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2009年8月10日 (月)

宮部小牧 ソプラノ・リサイタル 真夏の夜の夢 8/8

日本人の声楽家には、もっと可能性があるのだから、それをより積極的に試すべきだと強く感じる。先日の小森輝彦のシリーズはその可能性のひとつを体現しているが、この日、聴いてきたソプラノ、宮部小牧のリサイタルも6回目を迎えるとあって、面白かった(但し、私は初めて)。そういえば、小森と同様、宮部も故人となった若杉弘によく起用されていた歌手だが、2人とも安定した技術力の支えを基礎に、よく考えた表現のできるクレバーな歌い手だという共通点がある。

【今回は「時間」がテーマ】

副題に「真夏の夜の夢」と題したコンサートはその名の如く、’nachat(夜)’’traume(夢)’’sommer(夏)’といったキーワードを使って編み上げたコンサートだったが、いかにも女性らしいといって適切かどうかわからないが、時間が楽曲表現と深く結びついた歌曲ばかりを選び、その経過を追いながら、上手に構成していくプログラムは、実に興味ぶかいものがあった。作曲家がスコアに時間を指定しているわけではないが、その歌詞や雰囲気から自分なりに何時ぐらいかをイメージして、歌詞カードに書き込んでみるというアイディアは面白かった。

例えば、冒頭に歌ったシューベルト『夜と夢』(D827)は、「聖なる夜よ! お前が地上に降りてくると」で始まる歌詞からイメージしたのか18時ごろ、ガンジス河のほとりの素敵な場所で、月光の下、「愛と憩いとにひたって 幸せな夢にふけろう」と歌われるメンデルスゾーンの名品『歌の翼に』は20時ごろとなっている。時間のイメージに普遍性はないとは思うが、歌い手の表現はそれに寄り添ったものでもあることから、聴き手のほうもそのイメージに一定の妥当性を認めるだろう。

そのなかでも意外性があり、面白かったのは、ブラームス『恋人のもとへ』(op.48-1)である。宮部が書いた時間は少し幅があって’22:00-24:00’となっている。この作品の歌詞は、低く輝く月のなか、恋人のもとへと急がねばと焦る男の心情を歌っている。「あの娘をさらわないように」というキーワードが2回出てきて、変わりやすい恋心をデフォルメしたベーミッシュの詩である。この歌詞から、私はすこし仕事が遅くなった男の姿を追い浮かべ、各屋の閉門が近づく’19:00-20:00’ぐらいの状景をイメージしたものだ。だが、宮部はより遅い時間をイメージすることで、妙にリアルな状景ではなく、詩的で、幻想的なイメージにすっきりと解決しているのである。

作品番号48の『7つのリート』は元来、男性が歌う曲であると思われるが、こうして女性が歌うことにより、またちがう表情が出てくるので、その雰囲気に見合ったイメージであると捉えられるのかもしれない。

【前半を構成する、絡みあう3つのポイント】

さて、前半はドイツ本流の作曲家の作品が並び、一定のキーワードをしっかり整えたことで、表現が単調にならない工夫が必要だ。そこで宮部がとった方法というのは、3つあった。1つは、実に女性らしい工夫であるが、魅惑的で豪華な衣裳を身にまとい、顔の表情をゆたかにすることだ。それは一見、歌の表現とは深いかかわりがあるわけではない。ところが、2つ目のポイントに注目すると、これが実に効果的な表現に結びついていたかがわかる。それは、歌の表現を決して過度に飾り立てることなく、詩をしっかりと歌い込むという一点に賭けたことであった。そして、3つ目は構成の妙であり、同じようなイディオムをめぐって、たとえ同じ作曲家でも、詩によって微妙に角度のちがう心持ちが表現されるのを併置しており、これが実に興味ぶかいのである。

これら3つのポイントは、互いに関係しあっている。まるで透明な氷に、水蜜を加えた宇治茶を立ててかけて、こした餡に餅をあしらい、ほんのすこし金箔を飾ったというような、合理的な味わいである。実に清楚な歌いくちで、歌曲の表現というものをわかった人の歌い方だが、そこに曲の組み合わせでコントラストをつけ、それが顔の表情にものってくる。まだらに肌の露出を加え、クリーム色の上等の生地にゴールドを上品にあしらったドレスは、それを華やかに飾るが、決して見目だけで技芸をごまかす類のものにはなっておらず、適度に歌の清潔さを彩るものになっている。

シューマン『悲しい歌はおやめなさい』(op.98a-1)では、少しオペラティックな表現を取り入れたが、それは聴き手に対するサーヴィスといったようなもので、つづくリストの『愛の夢第3番』というピアノ編曲でよく知られる作品の原曲『愛せよ、愛しうる限り』では、また控えめな表現に帰る。美しい歌詞に酔っ払うことなく、淡々と、しかし、深く歌い上げる方向に戻っている。

【後半はより多彩な内容】

後半は、スカイブルーを基調とした衣裳にかわって登場し、会場には驚き声が響く。胸のあたりにたくさんのハイビスカスのような花模様の飾りが、きらきらと輝くのが集められていた。花の飾りはドレスの全体にも少しずつ散らされており、全体的にみると、華やかではあるが子どもっぽい意匠なので、あるいはお子さんの手によるものかもしれない(実際、宮部に子どもがいるのかどうかは詳らかでない)。

