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2009年11月18日 (水)

浜松国際ピアノコンクール 第3次予選 (初日) 11/17

浜松国際ピアノコンクール、第3次予選の模様をリポートします。

【No.16 フランソワ・デュモン,フランス】

演奏順の抽選で1番を引いたために、常にトップで弾きつづけねばならないフランスのデュモンですが、ここまでは、先駆けとしての役割をプラスで見てもらっているように思えます。彼がいなくなると、いよいよ東アジア選手権になってしまうため、頑張ってもらいたいところです。

最初のベートーベンは、「テンペスト」ソナタですが、序盤、些細なミスからリズムに乱れが出てしまい、その後も流れに乗りきれない印象です。古典派以前の表現には大きな期待を抱いていただけに、すこし残念な感じがしました。ただし、丁寧にコートされた響きのニュアンスの多彩さは、これまでの演奏でしっかり示してきたところ。少しずつ盛り返しましたが、どうでしょうか。

拍手がなければ、ドビュッシーまで続けるつもりだったと思いますが、答礼をしてドビュッシーに移ります。この2曲は、さすがに安定感があります。2次でもそうでしたが、彼は得意のドビュッシーを中間に挟むことで、表現に注釈をつけるというやり方をしています。今回、2つのプレリュードを使い、野性的なテンペストから、印象派風の『展覧会の絵』につないでいくという意図が感じられます。アナカプリの最後の鋭い打鍵は、何だったのでしょう。すこし乱暴に聴こえますが、テンペストの雰囲気をちょっとだけ移植してみたのだと考えると、ウィットがあります。

メインの『展覧会の絵』は、彼らしいオーソドックスな演奏です。ビドロと次のプロムナードで、最初のクライマックスとその鎮静を迎える構成も型どおり。ビドロはリズムを慎重に踏んだ演奏が印象に残ります。次のバレエとサムイル・ゴールデンベルクを挟んで、プロムナードとリモージュの市場はやや不安定でしょうか。ホールの響きのせいもあるのか、カタコンブは和音を保持しすぎていて、多少のくどさを感じます。ただ、「死者の言葉をもって死者とともに」と書かれているのが有名な、次の部分の表現を考えたときには妥当性もあります。右手のトレモロが繊細で、非常に美しく感じられました。

そこから、バーバ・ヤガーへのダイナミックな切り返しは見事。最後のキエフの大門への推移は、冒頭の(p)を無視して豪華に進んだため、音楽が単調に聴こえます。これはあとの部分でも構造的に効いてくることになるので、失敗でした。全体的に揺るぎない表現力、多彩な響きをもつ打鍵には問題がないものの、細かい点で取りこぼしがあるのが目立っていて、いつも100%を出しきっていないというのが、デュモンへの感想です。

【No.81 アレッサアンドロ・タヴェルナ,イタリア】

タヴェルナは雪辱の『エロイカ変奏曲』で、プログラムを華麗にスタート。全体にヴァリュエーション内部での動きが多く、聴き手を楽しませようとするサーヴィスの豊富な演奏ですが、その分、すこしイメージが拡散しすぎるきらいがありました。第12-13変奏あたりで出るアイロニカルな部分は、ユーモがすこし硬いように思われます。

変ホ短調から最後の変奏、そして、フーガを通ってコーダへ至る展開は、独特の味わいがあります。特に、フーガへのブリッジの部分を大事に演奏していますが、いささか響きがほどけすぎて、引っ張りすぎの印象があります。しかし、ベートーベンに特徴的な作品終盤に置かれたフーガは、シャープな上に柔らかさがあり、これは神さまへの捧げものであるという意識が、しまいの溜めにぐっと流れ込んでいます。コーダはすこし流れが重いものの、そこを犠牲にして、思わずニッコリしてしまう構造のアイロニーを掴んでいます。面白い演奏でした。

メシアンは、『嬰児イエスに注ぐ20の眼差し』のうち、「喜びの精霊のまなざし」です。これは「喜び」「信仰心」というキーワードで、前のベートーベンとイメージが接続します。また、規模こそちがいますが、メシアンのほうも主題、変奏、コーダという構造を共有しています。演奏は変奏の性格に添って、最初はほんのり甘みを伴って、次に厳しさを出し、そして神秘的なイメージにつなげ、母と父、それに精霊のイメージを凝結させつつ、きれいに描き分けています。最後、ジャズ的な解放感のなかに、喜びを再び表現するコーダの演奏も見事でした。

締め括りのソナタは、従来のソナタ形式に限界を感じるプロコフィエフが、彼なりのやり方で厳格に、緻密に組んでいったソナタの構造を、丁寧に拾っています。「戦争ソナタ」ですが、ドルチェ(優しく・・・ですが、語感から甘みがあるという意味も含むでしょう)の指示を生かして、浮揚力をつけているのが特徴です。アレグロ・モデラートの部分は急ぎすぎと思われますが、この動きの鋭さで「戦争ソナタ」の陰影を深める解釈は納得がいきます。その影を追いながら、一歩一歩確かめながらの慎重な演奏で、徐々に詩情がほどけていくあたりの表現が私は好きでした。そのせいか、締めのアレグロはすこし派手な感じで、ほんのり違和感が残ります。

