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2009年7月23日 (木)

東京音楽コンクール ピアノ部門 第2次予選 7/22

22日、東京音楽コンクールの第2次予選を観てきました。今回、ヴィオラ・コンクールで伴奏を務め、先日の原裕子さんのミニ・リサイタルでも一緒だった草冬香さんの応援がてらの観戦となりました。結果、草さんがファイナルに残ることは出来ませんでしたが、しかし、今井信子さんの信頼を得ているピアニストでもあり、もっとも印象的なコンテスタントであったと思います。

このラウンドには、予備審査から絞り込まれた10人が参加の予定でしたが、1人のコンテスタントが当日の体調不良のため、ギリギリまで判断を保留したものの、結局は棄権したので9人で争われることになりました。30歳以下という年齢制限がある大会ですが、19歳が最年少、ギリギリの29歳が2人。平均年齢はわりと高めのコンペティションでしたので、突拍子もないアプローチはあまりなく、表現にも深みが出ていて面白かったです。審査員は、伊藤恵、清水和音、小川典子。

本選進出者は、花田えり佳、山田翔、村上明子、加藤大樹の4人です。加藤の19歳が最年少で、村上の28歳が最年長です。男性は10人のうち2人のエントリーでしたが、そのいずれもが本選に残りました。以下、1人ずつ感想を示します。

【1、安藤 まりや】 棄権

【2、花田 えり佳】

予選を通過しましたが、私としては、あまり良い印象を持ちませんでした。猫背になり、首を垂らして演奏するフォームは不合理で、鍵盤への自然な力のかけ方を阻害しています。そのため、ラフマニノフ「コレッリの主題による変奏曲」では、ダイナミズムが貧弱で、ラフマニノフらしい豪華なピアニズムが出ないし、その延長線上にあるデモーニッシュな世界に聴き手を導くこともできません。

ただ、最初に演奏したリストは、意外に印象に残っています。「巡礼の年第1年・スイス〜第4曲 泉のほとりで」という選曲も珍しいのですが、ここでみせた非常に上品な、爽やかなリストのイメージは気を惹くもので、選曲のうまさを引き立てていました。

【3、伊藤 ゆりあ】

この方は、ちょっと演奏が硬すぎる印象を持ちました。最初のドビュッシー(アカナプリの丘〜前奏曲集Ⅰ)はメシアンにきこえるような生硬な音色。プロコフィエフの「ロメジュリ」(フォークダンス、少女ジュリエット)はいくらかマシであるものの、ショパンの「バラード第4番」は中盤までルバートがほとんどなく、後半もフォルムに硬さが目立ちました。ミュンヘンで学んでいるそうですが、ドイツ人が弾くと、ショパンもこうなるということでしょうか。

【4、山田 翔】

この人の演奏は良かったです。ドビュッシーは「前奏曲集Ⅰ」から、〈沈める寺〉〈パックの踊り〉〈ミンストレル〉の3曲の演奏でしたが、いずれも音色やフォルムが完璧に磨き込まれており、いかにもドビュッシーらしい演奏になりました。典型的な〈沈める寺〉の和音の作り方や、音色を聴けば、その人がこの作曲家をどれだけ理解しているかがわかります。果たして、いますこし低音をドスンと打ってもいいかなという以外、理想的なフォルムでした。〈パックの踊り〉は悪戯ものの妖精が踊りまわるイメージを喚起するし、〈ミンストレル〉はそのミステリアスで、人を食ったような感じを、スケルッツォ的な音の動きや堆積で、うまく印象づけています。

この人は多分、とりわけ耳のいいピアニストなのだと思われます。客観的に自分の演奏を判断し、理想的な演奏のイメージと冷静に比較できる演奏者なのです。それゆえ、私たちの耳から聴いてわかるようなアラは、ほとんどが取り除かれています。

リスト(巡礼の年第2年・イタリア〜ダンテを読んで−ソナタ風幻想曲)では、強烈なハンマーも打つものの、それが野蛮なものにはならず、ナチュラルな構造の魔法であることを、しっかりと印象づけています。一方、そこからさっと後退して、弱奏に入るときの響きの艶めきは、より以上に魅力的なのです。タイトルが示唆するような思索的なイメージと、溢れるばかりのロマンティックさ、そして、構造のあやしい輝きを押さえつつ、強烈なイメージを残す演奏でした。

