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2009年11月 3日 (火)

スメタナ ダリボル 日本初演 オパヴァ シレジア劇場 10/25 ②

【ダリボル救出失敗の意味】

ときに、この劇と類似性のある『フィデリオ』では最後、仁君(大臣)、フェルナンドの登場により、フロレスタンは救出されます。しかし、『ダリボル』では救出計画は事前に露顕、事の破綻を知ってやみくもに突撃したミラダは殺害され、ようやく脱獄したダリボル自身もミラダを喪った絶望のなか、追っ手に討たれてしまいます。このちがいが、この作品を『フィデリオ』とは似ても似つかない、いかにもスメタナらしい世界観をもつ作品として印象づけている鍵だと思うのです。筋書きからみれば、悲劇です。ですが、音楽に接する限り、まるで悲劇ではない。そこで思い出すのは、『わが祖国』のことです。

聞くところによれば、チェコ人は粘りづよい国民性をもっていて、いささか不満があったり、辛いことがあっても、文句もいわずに耐えてしまうところがあるそうです。そのことは多分に歴史的な蓄積に基づくものであると考えられますが、要するに、度重なる被支配を潜り抜けて、チェコ民族が粘りづよく這い上がってきたことを思い出せばいいのです。『わが祖国』を聴くと、私は常々、前半の3曲は昔のチェコを描いており、後半の3曲は(スメタナにとっての)現在を描いている音楽だと思います。つまり、現状の被支配を前提に、「祖国」本来の美しさや、その抑圧を打ち破ろうとする闘いへの意思が、この作品のなかで、きれいに描き分けられているように思っているのです。

そして、これと同じ構図で、『ダリボル』をみることは大いに意味があるはずではないでしょうか。ここでは、ダリボルが救出されないことは、いかにも必然であります。もしもダリボルが、チェコ民族そのものの運命を象徴しているとすれば、所詮、浅はかな計略だけで、それがたやすく救出されるような代物であるわけはないからです。このことに気づくまでに、私はこの作品を本当の意味では理解していなかったのだと思います。その理解についに至ったのは、脱出成功の希望に満ちて最後の格子を抜いたダリボルが、国王の使者によって脱獄を阻まれ、運命の皮肉を呪う場面。さらに、その不運をゴクリと呑み込んで、ダリボルが潔く死を決意する場面でありました。

ああ、そういうことだったのか・・・と私は気づきました。ダリボルが救出されないことは、『フィデリオ』に変化をつけるための姑息な工夫などではなく、スメタナにとって、こころの底からわきあがってくるような必然なのでした。今回の公演チラシに、かつての名指揮者、スデニェク・コシュラー夫人の賛が載っていますが、この巨匠が『ダリボル』をこよなく愛し、上演に意欲を注いでいたというのは、このようなスメタナのこころを理解していたからなのかもしれません。

【チェコ人気質を反映したプロット】

そう思って作品を振り返ってみると、そういうことだったのかと気づくポイントがいくらでもあるはずです。例えば、ダリボル救出のためにヴィーテクが人を集めてくる場面は、よくよく考えると不思議な場面です。国王に刃向かってまで、ダリボルを危地から救出しようとする人たちが、そう簡単に集まるものでしょうか。私はヴィーテクがよほど大枚をはたかなければ、こういう連中は集まらなかったろうし、そうして集まったとすれば、いかにも頼りない存在であると思いました。それどころか、私はこの集団が実は、とんでもないくわせものであって、ダリボル事件に事寄せて反政府勢力を炙り出し、そこを一網打尽にするという二重スパイ的な役割を果たしているのではないかとさえ思った瞬間もありました。

演出によってはそれも一興ではありましょうが、ダリボルが「わが祖国」だと置き換えてみれば、これが不思議でも何でもなくなります。祖国を解放するためならば、これぐらいの蜂起はあって然るべきだからです。だが、その場合であっても、立ち上がった人々が早々に鎮圧され、あえなくダリボルまで亡くなってしまうというのでは、やはり格好がつかない感じもあります。ときに、ここでチェコ人の歴史について考えてみるならば、彼らもまた、決して格好のつきやすい歴史を重ねてきたものではなかったことも、また否定できない事実であるように思われます。スメタナは、正にそのような発想、共感から、『ダリボル』という作品をイメージしたとするのは無理があるでしょうか。

