、そのような見解には疑問を呈する声もあり、再開当初は奏者間の十分な距離をとることや、フェイスガードやマスクの使用、透明な敷居を設けるなどの配慮が話し合われるのではないかと思われる。編成は古典派などの小さいものに限定され、室内管仕様の編曲や、弦楽四重奏曲などを含む室内楽曲そのものの演奏も検討に値する。また、公演時間も最初は短めにすることが求められるだろう。

客席は1列目を使用せず、千鳥構造に間引いて、会場のおよそ半数程度まで、フォワイエなどでのサーヴィスは止め、休憩はなしとするか、その間のオーディエンス間のコミュニケーションなどは控えてもらうことが必要だ。消毒液やサーモグラフィの用意も不可欠になり、演奏者、スタッフ、オーディエンスは、マスク着用などが基本的な義務、もしくはマナーとなるだろう。

【参考となるご意見】

https://www.yuzuki-miki.com/entry/2020/06/06/215332

リンクの記事では、オーケストラ運営の今後について、概ねネガティヴな見方がされており、それは題名からも推察できることだが、一方で、生き残るためには豪快な判断が必要という内容が書いてある。正直なところ、ここまでの「コロナ禍」によって、一体、どれほどの損害が生じたのか、具体的に報告している楽団は少なく、概ねの数字ぐらいしか漏れて来ない。平素と同じことだが、マスメディアなどによって深く取材された記事もないので、私たちに何か判断できる材料は少ないのが現状だ。寄附なども可視化してやっているのは、外部サイトを利用してクラウド・ファウンディングに乗り出した札響ぐらいのものである。

さて、ブログの書き手のプロフィールをみると、本業以外に、弦楽器を教え、販売もされているようで、この分野に他の方よりは造詣が深いという推測は成り立つ。記事を要約すれば・・・

①オーケストラの損害は大きく、それを埋めるのは難しい
②オーケストラの生演奏は当面、質が落ちるのではないか、見栄えも悪い
③クラシック公演で社会的(物理的身体)距離をとる必要はないのではないか
④再開にあたっての基準が不明確
⑤ゼロ・リスクを求めず、積極的にフル公演をおこなえ
⑥さもなくば、楽団数を減らすなどしてリソースを集中せよ

【損害が大きすぎる?】

①については、言うまでもない。楽団はなるべくオープンに情報を開いて、私たちが考えられるようにすべきだ。だが、定期的な事業報告とはちがい、借金などについては楽団の信用に関する秘密や、金融機関などとの関係もあり、どれぐらい詳細な情報を出せるかはわからない。日フィルが発表した3億円の減収、4億円の赤字(上記記事には3億円の『債務超過』とあり、間違いがある)というのは、確かにダメージが大きすぎるように思われる。しかも、今後、無事に公演の規模が段階的に回復していくのかどうか、どのようなペースで客足が戻っていくのかは予想できない。日本や英国などでサロン公演を主催する個人事務所MCSのブログによれば、英国および米国による調査でも、ある程度、病気の蔓延が落ち着いて公演が再開したとしても、ワクチンや治療法が確立しない段階では数ヶ月から半年は様子をみたいという愛好家が多いのも無理からぬことである。今後、秋以降に第2波、第3波が襲う可能性も指摘されていて、その場合は楽団の損失も現在の予想より拡大する。

一方で、数億円の赤字を背負った楽団も、過去にないわけではなかった。2012年のある記事では、神奈川フィルは一時、3億円ちかい債務超過を抱えていたようだ。しかし、2014年にはついにこのバランスシートがきれいになって、晴れて公益財団法人に移行することもできた。現在、同団は若く優秀なアーティストを多く迎え、若手指揮者の川瀬賢太郎をリーダーに意欲的な活動を続けている。もちろん、これはコロナ前のことであり、今後の経営環境はより厳しいことが予想される。例えば、一足先に解禁された映画館の状況などをみても、客足の戻りは鈍いようだ。まだしっかりとしたデータは発表されていないが、特にシニア層の行動は慎重になっており、そこを主要な客層としてもっていた芸術分野は、しばらく苦難のときがつづくことが予想される。もっとも、美術館などは比較的、客足の戻りが早めで推移している印象もあるのだが、同じく、まだ正確なデータがないのでわからない。

【演奏のクオリティは変質するが、酷くはならない】

②については、演奏のレパートリーの問題と捉えるか、距離をとることによるアンサンブルの精度や深さについての技術的な問題と捉えるか、複数の論点がある。

レパートリーの問題に関しては、このブログの書き手の見解とは異なる意見をもっている。確かに、受け手のほうはすこし感覚を変える必要があるだろう。オペラや声楽付きの大曲、マーラーやブルックナーなどの大編成の曲こそが、稀有壮大で、オーケストラらしいパフォーマンスであるというイメージから、脱皮する必要がある。例えば、弦楽四重奏曲であっても、フル・オーケストラと遜色ない迫力ある公演を経験してきた私としては、そのことをいくら強調しすぎても、したりないほどだと思うのである。もちろん、作品の形態に相応しい箱の大きさはあり、例えばサントリーホールの大ホールでソロ・ピアノや弦楽四重奏団の公演がある場合、偉大なアーティストであったとしても、それを聴くべきかどうか、私は迷うことがあるのも否めない。しかし、このようなときなのであるから、安心が確立されるまで、普段、楽しんでこなかった編成の小さな曲の響きや、同じマーラーでもシェーンベルク編曲の室内管仕様などに理解を示していくことも必要だとは思う。実際、その規模において、深い感動を味わわせるような公演をすることは可能である。

後者の技術的な問題については、まだ試行錯誤の段階というのは否めない。まだ演奏例自体が少ないものの、キリル・ペトレンコのゴリ押しで実現したベルリン・フィルのヨーロッパ・コンサートでは、少人数で演奏できる作品や編曲に絞り、科学的に安全とされる距離を守って演奏したが、白けてしまうようなクオリティではなかった。また、指揮者で、オーボエ奏者の茂木大輔氏は、距離をとって演奏しなければならない場合、「あまりに距離が遠くなってしまう奏者はヘッドフォンなどでモニターしながら演奏(共演)する」のもよいのではないかと提案している。テクノロジーなども用いながら、演奏のクオリティをさらに上げていく可能性もまだまだあるのではないかと想像する。

【オーケストラには責任がある】

③-⑤について、経営的に、背に腹は代えられないのだから、いきなり大規模な公演をやってもいいのではないかという意見には、さすがに同意しかねた。これまで黒字化を成し遂げてきたといっても、そこには演奏収入に加えて、多くの公的、私的な支援が加わっていることは否定できず、オーケストラは社会的責任が大きいからだ。だから、規模を制限するところから始めて、安全を確認しながら徐々に戻していくという姿勢は各楽団に共通していると思う。既述のように、ウィーン・フィルをはじめとする世界をリードする楽団も検証を進めており、それらに批判を加えながら、世界的にも、演奏家にとって許される形というのが決まってくるのではないかと思う。とりわけ、ウィーンの取り組みが成功すれば、世界の音楽関係者に勇気を与えることになるだろう。一方で、米国などは比較的、保守的な姿勢を採っている。METなどの歌劇場は、来年まで公演はできないだろうと言われている。そもそも論として、オーストリアなどはかなり細かい病気のコントロールに成功しており、それがゆるゆるな日本でも同じことが成功するとは限らないのだ。

【再開の指針】

再開の指針については、言うとおりだと思う。この病気にはまだまだわからない点も多く、自粛要請の解除自体、根拠があやふやなものであることから、楽団、もしくは、その業界団体がシニアをはじめとする、オーディエンス各層に十分な安心を与えることが難しい現状は明らかである。自信をもって正当性を訴えられるほどの根拠は何もなく、受け手の同意があったとしても、その結果にもある程度の責任を負うことは避けられない。なにか問題が生じた際に、社会的な批判のほうが大きい可能性もあり、また、例えばクラスター発生時などに臨時休演すしなければならない場合、それに対する補償も現時点では考えられていないのだ。格好は悪いが、周りの楽団や芸術団体、その他の産業の結果をみながら、すこしずつ前進を試みていくしかない。当面、公演をやれば赤字という状況は変わらず、地域やコミュニティのなかで果たすべき役割を別にすれば、予め決まっていた助成を出してもらうために公演をやるという楽団がほとんどだろう。これは助成の制度的な問題であって、すぐには変えることができない。一方、何かあれば、全く責任のとれないような方法で、公演を再開することは実際上、出来かねるというべきだ。

【楽団統合はマイナスの可能性が高い】

⑥は、これまでの議論と実績から、マイナスの可能性が高いと思われる。「大阪維新」の指揮下、大口スポンサーである関電などの提案で、関西にある楽団を減らすというような議論も活発化した時期があったが、その後の状況をみれば、統合せずとも、楽団は収支トントンで存続性を守ることができたのだ。確かに、関西の楽団の経営はその他の地域に比べて、やや厳しく、いくつかの楽団はなお、存続が危ぶまれる現状であることは承知している。しかし、即座に楽団を減らしてしまえば、それらの楽団が紡いできた歴史や、人と人とのつながりのなかで培ってきたものが消滅し、良い結果にならないという意見のほうが正しかったのは、あれから10年ちかくが経って、明らかになってきたといって構わないだろう。

もちろん、コロナ禍によって、そのリスクは再び、増大したといえる。だが、本当に必要なときがくれば、自然に集約は進むだろう。最初から統合してしまえば、スポンサーシップも、収入も集中し、合併したオーケストラの経営がよくなるという話でないのは、既に「歴史」が証明しているように思われる。ただ単に、これまで各楽団に集まっていたものが解体して、どこかに失われていく可能性のほうが高いのだ。

紹介のブログについては見るべき点も多いが、必要以上に、不幸を敢えて先食いしているような印象も受けなくはない。持続可能で、責任をもった運営はまだまだ可能である。本当にダメなら、もっと具体的な動きが出てくるはずだ。それがくるまで、私たちはできるだけの支援を試みていくほかにない。また、準備された基金を民間の寄附だけに頼らず、国庫から埋めるよう、働き掛けていく動きも徐々に進められている。山本太郎風にいえば、政府には通貨発行権があり、より大きな可能性があるのだ。なにしろ、補正予算の予備費で10兆円もの大金が積まれていることはそこそこ報じられてきた。

【提案】

現時点では寄附もさることながら、銀行などがオーケストラの返済を猶予しつつ、経営の回復を待ってくれている段階ではないかと思う。これまでのつきあいから、オーケストラが十分、ビジネス的な信用に値すると考えられている証拠だ。さらに、地域の芸術団体を潰すのは、決して、その地域に良い循環をもたらさないという考えもあるだろう。財政問題はきわめて重要であるが、いま、私が最優先すべきと思うのは、オーケストラのファンからの信頼や愛情をいかに繋ぎ止めるかということであり、ネット配信や、プログラムの工夫もそうだが、例えば、アパレルや小物など、物販を盛んにするなどの行為はオーケストラ本来の活動とは遠いようでいて、逆に愛着を高めることにつながるのではないかと思う。それは例えば、芸能や、ミニシアターの例で確認できるのだ。

また、3億円以上を個人から集めた「ミニシアター・エイド」のように、象徴的なフロントラインにまとまって訴え、活動をすることも重要なのではなかろうか。発信力は、分母が大きければ大きいほど良く、注目を集めやすい。そこにゲストを呼んで、オーケストラがめざす様々な目的のために、語ってもらうようなことができるかもしれない。各楽団独自の動きも必要だが、どうしても関心が分散してしまうのは避けられないことだ。まとまっていれば、ひとつのサイトをみていればよく、いろいろな動きに気づいてもらいやすい。同時に、公演をおこなうときの指針などは、なるべく共通したものでやるほうがよいだろう。安心を与える取り組みにも、これは活用できる。

これまでとはちがうけれど、面白いことをやるという発信ができればいい。例えば、新日本フィルはオーケストラ公演よりも、楽団員が企画する室内楽の公演のほうが、実はヴァラエティに富んでいて、面白いという面もあるのだ。それを1Fの小ホールではなく、大ホールにも適用すればいいと、私は以前から提案している(このブログで言ったりしているというぐらいの意味だが)。実際、ここ数ヶ月の間で、楽団員の発案によっておこなわれたテレワーク動画は話題を呼び、テレビにも取り上げられた。新日本フィルが過去数年で、このように注目された例は、私の知る限りではなかった。誰が、より効果的なアイディアをもっているのか、明らかではなかろうか。映画や落語、狂言、演劇など、いろいろなことに手を伸ばし、そのなかにも良いものはあったが、十分な広がりまでは持たず、むしろ、素晴らしい公演だったのに、客がいないというネガティヴな話題ばかりが広まりがちだった。