緩徐楽章は相変わらず丁寧な音楽づくりが光りますが、すこし響きを自由にして、正に夢見るような演奏をつくっていきました。ロンド・フィナーレは終戦の喜びを表すような主題の展開をじっくり掴んだ上で、それが抑制され、ぐっと凝縮していくようなイメージが素晴らしかったのですが、大詰めの転回に移ろうとするところでベル。タヴェルナの演奏が、最後の答えを出そうとするところだったので、これは残念でした。

【No.62 野木成也,日本】

細やかな気遣いに満ちたハイドンで、ゆったりと雰囲気を変えた野木成也。1次では厭というほどハイドンを聴いてきましたが、こんなにも澄んだ美しさを湛えた、ナチュラルな演奏があったでしょうか。彼自身はベートーベンを選んでいるのですが、とんだ隠し球です。最後の楽章は、ロンド主題による終盤の盛り上げも鮮やかでした。次は、ポリフォニーという点で共通性のあるシチェドリン。「2声のインベンション」となる第1曲をじっくり織り上げたおかげもあり、第2曲「バッソ・オスティナート」の引き締まった構造が際立っています。ハイドンの終楽章と同じく、ロンドの構造が生きているナンバーですが、その共通点を隙なく印象づけた演奏でもありました。

武満の『雨の樹』はきれいな輪郭が出ており、フォルムの美しさが際立っていますが、私は、そこに作り物めいたものを感じてしまいました。

この日、2人目の『展覧会の絵』は、前のデュモンと比べてシャープな造型が目立ちます。1音ごとの色彩感というか、コートの見事さでは引けをとりますが、和音の美しさなどは際立っています。前半では、丁寧な左の刻みが印象的な「古城」の演奏が情緒ゆたかで、素晴らしい。中盤の柱であるビドロよりも、次のプロムナードの・・・特にリズムの揺らぎに、表現の隠れた頂点が来ている点は見逃せません。

バレエとサムイル・ゴールデンベルクは、性質のちがう2つのスケルッツォとして演奏されています。特に、リズムのつまりをうまく利用した、後者の演奏のアイロニカルな演奏は独特です。ただ、右手で細かいリズムを打つのが苦手なのか、高音のベースはすこし揺れがあります。これは、リモージュの市場の右手の動きについても言えます。カタコンブとそれにつづくプロムナードは、年長のデュモンのほうが、より立体的な喚起力がありました。

最後は、すこし息切れ気味となり甘くなりました。キエフの大門は、デュモン同様、バーバ・ヤガーからの流れを重視し、響きの絞り込みをスルーしています。しかし、野木の場合は、終盤、最初のテーマが戻るときに若干、響きを緩めており、その分だけ、作品に奥行きがついた感じがします。とはいっても、全体のフォルムはデュモン同様に大味なものであって、印象が単純明解なものに止まっています。

【No.4 アン・スジョン】

注目の韓国勢の先頭を切って、アン・スジョンが登場しました。ラフマニノフの(op.23)のプレリュードを6曲弾きましたが、これはもう、完全に手のうちに入っている深い楽曲理解が特徴です。例えば、アンダンテによる第6番などは、急速なナンバーと比べて逆に造型が難しいのでしょうが、全体のフォルムがよく練られていて、複雑な断片がエレガントに組み上げられていました。これは、一朝一夕で成し遂げられるものではないはずです。私は、そこを買いましょう。

4、5、6、7と順番に来て、10番、次に2番にとぶところが問題となりますが、流れ自体にはまったく違和感がなかったとしておきましょう。10番は本来、この前奏曲集の最後に置かれていますが、このように演奏すると間奏曲的な性質を示すようになります。そして、華麗な変ロ長調の2番で締めるという構想になっていますが、この流れのなかで、間に挟まれる10番は印象が弱められるどころか、かえって注目されることになります。そのことをよく理解しており、ひときわ丁寧な演奏で、フィナーレにつないでいたのが印象に残ります。

メインとなるリストのソナタは、2次でガサノフが見事な演奏を披露しているため、生半可な理解ではアピールになりません。その点、あちらに一日の長があるのは否めないのですが、1拍1拍の細かい起伏の表現や、全体の構成の優美さでは、アンに分がある面もあります。序盤、やや流れに乗れない展開もあり、最初のクライマックスくらいまでは物足りない印象が先行しました。

しかし、緩徐的な部分を通り抜けたあと、急速に取り返し、彼女の思い描いていたソナタのフォルムが、くっきりと浮かび上がってきます。冒頭の導入主題が再現する場面から、彼女の独壇場が始まります。対位法的な響きから一気にフォルムが変容し、再現部的な展開を見せる部分の迫力は、リストがここで変ロ短調に移して書いている意味を、完全に体現するものです。この流れのなかで演奏される引き延ばされたコーダは、優雅な感興とともに、深い叙情性を訴えかけます。弾き終わりの、柔らかないペダルも印象に残りました。