劇をみて、自らの運命を悟ったダリボルの、切り替えの早さには誰しも驚くはずでしょう。一般的には、そこにダリボルという勇士の潔い魂をみるべきなのででしょう。しかし、私は同じところから、チェコ人が無意識下に内包したシニカルな人間性、言ってみれば、憮然として困難に耐えるマゾヒスティックな人間性のほうが、つよく出ているように思われるのです。

【テーマと音楽の関わり】

さて、こうした『ダリボル』のテーマ性は、音楽的には、きわめてオーソドックスな形・・・ソナタ形式の再現のような形で象徴されています。第1幕で「私を憐れんでください」という聖歌風の導入から、ダリボルによる虐殺を臨場感たっぷりに訴えるミラダの演説の場面が、第3幕では、ダリボルを葬ろうとする城内からの祈りの歌、そして、それに反応して突入したミラダたちの姿を描写する場面に、そっくり転用されているのです。この皮肉な対応は、このオペラのもっとも代表的な表象となるのではないでしょうか。

この対応関係は、さらに遡って、序曲的な役割を果たす最初の序奏と合唱(スメタナ節がよく効いている)まで辿ることができ、「これから判決が下される」「たとえ罪を犯したとしても偉大な惧れを知らぬ英雄、ダリボルだ!」という歌詞が、結局、作品の中核部分をぐっと押さえていることに気づくことは、それほど難しいことではないはずです。ごく当たり前のことではありますが、音楽的に非常に印象的な部分が、作品そのものにとって重要な象徴へ密接につながっており、そこにスメタナ・・・そして、その民族が歩んだ歴史が、断ちがたく絡みあっているのをみるとき、私たちは『ダリボル』という作品に幾重にも積み重ねられた、作者の想いを知ることになります。

今回、演出は特に優れたものではなく、衣裳のみそれらしくしたオーソドックスなものだったので、そうした面に気づくには、より積極的な受け手のコミットが必要でした。しかし、市民参加の合唱団を含め、音楽的には十分に特徴を捉えたパフォーマンスであったために、そうしたことにも気づけたのではないかと思います。やはり、こうしたことは、いくら音楽的に気に入っていた作品だからといっても、実際に舞台に接してみないと、なかなかわかりづらいことでもあるのです。

【まとめ】

今回、こうした意欲的な公演が大手の「呼び屋」ではなく、一介のNPO組織と、それに協力した人たちの間で実現されたことは、驚くべきことといえます。しかも、このシリーズは東京や大阪の主要な会場を通ることなく、地方都市を中心としたホールなどをコツコツと回り、帰っていくことになっています。当夜の所沢MUSEのマーキーホール(中ホール)は、ピットを掘ると700席あまりの小さな施設で、てっきり大劇場(アークホール)でやると思っていた私は、面喰ったものです。しかし、やりようによっては、できることがあるということなんでしょう。

ところで、この作品のほかにも、スラヴ系の作曲家のオペラ作品には、非常に魅力的なものが多いです。ヤナーチェクに関しては徐々に、20世紀を代表するオペラ作家というイメージも強まってきましたが、このスメタナにしても、ほかに、序曲のみがよく知られている『売られた花嫁』、『リブシェ』といった優れた作品がありますし、ドヴォルザークにはアリアだけがよく知られた『ルサルカ』といった珠玉の作品があります。

日本のオペラ界は、例えばヴェルディのようにメジャー中のメジャーの範囲に入る作曲家でさえ、かなり偏った上演史を形成していますが、こうした未知のオペラに少しずつでも光が当たっていくことは、オペラを愛する人たちの視野・・・だけではなく、それを演じ、舞台をつくっていく人たちの視野をも広げることにつながっていくでしょう。

しかし、そうした意義ぶかさを考えるよりも、とにかく、上演が上演として、実に盛り上がった舞台であったことを強調しておきたいと思います。カーテンコールではいつ絶えるとも知らず温かい拍手がつづき、さほど上手であったとも思えない役者たちに、意外なほど熱い支持が表明されたのを、微笑ましく報告しておきたいと思います。

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