もちろん、発信者と受け手、双方の発想の転換は必要である。最初からすべてがうまく運ぶとは思えず、これまでのイメージから簡単に脱却できるはずもないし、いまはまだ、オーディエンスが自分は安全であると思って出掛けることさえ、簡単ではないのだ。ただ、リスクや問題を過大に評価して、責任のない行動をとるべきフェイズではなく、自分たちの行動を客観的に評価しながら、あらゆるレヴェルでのコミュニケーションを進めていく時間が来ている。

ただ、件のブログの書き手が自身も実業を続けてきて、これでなぜ、オーケストラは潰れないのかということが不思議に思えるのは理解できるところだ。わたしにとっても、そこは謎である。札響、神奈川フィル、日本センチュリー響などの楽団はかつて経営危機に見舞われたが、苦難を乗り越えて存続している。大阪市音楽団も市に見捨てられながら、その活動を続けている。一見、それほど人気があるとも言えず、圧倒的に尊敬されているわけでもない産業が、なぜ、これほどまでに粘りづよいのか。その実態は、すべてが明らかにされているわけではない。本来であれば、無理なお願いを通すことができる優秀なスタッフがいるのではなかろうか?この記事のきっかけをくださったブログに対しては、やや批判的な言辞が多くはなったものの、そちらに対しても敬意を表したいと思う。

2020年2月 7日 (金)

デスプラ&ソルレイ 歌劇『サイレンス』(En Silence) @神奈川県立音楽堂「ボーダーレス・オペラ」 1/25

【概要】
アレクサンドル・デスプラは映画音楽の分野で、オスカーを2度獲得するなど、数々の栄誉を身に受け、いま、世界でもっとも多忙な作曲家のひとりである。そのデスプラが初めてのオペラとして選んだ素材が、川端康成の書いた1953年の短篇小説『無言』であった。この作品はルクセンブルクの歌劇場で、コンパクトな室内オーケストラと、数人の歌手と役者、さらに映像を伴う作品として初演されたが、このほど、京都と横浜でも上演が行われた。この小説は20頁にも満たない作品で、幽霊が登場することから怪奇ものとして扱われているが、その本質は心理劇である。

老作家(大宮)が病を患い、一言も発さず、書くこともしなくなった。それを久しぶりに見舞う20年ほど後進の、弟子の立場にちかいもうひとりの作家(三田)。それに応対する老作家の娘で、何らかの理由で結婚せず、父の傍に留まる中年女(富子)。若いほうは鎌倉に住まい、老作家は逗子にいる。車なら、20分たらずの道だ。往路のハイヤーで、後進の作家はこの道の復路につく空車に幽霊が出るという噂話を聞きつけた。それに加えて、老作家の近況についての考察により、いわば第1部が構成されている。大宮宅では老作家も同じ空間にいる中で、幽霊の噂をきっかけに過去の大宮の作品の話になり、娘と語らうことになる(第2部)。娘が中座する間、物言わぬ老作家に対して、先刻、考えてきた考察を改めて披露し、いつしか自分のほうが優位であるかのようになってしまい、一文字でも書くようにすれば、どんなにいいかと詰め寄っていくことになる第3部。そして、帰路で本当に幽霊と出会う第4部で構成される。明確に部分わけされているわけではないが、大雑把にみて、そのように切れるという見立てである。

デスプラのオペラも、正にこの切り方でいっており、言語こそフランス語に変わっているものの、場面のカットも少なく、プロットの書き換えもほとんどないのは意外だった。アフタートークによれば、デスプラがこの作品を知ったのは、まず英語の翻訳からであり、最終的にフランス語の翻訳を見つけて、この創作につながったということだ。

【素材への尊敬】
小説の書き手への尊敬は明らかで、新国立劇場での歌劇『紫苑物語』の制作において、台本の佐々木幹郎が本質的に、石川淳に対して何ら特別な思い入れをもっておらず、作曲家の西村朗ともども、原案(原作とは呼べない)に対し、好き勝手な創作姿勢を貫いたのとは大きなちがいである。後者において、歴史的な傑作が凡庸な台本になってしまったのに対して、デスプラの創作は川端の他愛もない創作を、あたかも畢生の傑作のようにみせることになった。確かに西村の自由闊達な音楽表現は、それはそれでユニークなものであって、音楽的な発想を邪魔せず、自然に助長する佐々木の方法にも、私はまったく無理解というわけではない。しかしながら、デスプラが芸術的創作のパートナーでもあるご内儀のソルレイとともに、作品そのものの中身をまったく変えず、ドストエフスキーのような深い心理的作品へと掘り下げていったのと比べると、いささか児戯っぽい様相を呈しているのは間違いない。

しかも、川端がある意味では描ききれなかった人間たちの関係を、デスプラは見事に深め、印象に残るものへと成長させた。簡単に言えば、三田と富子は恋愛関係というような浮ついたものではないにしろ、大宮に対して、何らかの共犯関係を示している。これについては、追々、読み解いていくことにしたい。

【3へのこだわり】
アフタートークによれば、デスプラは「3」という数字にこだわったようだ。登場人物は大宮が実質的に存在しないものの、三田と富子に加え、ナレーターを加えることで、3となった。楽器の編成では弦楽部と打楽器に加え、木管はクラリネットとフルートが3本ずつである。バス・クラリネットや、バス・フルートまで使い、それらのニュアンスをうまく利用している。私はフルート側の席だったせいか、この属の表現力の高さに驚かされた。加えて言葉には出さなかったが、「3」はキリスト教においても意味のある数字である。この作品には霊的なものが描かれているが、その捉え方は日欧で大きく異なる点もある。そのあたりも、テーマのひとつではあったにちがいない。

【音楽的特徴】
音楽は総体として、特に難渋なものではなく、19世紀後半から20世紀半ばまでに確立した語法をシンプルに引いており、一見しての目新しさこそないものの、序盤から内面的なモティーフにはよく寄り添っていることがわかった。デスプラは映画音楽の大家として名を成しているわけだが、今回の創作においては特段、映画的な特徴は感じられなかったし、近作 ”The Shape of Water” をはじめとして、その分野における成果を直接、思わせる部分はなかった。作曲家は武満徹や久石譲を尊敬し、雅楽やドビュッシーの作品を融合したいと思ったという話をしていたが、私としては同じ怪奇ものもあるせいか、ブリテンの歌劇などによく似ている感じがした。テーマをめぐる明暗のちがいこそあるが、『アルバート・ヘリング』はこの作品にいちばん近く、また、今度、日本の新国立劇場でのプレミエが決まった『夏の夜の夢』とも近似値にある。

もっとも、ドビュッシーであれば、小説という文字情報から色彩ゆたかなアートの発想(共感覚)を導いたソルレイの発想ともよく響きあい、あながち、その発言も筋違いというわけではなかろう。ドビュッシーの歌劇『ペレアスとメリザンド』はオペラ史を貫く名品のひとつであり、さすがにそれと比べるのは困難だが、彼の残したいくつかの優れた歌曲(『ビリティスの歌』など)とは親和性がありそうである。かつてヴァイオリン奏者でもあったというソルレイは、共同台本を務めたほか、演出と音楽監督にもクレジットされ、ビデオ演出担当でもあって、恐らく、作曲を除くほとんどの部分において、夫と同等以上の役割を果たしているといっても過言ではない。

【日本とフランスの文化とのコラージュ】
舞台前面に役者たちのプレイ・スペースがあり、横長の繰り抜かれた窓枠を通してみえる後方の空間に楽士の姿がくるように配置されている。楽士は演奏するだけではなく、橙を基調としたような衣装を身にまとい、私にはどことなく北アフリカ風の雰囲気を感じさせた。デスプラは若干、羊飼いのような・・・という言い方をしていた。また、この並びは能楽の囃子方や、歌舞伎のおめでたい演目などで、裃をつけた楽士が後方に列をなして舞台に寄り添う風情と似ているが、デスプラは雅楽の影響を受けたものだと言う。

音色的にも、局所的ではあるが、歌舞伎や雅楽、祭囃子の影響が感じられる部分は指摘できるが、それらは断片的なものなのであって、コラージュ的ともいえようかと思う。

装置はほとんど使わず、黒い箱などを移動させ、何かに見立てていく手法であり、能楽や狂言のようなものとよく通じる。また、その配置もときに神秘的であり、寺院の白洲に浮かぶ石庭の雰囲気を思わせる部分もあった。語り手は船頭、修験者、棒術使い、あるいは旅人のように、長い棒を携え、この海を旅しながら歩くのだ。日本の歌舞音曲や衣裳、所作、デザイン、精神などを露骨に当て嵌めるのではなく、足りないものを巧みにイメージさせながら、日本的な考え方を香らせていく工夫が心憎い。

【三田と語り】
物語は、語り手から始まる。これが三田なのかと思いきや、次の場面でファルセットから登場するバリトンと交代するのは驚いた。ファルセットは最初だけだが、やや上ずる音程を多めに使って、バリトンとテノールの音域を行き交い、歌唱はきわめて難しいと思われるが、後半になって、低音の歌手でないと対応できない部分も現れる。コメディ・フランセーズの役者ロラン・ストケールは野生的な味わいをもつ俳優だが、運転手の役や、ベッドに見立てた椅子にただ座っている老作家を演じるのに加え、地語りに対応する。最初、彼が三田であると思わせたところで、早速、彼の勝ちであった。彼もまた、白洲の石の如く、何にでもなり得るのである。私の印象では語りは最低限であって、彼は精霊のように舞台上を彷徨っているのが主であった。タクシーの場面で、バリトン歌手のロマン・ボクレーが三田を引き継ぐ。作品が普遍的なものとして残るなら、この役がもっとも深く鍵を握るのは言うまでもない。非常に広い音域、跳躍的な音の動きもあり、抑制的ながらも、ときに強い表現が求められる。

そのクライマックスは「第3部」で、老作家に「メと書く準備をなさい、メルシー、メルシーだ!」と居丈高に詰め寄る部分の歌唱である。原作とデスプラ&ソルレイの本でニュアンスが大きく異なるのも、この部分だろう。小説の書き手は三田の高揚を描きはするものの、その内面は実のところ、最後まで巧妙に隠されており、表面上は一貫して醒めたままであるのに対して、オペラのほうは富子に対する何らかの想いを感じるほどに、情熱的に昂っていくからだ。この段では書道を取り入れ、川端が文字列を分解して、水のミ、茶のチなど、一文字一文字に強い力を当てようとした発想を、筆でアルファベットを書くという場面で見事に表現しており、鳥肌が立った。三田は興奮すると、その筆を大宮に握らせようとし、半ば強要する。軽い虐待だ。楽士のカラフルさと比べて、基本的にはモノクロームの白と黒が基調になった舞台のなかで、墨書がそれともっとも印象的に結びつく白黒の象徴であることも重要で、実際には灰色の紙に書くが、照明などの具合で、客席からは白に見えたのも配慮が行き届いている。

しかし、この場面をさらに引き立てるのが、直後の本当に何も音がない場面だ。三田が我に返って自らの非を詫びるころ、中座していた富子が戻ってきて、酒肴や茶を振る舞う場面だ。マイムはマルセル・マルソー(正確には彼の師匠たち)以来、フランスの得意技といってもよかろう。静寂を愛する日本の文化と、これほど見合うものもない。例えば物語の最後は、原作では「だまって、鎌倉まで送ってやりゃいいんですよ」だが、オペラでは「沈黙を保ちましょう」と、ややメッセージが明確になっているが、これは象徴的である。先の場面に戻れば、完全な沈黙とマイムは多分、30秒くらいで終わっていくが、その後、さらに楽器の薄い響きはあるものの、まだ静寂に近いといえる時間が継続し、ややあって、ようやく富子の台詞が入り、別れとなるところも手が込んでいる。間には、茶道の所作などがみられた。

【映像の役割】
映像はやや粗忽にもみえるが、歌舞伎の背景のように素朴であるといえば、言えなくもなかった。問題のトンネルも実際の小坪トンネルのイメージとちがい、近代的なものにみえた。このトンネルは狭く、短い洞穴が連続していて、草木が生える背後の山の風景と一体化して、ソルレイのイメージとは大きく異なっているのを私たちは知っている。

