ナイマン 妻を帽子と間違えた男 + ヒンデミット 往きと復り 東京室内歌劇場 9/5 ③
【往きと復り】
ナイマンについては、もうすこし述べるべきこともありそうだが、いちばん大事なことは論じたつもりなので、あとは割愛して、ヒンデミットに移る。
この作品、今回は『往きと復り』と題して、イキトカエリと読ませている。カバレット・レヴューという社会風刺的な舞台中の寸劇としてつくられた作品ということから、我々の文化では狂言がそれにちかいものに当たるであろう。12分あまりの小さなオペラで、夫が妻の不倫に気づき、相手を銃殺して自分も死ぬが、真ん中に賢人というのが出てきて、このストーリーを巻き戻し、音楽だけは最初から繰り返すとおかしな話になるのを楽しむという次第である。
飯塚の演出に関しては、こちらのほうがはるかによく出来ている。12分だから(短いから)簡単なはずはなくて、逆に、説明的な部分が入り込む余地なく、無駄なく世界観をつくらなければならないので、ずっと難しい作業になるはずである。こちらの上演に関しては、飯塚による技ありで良い上演となった。観客のほうが忙しい想いをしないように、すこしだけ余裕を持たせながらも、作品に仕掛けられたイロニーが隙間なく展開していき、前後半の微妙なずらしも面白い。
例えば、舞台上に設えられた大きな引き出しの内部が、棺桶であるはずがベッドのようになっており、そこに納められた夫人が起き上がってくる場面などは、本当に滑稽だ。最初のシーケンスで、「あれ、おかしいな」と思うはずのポイントをちゃんと計算していて、その印象を残したまま、後半のシーケンスで実にうまく使っている。一種の伏線のような役割を果たしているのだが、それを敢えて丸出しにすることで、キッチュな効果をあげている。
最後は奥さんが、自分が浮気をしていると思い込んでいる病人になってしまうという点で、あとのナイマンの作品と共通する面を出している。舞台も病院に設定したほか、旦那のロベルトはその名前からしても、自殺してしまうことからいっても、当然、シューマンのことを思わせるだろう。2つの劇の重ねあわせは、すこし端折っていうと、こんな感じである。
ずらしといったが、例えば、おばさんにあげた品物を取り上げるのではなく、おばさんが乗っていた車椅子を向こうむきにするとか、そのままリバースしないで、ユーモアを膨らましていく演出は秀逸だ。奥さんが病人になってしまうのもそのひとつだが、最初のシーケンスで夫が破り捨てたはずの手紙を、奥さんが繋げようとして、愛人からの手紙だと言い張ることになるのも面白い。ロベルトは、最初のシーケンスでは繊細すぎるほどの男だが、後半のシーケンスでは、妻の奇行を最初から相手にしていない。
ナイマンと比べると、12分しかないし、アイディアだけで出来上がったたような作品なので、さほど述べることはない。『画家マティス』や『カルディヤック』、『世界の調和』のような凄い作品があるなかで、こうした機知のある作品を書いたことがわかれば、それだけで面白いというものだ。
【パフォーマンス、その他】
個々の人たちのパフォーマンスについては、今回の場合、あまり積極的に述べたいとは思わない。なぜならば、これらの作品は誰が良くて、誰が駄目でというような話をすべき作品でもないと思うからだ。ただ、そのなかでも、近藤政伸と今尾滋は、すこし貧弱すぎるだろう。近藤は高音が厳しいし、今尾は声質よりも音域が低すぎる。言葉を聴きやすくするための配慮から、そのようなことになっている面もなくはないが、あのように小さなホールで響かない声ならば、どんなところで歌えるというのだろうか。そうはいっても、それが作品を駄目にするほどではなかったとしておきたい。
その部分に目をつぶれば、芸達者な人たちが揃って面白かったと思う。私は今回、ナイマンでP教授夫人を歌った見角悠代(ミカドハルヨ)と、もちろん、森川栄子(ヒンデミットのヘレーネ夫人役)に期待していったが、彼女たちはコケティッシュでユーモアのある演技力も含めて、非常にいい仕事をした。
管弦楽は、「東京室内歌劇場アンサンブル」としか言いようのない寄せ集めで、編成は前半が木管とピアノ、ハルモニウム、後半が弦5本とハープ、ピアノという形で、まったく異なるにもかかわらず、意外に一体感があり、臨時編成でも上演には十分役に立ったといえる。生前、若杉弘氏は新国のピットにはいるオーケストラは、「新国立劇場管弦楽団」とでも名乗るべきことを主張していたが、こういうことなのだと思い知らされる。今回の公演は、いわば手作り感があって、中川・飯塚を中心に、全体のモチベーションの高さが公演に出ている。
なお、開演前と、前半の終了直後、さらに終演後に解説がつき、ほぼ上演時間とトーク・タイムが同じくらいだったのも珍しい。いわばレクチャー・コンサート的な雰囲気があって、変わった趣向であった。上演側があまり喋りすぎるのは良くないが、今回の上演に関しては、それが有効だったという気がしないでもない。これを含め、工夫された公演で面白かったと思う。
なお、会場は第一生命ホール。若干、張り出した舞台をつくったが、コンパクトなオケが舞台下手に載る形で所狭し。ほぼ室内楽に特化されたこのホールで、オペラができるとは思わなかったが、その範囲において、飯塚もよく考えたものだ。よって、演唱は上手の半分のみで行なわれるが、自分がいたのが右寄りの座席のせいか、意外と空間的な違和感は生じない。それは、この2つのオペラ自体がコンパクトで、台詞も多く、エピソードが凝縮しているせいもあろうと思った。
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