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2009年11月16日 (月)

ダリ・ピアノトリオ 大阪国際室内楽コンクール グランプリ・コンサート @津田ホール 11/13

大阪国際室内楽コンクールは、非常に評価の高いコンペティションだ。まず、室内楽専門のコンクール自体が、世界的にもさほど多いわけではない。また、弦楽クァルテット以外のピアノ・トリオなどの室内楽カテゴリーや、特殊な編成によるグループの部門まであるのが大きな特徴となっている。

そして、実績もある。第1回のオルフェウス弦楽四重奏団、ロータス・カルテットをはじめ、我らがクァルテット・エクセルシオ、ヘンシェル、ベルチャ、プソフォス、レゾナンス、ベネヴィッツなど、(私の知っている限りでは)弦楽四重奏団ばかりであるとはいえ、プロの世界に踏み込んで高い評価を得ているグループが多い。今回は、昨年のコンペティションでピアノ・トリオの部(第2部門)で優勝したダリ・ピアノトリオを聴いてきた。結論から言うと、ピアノ・トリオとしては、まだまだ時間と経験が必要だと思われた。

【ヴィブラートの抑制】

今回、メンデルスゾーンの1番、ショスタコーヴィチの2番、さらにラヴェルという構成で、ピアノ・トリオとしては中央突破の、歯ごたえのあるプログラムで臨んできた。まず驚かされるのは、ダイナモとなるピアノのアマンディーヌ・サヴァリーの、威厳に満ちた演奏だ。いまのところ、ヴァイオリンとチェロは彼女のつくる揺るぎないベースの上に踊る、人形たちにすぎない。サヴァリーは非常に自由な音楽性の持ち主であるが、同時に、どう揺さぶっても動きそうもない(素人が力士を押してみたときのように)堅固なフォルムをもっている。彼女のピアノは、音色は硬質だが美しく、華やかで、かつ、自然な風合いをもっているのも特徴だ。

これに対し、ヴァイオリンのヴィネタ・サレイカはスピントの強い、輝くような音色の持ち主であり、チェロのクリスティアン=ピエール・ラ・マルカは内省的な、じんわりした響きをもっている。この2人の著しい特徴は、響きのベースにおけるヴィブラートの厳しい抑制であり、その点においてはつよいこだわりを感じる。問題は、それが作品のなかで生きているかどうかである。

もっとも違和感があったのは、ショスタコーヴィチである。この作曲家の友人だった故ロストロポーヴィチは、冷戦下で世界一とも歌われた技巧的なチェリストだが、ヴィブラート抑制の風潮に警戒的だった。例えば、彼の名前を冠したコンクールに出場したタチアナ・ヴァシレーヴァの、ヴィブラートを抑制した演奏に激怒した彼は、直ちに演奏を止めさせようとして周囲の審査員に諌められたという(彼女はそのコンクールで優勝)。その演目はバッハだったそうだが、ショスタコーヴィチならばなおさらであろう。

もしもショスタコーヴィチのピアノ・トリオが大好きな、私のような客がいたならば、大抵は、これはシュスタコーヴィチではない、なにか別の音楽だと思ったにちがいない。例えば、最初のチェロのハーモニクス主題を聴くだけでも、その違和感は明らかである。そこでは錆びつくほどに懐古的な、ロシアの風景が浮かばなければならないのに、ラ・マルカとサレイカのコンビが弾くのは、より南下したステップ地帯や、バルトークたちの生まれた地域、あるいは、もっとトルコやギリシアにちかい地方で育まれた音楽であるように感じた。

ヴィブラートの扱いひとつで、そんな風になってしまうのだ。傍からみていて神経質なほど、ヴィブラートの抑制に気を遣った演奏は、最近の音楽界におけるトレンドに忠実な・・・というに止まらず、(響きの揺れは)ほとんど体質上、受けつけないとでもいうほどに徹底したものである。そして、そのことによって何が起こったかといえば、ショスタコーヴィチらしいイディオムをわざわざ放棄して、なにか別のものを捉まえてくるにすぎないのであった。そして、ショスタコーヴィチの作品に是非とも含まれなければならない緊張感を奪い、厳しさを放棄し、表現から毒気が抜けて、まるで腑抜けたものになってしまった。その点、ピアノは影響を受けないわけで、3つの楽器の響きの絆(均衡)も失われた。

私は、いわゆる「古楽的な」演奏に批判的ではない。ピリオド奏法などというと誤解が生まれやすいのだが、それはバッハやハイドン、モーツァルトばかりに適用されるのではなく、つい何十年前までは、その奏法を世界中で守っていたのであり、極端にいえば、マーラーにだって応用して当然だという考え方にも賛成する。しかし、一方では、ヴィブラートに対する必要以上の警戒が、むしろソヴィエト主義下の社会統制のような、おかしな事態を招くかもしれないことには警戒的だ。ロストロポーヴィチに限らず、その何十年前を知る音楽家たちの中には、そこで彼らが親しくしていた作曲家たちが、決してヴィブラートを毛嫌いしていたわけではなく、表現上、しばしば必要になる場面があることを証言している。

