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2009年11月17日 (火)

浜松国際ピアノコンクール 第3次予選のみどころ

浜松国際ピアノコンクールは、17日から第3次予選(セミ・ファイナル)を迎える。ここで12人から6人程度に絞られて、協奏曲による最終選考を迎えることになる。

しかし、実際のピアニスト稼業に必要不可欠であるかどうかは別として、私は協奏曲をよく弾けることに、ピアニストの評価を置いていない。むしろ単独のリサタルや室内楽で、どれだけ中身のあるパフォーマンスをできるかということのほうが、はるかに大事なことだと思えてならないのだ。ゆえに私は。浜コンではセミ・ファイナルをもっとも重くみたいと思っている。ファイナルはおまけみたいなもので、さらに誰が何位をとるかなどというのは、それほどの関心事ではない。

結果ではなくプロセスのほうが重要だと言えば、月並みなメッセージになってしまうが、こうして映像配信をずっと追ってきたのも、そこに意味があるのだ。確かに、結果を出せなければ上には行けない。しかし、その過程で出会えるであろう魅力的なアーティストを知ることこそ、現代的なコンクールの楽しみ方であり、その可能性を大きく広げたネット配信の充実した日本のコンクール運営を、私は高く評価している。結果はひとつの偶然でしかなく、1次予選で落ちたコンテスタントが、その大会の優勝者より確実に劣るというわけではない。

前置きが長くなったが、第3次予選の見所を、彼らの組んだプログラムから分析してみたい。こうしたコンクールでの類型を見てみると、タイプとしては、大まかにいって3つぐらいに分けられる。1つは、自分の得意なものを単純に並べたもの。2つは、あくまでコンペティションの一環であることを考え、戦術的に組まれたと思われるもの。3つは、実際にプロとしての演奏会で使えそうな構成を整えたものである。

まず、最初のタイプの典型といえるのが、【チョ・ソンジン】だ。最年少だから、これは止むを得ない。モーツァルトのソナタに始まり、ショパンのスケルッツォが2曲、ラヴェルの『水の戯れ』に、リストの「ダンテを読んで」という構成になっている。ここから、なにか精妙にプログラムされた、1つのストーリーを思い描くことは容易ではないだろう。しかし、彼が現時点で自信をもって弾けるレパートリーを、シンプルに並べたという素直なプログラミングであり、いかにも、コンクールに出る若年者のための構成という感じである。

2つ目のタイプの、典型的な戦術的プログラムとしては、【ホン・ジェウォン】のものが挙げられる。バランスよく、効率的にスキルをアピールするとともに、コンクールの地元にも目配せし、かつ、その上に、すこしだけ香辛料を効かせるという技を見せている。まず、シューマンの『クライスレリアナ』を置き、叙情性とテクニックのバランスを手際よくアピールする狙いが見える。彼は2次でも『謝肉祭』を上手に弾いているから、自信があるのだろう。次に、武満が来ているのは日本へのアピールだろうが、武満はフランス的な作曲家なので、イマジネーションはそちらのものを転用できる。

メインとなるラフマニノフの『コレルリ変奏曲』で勝負を賭けるわけだが、リストのヴィルトゥオーゾ・プログラム、『ハンガリー狂詩曲第13番』を置きながら、アルカーディ・ヴォロドス編のものを使うところがチャーム・ポイントになるのである。

同じ韓国の【キム・ヒョンジョン】は地元へのアピールが抜けているが、いかにもコンクール的なプログラムだ。韓国のコンテスタントはシューマンを上手に弾く人が多いが、彼女も『謝肉祭』をメインに置いている。古典への理解をアピールする狙いで、ベートーベンのソナタを入れていることは、先のホンよりも徹底している。詩情をアピールする曲目がラヴェルの1作品だけと少ないが、ベートーベンのなかでも「告別」を選んでいる点と、『謝肉祭』の華やかさで補強されている。そして、オーストラリアの現代作曲家、ヴァインのソナタを置くのがチャーム・ポイントになる。この作曲家はここのところ、コンクールでよく弾かれるプログラムのひとつになっている。現代ものだが、作風は保守的で親しみやすい作品である。

日本の【尾崎有飛】も構造的には、ほとんど同一のプログラミングである。ベートーベンが入っているし、ヴァインの代わりとなるのは、ラフマニノフの直後を追った報われない作曲家、メトネルである。ラヴェルの代わりになるものは、リストによるシューベルト歌曲の編曲もの。そして、『謝肉祭』の華やかさに対応するのが、リストの『スペイン狂詩曲』である。今回、このラプソディを何度聴いたことだろうか?

