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2009年11月14日 (土)

浜松国際ピアノコンクール 第2次予選 (第2日) 11/14

浜松国際ピアノコンクール、第2次予選の中日の模様をリポートします。

【No.10 チョ・ソンジン,韓国】

トップ・バッターで、最年少のチョ・ソンジンが演奏しました。西村作品は、ゆったりした音楽づくりです。ほんのり薫るという感じの音色の美しさに注目した演奏で、音色のつくり方や、和音の清潔さは耳を惹きます。ただ、すこし音楽の捉え方が暗めなのと、作品理解の浅さは否定できません。ショパンのエチュード(op.10-1)のゴージャスな演奏が、彼にとって実質的な幕開けとみえます。リストも、ダイナミックな表現で爽やか。厚みのある部分で、響きの美しさを保持できるのが、彼の強みです。

思いきってウェイトをかけた、シューマン『幻想小曲集』は巧まずに、素直な共感を前面に出した演奏で、初々しいパフォーマンスです。

第1曲の「夕べに」では、繊細なアーティキュレーションの調節で、実に多彩な表情を描いています。それはまるで夕空の下、家族が並んでのを歩いているような光景。素直で、可愛げのある部分は子どもを、すこし毅然とした部分では父親を、やや緩んだ響きでは母親をイメージさせます。この3つのモティーフが、密かに全体のなかに織り込まれている感じもする演奏でした。例えば、第3曲の「なぜ」では、冒頭の可愛らしい子どもの問いかけに、硬軟の順で新しい雰囲気が導入され、それぞれが断定的な父親と、同意的な(つまり、どうしてだろうねえ・・・と問い返すような)母親の優しげな回答を想起させます。

第5曲「夜に」は構造的な和音の動きが、表にあらわれる響きや、具体的なイメージにしっかり対応した演奏で、まどろんだり、激しく愛しあったり、ときには傷つけあったり、互いを気づかいあったりする夜の多彩な表情を、きれいに描き分けています。第7曲「夢のもつれ」はスケルツォ的な解釈で、曲想よりは技巧的な鮮やかさで印象的。終曲は、堂々たる歌のフォルムをつくったあとに、しんみりと染み入るような弾きおわりが魅力的でした。

【No.85 クシシュトフ・トシャコフスキー,ポーランド】

得意のショパンで始めたトシャコフスキー。(op.25-10)は急速な部分での左手の保持の厳しさと、情緒的な部分の繊細な叙情性が耳を惹きます。ラフマニノフはその延長線上で弾かれていますが、根太い旋律線を構成するはずの右手の重みが不足している印象。ショパンのバラードは、ベースでよく鍛えられたき品のある響きになっているものの、個性を出そうとする部分での不自然なためや、ルバートのセンスに疑問を感じました。

西村の『白昼夢』ではブーレーズ的な構造で作品を捉え、技巧的な面を清潔に演奏することで、なにか出てくるものがあるのではないかという手探りの、言うなれば「即興的」な演奏です。リストの『メフィスト・ワルツ第1番』は毒気が抜けているものの、レッジェーロ(軽い)で、親密さのある解釈は、むしろリストらしさを感じさせます。

全体的に、スキルの高さをアピールした演奏であるものの、このような小品だけで、際立った印象をつくれるほどのピアニストではないように思いました。

【92 イエ・シーチン,中国】

今大会で元気のない中国勢から唯一、ここに残ったイエ・シーチンは、リストと西村の作品を除いて、ショパンだけで構成したプログラムで勝負しました。しかし、それはショパンの演奏が優れていなければ、正しく自殺行為。一か八かという、大博打ともいえるのです。

それで、どう出たかといえば、大失敗だったと思います。エチュードは可もなく不可もなくでしたが、プレリュードはショパンらしいイディオムがほとんど感じられず、造型が平板です。イメージの喚起力も弱い演奏で、これで勝ち抜くのは難しいと思われます。速く弾きすぎてフレーズが潰れてしまったり、逆にイメージが流れすぎて拡散してしまったナンバーが多かったようにも思います。