また、時代的な矛盾はあるものの、野球中継のシーンは面白かった。スクリーンに大宮が目にしているであろうプロ野球の映像を投映し、その心象風景を可視化したのである。映像は恐らく1970年代のものであり、いずれも巨人戦で、広島や阪急と戦う王貞治や、アンダースローが特徴だった阪急の山田久志投手、背番号10の張本選手?、18の堀内投手?などと思われる選手の姿が見て取れる。昭和20年代の小説の時期からすると、これらの選手の活躍時期は合わないし、カラーテレビもまだないはずだが、なんとなく、この小説を読むと、実際の創作年ではなく、1960-70年代の雰囲気が浮かび上がってくるのも確かだろう。川端にはなんとなく見えていたような、日本の未来を描いた小説だったようにも思えてくるのだ。

また、作中作『母の讀める』を回想するシーンはナレーターが介入せず、活き活きとした音楽だけが鳴り、字幕に内容が投映され、映像ではなにか古代の象形文字のような美しい文様がスロットマシーンのようにぐるぐる回る仕掛けになっていた。この表現も個性的で、意表を衝かれた。原作では『娘の讀める』については三田から提案していたと記憶しているが、オペラでは富子自身が思いついて、それに三田が発破をかける形にした。数少ない改変だが、あまり象徴的な意味は感じられず、創作上のちょっとした都合によるものでしかないと思われる。また、改変による影響も些細で、いちいち論じるには値しない。

【幽霊について】
富子役は歌唱的にはやや損に思えるほど、目立たない役だ。そして、歌よりは、細やかな演技のほうにウエイトが置かれる。終盤では、富子役の歌手が白装束を着て、幽霊の姿を見せるのがデスプラ&ソルレイによる独創である。音楽は確かにおどろおどろしいのだが、視点を変えれば、祭囃子のようにも聞こえて、2番目のクライマックスを築く。歌舞伎にも怪談がいくつかあるので、デスプラもそれを観たのではないかと想像できる。序盤ではやや言葉の順序を変え、あれは誰の幽霊だろうという台詞になっていたが、その問いが、この終盤に生きてくることになった。

噂の幽霊は空車にしか出ないはずであって、噂はあくまで噂であるものの、いささか事情が異なる。そこで、とうとう大宮が死んだのではないかという想像も浮かぶようになっている。その場合には3つの原因が考えられるので、①普通に病状の進行によって、最後の発作になった②三田が強く刺激したため、のちに発作を起こし、死亡した③何らかの理由で大宮が邪魔になった富子が、とうとう老作家を葬った。しかし、確実にそのどれかであるといえるほどの根拠は何もないだろう。逆に、何らかの理由で富子のほうが身罷ったという可能性もなくはない。この場合は自殺の可能性が高く、その原因は誰にも分らない。いずれにしても、三田の来訪が大宮と富子の関係にも変化をもたらすのは、デスプラ独特の解釈である。

【三田は三島か?】
三田は、三島がモデルではないかとデスプラは言った。実際に川端と三島が出会ったのは、1946年ごろのようであり、まったくあり得ない話ではない。また、デスプラの意図とは外れるが、川端は多くの後進の作家たちに、自分を作者として代作させたという噂話も知られており、三島もその代表選手のひとりかもしれないということが知られている。当の『無言』にしても川端の代作をしていた人間が、秘密をばらすように書いていると見えなくもないのだ。もう書けなくなった大宮に代わって、富子が創作を進めるべきだというのは、代作者のひとりとして知られる女流の中里恒子の影を想像させるだろう。しかし、小説のなかでも噂話が微妙にハズれていることや、大宮も三田も、私小説は書かないと話す内容などから、川端自身が噂を逆用し、詮索好きな世間を皮肉っているようにも見えるのである。

人名だけをみても、すこし謎解きができる。大宮は逗子に住み、三田は鎌倉に住む。地名ばかりが並んでいる。埼玉県の「大宮」について調べてみると、そこは太宰治の活躍した場所であった。『人間失格』も、大宮で仕上げたという。ならば、小説の「大宮」は川端と太宰の合成かもしれず、しかも、これら2人と関係があったのは三島である。面白いことに、娘ではないものの、太宰にごく近しい関係者として「富子」(林富子)もいるのである。一方、三田といえば慶應であり、『三田文学』は明治、大正、昭和期の文壇を支えた主な発信源のひとつだったといえる。しかし、三島は帝大の法科に入り、最初は官僚になっているので、文壇的にみれば、現代でいうところのノマドな存在であり、それを助けたのが川端という背景がある。三田は小説においては理知的で、合理的な突き放した見方をする男だ。そこが三島らしいともいえるが、いまの大宮にとって、ミやチのほうが名文だというあたりなど、坂口安吾のような戦後派の考え方を思わせる面もあった。寺院が全部焼けてしまっても、坊主がいれば、それで信仰は成り立つ。「バラックで、結構だ」(『日本文化私観』)というような。

もっとも、アフタートークを司会した鎌倉文学館の館長は、三島は文章を飾り立てる傾向のある作家であり、川端とは作風がちがうと釘をさす。確かに、三島の小説は美文体といわれ、川端の得意とするシックな心理描写とは趣を異にしている。だが、三島は日本文壇の歴史上、もっとも理知的なインテリ作家というべきであり、あらゆる文体を解説した『文章読本』も書き著しているぐらいであるから、複数の文体を使い分けることも訳はないはずだ。仮に代作であったとしても、それはバロック時代のイタリアで、複数の作曲家がパスティッチョを組んで、共同してオペラを作り上げたメンタリティにちかい。当時は、それが普通だったのだ。

小説の三田は、その立場などから三島に比べ得るような雰囲気もなくはないが、小説の書き手が誰であるにせよ、三田に追従的な見方は感じられず、原作では彼に対してやや批判めいた視点も感じられる。いろいろな見方ができるが、少なくともオペラを観た直後には、デスプラの発言もしっくりくるものであると感じた。

【目に見えないものへの敬意と不遜】
なにより重要なことは、三田と富子の共犯関係をデスプラが巧みに浮かび上がらせている事実だ。三田の来訪前には、病気の父親に寄り添って、看病の娘がいるというだけであった。病床の師を、弟子が見舞うというのも当たり前のことである。しかし、父親であり、師でもあるという存在を前にして、徐々に普通ではない領域に外れていくのである。大宮の存在はあるようでいて、なく、ないようでいて、あるものだ。多分、病人にも人間として考えるところはあるはずだが、2人は次第に、それを無視した言動をとり始める。そういえば、ソルレイは、バックミラーに映る老紳士の顔を何度も映し出していたが、それは時系列的にずれて、あとの場面でハイヤーに出現するはずの顔であったのかもしれない。霊的な存在の前でも、人々はしばしば罪を犯す。物言わぬ巨匠は、既に霊的である。では、三田と富子の罪とは何だろうか。それは多義的に解釈できるが、私にとって、もっとも重要と思われるのは、霊的なものの偉大さを忘れることである。

最後の音が途切れたあとも、ソルレイは着物の女性をスクリーンに映し出した。どちらかといえば、幽霊として現れるのは大宮である可能性が高い。大宮は三田と富子の関係に怒り、不遜な弟子のほうに最後の拳を振り上げたのではなかろうか。だが、三田自身はなにも気づかないのだ。信じないものに、霊的な出会いはこないが、そうはいっても、霊的なものが一切、存在しないというわけでもない。噂では幽霊は女性であり、ここに不思議な入れ替わりも生じており、実際に、私たちが目にするのも女性の姿である。デスプラは、最後に謎を残した。この作品を扱うときに、すべてを解決するのが正解とは思えなかったのだろう。目に見えないものの力を、私たちはこのとき、強く意識した。魔法や、水のように実体のない者、「ドッグ病」など、姿のないものを描くのはデスプラのお得意なのかもしれない。

ところで、元はといえば、幽霊は噂から生じたものだ。噂も霊的なものである。厳然とした形をもたず、それ自体、何も言うことはないが、噂の影響力はつよく人々のこころの中に生き、そこから生じた印象は次第に増幅していくことが多い。その面白さをテーマとしたオペラ作品としては、ロッシーニの『セヴィリャの理髪師』や、ヴェルディの『リゴレット』などが思いつく。デスプラの今度の作品も、かなりシンプルな形ではあるものの、こうした系譜に連なるものといって差し支えないのではないか。小さな噂ばなしや、他愛もない発想が最初は思いもしなかった闇へと人々を引きずっていくのである。『コジ・ファン・トゥッテ』など、モーツァルトにもそうした作品がある。知的遊戯としては、なかなかに滋味のある佳作であった。

2019年10月 8日 (火)

アレクセイ・リュビモフ ピアノ・リサイタル オール・モーツァルト・プログラム 9/29

【ボーリングしながら1曲】

アレクセイ・リュビモフの、すみだトリフォニーホール(小ホール)でのピアノ・リサイタルを聴いた。東京公演のモーツァルトは当初、ここ1公演の予定だったが、全席完売を受け、前日に同会場で追加日程が設定された。モーツァルトに加え、リュビモフが温める同時代の作曲家にも目を配った公演で、初めからわかっていれば、そちらを選んだにちがいない。括弧付きの引退公演というプレミアもつき、出遅れた私が手に入れたのは「オール・モーツァルト」のほうの、最前列の席だった。

しかし、この位置ではペダルがよく見えた。鍵盤は見えないものの(もともと手もとが見える位置に布陣することは稀だ)、響きはよく聴こえ、足もとの動きと聴こえてくる音から、両手のアクションも完璧にイメージできた。河童の水かきの如く、自由自在に足もとを操り、操作されるリュビモフのペダル・アクションは繊細で、綿密に考え抜かれている。彼の演奏をみていると、むしろ、足もとの動きが全体を生かしているようにも思えた。新井健歩という作曲家/ピアニストが一時期、MIDIなどのコンピュータ技術を使って、新しいペダル機構をもつピアノを開発し、既存の曲であってもより自由に、思いどおりの表現ができることを追究していたのを思い出す。無論、それとはちがう発想だが、ピアニストの足もとについても当然のことながら、より慎重に注意してみる必要がありそうだ。

放送機材か空調の音だろうか、常になにかのノイズまじりではあったが、音量が増えると、それは目立たず、条件の悪さを吹き飛ばすインパクトのある演奏内容となった。なお、このホールには新日本フィルの室内楽などでも多く足を運んでいるが、そのときに、同様のノイズが聴こえた経験はなかった。例えば、絶対音感のある人だったら、相当なストレスだったかもしれない。誰よりも繊細なはずのピアニストには、どのように感じられるのだろうか。私は凡人なので、そこまでではない。リュビモフらしく、どこか現代音楽のようだと思えば、笑って済ませることもできた。

リュビモフのモーツァルトは悪くいえば、無邪気なイメージである。モーツァルトにはいくつかの固定したイメージがある。①シンプルで耳ざわりがよく、きれいで、誰にでも楽しみやすいというものと、②何を考えているのかわからず、神秘的で、意外な不協和音もあり、デモーニッシュだというものである。後者のイメージとして、フリーメイソンだったというような逸話も補強に使われる。だが、今回のパフォーマンスで、特に思い起こしたエピソードといったら、いわゆる「ケーゲルシュタット・トリオ」で、ボーリングをしている間に1曲を仕上げたというような筆の早いイメージである。一気呵成に、新鮮で、勢いのある作品を書く。そして、いくらかは・・・否、だいぶん挑戦的だ。歴史的には舞踊的なものが重くみられ、歌劇も重大な影響力をもった時期である。そのような注文にも応えながら、宮廷に仕える異端児、モーツァルトの独特な仕事の真実が明らかにされた。

【モーツァルトの未来をめぐるシュタッドラーの冒険】

演奏されたのは短調を基軸に、幻想曲とソナタ3曲である。K311 と K457 のソナタは、先に行われた仙台国際音楽コンクールでもどちらかを必ず弾くレギュレーションになっていたように、モーツァルトならばこの曲というほどの代表的なものであり、誰もが知っている作品を敢えて選ぶことで、彼の演奏や解釈を明瞭に伝える意図が明らかである。しかし、最近、武蔵野文化事業団から当の主催者であるMCSヤングアーティスツに移籍した「ミスターヤマネ」自筆による解説文をみると、少なくともモーツァルト晩年の幻想曲(未完)2曲については、A.エバーハルト・ミュラーと、A.シュタッドラーの手が入っていることが明らかにされている。前者は演奏される機会も多く、完成の度合いもより高いために、補筆者の個性を感じることはないが、後者はほとんどがシュタッドラーの作品といっても間違いではなく、よく耳を傾ければ聴こえてくるメッセージに満ちている。