この流れに、【ジェームス・ジェウォン・ムーン】も入る。彼はまず、シューマンの『アラベスク』を入れることで、聴衆への目配せをすることも忘れていない。しかし、バッハやハイドンといった1次の課題にちかいものを再びもってくることで、古典作品の理解へのアピールを再びおこない、コンクール自体への敬意をも表している。さらに、ラフマニノフのエチュードが来ているから、ほとんど2次予選の続きみたいな構成である。そして、メインはラフマニノフのソナタで、一挙に勝負を賭けるという戦略だ。

今回の進出者は大体、このグループにまとまっている。【野木成也】もそんな感じの構成で、ムーンと同じように、ハイドンを置き、そこから表現世界を広げていこうとしている。日本人が武満を弾くというのは、典型的なコンクール戦術。あとは、ロシアもので固められているが、現代のシチェドリンでチャーム・ポイントをつくっているのも、いかにもな感じである。そして、キム・ヒョンジョンのヴァインではないが、シチェドリンもとても親しみやすい作品。メインは『展覧会の絵』で、彼が好きな作品なのであろうが、そういう作品ならば、思いきって最後を締め括れるというわけだ。とても、わかりやすい戦術になっている。

人気者の【アレッサンドロ・タヴェルナ】もコンクール常連組として、やはり、勝つための戦術はあたまに入れている。彼は規模の大きな2つの作品と、真ん中にメシアンを挟んだコンパクトな構成である。このうち、ベートーベンの『エロイカ変奏曲』は。前回もこのセミ・ファイナルで演奏しているから、同じ曲でリベンジを賭けてきたわけだ。そのときは、この曲への評価がネックになって本選へ行けなかったと思うので、この数年での成長力が問われている。前回はリゲティを弾いて見事だったが、今回は、その代わりにメシアンを置いた。

そして、プロコフィエフの「戦争ソナタ」がメインに来ているのは、今日のような世界情勢のなかで意味がある。このソナタでは、コンクール戦線では7番が人気だが、最後の8番は10年もの歳月をかけて、ようやく1944年に初演された作品なので、そこをタヴェルナがどういう表現で描いてくるのかは期待が集まる。古典作品の理解、音色、技術、叙情性、華やかさなどをうまくアピールしたプログラムで、あくまでコンクール的という範囲を出ないが、その範囲を乗り越えんとする、いまのタヴェルナらしい構成だ。

最後に、【加藤大樹】がここに来る。複雑さをきわめる彼のプログラミングは、好きなものを並べただけでもなく、やはり、戦術的に高度に計算されたものとしか思えない。バッハ、ハイドン、ベートーベンなど、独墺系の本流の作品を欠くのがコンクール的でないとも言えるが、ヴィルトゥオーゾ・プログラムがめまぐるしく並び、整然と構成されたプログラムは、やはりコンクール的としか言いようがない。

十八番のバルトークのソナタ(Sz.80)をはじめ、アイーダの編曲や、ヨハン・シュトラウスの編曲などが並んでいるが、どれも難しい作品ばかりとなっている。ショパンの作品をリストが編曲したプログラム、グラズノフのソナタは、内面性の表現を狙ったものにちがいない。全体的にトランスクリプションをテーマとした構成に統一感があるが、考えすぎて、逆に目敏い感じがするのは私だけなのだろうか。