序盤の流れの悪さが悔やまれるものの、そこから出発して、ここまでフォルムをまとめ上げたというのが、逆に、彼女の非凡さを象徴しているのかもしれません。

【No.55 ジェームス・ジェウォン・ムーン,オーストラリア】

私はここに至るまで、彼の音楽を理解できていないと言っていいでしょう。1曲たりとも素晴らしいと思った曲がなく、音色も技巧も、表現の喚起力も、特に優れていると思える部分がないのです。しかし、私が願っているのは、彼の音楽を理解したいということで、スキャンダラスに書くつもりはないのですね。

まずは、シューマンの『アラベスク』。いまさらながら、とても優しい打鍵で、他のコンテスタントに見られないタイプと思いました。バッハの『トッカータ』(BWV.911)は、舞曲的な躍動感と気品を大事にした演奏です。特に、前半のアダージョの部分で、彼のジェントルな音楽性が生きています。フーガは、各フレーズの中間としまいに重みをかけ、舞曲の跳躍と着地を丁寧にアピールしているのが特長となります。全体的にフォルムのきれいな演奏ですが、フィナーレは、ややもたついた感じもあります。

ハイドンはわりあい前のめりなフォルムになっており、リズムの前をサーフィンしていくような感じです。同じハイドンならば、野木のほうがいいと思いますが、この人の演奏はフォルテ・ピアノを弾くようなアクションになっています。

ラフマニノフは前のアン・スジョンと比べると、お人柄でしょうが、造型が優しすぎます。ときどき、ショパンに聴こえますね。そのわりに強奏部に入って、急に響きに野性味が出るなど、表現性に一貫性が感じられません。これを序奏に使い、メインとなるソナタの演奏に移行します。なお、ソナタは1931年改訂版とあります。演奏自体は、やはり彼らしいのんびりした(これは良い意味で)フォルムですが、全体の構成力はいまひとつです。例えば、レントではムーンらしい優しげな音楽性が本領を発揮するはずですが、構造の支えが弱く、この長大な緩徐楽章では、すこし飽きてしまいます。それを振り払うためか、フィナーレでは必要以上に弾き飛ばす感じがあり、音楽の構成が雑に感じられます。

全体的に、まるでコンクール的でない長閑な雰囲気をもつ演奏で、表現性や、打鍵の質、音色もすべてソフィケートされています。そこが彼の魅力のすべてなので、抽斗は少ないという印象です。

【No.10 チョ・ソンジン,韓国】

今回のコンペティションで、若年者として常に注目を浴びてきたチョ・ソンジンは、しっかり期待に応えてきました。このラウンドは、モーツァルトのソナタ(K.332)でスタートします。シンプルな楽想だけに、それをいかに表現するかという音楽性が問われることになります。先程のムーンのハイドンとは異なり、チョはピアノの響きの利点を生かす形で、より古い楽器のイメージをも表現しています。その明るく、快活な音色からは、音楽が好きで堪らないというパーソナリティが、自然に伝わってきます。しかし、アダージョでの細かな陰影づけも、驚くほどの柔らかさです。

ショパンは2番と4番のスケルッツォを演奏しましたが、どちらも妥当性の高い解釈で、この年齢にして驚くべき完成度を誇っています。特に、非常に工夫した歌いだしをした4番のほうは、自然な歌ごころのなかに、スケルッツォ的なフォルムの遊びが豊富で、深彫りの面白い演奏です。ラヴェルの『水の戯れ』は、プッチーニのような温かい歌いまわしで、優しく弄ぶような無邪気なパフォーマンスが印象的です。

最後は、リスト。このコンクールでは、リスト得意のピアニストが多いですが、彼の演奏も十分に個性的です。チョは最初の数分で、一挙に音楽を印象づける見得の切り方をしますが、この曲では最初のクライマックスで、複雑なフォルムを大胆に造型し、一気に聴き手を惹き込んでしまいます。いくら激しく弾きあげても、フォルムがぶれず、音色の柔らかさが残るのが、彼の著しい特徴です。それを活用した結びの美しさは、ここまでの予選で、この曲を演奏したどのコンテスタントよりも、はるかに優れていました。

さほど大きな規模の作品を含まないプログラムにもかかわらず、この濃厚な1時間を演出した手腕はタダモノではないと言えるでしょう。

【まとめ】

全体的に、このリサイタル方式になって一変したコンテスタントが多く、素晴らしい個性を次々に発揮しています。そのなかでも、最後ということもあり、チョ・ソンジンのパフォーマンスは目立ちました。

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コメント

またまたお邪魔します。
第3次予選の結果についてのコメントを楽しみにしてます・・・・weep

ちょっと長くなりましたが、書いてみました。コンテスタントにとってはどうか知らないけれど、はっきりいって、結果はどうでもいいんです。

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