アントン・シュタッドラーは当時の著名なクラリネット奏者としても知られ、ウィーン時代に、モーツァルトと親交があったとされる作曲家である。モーツァルトと同じ世代ではあるが、寿命の短かった彼より、数十年もながく生きた。未亡人コンスタンツェへのお悔やみでもある、この作品は、モーツァルトが開けなかった未来を探るように、新鮮な味わいに満ちている。コンスタンツェにどれほど音楽に対する理解力があったかは存じ上げないが、彼女にはシュタッドラーの想いが伝わっていたものと考えたい。つまり、それは音楽によって、モーツァルトの未来を甦らせるという、彼の友人にしかできない偉業であった。

同じ未完の幻想曲ではあるが、K396 と K397 は、かなり異なった特徴をもっている。シュタッドラーは教養人らしく、古典的な書法をいちおう守りながらも、例えば、一瞬でも後世の近代フランス音楽などを思わせるように自由で、メランコリックな筆致で、孤独にして神秘的、余人にとって予想もできないモーツァルトの未来を描き上げたと思う。やはりクラリネットの曲がよく知られているシュタッドラーであるが、それらと比較して、この作品はきわめて異質であり、いくぶんモダンな旋律の流れをもち、多分、バロック音楽などを参考にして、しかも、そこから大胆に逸脱した未知の領域を探ったものといえるだろう。これはシュタッドラー自身にとっても、大きな冒険だったはずである。

【棺桶から甦った死者は未来をめざす】

美しいフォルムの K397 は、いわば、この日の演奏会でもっとも模範的な古典的作品で、当時のオーソドックスな書法を示すものだ。幻想曲2曲では、リュビモフはこころなし丁寧な筆致をめざし、特に冒頭の K397 では徹底的にパーツを磨き上げた、ほぼ完璧といえる演奏を披露する。そこからスタートして、K311 のソナタでは思いもよらない無邪気さで、インパクトの強い打鍵、コントラストの強烈さを演出している。一瞬、あけすけなパフォーマンスは、明らかに先述の ① のイメージとはちがう。近年では、喪われつつある解釈といえるかもしれない。例えば、録音ではフリードリヒ・グルダにちかい。リュビモフがやるから、私たちもそれを即座に正当なものと認められる。だが、例えば無名な若いピアニストがこれとそっくり同じようにやったとして、彼のパフォーマンスを同様に素晴らしい解釈であると認めることは難しかろう。それほど、オーソドックスとはちがうモーツァルトだった。

静かで、優美なモーツァルトしか認めない、ある意味では趣味のよいマニアな聴き手がいるとして、そのような人からすれば、到底、認めがたい演奏である。打鍵は粗野で、きれぎれに聴こえるだろう。あるいは、死んでいると思っていた死者が、棺桶から甦るような感覚で、ぎょっとするのではなかろうか。

今回のリサイタルで特徴的なのは、素朴を旨とする最近のモーツァルト演奏の常識からは遠く、ペダルを細かく使用し、ダイナミズムにも拘り抜いたパフォーマンスである。モーツァルトの時代的な楽器では、オルガンの名残りでペダルが豊富にとりつけられ、足鍵盤を備えたものもあったという。私たちが古い楽器について誤解しがちな、素朴で機能の制限された・・・というイメージとは異なっていたのだ。リュビモフの演奏は、それを連想させるのではないか。殊更に(巨匠時代の)古いスタイルを追ったのではなく、モーツァルトの時代の音楽が楽器の面からみても、十分な活気に満ち、個性ゆたかに演奏され得たことを示すパフォーマンスだ。また、モーツァルトがより高度な技術のなかに生きていれば、当然、対応したであろう可能性を探る意味もある。

さて、K311 の演奏に戻れば、第1楽章はロンドー的に同じモティーフが重ねて演奏されるときに、その声がいつも違うように現れたのが印象ぶかい。一方で、中間楽章はひとりの声による祈りの歌、もしくは、オペラ的なアリアが丹精に歌われる。終楽章は技巧的な歌唱のようにも聴こえるし、シンフォニーの終楽章のようにダイナミックな味わいも持っている。そのように聴くと、ひとつひとつの音に意味と役割をもたせ、それらの個性を描き分けた上で、みごとに関係させていくリュビモフの神業が理解しやすい。

【ロングレールと、con esperssione】

前半の最後となった K310 は、非常にロマンティックな作品と思っている。やや音質も枯れぎみのリパッティの録音などで親しんでいたこともあり、必要以上に深刻なイメージで捉えていたが、リュビモフの演奏はまた独特なものだ。この作品が成立した背景には母親の死などが関係しているともいわれ、その雰囲気がないわけではないが、むしろ、第1楽章は技術的に興味ぶかかった。それは兄弟のように成立した K311 の短いクラスタの組み合わせとは異なり、いわば鉄道のロングレール(継ぎ目のない長めのレールで、騒音が少ない)のような形で製作されている。モーツァルトは父からの英才教育により、フィグーラと呼ばれる音楽の修辞法や、高度な対位法の技術を幼くして身につけ、そのために天才と呼ばれたが、これらを駆使する場合、音楽は細かく分断され、明確なアーティキュレーションを伴う形となりがちだ。K310 の作曲法は、それとはまた異なったクオリティを示している。これはあとの時間で、シュタッドラーの創作によって示したものにちかい。親しい友人が必死で考えた未来にも、モーツァルトは一足先に端緒をつけていたようである。あるいは友人もまた、それを知っていて、モーツァルトによる新しい書法を忠実に蘇らせたつもりだったのかもしれない。

アンダンテ・カンタービレの演奏が、なんとしても印象的だ。リュビモフのパフォーマンスはどの瞬間にも、深い緊張感が宿り、当該の作品の演奏で、しばしば悩まされるような con espressione を忘れた変化の乏しさとは無縁である。そこには必然的に組み込まれた音符の動きがあり、人間の複雑な感情の襞が描き込まれている。おわりの楽章で、慎重に組み立てられた対位法をクリアに描き出す手法もさすがだ。ベートーヴェンではそれが必須になるが、モーツァルトの鍵盤単独の作品で、その境地を感じさせる演奏は意外に簡単でなく、素朴で、淡い構造のなかに消えがちである。こういう音楽が聴きたかったのだ。やっとである。リュビモフはこれを序奏のように使い、その後の部分は多彩な響きで、一輪一輪の花々を丁寧に描き上げるように、複雑な響きの唱和を聴かせ、あるいは、踊り手がひとりひとり個性を放つコール・ド・バレのように振る舞わせる。みごとであった。

【死と再生、そして、未来】

休憩を経た後半は、愛らしい K545 から始まる。これは確か、ヤマハの音楽教室か、楽器の宣伝に用いられていたものではなかったか。当日の楽器がヤマハであったことを踏まえ、それをもじるわけでもなかろうが、前にも増して無邪気な演奏で始まった。あまり深く考えずに、子どもが弾くような感じだ。ところが、小節を経るごとに響きは熟れていき、ゆたかに、重みを増して、大人の音楽へと成長していく。そして、先の幻想曲を経て、K457 は愉悦的な演奏というしかない。既に、この演奏会のなかで馴れてきた野性的な響きも、この曲ではいくぶん熟成している。優雅で、気品のある音楽だ。それまでのオペラやバレエ、あるいは、管弦楽曲のようなイメージと比べると、彼自身が部屋のなかで楽しんでいた音楽のように聴こえるのだ。これを私は、「熟成」と呼びたい。アダージョもやはり、深刻にはならず、多彩な歌い方で聴かせる。シューベルトのリートのように。そして、オペラの優しいアリアのように。あるいは、ベートーヴェンの「悲愴」ソナタのような部分もある。構造をみごとに使い、これらの関係がシンプルな素材を深々と彩っていくのだ。ここに未来が、コンパクトに詰まっているようであっても、そうした一瞬の興趣は次第に薄れ、モーツァルトの深い内面世界へと共にダイブしていくことになる。いま、「沈んでいく」と書こうとして、私は表現を変えた。自ら潜っていくイメージだ。

この作品の終楽章にも舞踊的な音楽は潜んでおり、リュビモフはそれを活き活きと写し取っているのだが、それまでのパヴリックなものとは異なっている。これは正に、生き返ったモーツァルトが親しげに、大事な人と踊るパ・ド・ドゥのようなものだともいえるだろう。

この日を前に、リュビモフと同じように時代的な楽器を愛で、巧みに演奏したウィーンの巨匠で、高名な指導者のパウル・バドゥラ・スコダの訃報が届いた。同氏は以前、PCM(パシフィック・コンサート・マネジメント)によるサポートを受け、最後の来日と称する演奏会も済ませていたが、欧州ではなお精力的に活動しており、この程、リュビモフと同じMCSの招聘で、再び来日することになっていた。それとは無関係に組み立てられたプログラムではあり、演奏者からは特に、彼の死に対するコメントもなかったが、バドゥラ・スコダのことも大事に思う私からしてみれば、リュビモフの演奏会は素晴らしい追悼のようにも思えた。

この演奏会のテーマは死と再生、そして未来である。リュビモフは、既に将来の引退をちらつかせている。少なくともある程度の規模をもつコンサートホールでの、一般的なコンサートには乗り気でないと聞く。彼の特別な音楽哲学に基づいた、そして、愉しみでもある親密な演奏機会を除いて、最後の「遺言」となるような、お別れの旅が始まっていると思ったほうがよい。今回のメッセージのひとつは、モーツァルトに対する固定されたイメージをテコ入れし、伝統的な自由さへと誘うことだった。彼は敢えて、楽器も古いものを使わなかった。楽器の面でも、多様な解釈があり得るからである。日本の新しい技術に基づくピアノでも、十分に時代を感じさせる表現が成り立つのだ。しかし、それだけのことに飽き足らなかった。彼はシュタッドラーと、エバーハルト・ミュラーを配して、モーツァルトの知らない未来を描き上げようとした。特にシュタッドラーの創作は未亡人への思いやりとともに、亡き友人がもっていたであろう無限の可能性への想像力に満ち溢れている。長くモーツァルトによる真筆と信じられた幻想曲はシュタッドラーにとって、恐らく、もっとも優れた創作であり、すべての演奏家(ピアニスト)と作曲家、そして、私たち愛好家の気持ちを代弁するものともなった。リュビモフの声が聴こえるようだ。私が言いたいのはそれだけのことではない。私たちは過去を省みるだけでなく、未来を描くべきなのだと。

彼らの描いた未来とは、モーツァルトの僅かに先かもしれないし、あるいは、既に別の人類が辿り着いた港だった可能性もあれば、遠く後世に花開く世界であったかもしれない。これに加えて、アンコールではシューベルトを加えて、モーツァルトが切り拓き、別の個性が拾ったリアリティの凄まじさに迫っている。早書きで、悪戯っぽく、挑戦的なモーツァルトの演奏と、より素朴で、優美さに憧れながらも、孤独に世を去ったシューベルトでは、演奏法も異なるはずだ。だが、歌うことの素晴らしさと、神への感謝の気持ちではすこしも変わらない。アンコール1曲目の即興曲 D899-2 は、正直、こうしたリサイタルでよくある例かもしれない。つづいて、D899-3 も珍しくはない。しかし、リュビモフは急にインスピレイションが湧いたかのように、続けざまに D899-4 を弾き始めた。これには驚き、思わず涙が溢れた。シンプルな旋律と、フォルムの重ね合わせ、そして、その巧みなずらしである転調。よく知っている曲なのに、途中から、まるでモーツァルトの作品を聴いている気持ちがした。この偉大な才能に、未来がひれ伏しているのだ。

【完璧な精度と一回性】

ロンドーやソナタ形式のもつヴァリエーション的な側面も、この日の演奏で印象に残った部分のひとつだ。こうした形式が将来、ロマン派の寵児となり、ブラームスの決め技になっていく。古典における繰り返しは後世からみて無駄であるともされ、当時の主な聴取者が真剣に集中した音楽愛好家ばかりでなく、むしろ、音楽よりも社交に関心のある王侯貴族らであったことも考えると、なるほど、今日的には無駄と考えるにも一理がある。だが、そのような遊びの部分にこそ、演奏者と聴き手の立場でのコミュニケーションの余地を探ることもできるのだ。この点で、リュビモフの演奏は特筆してメッセージゆたかである。シューベルトの即興曲がアンコールに選ばれたのも、この流れから必然だったとみるべきである。