表現力と技術力のバランスがしっかりとれており、プロとして必要なものが全て揃っているピアニストだったと思います。

【5、山田章代】

この方は技術的な弱点も少ないし、しっかりした演奏をなさってはいたものの、そのわりに印象が薄いという感想を持ちました。特に、ラフマニノフの「コレッリ変奏曲」は2番の花田さんと比べて表現が大きくて、よく工夫した演奏をなさっていたように思います。また、最初に演奏したシューベルトの「即興曲 op.90-3」は非常にリラックスした演奏で、爽やかなイメージを残しました。

【6、草 冬香】

多くの演奏を聴いたことで親近感があったものの、いずれも草さんメインの演奏ではなかったため、応援にいったと言っても、実のところ、それほど際立った印象は持っていませんでした。しかし、こうしてソロを聴いてみると、予想をはるかに上回る表現力の持ち主であることがハッキリわかり、嬉しい発見でした。

特に、シューベルトの「即興曲 D935」の演奏は、聴き手のこころを掴むものだったのではないかと思います。明るく、素朴な共感に満ちた草さんの表現はわかりやすく、下手に陰影をつけたり、深みを追わない点が、かえって作品に奥行きをもたらしているようです。一音一音がよく検討され、それは活き活きとして、フレッシュな響きとして、「即興曲」のイメージを補完するでしょう。

ただし、逆にいえば、その完成度がかえって、即興性のもつ脆さ、もしくは、危うさを奪ったということはあるかもしれません。しかし、それも、敢えていえば・・・という程度のことです。

技巧性の高いストラヴィンスキー「ペトルーシュカからの3楽章」は、はじめ、彼女に向いていない曲だと思いましたが、徐々に作品の本質を突いた演奏へと入り込んでいきます。この「ペトルーシュカ」は管弦楽版は好きなのですが、ヴィルトゥオーゾ・プログラムとなるピアノ版はその生命力が失われ、あまり感心した試しがありません。しかし、草さんの演奏はイメージの喚起力に富み、ピアノ1台で、フル・オーケストラの表現力を十分に備えていたのです。ストラヴィンスキーでは、ちょっと不思議な音の集まりが、かえって立体的なイメージを喚起するところに面白さがありますが、草さんの演奏は、その点で抜群の表現力を誇っていました。

技巧的な部分も、徐々に精確性を増し、最終的に素晴らしい演奏になりました。音だけではなく、顔の表情も明るく、音楽を素直に楽しめている希有なピアニストだっただけに、彼女が残るならば最終審査もみたいと思ったのですが、残念でした。

【7、平山 麻美】

この方は、技術不足が明らかでした。ショパンの「アンスピ」は、3番の伊藤さんと比べるとルバートもするし、攻めた演奏ではあるのですが、如何せんワンパターンで、必ず竜頭蛇尾で後ろが詰まるため、必要以上に窮屈にきこえます。最後はミス・タッチも酷く、自分自身、何をやっているかわからなくなっていたはずです。

ラヴェル「クープランの墓」(プレリュード・メヌエット・トッカータ)は、それに比べればマシな演奏です。時折みせる煌びやかな音色は魅力的だったものの、それで全体を彩るまでには至らず、集中力が持続せず、打鍵も神経質です。抜粋だから止むを得ないものの、プレリュードからメヌエットへの接続はいびつで、選曲にも疑問が残りました。

【8、村上 明子】

彼女も、印象に残るコンテスタントでした。リスト(巡礼の年第1年・スイス〜ジュネーヴの鐘)の冒頭の鐘の音を表す和音アルペッジオの音色の美しさは、この日最大の驚きをもたらしました。その後の展開力にやや曖昧なものがありましたが、全体的には骨太の表現をみせてくれました。

