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2009年9月 8日 (火)

山下牧子 リサイタル 東京音楽コンクール入賞者リサイタル 9/5

東京音楽コンクール入賞者リサイタルとして、東京文化会館で、山下牧子が歌ったコンサートを聴いた。この演奏会についてはプレヴュー記事を書いたが、二期会HPに書いてある内容は全部やらないで、一部、表記にない曲目も入っていた。まあ、それはそれとして、かなり上質のコンサートで大満足を味わった。

【古典イタリア歌曲】は、5曲を歌った。A.スカルラッティ『貴女は知っている』では、ベルカント的な唱法(・・・的というのは、歴史的にはベルカントの成立はより新しい時代だから)の根底にある、声の強さをしっかりと印象づけていたが、同じ作曲家でも、『すみれ』はよりレッジェーロな(軽い)声のフォルムをつくって、歌い分けていた。この曲ではピアノの対位法的な伴奏が、巧みに歌の骨組みに使われていることを踏まえ、ピアノと歌手の共同作業がモノをいったようである。

このあたり、単なる構造的、技法的な歌い分けに止まらず、それとリンクする歌の内面にしっかりとスポットが当てられている。初めの数曲、なかなかエンジンのかからない歌い手もいるなかで、この日の山下は、最初の曲からインパクトのある表現を堂々と展開して、早くも言葉の壁を超越し、歌詞が歌のなかに溶け出していくという(私の考える)歌曲の理想を、きっちり体現してくれたのには驚いた。

モンテヴェルディ『私を死なせてください』では、この作曲家らしい上品で雅やかなフォルムに、しんみり劇的な表現が載っていく。カルダーラ『たとえつれなくとも』では、イタリア・バロック特有の甘い表現性が切なくも浮き上がって見事だったし、T.ジョルダーニ『いとしい人よ』では再び対位法的な構造が強調され、スカルラッティよりは寛いでいるが、より自由で、広がりのあるモンテヴェルディの形式とは別な意味でのダイナミズムがあり、そうした要素が互いに味を出しあうような歌唱には、一時とも興味が尽きない。このパートの締めに相応しく感情も乗って、より艶やかなフォルムが花開いた。

【ヘンデル オペラ・アリア】は、彼女の初期のキャリア(二期会ニューウェーブ公演など)にとって重要で、最近でも出演の多いヘンデルの作品に敬意を表したものだ。昨年も、ヘンデルのオペラで彼女の声を耳にしたような記憶があるが、どんどん巧くなっているような気がしてならない。特に素晴らしくなってきているのは、技巧的なものにぐっと感情が乗っていくときの、言葉とフォルムの緊張感である。それは言葉では説明しにくいものなので、一応、そのように書いておくに止めよう。

『セルセ』『アルチーナ』『リナルド』の3作品からとったナンバーが並べられたが、〈樹木の陰で〉〈ああ私のこころである人よ〉〈いとしい許嫁、いとしい恋人よ〉の3曲はさながら、序曲、緩徐的な部分、グランド・フィナーレという形で、ソナタ的な構成になっていたのが面白い。技巧的には、これらの作品を歌い進めるうちに、深度が深まっていく感じがする。そして、それとともに、場面の緊張も引き締まっていき、『リナルド』が失われた恋人のために怒り、嘆くアリアは、まったく非日常的な場面ながら、身に詰まされるものがあった。

また、こうした作品では、導入のレチタティーボにも山下のセンスが滲んでおり、こうしたリサイタル形式であっても、役づくりに手抜きがないのは、聴き手に感銘を与えるものだ。

休憩後の【アヴェ・マリア】は、山下の令嬢たる「茉利亜」さんのために歌うということで、一際、こころの籠ったものになっていた。本来であれば、イエスの母マリアを讃えるべき作品であるが、それはそれとして、同名を借りた愛娘への情感がそれに重ねられるとすれば、より素直な表現に傾いていくだろう。それは、マリア様に対して、すこしも失礼なことではないはずだ。なお、最終的に歌った曲目は、サン=サーンス、フォーレ、バッハ(グノー編)の3曲であるが、わけても有名なバッハの作品では、バッハ的な構造美に対して、グノー的な甘みが絶妙に絡みあっており、この曲がこの編曲の形でなぜ有名なのか、納得のいく歌いまわしであった。