ピアニストにとって、即興とは何だろうか。往時にはある意味では曲芸的な、自己PRとしても用いられた。例えば、モーツァルトはライヴァルの音楽家たちと腕を競い、J.S.バッハは息子のエマニュエルが仕えるフリードリヒ大王の御前で、多声フーガの即興演奏を所望され、いちどはみごとに応えてみせた。次の日に出された難しすぎる要求にあとから綿密に応えたのが、『音楽の捧げもの』である。このようなPR活動や、顧客とのコミュニケーションが当時は欠かせないものだった。

通常、クラシック音楽の演奏においては即興性より、精確で、根拠に基づく蓋然性の高い再現性、一貫性のほうが重要視される。しかし、リュビモフがもっとも重くみるのは、たとえ同じアーティストによる、同じ曲の演奏であっても、二度と出会えない音楽の一回性だ。完璧であり、初めて出会うような音楽であるという矛盾した条件を満たすのが、プロの音楽家の本分である。モーツァルトは、1回1回がそれこそ特別な音楽になる要素が深い。ある瞬間に印象ぶかく受け取られたものは、一生ものとして胸に残るだろう。例えば、私にとっては、ユベール・スダーンと東響による交響曲第40番の演奏などは、そのひとつに数えられる。一方で、そこまで到達するのに邪魔するものが多い作曲家なのかもしれない。今度のリュビモフの演奏は、墓場まで引き摺っていくことになりそうだ。

予定どおりであれば、彼は来年も日本を訪れて、演奏を披露してくれるはずである。その先のことは、まだ誰にもわからない。モーツァルトはともかく、シルヴェストロフやウストヴォリスカヤでさえも人が呼べるピアニストといったら、彼以上の存在は今のところないわけで、彼がどんな形であれ、演奏を披露しつづけてくれることを願うファンが多い。彼の響きから受けとる、一期一会の体験をまだまだ重ねたいと思う。一方で、彼が伝えたかった音楽を継承する若者たちの探索にも身を削らなくてはならないだろう。例えば、モーツァルトに用意されていた未来を探るのに、シュタッドラーでは明らかに力不足であったろうが、それでもあれだけの仕事をしてのけたのだ。ある意味、そこがいちばん印象に残った。今回、リュビモフが仕込んだオール・モーツァルトの裏に隠れた、別の作曲家の存在について、私は深い感銘を受けた。素晴らしい仕掛けだった!

【プログラム】 2019年9月29日

オール・モーツァルト・プログラム
 1、幻想曲 K397
 2、ソナタ K311
 3、ソナタ K310
 4、ソナタ K545
 5、幻想曲 K396
 6、ソナタ K457

 於:すみだトリフォニーホール(小ホール)

2019年9月 7日 (土)

東欧の調べ スロヴァキアのユース合唱団 Cantica Nova を迎えて ミクロコスモス(主催)+アンサンブルAMU 9/7

【奥ゆかしい Cantica Nova】

スロヴァキアのトルナヴァで、設立から50周年を迎えるユース合唱団 Cantica Nova の来日に合わせて開かれた「東欧の調べ」というコンサートを聴いた。国の重文に指定されている上野の東京音楽学校旧奏楽堂には今回、初めて入った。中身はリノベーションされ、古き木造建築のクオリティはさほど感じず、音響はややデッドな上に、壁も薄いが、小規模なオルガンが設置され、舞台と客席の間にある空間は多分、ピットとして使用できるものと思われる。限られた空間に、当時(明治23年建設)の音楽活動に当面、必要であった施設がコンパクトに詰め込まれていたことが想像できる施設だ。外観が、特に建設当初からの雰囲気を保存する。

日本でいうところの中高生あたりで構成されたスロヴァキアのアンサンブルは、その歴史のなかで国際的にも繰り返し評価を受けてきたようだ。高度な訓練を受けてきたとしても、それを露骨には示さない奥ゆかしさ、ナチュラルで人間くさい歌唱が特徴である。今回は男声の3倍くらいの女子で構成され、特に女声の内声部に厚みがあるのが印象ぶかく、高音は滑らかだ。主旋律をシンプルに盛り上げ、敢えてハーモニーを立たせず、和声が自然に追従していく薄味のアンサンブルに味わいがある。響かないホールだったこともあるが、声量も派手に使うような傾向ではない。これは以前、レオシュ・スワロフスキーが都響と共演させ、私が深い感銘を受けたスロヴァキア・フィルハーモニー合唱団の特徴ともちかく、同国コーラスの伝統の一端を教えるものだ。

トルナヴァはかつて、ローマ教会の司教座が置かれた伝統をもつ都市であり、そのレパートリーには当然ながら、宗教的なモティーフをもった作品が多いが、当夜、歌ったもののなかにもルネサンス期のヤコブス・ガルスという作曲家のものがあり、より深い音楽の伝統とも自然に結びついている。一方で、アンコールで歌った作品のひとつはオーストラリア出身の作曲家のもので、神を讃える内容であるといいながらも、ポップス調であり、しかも、英語であるが、それもきれいに歌っており、アンサンブルがインターナショナルな感覚にも満ちたモダンな集団であることも窺わせる。祖国を代表するスホニュの『美しいわが祖国』に始まり、つごう10曲、9人の作曲家の作品には、隣国を代表するドヴォジャークなども含まれ、「離婚」後も、両国が文化的には高く認め合っている印象を感じさせた。

【ヤシュルドヴァーとケドロフ】

この日のメイン・プログラムはスロヴァキアで学び、同地で活躍したソプラノ日向野菜生を独唱に立てたマーリア・ヤシュルドヴァーの作品で、『ポリャナで』という佳品である。合唱がクラスタ気味に息づかいで示す風の音に始まり、独唱と合唱が起伏ゆたかに対話する3曲構成。この日、最初の2曲は切れ目なく歌われた。何気ない日常のやりとりをユーモラスに象り、子守唄や、別れゆく恋人同士のかみわない対話、愛情のなくなった夫婦などのモティーフが歌われる。ララバイは死や不幸への不安と向き合い、自然災害が恋人たちの間にあったひびを決定的なものにして、7年妻と会わない夫を誰かが誘惑する。単純なモティーフに多義的なものを忍ばせつつ、反対に、猥雑な比喩を想起させておいて、実はその邪推を裏切る自然的な美しさとを意図的に対置する仕掛けに満ちたポエジーが窺える。押し出しの強い日向野の声は、淑やかで慎み深いフレッシュな歌声と完全に調和していたのだろうか。また、言葉がきれた後にまた最初のように、風の音が鳴るはずだったようだが、流れが途絶え、客席からも拍手が起こってしまったがために、そのままおわるというアクシデントも発生した。別段、飛び出し気味の拍手だったわけでもないのだが。

私が気に入ったのは、ニコライ・ケドロフの『主の祈り』である。この作品で知られるロシアの作曲家は1871年、ペテルブルクの生まれ。子孫も音楽家である。いくつかの楽区が構造的につくられ、ミルフィーユのように薄い響きの層を丁寧に重ねながら、Amin が重なって祈りがおわる。ややしめやかな Amin のあと、最後、顔を持ち上げて元気よく締めるのが Cantica Nova 風だろうか(いくつかのヴァージョンがあるような気がする)。お国もののパヴォル・プロハースカ、イヴァン・フルショフスキー、ヤーン・バラフといったところは、特に歌いやすく、それぞれにモティーフは異なるものの、親しげな雰囲気を感じられた。「離婚」してよき友達にもどった両国、イジー・ラブルダ、ドヴォジャークというチェコの作曲家も、言葉の共通点などあり、比較的、理解もしやすいのだろうが、幾分、おとぎ話のようにも聴こえるのが面白い。このような批評が正しいかどうかはわからないが、それに比べると、スロヴァキアの歌はどちらかというと素朴で、人間や、生活に根差している感じがする。ところが、同時代のヤシュルドヴァーは、チェコ的にファンタジックな曲想も加え、コスモポリタンであった。

【ユニークなマドリガーレ・ソナタ】

彼らを迎える日本側のホストとしては、アンサンブルAMUが2曲を披露した。ピアノの沢由紀子さんを中心として、他にヴァイオリンとフルートで構成されるトリオは、全員がHAMU(プラハ音楽アカデミー)の出身でそれをもじって・・・というわけでもなくて、沢の実家のおばあちゃんが営んでいた編み物やにちなんだ名前というのは意外なとことである。ヨゼフ・スクの短いバガテルは舅であるドヴォジャークを受け継ぐ大らかな旋律の上で、ヴァイオリンの小技が効き、その部分はヤナーチェクの発話的な旋律に倣うかのようであった。

2曲目のマルティヌー『マドリガーレ・ソナタ』はきわめて技巧的だが、ユニークな楽しみのある作品だ。ソナタと称するように、やはり構造的な作品にはちがいない。第2部の宴たけなわなるところで、おもむろに流れが打ち切られ、最初のほうに現れたシーケンスに遡る。同時代フランスの華やかで、活気のあるアンサンブルに乗せて楽士登場というエントランス風に奏でられた響きは、おわりのほうでは、舞踏会がはねる寂しさを告げる響きへと転回し、すぐにはコーダに入らず、おずおずと、しかし、最後は華麗に幕を締める。「マドリガーレ」は周知のように、中世の歌曲の形式のひとつで、モンテヴェルディの作品群などが特に有名である。マルティヌーの作品は殊更に新古典的ではないが、フルートの細かいタンギングや、ヴァイオリンのピッチカート、それぞれの躍動的な動きを通じて、これまた声楽的なアヤをつけている。このような特殊技能を駆使した作品が、この3人は特に巧みのようであった。なお、ピアノ=沢のほかはヴァイオリン=生方真里、フルート=鈴木真紀子。それぞれ大学や音楽スクールで講師を務め、マルティヌー協会日本支部のプレジデント、もしくは会員という。

【慣れるしかないわ】

スロヴァキア側からは指揮者で、Cantica Nova の会長である ガブリエル・カラポシュ氏が参加。アカペラ曲が多いものの、一部の曲で共演したピアノのマルティナ・トマソヴィコヴァもジャンルを選ばず、好演であった。今回のツアーの世話役でもあり、演奏会の司会は、「ミクロコスモス」というアンサンブルを主催する指揮者の久保田洋氏。MCではカラポシュ氏に体重を聞いたり、合唱団で青毛に染めた令嬢をつかまえて、「お父さんはどういっているの?」と質問するなど、自由すぎた。「慣れるしかないわ」とのお答えがもっともだろう。なお、ほとんどの子はブロンズや栗毛である。最後、手を振って去って行くのが可愛らしかった。8日に町田市のプロジェクトに参加して、国際版画美術館のロビーで30分ほど歌い、帰国するそうだ。台風の影響がなければいいが。日本でのことが、よい思い出になるなら幸いだ。

2019年9月 2日 (月)

指揮者ラドミル・エリシュカが亡くなる~日出ずる国に愛された老年のミューズに捧ぐ

指揮者ラドミル・エリシュカの訃報が、徐々に広がってきています。9月1日、この愛情ぶかき指揮者は恐らくプラハで、88年の生涯を閉じたとのことです。世界中で活躍した高名な指揮者ほどには大きく伝えられていないけれど、例えば、twitter で「エリシュカ」というキーワードで検索するだけで、彼がこの国で残した足跡の大きさが窺えます。ついに、この事実を受け止めるべき時が来ました。まずは、深い哀悼の意を捧げ、同時に感謝の言葉を記したいと存じます。彼が指揮台に立つというだけで、全国の音楽ファンがその場に足を運ぶべきか悩み、多くの方が実際に動かれたことは記憶に止めておきたいと思います。そして、いちどそれをやってしまうと、もはや、その誘惑に二度と逆らいがたくなるような誠が、彼の演奏にはありました。

個人的なことをいえば、エリシュカさんの札響での2回目の演奏会から、そういう立場になったのです。氏の来日は年間2回ほどでしたが、そのペースに合わせて、札響の定期を中心にずっと聴いてきました。その最初の機会となった演奏会では、私がこよなく愛するドヴォジャークの交響曲第6番がプログラムされており、ヤナーチェクの演目も入っていました。これがのちに続くドヴォジャーク交響曲シリーズの初回に当たります。正直、感心しないロビーでの室内楽に不安感を覚えながら聴いた、本番の素晴らしさはどうして、筆舌に尽くしがたいものがありました。当地では、それ以外の人たちとの出会いもありましたが、これに限らず、エリシュカをめぐる旅を通じて、多くの人々を実際に繋ぎ合わせたことも、彼の功績のひとつだといえます。人々から注目を集めることで、オーケストラは確実に自信をもち、急速にレヴェルアップしていきました。たまにしか聴かない分、その進歩が客観的によくわかるのです。最近はロビコンも素晴らしくなり、メンバー交代もありながら、楽団の方が確実に階段を上っているのがわかります。いまでは、待遇のよいN響、読響、京都市響などにも、尾高=エリシュカ時代の同志たちが散る一方、若く優秀なアーティストが穴を埋めて、北の大地を楽しませています。