つづくラフマニノフ(ソナタ第2番の2ー3楽章、改訂版)では、スケールの大きな表現で、聴き手のこころを掴みます。緩徐楽章では再び持ち味の音色の深さを見せつけ、トリオ形式とはいえ、循環主題を使ったヴァリエーション的な曲想を丁寧に追い、ダイナミックさと冷静な表現とをあわせてアピールしていました。終楽章はゴージャスで、優雅な打鍵が目立つとともに、その収め方も非常に上品で、オシャレな演奏になっていました。

独自の版によるとはいえ、ホロヴィッツの演奏が圧倒的に有名で、それがあるためによく知られている曲だと思うのですが、その悪しき影響を受けることなく、自分なりの構造観を打ち出し、しっかりした筋道を通して、作品の持ち味たる強烈なロマンを結び上げたのは賞賛に値するでしょう。また、その表現のコンパクトさは、改訂版を選んだ妥当性を思わせ、村上さんのセンスの良さを窺わせるものです。

彼女も4番の山田さん同様、自分に厳しいピアニストであることが窺われます。こういう方には、実のところ、私などが申し上げることは何もないのです。

【9、加藤 大樹】

この人は、コンクールで弾くのに馴れているという感じでした。確か、浜コンにもエントリーしているはずです。2曲ともよくトレーニングが行き届いていて、抜群の完成度です。

リスト編によるヴェルディの歌劇「アイーダ」の〈神前の踊りと終幕の二重唱〉は、原曲のオーケストラ伴奏と声部の関係をしっかり分けて、オケ部分では、構造をうまく集めることで強奏をつくっていく、リストの手法を見事に活写しています。リストはオペラからの編曲を得意としていたのですが、それはオペラが好きだったという以外に、彼の書法がこのように構造を集めて響きを根太くすることに長けていたせいであることがわかります。

しかし、完璧な完成度というのは、次のバルトークの「ソナタ Sz.80」のほうです。敢えてあまり多くは語りませんが、これだけ難しい曲で、どこにも文句のつけようがない完璧な演奏をされると、ただただ呆れるばかりでした。もちろん、それは到達レヴェルを落としての安易なゴール設定では決してなく、かなり攻めた演奏を目指しながら、じっくり磨き込んだことによる高レヴェルな完成を示しています。

ただ、それにもかかわらず、私にとっては、加藤さんが素晴らしい音楽家だというよりも、コンクールに馴れているという印象で、まず捉えられたのです。技術だけで、内面が表現できていないとかいう月並みなことではありません。うまく説明できませんが、上手なピアにストだという思いはありながら、どこか表現に共感が少ないのです。技術系ではいちばんの素材で、本選進出には相応しいと思いますが・・・。

【10、遠山 沙織】

前の加藤さんに対し、遠山さんはかなり硬くなっていた印象です。そのためか、ドビュッシー「金色の魚〜映像Ⅱ」は、すこし音色が硬めのラヴェル的な演奏にきこえました。シューベルト「さすらい人幻想曲」では、最初にどでかいミスを犯しましたが、それがかえって開きなおりにつながったのか、徐々に良い演奏になっていきました。特に、第2楽章や終楽章にみられる内省的な表現に優れ、手抜きのない真摯な姿勢がそうした部分で有効に作用します。

今回のパフォーマンスでは、全体的に余裕のない印象になってしまいましたが、本来は、アンヌ・ケフェレックのような高い集中力に支えられた演奏が身上と思われ、もう27歳ではありますが、この日の見かけよりも、まだまだ可能性がある方なのではないかと思いました。

本選は来月29日、現田茂夫指揮の東京シティ・フィルによる伴奏で、協奏曲審査となります。これまでピアノ部門では、第3回の北村朋幹を除き、これといった活躍者が出ていません。そのイメージを覆せるのか、コンクールの行方を見守りたいと思います。

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コメント

どなたか存じませんが、あなた様はきっと素晴らしいピアニストなのでしょうね。
本選、聴きに行ってみようと思います。

コメント、ありがとうございます。でも、残念ながら、私はピアニストじゃないようです。本選を聴かれる際、私の書いたことが、なにかの参考になれば幸いですが・・・。

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