最後の【ロマン派 フランス・オペラ・アリア】は、これらの総決算を為すものだろう。

山下のフランス語での歌唱を耳にするのは、私にとって初めてかもしれないが、ベルリオーズ『ファウストの劫罰』の〈トゥレの王〉で示した情感のゆたかさは、その後のパフォーマンスの序曲にすぎなかった。トマ『ミニョン』のアリア〈君よ知るや南の国〉は、歌劇そのものの上演はほとんどないが、メゾのリサイタルではかなり頻繁に歌われる曲だ。しかし、これほど富貴でありながら、ふうわりした明るさに満ちた世界を現出できる歌い手は、なかなかいるものではない。山下はアリアのもつ瑞々しいロマン性を素直に拾っているが、この歌に含まれる軽さが、意外にも・・・シンプルではあるが、しゃっきりとした構造に守られていることをも、しっかりと印象づけている。

そして、最後に歌ったマスネ『ウェルテル』の〈手紙の歌〉は、このオペラの象徴的なシーンをたっぷりと歌い上げている。そこではウェルテルからの手紙にこころを衝かれ、自分の想いが彼への愛情に満たされていることに、ようやくにして気づいたヒロインの様子が歌われるが、同時に、マスネはそこに、来るべき破滅への序曲をも仕掛けている。これらの要素が2つながら、山下の歌のなかにしっかりと位置を占めているのがわかる。

わけても後者の要素が、ピアノの左手に乗っかるようにして、ひっそりと表現のバスを打っているのを聴いて、私はマスネという作曲家のもつロマン性に、ほんのりと広がる闇を知ることになる。かつてのフランスの名花ほどではないにしても、山下はそこにフランス語の歌唱に特有の、自ずから言葉に宿るポエジーを感じさせもする。かなり規模の大きなアリアであるにもかかわらず、肩肘ばったところはなく、表現は自然で、至るところに奥行きが広がっているところにも感銘を受ける。

山下の〈手紙の歌〉は表面上、さほど深く掘り下げるような仕種はなく、ごくごく自然体な歌いくちだ。それは言葉の面でもそうであり、ほんのりとそれを匂わすだけで、徒に「フランス語的な響き」を追っていない。もちろん、歌は平板でもなければ、それぞれのフレーズごとに、末端に小さな扉のようなものがついていて、我々が自らの趣向に応じて、1つずつこれを開けていく愉しみさえ用意している。これは終盤にいくほど効果的であって、特に少しずつ声と表現を絞っていく歌いおわりの何ともいえない余韻は、そうした扉を(聴き手の1人1人が)自ら開いたかどうかに関わらず、最終的には、しっかりと感じさせるものになっており、きっちり帳尻があっているのである。

響きが切れると、会場が一瞬、しんとなった。こうしてリサイタルは終わったのだが、その後のアンコール・ステージも楽しかった。プログラム外の内容は、あまり詳しくは述べたくないが、カルメンあり、英語の歌曲ありで、彼女の表現に必要な要素のなかで、プログラムに入りきらなかった内容を拾い起こすべく、準備されていたことだけは書いておきたい。特にひとつだけ、英語の歌曲で出てくる一人称の’I’に、何ともいえず、ポエティックな重みがかかっていて、印象的に響いたことだけは書き残しておくべきだ。

なお、伴奏は森裕子というピアニストで、もはや、あまり詳しくは触れられないが、例の対位法の部分を上手に表していたりしたほか、そのような構造的な要素と声の使い方、内面の表現性を整えることに鋭いセンスをもっていて、耳を惹くものがあった。不明にも、私としてはあまり知らない名前だったけれども、リサイタルでもあれば、改めて聴いてみたいピアニストである。

山下牧子はこのパフォーマンスでも、まだまだ底を割っていない感じがして、このポジションでも、さらなる成長力を感じる。今後、長く追いかけていきたい歌手である。

【プログラム】 2009年9月5日

1、A.スカルラッティ 貴女は知っている
2、A.スカルラッティ すみれ
3、モンテヴェルディ 私を死なせてください
4、カルダーラ たとえつれなくとも
5、T.ジョルダーニ いとしい人よ
6、ヘンデル 樹木の陰で~歌劇『セルセ』
7、ヘンデル ああ私の心である人よ~歌劇『アルチーナ』
8、ヘンデル いとしい許婚、いとしい恋人よ~歌劇『リナルド』
9、サン=サーンス アヴェ・マリア
10、フォーレ アヴェ・マリア
11、バッハ/グノー アヴェ・マリア
12、ベルリオーズ トゥレの王~劇的物語『ファウストの劫罰』
13、トマ 君よ知るや南の国~歌劇『ミニョン』
14、マスネ 手紙の歌~歌劇『ウェルテル』

 pf:森 裕子

 於:東京文化会館(小ホール)

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コメント

山下牧子さん素晴らしい
伴奏者森裕子さん表現が素晴らしいかったです。

まあさん、仰るとおり、素晴らしかったと思います。コメント、ありがとうございます。

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