その後、日本にも様々な変化がありました。エリシュカさんがコツコツと人気を高めていく中で、2011年には東日本大震災と大津波が発生し、原発事故が起こって、日本に来ないアーティストが多くなる中でも、エリシュカ氏は予定通りに日本を訪れて、指揮を振ってくださいました。震災からまだ1月余しか経っていない4月、札幌でのドヴォジャーク『スターバト・マーテル』の公演はディスク化されなかっただけに、いっそう、胸のなかにふかく鳴り響く音楽となっています。エリシュカさんがしっかりした作品と認めるドヴォジャークの5番以降の全交響曲に加え、チャイコフスキーの後期3交響曲、スメタナの連作交響詩『わが祖国』、そして、最後となったリムスキー・コルサコフの『シェヘラザード』を録音したレーベルは、エリシュカの招聘とプロモートに関わった個人的なところでした。また、Altus は、ブラームスと大阪フィルの録音に手を貸してくれ、日本コロンビアは佼成ウインドオーケストラでの録音に関係しています。

ある意味では、私たちのオーケストラと、それを支えるコミュニティは晩年のエリシュカの功績を引き出したともいえます。それがなければ、エリシュカはチェコの音楽学校で、ヤクブ・フルーシャをはじめとする後進に対し、知る人ぞ知る影響力を与えた指導者としてしか、知られなかったかもしれません。願わくはもっと広い世界に向けて、今日、まったく忘れられている誠実そのものの、滋味に満ちた、本物の演奏を発信できればよかった。そうはならなかったとしても、私たちは十分によくやったと思っています。

ところで、氏のプロ―ヴェは厳しく、やや不器用なものだったと聞いています。初めてのオーケストラでは、関係者は彼のこころがちゃんと理解されるのか、不安に感じていたと聞いています。結果的には多くの仲間たちが、彼の発する ’Ne!’ の声を温かく受け容れることができるようになりました。特に札響と大阪フィルが、体調悪化による引退まで、彼の仕事の重要なパートナーになりました。関係者の多大な苦労は想像だにもできません。一方で、それぞれの地で音楽を愛する者たちが彼のことを家族のように迎えたのです。

エリシュカは日本で吹奏楽団を含む8つのプロ・オーケストラ(9つ目になるはずだった新日本フィルは引退決定によりキャンセル)に客演し、その多くで再登場を果たしていますが、もうひとつ、恒例の音大フェスティバルでも指揮し、首都圏の意欲ある学生たちとも交流した結果、彼らの発する鮮度の高いなエネルギーもまた、エリシュカの人気に一役買っていたと考えます。そして、引退して容易にお会いできなくなった後も、日本のことを気にかけて、札幌での電力ブラック・アウトや、何か大きなことがあると、逸早くメッセージを送ってくださいました。私たちのことを絶えずこころにかけて下さっていた紳士も、いまや天に召されたのです。札響で彼の応援団長だったヴァイオリニストの石原ゆかりさん、彼の活動の基本となるものを教えたブルジェティスラフ・バカラ先生とも、旧交を温めていらっしゃるのでしょうか。日本にもつきっきりでいらした素晴らしい奥さまのお気持ちを思うと、とてもやりきれませんが、エリシュカさんも愛を注がれていた、ご家族が支えて下さるにちがいありません。

この悲しみはチェコに行かれないのであれば、札幌で雪ぐよりほかにないでしょう。札響の10月定期『ヨハネ受難曲』の演奏会に行くかどうかを悩んでいましたが、この報を聴いて、一気に手配済みとなりました。尾高=エリシュカ体制を継ぎ、現在のマティアス・バーメルトにバトンを繋いだマックス・ポンマーの指揮です。これ以上の演目はありません。

2019年8月30日 (金)

ヤナーチェク 歌劇『イェヌーファ』 演奏会形式 イェヌーファの会(主催)

【2017年からのアップグレード】

2017年に第7回「ヤナーチェク・ナイト」で披露された『イェヌーファ』の形式は、予想以上に多くの実りを与えた。イェヌーファとコステルニチカの養母子に、ラツァを加えた3人だけのキャストを用意した抜粋で、司会メンサー華子がストーリー・テリングを担い、伴奏はピアノに、一部、シュテヴァが歌うはずのモティーフを演奏するなどの目的でヴァイオリン1本を加えたものにすぎなかったが、どうして、その成果は素晴らしいものだった。関係者はそれに満足せず、2年後にキャストをすべて揃えた全幕上演を実現した。ピアノとヴァイオリンに加え、今回は歌劇のなかで、同様に重要なモティーフを担うシロフォンを追加。新国立劇場(2016年2月にイェヌーファを上演)スタッフの城谷正博が指揮に加わり、演出家の粟国淳が全体のステージングをサポートする立派な公演へとアップグレードされた。東京文化会館の小ホールは、ほぼ満席にちかく埋まった。

前奏曲の冒頭から不安のモティーフとして鳴るシロフォンの響きが加わり、ヴァイオリンのモティーフも頻繁に奏でられる第1幕の音楽的構成は密度が高く、室内楽的に完成している。2年前の公演から、上記の三役は変更せずに上演できたことも大きい。加えてブリヤ家の女主人は当役ではお馴染みの与田朝子で、イェヌーファ、ラツァとともに、序盤の展開をソツなく埋める。題名役の小林厚子は前回の公演で特に印象的な存在であったが、今回はさらに深みを増した歌唱で、役に馴染んだといっても過言ではないようだ。その見せ場はなんといっても第2幕にあるが、その模様については後述する。

ラツァ役の琉子健太郎は高音が詰まり気味になり、居丈高に振り下ろすような声になってしまうときがあり、技術的にはいくつかの課題があったものの、内面的な表現には優れている。彼が魅せたのは第1幕のおわり、ラツァがイェヌーファの頬を傷つけてしまう場面で、直後に動揺して、彼女の名前を連呼するとき、一瞬だが、深い愛情を示すところだ。彼の行動はいわば元カレによるストーカー行為に値し、自分自身が難しい状況に陥った後であるとはいえ、イェヌーファがみずから彼の行動を赦し、共に歩み出すまでの過程は現代人にとって疑問が多い。粉屋の親方などは、ラツァがわざと刃傷に及んだと思っている。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。ヤナーチェクはオペラのなかで、多義的に解釈できる要素を多く入れるのが特徴だ。ラツァにも弁護の余地はある。

【ラツァによる刃傷の意味】

仮にコステルニチカを神であるとすると、そして、また、イェヌーファがイエスであるなら、ラツァとシュテヴァはそれぞれユダとペテロに値する。面白いのは、ヤナーチェクがユダに同情的である点だ。神(コステルニチカ)は自らと、イエスを拒んだペテロをふかく憎み、実際、ともに沈む。これと比べると、ユダはイエスを傷つけたにもかかわらず、最後にはすべてを正しい方向へと導くのだ。まるで、ユダがもっともイエスをよく理解した使徒であり、イエスが特に彼を選んで裏切りを指示したという、グノーシスの一派『ユダによる福音書』を遺したグループの考えにちかい解釈ではなかろうか。ラツァが暴力によってイェヌーファを裏切った、その瞬間にこそ、最高の愛があるのだ。その後の物語は、これを読み解き、確認していく過程にすぎないともえいえる。

この愛について、私はこれまで、何回か接した『イェヌーファ』の公演では気づくことができなかった。むしろ、そこにあるのは生煮えの素材であり、その後、熟成していく想いの、尖った欠片のようなものにすぎないと感じていたのだ。人間は成長するという単純至極な見方によって、このような解釈は容易に根づきやすい。だが、現代的にみれば、女性の側からみてラツァによる刃傷は許しがたく、後戻りのできないものにみえるだろう。それならば、やや出発点が複雑なものにはなるものの、ラツァの行為がもともとイェヌーファの訴求によるものだとすれば、矛盾はずっと小さくなる上に、第3幕の台詞などにもよく整合する。

もっとも、この日はプレトークでピアノ版で披露された序曲『嫉妬』が作品冒頭に置かれていたことから導かれる解釈を重くみており、序曲が最終的に破棄されたとはいえ、音楽的モティーフからみても、異父弟に対する嫉妬がラツァの刃傷にとっての起因であったことも疑いがない。このオペラがヴェリズモ的な単純さを示す印象もまた、否定できないのだ。作品に描かれる心理的に複雑な過程にもかかわらず、ラツァだけではなく、コステルニチカも衝動的な行動をとる。第2幕でシュテヴァへの希望がほぼ完全に絶たれたのち、次に期待を賭けるラツァがシュテヴァの子を育てねばならないのかと嘆いた瞬間に、彼女はまだこの世に在る嬰児が既に亡き者であると断言してしまうのだ。この場面には息を呑む。この決定の裏にはシュテヴァへの深い憤りや、自らの立場を守りたい社会的な防衛本能が働いているにちがいない。しかし、よく見てみれば、ヤナーチェクはそのような衝動だけでは、人は動かないと断じているのである。第3幕でみられる、コステルニチカの自己分析は正しくない。やはり、これは打算的なものよりは、愛情に導かれていると思うほかない。人々は他者への特別な愛情のためなら、罪をも犯すだろう。

【イェヌーファは夢の中にいたか】

全幕上演に変わり、イェヌーファ&ラツァの関係だけに止まらず、もっとも存在感を増すのはコステルニチカであった。ベテラン歌手の森山京子は2回目の上演で、いっそう強烈な役づくりを披露したが、それでも音楽や技術のフォルムが一向に崩れないのはさすがというほかない。赤子をおくるみに包むような仕種をみせたあと、舞台のやや前方に進み、まるで歌舞伎役者のような大見得を切ったあとで、裏に消えていくときの迫力は一種のトラウマになりそうなほどだ。こんな強烈な「打算」などあるわけがない。G.プライソヴァーが事実に基づいて仕立てた戯曲『あのひと(女)の養女』を、ヤナーチェクはほとんど変えずに使ったそうだが、それにもかかわらず、音楽や構成の妙により、強烈な異化が生じている。

第2幕はコステルニチカの決断と、つづくイェヌーファの夢遊病的な「狂乱の場」が対応的に書かれている。彼女は聖母マリアに祈り、美しい晩祷が旋法的な響きで歌われる。ここでイェヌーファは、コステルニチカと同じ(そして、マリアとも重なる)母としての格を獲得するのである。今回の舞台は照明をうまく使い、第1幕を夕べの薄暗さ(むしろ明るみ)のなかに、第2幕はより深い暗闇、そして、第3幕でやや光量を上げて描き上げる工夫をみせた。粟国淳がそれ以外でアイディアをみせたのは、コステルニチカとシュテヴァの会談が決裂し、シュテヴァが逃げ去っていく場面で、裏から姿を現したイェヌーファが母と声を合わせて、シュテヴァの名を呼ぶところである。このドキリとする場面は、またも解釈を複雑にする。既述のように、コステルニチカは嬰児を亡き者にしようと連れ去ったあとで、イェヌーファの独白が始まる。これが、まだ夢のなかである可能性が露骨に生じたのだ。実際、第3幕でコステルニチカはイェヌーファが数日、目を覚まさなかったと言っている。それは普通、咄嗟にでた嘘だと思われるのだが、事実と受け取った場合には、当時のイェヌーファは夢のなかで歌っていたことになるのだ。

その後、イェヌーファは夢心地から醒めて、帰宅したコステルニチカ、使いから戻ったラツァと話す場面があるのだが、やや強引ではあるものの、これもまた夢として解釈してみるとしよう。すると、イェヌーファは第1幕の最後から、ほぼ直接的に第3幕の結婚式に飛んだことになる。その間に起こった、様々な逸話については省略されているのである。ここで重要になるのは、第1幕で示されたラツァの深い愛情だ。それが明確ならば、結婚式の場面も決して矛盾とはいえない。この詩的な跳躍は、私の気に入るものだ。粟国やキャストたちが、それをハッキリと意識したかどうかはわからない。だが、私にはもうひとつの道がみえたのだ。