残りの人たちは一応、第3のグループと言ってよい。このタイプは、実のところ、さらに2つに分かれるように思う。1つは、正にコンサート向きの実用バランス型のプログラムと、より踏み込んだ知的なプログラム構成である。

このうち前者の典型的な例が、【フランソワ・デュモン】である。彼はメインに大曲の『展覧会の絵』をドンと置いて、ドビュッシーのプレリュード2つを緩衝に、もうひとつのメインとなるベートーベンの「テンペスト」ソナタを置くというきれいな構成をつくった。これは古典的な理解、音色の美しさと小品でのイメージの喚起力、大曲での構成力など、コンペティション的にみたいポイントもしっかり押さえており、戦術的にも妥当性がある。そして、このままリサイタルにもっていっても、何の問題もないプログラムである。

残りのコンテスタントたちは、上で示した2つ目のグループに切り込んでいる。

例えば、【チャン・ソン】がそうだ。彼はリストを2曲、ロシアものを2曲という構成で、多分、前後半に分けてくるだろう。リストのうち1つは、歌曲「おお、愛し得る限り愛せ」からの編曲で、有名な『愛の夢第3番』。自分は音楽を愛しているんだという直球のメッセージがあり、聴き手に人気の高い曲を選んでいる点も実用的。これで掴みを構成し、大曲の『ロ短調ソナタ』にもっていく。

リストはガサノフの師匠筋のフェインベルク(師事しているリュドミラ・ロシーナの師)をはじめ、歴史的にロシアのピアニストたちが得意とした演目だ。その重々しい作品の雰囲気と、ロシア的なロマンの濃厚さが符合しやすいのだろうと思う。チャイコフスキーの『四季』から11月と12月を取り上げているのは、この時期の季節感を示す狙いがあるだろう。そして、ストラヴィンスキーの『ペトルーシュカからの3つの断章』で、より新しい時代への雰囲気を匂わせつつ、ヴィルトゥオージティをアピールする狙いが窺える。

いま話題に出た【エミール・ガサノフ】は、敢えてロシアものを多くは弾かず、独墺系の作品に焦点を絞ってきたのが憎い。リスト2曲に、シューベルトのソナタ、1曲だけロシアものという構成である。2次でも強烈にアピールしたように、彼はリストを大得意としている。しかし、『ワルツ・カプリース第6番』はシューベルトの舞曲の編曲で、珍しい演目だ。『メフィスト・ワルツ第1番』は、フェインベルクのしなやかな演奏が録音で残っているように、いわば「お家芸」である。メインとなるシューベルトのソナタを、先程のカプリースが仲介している。ソナタは深遠で、鋭いポエジーをもつ最後の(D.960)に行きたくなるところだが、1つ前の、よりたおやかな(D.959)を選んだところが粋である。

ロシアものは、チャイコフスキーやラフマニノフ、あるいはプロコフィエフ、ショスタコーヴィチなどではなく、尾崎も選んだメトネルの作品である点も、審査委員にはチャーミングな印象を与えるだろう。『若者のためのロマンティックなスケッチ』は、20分以上ある中規模の作品であるが、これらをじっくり聴かせてくれる。こういうコンサートがあったら、是非、足を運びたいと思うだろう。

最後に、【アン・スジョン】。彼女は、1次を除いて、全部のラウンドでラフマニノフを入れており、よほどの得意意識があると思われる。その点、チョ・ソンジンらのいた最初のグループにもちかいのであるが、得意なものを表現するというのは、プロとして基本的な態度であることは言うまでもない。ここで、コンペティションにおける評価を考えたときに、リスクとなりそうな選択をしたことは、彼女のアーティストとしての頑固さを、逆に示しているのかもしれない。ラフマニノフのプレリュードが整然と並び、メインにリストの『ロ短調ソナタ』がガツンと置かれている。面白いことに、チャン・ソン、ガサノフ、アン・スジョンは、それぞれのやり方で、リストとロシアを対置してみようとしている。

このなかで、アーティストとしてのこころを感じるのは、タヴェルナ、ガサノフ、アン・スジョンの3人だ。注目したい。

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