この人にはすこし期待をかけていたのですが、残念なパフォーマンスになりました。

【No.63 ドミートリ・オニシチェンコ,ウクライナ】

オニシチェンコは、西村の新作でスタートしましたが、これはなかなか濃厚な解釈です。音色も非常に深く、多彩であって、重層的な雰囲気を織り込んでいく。暗いなかにも、浮揚するものがあります。ロマンティシズムが強すぎますが、日本的である上にアジア的な・・・西村のワイドな作風を彼なりに捉えた演奏といえそうです。技巧的なものの凄みもしっかりアピールし、経験値の高さを見せた演奏でした。

ショパンのノクターンは優しい打鍵で、繊細で柔らかいルバートを効かせ、左手のジェントルな支えと、右手の清楚な美しさが光ります。フラット系からシャープ系へのずれを丁寧にアピールした、スクリャービンへの移行も面白みのある動き。この流れのなかで3楽章構成のフィナーレのように置かれた、ショパンの「木枯し」まで、非常に流麗な流れをつくりました。同じイ短調で、マズルカへ展開してガラリと雰囲気を変えるあたりも、凄いアイディアといえます。

ここまで全て短調による曲目なのですが(西村は無調なのでしょうが、短調的に弾きました)、決して一本調子にはならず、1つ1つの作品を丁寧に印象づけながら、圧倒的な集中力で聴き手を惹きつけていました。そして最後に、ラテン系音楽に特徴的な愁いを帯びた優美さが印象ぶかい、リストの『スペイン狂詩曲』で種明かしとなりました。短調のなかに含まれる人間的なエネルギーを、こうして有機的に繋いできたというわけです。技巧的にも隙がなく、40分が短く感じられる濃密なステージでした。

【No.61 シルヴァン・ネグルシュ,ルーマニア】

第1次予選では、あまり気に入らなかったネグルシュ。西村の演奏は、余白を上手に使った演奏で、邦人作曲家のピアノ曲にこういうのは確かに多いという印象ですが、わざわざ『白昼夢』と名づけられた意味は感じません。もう一歩でしょうか。

シューベルトの(D784)のソナタは、ある意味で、とても難しい曲です。ネグルシュは非常に丁寧な音楽づくりで、ある程度の成果を得たものの、響きがやや暗くなりすぎたほか、全体的に印象の弱さを克服できず、強いアピールを為すには至らなかったと思います。その流れのなかで、スクリャービンの、エチュードが弾かれたのは理解できます。演奏は甘い音色を前面に出して、重厚なロマン性を浮かび上がらせるものでした。これに、ショパンの「革命」エチュードがつづきましたが、前のシューベルトも含めてイメージが似通っており、先程のオニシチェンコとは対照的に、構成的な単調さが拭えませんでした。

めざす水準の高さに対して、もっている表現のパレットが足りていない印象です。

【No.7 チャン・ソン,韓国】

この方もイエ・シーチン同様、ショパン尽くしの構成で勝負に出ましたが、やはり裏目に出たと思います。こちらはプレリュードではなくエチュードですので、技術的な完成度が高い分、まだいいと言えるのかもしれませんが、表現力が淡彩で、私にとっては退屈でした。少なくとも、ショパンだけで勝負できるレヴェルではないと思います。

基本的に右手のピアニストであり、その点、聴き栄えはするものの、奥行きに欠けます。(op.10-2)など、冗談のように細っちい演奏になっています。また、右手がリズムに対して先行的なのに対し、左手が総じて遅れ気味に聴こえます。これが、どうにも気持ちが悪いのです。典型的なのは有名な「別れの曲」で、本当に情けないフォルムになっています。(op.10-4)など、音符が細かいナンバーでは、こうした欠点が覆い隠されます。

最初に演奏した西村の作品でも、低音の打鍵がひ弱であることで、イメージに立体性が出ていません。スクリャービンは起伏が柔らかでいい演奏ですが、一気に盛り返すほどではないでしょう。リストは躍動感のある演奏で、先程のオニシチェンコとはまったく対照的な、楽天的な解釈です。やはり技術的な安定感があり聴かせますが、突き抜けた感動には達しません。