【隠された行動原理~発話旋律】

第1幕と第3幕で共通するものとしては、スラヴ的な祝祭の音楽がある。第1幕ではシュテヴァが帰郷した兵隊の若者たちをおおぜい引き連れて、楽士を招き、ドンチャン騒ぎをする。第3幕では、乙女たちがイェヌーファの晴れ舞台をせめて華やかにするために騒ぐのだ。前の公演で活躍したメンサー華子を中心に、こころから楽しげなアンサンブルは見ているほうが羨ましくなるほどである。目的はちがうものの、これらが一直線に貫かれることも、夢を飛び越して現実が繋がる構造を感じさせる。なお、この作品におけるヤナーチェクの音楽は大きく3つの要素にわけられる。「発話旋律」と呼ばれる、苦心して生み出されたデクラメーションによる心理描写を、詩的に構成する音楽が、もっともみごとであるのは明らかだ。しかし、いまのような祝祭的な活き活きとした音楽や、堅固な伝統に基づく宗教的な音楽の構造美も見逃せない。

第一の要素についてもっとも印象的なのは最後の幕で、式に割り込んできた子ども(演じたのは複数の端役をこなしたメンサー華子)が嬰児発見を慌てたような早口で報告する場面だ。この1分にも満たない局面が、2時間にわたる歌劇の種明かしになっていることはなかなか気づかれないし、私も当夜、初めてそれを意識した。だが、この場面を境に祝祭的なムードは消え、罪の告白と贖罪が行われる。ほとんど神としてのコステルニチカは転落し、社会的な富貴であるシュテヴァも同時にすべてを奪われる。これはいわば、それまで神秘主義的、カヴァラ的に展開した物語と音楽の秘密が曝露されたときの罪科のようにも聴こえるのだ。この歌劇には見かけ上の激情や、ヴェリズモ的な振る舞いのほかに、とりわけ言葉と密接に関連した隠された行動原理が潜んでいるのかもしれない。それはもちろん、グノーシス主義やユダヤ教の教えの一部にも似た具体的な対象から直接、導かれるものではなく、いわば書いた者にしかわからない秘密というべきであり、表向きとは異なる飛躍が面白い。そして、この場合、子ども(牧童ヤノ)による罪の告発は二重三重に譬喩的なのだ。

この日の公演は、そうした秘密に限りなく近づいたように思えてならない。正直、ここまで揃えればオーケストラでの上演が恋しくなるが、それ以上に見どころのある舞台であった。音楽スタッフはピアノに北村晶子(藤原藍子もプローヴェをサポート、プレトークで『嫉妬』連弾演奏にも参加)、ヴァイオリンにピルゼン(プルゼニ)で長く音楽活動に携わって帰国した山﨑千晶、シロフォンは竹内美乃莉。北村は複雑なスコアを緻密に再現、山﨑も相当の訓練を積んで、この日に臨んだことがわかる。言語指導は、このグループの活動に指導的な役割を果たす西松甫味子だった。

【プログラム】 2019年8月22日

ヤナーチェク 歌劇『イェヌーファ』(演奏会形式、室内楽伴奏)
 
 於:東京文化会館小ホール

2019年8月 3日 (土)

新海誠監督 映画『天気の子』~徹底した異化と、見えないものをみようとする努力

【二部作】

映画『君の名は。』の爆発的ヒットで、新海誠監督はマニアックだが、独特のこだわりのある個性派のクリエイターという位置づけから、大資本がリソースを集中し、過剰と思えるまでのコマーシャリングをかけても十分なリターンを計算できる存在へと進化を遂げた。一作前の『言の葉の庭』が1時間にも満たないコンパクトな作品で、1000円で観られるという戦略からリピーターが急増し、尻上がりのプチ・ヒットを飛ばしたことと比較すると、圧倒的な飛躍である。ここで培われた習慣が、長編映画のヒットにも少なからず貢献したことは明らかである。作品の魅力にとり憑かれた者たちは自宅のDVDを再生するように、映画館に向かい、金銭や時間というリソースを惜しげもなく消費して、作品を味わい尽くしたいと願うようになった。通えば通うほど、愛情は募っていくものだ。作画の圧倒的な美しさと、素晴らしい音楽とのタイアップは、スクリーンで繰り返しみる欲求を生ぜしめるに十分だった。DVDや、テレビ放送を待つというわけにはいかないのだ。

新海にとっての強みは『言の葉の庭』以前に、『雲のむこう、約束の場所』と『秒速5センチメートル』というクオリティの高い作品を残していたことで、『君の名は。』のヒットにあわせて、これらの作品もスクリーンで上映されることになるが、毀誉褒貶もある新作に比べると、これらの作品にケチをつける言説はあまり目立たなかった。ユーモアのすぎた性的描写や、思春期の少年の内面的な問題が大袈裟な事件(彗星落下と町の消滅)に結びつくストーリー構造、そして、青くさい恋愛の描写に批判も根強いが、最新作『天気の子』はそれらの言説と関係なく、公開11日にして、既に40億円を超える興行収入を稼ぎ出すドル箱として機能しており、勢いに翳りはない。

『言の葉の庭』をプレリュードとして、『君の名は。』と『天気の子』は二部作のように書かれている。どこか主人公たちも、似通っているのは偶然ではない。しかし、Trionfi という伝統でいえば、ちかい将来、さらにもうひとつ兄弟作が加わることも予想される。

【筋書きよりも視点の映画】

本作の弱点は、ストーリーの弱さにある。家出して上京した少年と、親を喪って貧困生活を送る少女が出会い、短い間でも、100%晴れにできる少女の特殊な能力を商売にしているうちに、予想どおり、矛盾が生じ、罰を受けるように少女は天の側にとられてしまう。少年は警察の勾留から抜け出したり、困難を切り抜けて、少女と再会し、再び悪化する天候と引き換えに、彼女との関係を取り戻すという物語だ。ファンタジーとしては、意外な要素がほとんどない。ああなって、こうなるだろうというのが予想できる。その点では、わかりやすい映画だ。しかし、この筋書きのなかに入りきらない、胸を絞めつける要素が多くあることを見逃してはならない。もっとも大事なメッセージは、不可視(インビジブル)なものへの想像力ではなかろうか。

例えば、私たちが見上げる空に、水があるという発想だ。これは実に身近な体験であり、空に水蒸気の粒が集まった雲ができ、それが発達すると雨が降ってくるということは、ほぼ誰でも知っている科学的事実であろう。それにもかかわらず、空に水があると言われると、パッと呑み込むことができない。こうした現象を、異化と呼ぶこともできる。これは、次に重要なキーワードだ。

気候変動が進むと、極地の氷が解け、海抜の低い島嶼国などは海に沈んでしまう危機を迎える。これもよく知られており、気候変動については、国際的な枠組みの中でも議論されている。だが、実際に東京やニューヨーク、ロンドンなどに住む人たちは、しばしば、このような問題を忘れている。我々が森林を切り倒し、化石燃料を用い、生活や産業に必要な、あるいは、それらを快適、便利にするエネルギーを多く用いることで、変動の幅は大きくなる。天気の子がもつ特殊能力のメタファーは、実は非常に身近なことに基づいているのだ。

それに対する罰があることも、私たちは十分に知っているはずではなかろうか。例えば、日本では毎年、異常な量の降雨が発生し、河川の氾濫や土砂崩れを引き起こすようになった。『君の名は。』の筋書きが明らかに東日本大震災と大津波に関係していたように、『天気の子』もこれらの時事問題とつながりがあるのは想像に難くない。日本だけではなく、欧州でも今夏、しばしば熱波が襲い、南仏など、広い地域で40度ちかい高温を記録しているそうだ。ところが、「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」というように、こうした感覚を私たちはすぐに忘れてしまうものでもある。季節が急になくなるわけではなく、夏は暑かろうし、冬には寒くもなる。異常が顕著に起きたときだけ、これは由々しき問題だと感じるにすぎないのである。

『天気の子』は意識しなければ、決して見ることのできない存在を中心に描いている。主人公の2人の境遇が、まず、そうだ。家出少年と、親の庇護を失って子どもだけで成り立つ家庭である。島から客船に乗り、家出した少年はネカフェで寝泊まりし、当面の仕事を探すが、うまくいくはずもなく、毎夜、ハンバーガー・ショップで飲み物だけを口にする生活に陥った。やがて、あやしげな編集プロダクション風の会社を営む男が、ちょっとした役割を提供し、彼に食住だけを保障するのが幸運にみえるほどだ。一方の少女は母親と死別したあと、弟と一緒に暮らすことができる生活を喪うことを畏れ、年齢を詐称して、自活を試みている。少年の家出の理由や、姉弟の父親がどうしたのかということについては描かれていない。社会の外で暮らし始めた主人公たちは互いの存在をみつけ、庇いあうようになる。彼らの恋愛関係はプラトニックなものにみえ、ラブ・ホテルで同じベッドに寝たとしても、キスや、ベッドインのシーンはないのだが、その本質は性欲よりも、他から目にみえないところにいる者どうしの共生感覚で成り立っているように感じられるので、さほど不思議ではない。孤独な透明人間が自分と同じ境遇をもつ、もうひとりの透明人間を見つけたとすれば、それは自然に結びつくだろうという話である。

【異化、移り変わっていくもの】

新海監督のもつ際立った才能は、物事を異化する力である。いま、述べたようなこともロジックとしては、きわめて単純で、巷間によく知れ渡っていることだ。そもそも「天気」という言葉自体が、晴れるも雨も、天の気分次第という発想からできてきたと思われる。これに神話がつながると、天照の岩戸隠れの故事のような面白いものも出てくる。天候は農業や商業に大きな影響を及ぼし、古代においては、暦に詳しいものが巫女や神官などとして特別な尊敬を集めた。例えば卑弥呼も、そんな役割を負っていたにちがいない。陽菜は、卑弥呼の後裔であると考えてもよい。ネット上を探索すると、陽菜の母が人柱であった可能性、あるいは、帆高を保護する須賀圭介の妻が人柱であった可能性も鋭く考察されていて、驚いた。

いずれにしても、新海監督はしばしば呪術的な女性の力に大きな敬意を払っており、いささか歪んだ内面性を感じさせるものの、恐らくは、そうしたところからエロティックな欲望が生じる構造になっている。『君の名は。』では組紐や口噛み酒がそうであったように、この作品では、鳥居や、陽菜の祈る姿がきわめてエロティックな象徴になっているのかもしれない。そして、そうしたものは新海監督の場合、異世界へのゲートにつながっていて、その先にはきわめて美しい世界が広がっているものだ。

この鳥居はきわめて神聖な雰囲気を備えたものでありながら、モデルが存在する代々木のある廃ビルの上に立つ不安定さが特徴的である。いわゆる「聖地」ともなりつつある、このビルはちかく解体されることとなっているようで、これほどタイムリーに解体されるとは監督も思わなかったろうが、近い将来、この場所がなくなってしまうであろうことは予想できたであろう。このことが重要なのであり、彼の生み出した神々しい伝統も、やがて消えてしまう前提でつくられている。現実のビルは耐震性もなさそうな、古びたい汚いビルにしかみえないが、映画のなかでは、このビルもなかなか魅力的に粧われている。古さのなかに、レトロな味わいがあった。そこは都会にあるオアシスのようでもあり、そのイメージをもたらすのは光のマジックである。だが、光はやがて消え、どこか別のところを照らすようになる。このように、新海監督は永遠というものを信じない。作品は、ただ一時の間借りにすぎず、長い時間にわたって絶対的な価値があるわけではない。

【クラシック映画】

彼の映画は、クラシックな流儀でつくられている。伝統的なもの、先人の努力にふかい敬意を払い、そこに自分らしいものを継ぎ足していくことで成り立っているのだ。なかでも宮崎駿は彼の「師」であり、とりわけ、『天空の城ラピュタ』はこの作品の下地となる表現をいくつも提供している。例えば、主人公の少年を保護して利用する大人と出会い、協力関係になり、最初は功利的だった大人がいつの間にか、彼らにふかく肩入れしていく構造は、同作品の主人公パズーと、(空の)海賊一味の関係と比較し得る。ところが、ここにも異化の妙味がある。ラピュタの一味は総じてまとまって行動しているのに対して、本作で主人公に肩入れする大人、須賀圭介と夏美の叔父/姪は、前者が少年にいくぶん冷淡な態度をとるのに対して、夏美は逃亡につきあうなどして共感的に振る舞うようにし、ちがいを際立たせているのだ。小さいグループではあるが、それを細分化することで味わいが加わっていく。