さて、その派手さと比例するように、後半は内容が豊富である。まず、ヴォルフの歌曲が3つ並び、歌詞の抑揚やイントネーションに注意した歌いまわしを、丁寧に表現している。最初の2曲は失恋を歌うもので、もう1曲はよりホットな瞬間を歌ったものだが、それらの表現がきれいに分けられており、表現力がある。特に、最後の「語らない愛」は、前の2曲の失恋の歌が絶妙のスパイスになっているのか、音楽も詩も輝くように浮き立って、ぐっと来るものがあった。

次は新ウィーン楽派に移り、ツェムリンスキー「ワルツの歌~グレゴロヴィウスの〈トスカーナの歌〉による」(op.6)という珍しい歌曲集を歌った。歌詞カードをみるとユーモアのある歌詞が並んでおり、それをリラックスした表現で歌っている。典型的なワルツは確か第2曲で現れるが、全体的には変に3拍子が効いているというよりは、より自由にワルツの可能性を追求した作品だと思える。

ベルク『7つの初期の歌』は、これと比べると、すこしハードな曲想をもっている。師匠のシェーンベルクの影響も濃厚な第1番「夜」などは、ドイツ的な発声で包み込むような歌唱が主流のように思うが、宮部の場合、なるべく精確なラインをとって筋道を通し、表現に柔軟性をもたせている。それは表現のごまかしを禁じ、自らに厳しい態度である。歌詞をみて、最後の2曲は詩人もちがうのに近接した世界観だと思っていたが、案の定、ほぼアタッカで続けて演奏した。最後の曲「夏の日」はしまいでややフォルムが崩れたが、それまでの表現は集中度が高く、音符にも歌詞にも、そのひとつひとつに意味の籠っているベルクの作品の特徴を、うまくカヴァーするパフォーマンスであった。

ただし、ピアノも歌も、この曲集に関しては、思ったよりも表現が硬かったかもしれない。難しい曲に、難しいアプローチで臨んでいるから止むを得ないが、あとのアルマ・マーラーのほうが、より自然な共感に満ちた歌いくちであった。そのアルマの作品は、『5つの歌』から2曲。なかでも、このリサイタルを象徴する「夜への讃歌」は、最後の1曲ということもあって思いきった表現で貫き、この日のハイライトとなった。

アルマの作品は、ツェムリンスキーやベルクといった人と並べると、選んだ詩をみてもより複雑なポエジーが絡み合ったものであり、そこを巧みに縫い合わせていくような筆致が感じ取れる。女性の作曲家は、男性の愛する素朴さよりも、女性の愛する複雑さに向かっていく。(男性である)私ならばゴツゴツしていると感じるものに、宮部はよりリアルな共感を持っている。そのため、歌が滑るように流れ、言葉に含まれるポエジーもすっきりと浮かぶ。それゆえ、私が思いもしないようなゆたかな表情が滲み出て、これは面白かった。

【まとめ】

アンコールには2曲ほど歌い、1人のリサイタルとしては長いパフォーマンスが終わった。丁寧に組み立てられた知性に基礎づけられた公演は、退屈する時間がなく、あっという間であった。

なお、伴奏は、おもにチェコで活躍するという渡辺治子というピアニストが務めたが、高名なスーク・トリオの創設メンバーであったヤン・パネンカに学んだ室内楽のスペシャリストというプロフィールは嘘をつかず、宮部の音楽を柔らかい音楽性で支えててくれた。今回のプログラムでいえば、特に、シューベルト、ブラームス、シューマンといったロマン派の演奏は、得意としているのではなかろうか。

こうしてみてくると、先日の小森もそうだが、私は見逃してしまったものの、5月には駒井ゆり子がラヴェルの「博物誌」を全部歌うという面白いコンサートを行っていたり、日本の歌手もなかなか質の高いリサイタルをおこなっているので、このページが何らかのきっかけになって、興味をもってもらえるようになればありがたいと思う。ちなみに、次の注目は、9月5日に行なわれる山下牧子のコンサートで、これはあとで改めて推薦の記事を書くことにしている。

なお、曲目は最後にまとめて書く。

【プログラム】 2009年8月8日

1、シューベルト 夜と夢/恋人の近く
2、メンデルスゾーン 歌の翼に/夜の歌
3、ブラームス 恋人のもとへ/セレナード/私は夢に見た
           /愛のまどろみはますます浅く
4、シューマン 悲しい歌はおやめなさい
5、リスト 愛せよ、愛しうる限り(愛の夢)
6、ヴォルフ 捨てられた女中/夜明けの一時間前/語らない愛
7、ツェムリンスキー ワルツの歌
             ~グレゴロヴィウスの〈トスカーナの歌〉による
8、ベルク 7つの初期の歌
9、A.マーラー 恍惚/夜の讃歌~歌曲集『5つの歌』

 pf:渡辺 治子

 於:JTア-トホール アフィニス

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