【No.32 加藤大樹,日本】

注目の加藤大樹は、無事に1次予選を通過しました。ショパンはすっと流れてしまうはかなさで、ほんの小さな波を立ててみた程度の演奏。得意のバルトークは横揺れするような響きが面白く、すこし不気味な雰囲気はあとの西村作品への伏線となっています。しかし、すぐにそちらへ行かず、メンデルスゾーンを真ん中に置いたのはひねりが効いています。

メンデルスゾーンは各変奏のキャラクターを精確に捉えているのですが、如何せん、彫り込みがやや浅くなっています。そのため、細かい音符が多い変奏では聴きごたえがあるものの、モデラートなど、じっくり腰を据える部分では表現が甘くなります。この影響から、曲想を入れ替えるために、アダージョで長調に移るときに不自然な間がありました。その後の展開は悪くありませんが、前半とつながらない。プレスト・コーダで、矛盾が一気に溢れ出た感じとなりました。これでは弾けないのです。

ここで西村作品を演奏しましたが、謎めく雰囲気のなかにもあっさりした響きの処理が特徴で、先のバルトークと対比的になっています。『死の舞踏』は序奏の部分ですこし衒学的な注釈を入れることで、西村作品からの連続性を導いています。中心部は派手な演奏なのですが、打鍵が粒だってしまい、機械的な演奏に聴こえます。

構成的な面白みはあるものの、プログラム全体にわたって表現に起伏がなく、モノトーンな感じに受け取られました。また、1次のときもそうでしたが、表現が熟れてくるまでにどうしても時間がかかり、スロー・スターター的なところがあるようです。

【No.51 ファティマット・メルダノワ,ロシア】

この日のトリを飾ったメルダノワは1次で、かなり大味な表現が目立ちましたが、このラウンドでもやはり同印象です。

西村の新作では細かい打鍵を多用し、『展覧会の絵』のサミュエル・ゴールデンベルクのところとすこし重なるイメージがあります。余白をあまりとらない演奏で、7分程度となっている曲が5分強でおわっています。次のショパンも、無窮動という感じの強引な演奏で、感興もなにもあったものではありません。そのわりに、響きがきれいなのが面白いところ。リストも同傾向で、早弾きの名人のようです。

思いきってウェイトを賭けたブラームスは、(op.2)という初期作品、ソナタ第2番という珍しい選曲になりました。第1楽章アレグロ・ノン・トロッポに、マ・エネルジーコ(しかし、力強く)とつづくのが、彼女のトレードマークみたいです。あれほどぶっ叩かなければ、研ぎ澄まされた和音の美しさが生きてくるのですが。休みなく演奏される中間2楽章は、スケルッツォの響きのきつさが耳に残ります。フィナーレも、渋い曲想を突き破ってくる強引な打鍵が目立ちます。

決して、欠点だけではないのです。音楽の構造的な把握、和音の清潔さへのこだわり、ときどき浮かび上がってくる深い内面性・・・といった良さがしっかり備わっているにもかかわらず、あまりにもデリカシーのない音楽づくりで、それらを踏み潰しているのはまことに惜しいことだと思います。

【まとめ】

この日の演奏は、すこし低調だったかなと思います。しかし、そのなかで、最初のチョ・ソンジンとオニシチェンコは目立ちました。明日、セミ・ファイナルへの進出者が決まります。

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コメント

どうもご無沙汰しております。
ヤナーチェク友の会のPilsnerです。

今月17日に札響の東京公演があります。
詳細は私のブログにアップしました。
http://pilsner.blog100.fc2.com/blog-entry-81.html

札響はこのところ好調で、以前、アリスさんが来札してお聴きいただいた時よりも更に一段成長していると思います。もしよろしければ、お運びください。
それではまた。

※旧URLの方に書きこんでしまったので再投稿します。

Pilsnerさん、情報ありがとうございます。10月のエリシュカも行きたかったけれども、都合がつきませんでした。お噂は聞いております。いつかは、エリシュカで東京公演をやってほしいところです。

こっちの人は、みんな、驚くでしょう!

今回は、「忠さん」お得意のエルガー・プログラムですね。すごく好きな曲なのに、エニグマは実演で聴いたことがないし、いい機会かもしれません。都合がつけば、行ってみようと思います。

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