また、主人公が銃をぶっ放す場面は(ラピュタ的な)予想よりもかなり早く訪れ、その発砲が帆高と陽菜の関係をより追い詰めていく要素となっていった。下地とするものはあるのだが、その構成は大胆に換骨奪胎し、順番や意味付けを変えたり、細分化するなどして、異なった意味をもつものへと異化されていくプロセスに気づくべきだ。

クライマックスで天気の龍が落下する2人を鳥居のところに叩きつける場面は、庵野秀明の『エヴァンゲリヲン』を思い出させる表現だ。一見して、そこで2人が死んだようにみえるのはフェイクであり、2人は以後も離れて生き続けて、雨は止まず、東京の埋め立て地は海に沈むが、最後に恋人たちが田端の坂道で出会う半分だけのハッピー・エンドとなる。しかし、庵野ばりの暴力的な表現から、私は2人がやはり、あそこで死んでしまったからこそ、生まれる2つ目の結末であったという解釈も成り立たなくはないと思うのだ。陽菜は自分が晴れ女を演じ、それによって人々に喜ばれ、必要とされたことが生き甲斐となり、その役割を果たすために人柱となることを敢えて受け容れて、陽菜としての人生を投げ捨てる。ところが、少年はそれを潔しとせず、自分たちの関係が成就することが大切だと感じて、天から恋人を奪い返そうとした。組んでいた腕が離れ、一瞬でも互いがバラバラになってしまう表現は、ギリシア悲劇のオルフェウスとエウリディケの関係を思わせ、この場面はバロック的な聖画のごとき美しさと思う。そして、この物語にもオルフェウスが振り向いてしまったことでエウリディケが永遠に喪われるバッド・エンドと、神さまの救済で夫婦が再会する2つの結末が語られてきた。

日本神話でいうと、これはイザナギとイザナミの話に相当する。この2人の関係は最終的に、離縁という形になり、生と死は厳密に隔てられた。当然であろう。死者が、この世とあの世を行き来するのでは困ったことになるのだから。大きな事件のなかで結びついた関係は、容易に永続しない。これも、新海がずっと追ってきたテーマのひとつだ。奇跡を起こし、結びついたとしても、将来にわたって2人が幸福であり続けるとは限らない。むしろ、うまくいかない可能性のほうが強い。それだけの絆なのだから、もちろん、これは強くつづくであろうというハリウッド映画的な視点とは一線を画す発想になる。

【想像力と無関心】

神話もそうだが、歴史的なアニメーターの表現はこの作品にカタログのように敷き詰められており、当然、自分自身の作品も蔑ろにしていない。その中心にあるのが、不可視なものへの想像力だ。『言の葉の庭』では先生と生徒の恋愛を描くが、先生の側が理不尽な生徒との関係により不安定な精神状態に陥っており、味覚障害を抱えているという仕掛けがあった。女教師はこころの傷のために、いま、自分が向き合っている少年との関係にも、本気になりきれないのだ。夢に向かって一途に動いてきた少年が、それを理解するには時間がかかる。一方で、無関心というものの奇妙さについても、よく描かれている。この女教師のトラブルは校内で話題になっていたはずなのだが、靴づくりに夢中だった主人公には無縁のはなしで、それを知らなかったという設定なのである。『君の名は。』でも、主人公の少年は彗星によって消えた「糸守」の話題に関心がなく、よく知らなかった。もしくは、時間の流れのなかで忘れてしまうほど、薄くしか意識していなかった。あり得ないようで、特に、視野の狭い若い世代ではよくある話かもしれない。普通に可視のものでさえも、不可視な存在になる可能性がある。

だからこそ、3晩も同じところで、同じものを口にする少年に気づけた陽菜の感覚は凄いと思える。さらに、夜の店の黒服に対して、帆高が発砲した後、鋭い剣幕で彼を叱りつける場面も胸を衝いた。これらの印象から、のちに彼女が18歳ではなく、15歳であり、帆高よりも年下であるという事実が明かされると、驚くしかない。私はいま、敢えて1回だけの鑑賞に基づいて、これを書いているが、繰り返しみたときに、実は15歳の少女としてみた陽菜の印象を新しくするのは必定であろう。これも、ひとつの異化と呼んで構わない。その事実がわかったとき、ファストフード店の仕事をクビになった理由がわかるだけではない。語り尽くされていないことは、まだいくらでもありそうだ。不可視の要素が残っている。すべてを観たい。観なければならない。そうした欲求が生じることを、監督が期待したかどうか、わからない。商業的には、それが欠かせない要素であることは間違いないのだが。

不可視なもの、あるいは、見逃されがちな存在に対する想像力や、気づきの力、思いやり、そして、直向きな想いというのが、この作品の中心的なテーマとなっている。こうしたものが、思春期の男女の恋愛と相性が良いのは理解できる。あるいは、高齢者にとっても、これは切実な問題で、本作の2人の主人公も初盆について語ってくれる老婆と、仕事を通じてこころを通わせる。今回はその役に倍賞千恵子が起用されたが、前作で重要な役を担った故市原悦子さんのことを想うと、二重に涙が出るのであった。『君の名は。』では、同様の想像力が遠く離れた男女の入れ替わりというモティーフに結びつき、まだ出会っていない恋人との関係というロマンティックなストーリーを生み出した。しかし、考えてもみれば、ひとのこころ、特に恋ごころといったようなものこそ、もっとも身近な不可視である。

【視点と価値の枝分かれ構造】

とはいえ、新海誠の作品は、誰がどう観るかによって、まったくちがう表情をみせる。甘い恋愛をモティーフに、思春期の少年少女がメイン・ターゲットにはなっているが、例えば、私のようなロスト・ジェネレーションなどは、異なった視点を示す。また、筋書きや内面性に共感しない場合でも、その鋭い表現や、言葉の力、映像の詩的な美しさに共鳴する層がいる。反対に、歪んだ性的表現にNGが出る可能性も大いにある。大人がみるような映画ではないと感じる層もあるだろう。とはいえ、この監督の作品がもつ著しい特色として、異様なほど、多くの切り口をもつことがあり、誰がどの要素について、いかに語るかは予想がつかないということを指摘したいのである。私の場合には、視点の温かさというものをつよく感じた。この作品は社会のなかに隠されたものを、なるべく多く見ようとするものではないか。そして、それを監督の独特な発想に基づいて異化してみせる。視点は増え、価値は分化する。

代表的なものとしては、ラブ・ホテルがあった。大雨の夜、子どもたち3人が楽しそうに絶望的な、最後の夜を謳歌するラブ・ホテルは、そのカテゴライズから受ける陰湿なイメージがなく、一種の遊興施設として機能する。結果的に、ここは3人がバラバラにされる場所ともなったのだが、そのことによって、異化の価値は死ぬことがない。ドストエフスキーの『罪と罰』で、ラスコーリニコフがスヴィドリガイロフと会見する店が、ひどく印象的に記憶のなかへ刻まれるのとよく似ている。朝、陽菜はこの世を捨てて天に昇り、帆高は警察へ連行され、陽菜の弟の凪は児童相談所に保護される。大事を前に、ハイな状態で現実逃避するかのように少年たちが笑いあい、楽しむ表現は『君の名は。』にもあったものだ。そして、最初の頓挫を経て、やりなおすシナリオの流れまでが共通している。この過程で、少年が警察による勾留から抜け出したり、凪が計略によって児相を抜け出す表現は、やや現実味を欠くのだが、最近は容疑者や被告が逃げ出したりする事件がつづき、児相のほうも失敗を繰り返して、現実がフィクションに追いついて監督を助ける。

引きのつよい監督は、あわや小惑星を地球に衝突させるところであった。唯一の誤算は、丸山ほだか氏の活躍であろう。

【監督の構想に寄り添う音楽の工夫】

音楽面では前作につづけてRADWIMPSを起用し、『君の名は。』よりもいっそう深く、巧みな操作が行われている。意識的な異化であったのはわかるが、前作の主題歌『前前前世』がいかにもTVアニメーション風のもので、強くは響かず、結びのテーマ曲であった『なんでもないや』のほうが染みるものだったのと比べると、今作では主題歌の『愛にできることはまだあるかい』が映画の主張とよく噛み合い、決定的な浸透力をもっている。この主題歌の旋律は映画のなかで早めに登場するが、歌ではなく、ピアノによるインストゥルメンタルとして織り込まれるのだ。ピアノ版の『愛にできること・・・』の魅力が、この作品をどれだけ押し上げているかしれない。挿入的なものを除けば、RADWIMPSの作品だけが響く映画だが、一部では歌い手に女優の三浦透子を起用し、二重の異化を実現して、監督の構想に応えている。『愛にできること・・・』そのものもピアノ版による場面との対応でいくつかのヴァリエーションを経由し、ついに歌が出る瞬間と、さらに、もっとも大事な場面で「愛にできることはまだあるよ」と歌詞が変わる(といっても1曲の歌詞の最後である)異化で、次々に変容を遂げていくことになる。

ひとつのものが異なるいくつかの視点からみられ、さらに、それが筋書きのなかで微妙に変容していく。大きな驚きはないものの、その小さな変化が実に楽しく、感動的な映画だといえる。この作品は皆に多くのものを提供してくれて、すこしだけ優しい視点を育てる。見えないものを見ようとするようになる。あるいは、見慣れたものにも、また別の見方を与えようとする。汚いものが神聖に、見慣れたものを新鮮に、単純なものに複雑さを与えるのだ。そのような愛おしい映画としてみたいのである。まずは、空を見上げてみること。いまの季節、空の表情がひときわゆたかなことは、作品を後押ししている。

2019年3月 5日 (火)

アンサンブル・ノマド バッハを越えて 「超える」vol.3 2/23

【総決算】

アンサンブル・ノマド、今回の定期公演は「バッハを越えて」というテーマで、様々な典礼作品、祈りの音楽が組み合わされたコラージュ的な演奏会がつくられたが、それは中心となるバッハの『ミサ曲ロ短調 BWV232』からの断章を含む25のパーツから組み上げられた、至極、複雑なものであった。キリスト教カトリックだけではなく、東方正教、ユダヤ教、イスラーム等にまつわる伝統的な音楽(もしくは音楽のようなもの)が集められた一方で、作・編曲はここ数年中というものも少なくなく、伝統的なものと、新しいものが自由に行き交う活気のある音楽の風景が描かれた。また、ジャンル的にも日常の祈りの呼びかけに用いられる経典の読誦から、ミサ曲のような典礼にまつわる音楽作品、ターン・テーブルや電子音を用いたノイズ・ミュージックによる即興的な演奏、ラッパーによる自由なパフォーマンス等を含めて、越境的なものとなり、レビューを組み立てるのも簡単ではなさそうだ。

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2019年2月24日 (日)

マティアス・バーメルト(指揮) ブラームス 交響曲第2番 ほか 札響 615th 定期 (2日目) 1/26

【セレナータ・ノットゥルナ】

札幌交響楽団は尾高忠明、マックス・ポンマーにつづき、首席指揮者にマティアス・バーメルトを迎えて、今季から新しい挑戦に入っている。バロック期から現代に至る幅広いレパートリーをカヴァーし、それらをいずれも高い水準で構築する知的なマエストロだ。モーツァルトに代表される古典派作品への見識は、ロンドン・モーツァルト・プレーヤーズを率いた実績もあり、定評がある。また、音楽祭や、オーケストラのビルディングにも定評があり、その高い手腕は知る人ぞ知るところであるものの、日本での知名度が低いことでは、前任者のポンマーに勝るとも劣らないことだろう。今回、この組み合わせを初めて聴くことになったが、また、素晴らしい指揮者を連れてきたことは間違いなかった。

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2019年2月21日 (木)

オペラシアター こんにゃく座 オペラ『遠野物語』 (吉川和夫、萩京子、寺嶋陸也:作曲) 2/16

【オペラ『遠野物語』の人間関係について】

オペラシアター「こんにゃく座」は今季の新制作として、柳田國男の『遠野物語』に基づくオペラを3人の作曲家の共作によって完成させた。吉川和夫、萩京子、寺嶋陸也という3人で、それぞれにインディペンデントな活躍が目立つクリエイターたちである。台本は長田育恵が担当。俳優座の眞鍋卓嗣が演出した。私自身はこんにゃく座の公演には初めて接するが、その水準の高さには驚いた。音楽、演劇(文学)、美術、照明などの諸分野における一級のスタッフが、この小さな舞台を支えているようだ。そして、国文学と民俗学、現実とまぼろし、いまとむかしの汽水域をめぐる『遠野物語』に、新たな光を当てる一作となった。

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