このショスタコーヴィチについて言うならば、もっともっとヴィブラートを使わないと音楽にならないのは、演奏を聴けば明らかだ。特に、レントでは、あれほど集中した演奏を繰り広げる彼らが、そのことによって、かえってへっぴり腰になっているように見えてしまうのを、歯がゆくみていたものだ。皮肉なことに、それしかやりようのない部分で、仕方なくヴィブラートをかけてやるときにだけ、音楽はショスタコーヴィチらしく響いた。

彼らは果たして、勇気のある、ラディカルな響きの職人なのであろうか、それとも、ヴィブラートをめぐる近年の混乱した価値観のなかで、特に突き詰めた結論に行き着くことで安住する、ある種の保守主義者にすぎないのだろうか。志では前者でありながら、実際の姿は後者にちかい、と私は思う。

【ポジションからみるトリオの欠点】

最初のメンデルスゾーンが、もっともよい演奏だったかもしれない。そこでは上に書いたような美学が、流れるような優美な楽想のなかで、わりあい自然に輝いたからである。例のサヴァリーのつくる豪華なベースのうえで、サレイカとラ・マルカはさぞかしリラックスしたパフォーマンスを出来ていることあろう。しかし、そのことが、現在の彼らの音楽を物足りないものにしている。ほとんど変化はピアノの上で起こり、弦2本はそれに追従するだけに聴こえる。彼らにとっての主要な関心事は、そのラグをなるべく少なくして、同時に変化がつくように全体のフォルムを考えることにあるのではなかろうか。

そのため、彼らはピアノを中心に、ヴァイオリンとチェロが左右に散るのではなく、「く」の字型に並び、ヴァイオリンとチェロの楽譜があとすこしですれ合うくらいに、近づいてポジションをとる。見た目上、窮屈そうである。私の好きなトリオ・ヴァンダラーならば、ピアノのコックが奥にドンと陣取り、さらに、ヴァイオリンのヴァルジャブディアンもチェロのピドゥ(ラファエル)も、自分の空間をしっかりとって間合いを置き、互いにオーラを張りあいながら演奏している感じがある。だが、彼らはそうはしない。しかし、これはポジションそのものの問題というよりは、音楽のつくり方に象徴的に表れるのであって、フォルムが滑らかすぎて、小手先の表現になっているのである。

したがって、演奏自体はスポーツ的な爽快さがあることも手伝って、それほど悪いようには感じない。ところが、冷静になって他のトリオと比べてみると、音楽の彫り込み方が浅く、まるで立体感がない。素晴らしいトリオは、ピアノのイニシアティヴを認めるにしても、弦が内側で張り込んだときに、響きがぷくぷくと伸縮するような感じがあるものだが、このトリオの場合は、そうした響きの結びつき方がより平面的にみえる。

このことは、ラヴェルでも批判を免れない。序奏のピアノは作品を象徴する芳しいテーマを奏でるが、その部分のサヴァリーの演奏は、一気に聴き手を惹きつけたことだろう。母国の作曲家ということもあり、音色のつくり方には大胆さもみられるが、その後の展開はイメージが凝縮しすぎて、何度聴いても味わいぶかい旋律、音色、構造のミステリアスな雰囲気が淡彩になっている。室内楽では、クァルテットならクァルテット、トリオならばトリオの統一的な声、表現、動きというものも重要ではあるが、こうした曲では、1本1本の楽器がもっと創造的に世界観を広げていくことも重要である。それが、このトリオには出来ていなかった。

【まとめ】

とは言ってみたものの、3人は最年長のサレイカで1986年生まれというから、全員が20代中盤という若さである。また、結成が2005年ということからすれば、まだ4年も経っていないグループなのだ。それを口汚く罵って、萎縮させる必要はない。むしろ、その短期間で、こんなレヴェルまで来たことに感心すべきだろう。彼らは金の卵であって、いまはまだ、それを温かく見守る時期である。

それこそ、アンコールで演奏したシューベルトの緩徐楽章などからは、素晴らしく清らかな表現センスを感じるのであって、ハイドンのほうでも柔らかいユーモアを感じさせた。

今回、2プログラム用意したなかでも、ハイドン、ブラームス、シューベルトというプログラムのほうを聴きたかったが、これが聴けるのは本場の大阪と、広島、三重、新潟、長野の聴衆だけなのである。これらの地域でダリ・ピアノトリオに接した人たちならば、またちがった印象を抱いたかもしれないのである。

クァルテット・エクセルシオのような成長力があるのかどうか、また数年後に聴いてみたい若者たちであった。

【プログラム】 2009年11月13日

1、メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番
2、ショスタコーヴィチ ピアノ三重奏曲第2番
3、ラヴェル ピアノ三重奏曲

 於:津田ホール

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