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2009年11月28日 (土)

ガスパール・カサド国際チェロ・コンクール 第1次予選 (初日)

ガスパール・カサド国際チェロ・コンクールの初日、情報収集を含めて、会場となっている八王子、いちょうホールを訪ねた。私が聴けたたのは、2番目のデイヴィッド・エガートから加藤文枝まで。なお、第1次予選は、次のような課題曲で争われている。

1、バッハ:無伴奏チェロ組曲 プレリュード/サラバンド
       (第4番 or第5番 or 第6番)
2、ベートーヴェン:チェロ・ソナタ 第1楽章
       (第3番 or 第4番)
3、フレスコヴァルディ:トッカータ(カサド編)
4、日本人作品 尾高惇忠:瞑想

まず、全体的な感想であるが、初日については、レヴェルが高いとはお世辞にもいえない状況であった。メンツを眺めていると、18日以降のほうが実力者が出てきそうな感じであり、初日は日本人国内組を中心としたライン・アップではあったが、現在までのところ、私の正直な感想はそんな感じに止まった。

そのなかで技術的に高いレヴェルにありそうなのは、デイヴィッド・エガート、鎌田茉莉子、上村文乃、加藤文枝の4人。特に、女性3人は、ソット・ヴォーチェが使えるという点で優位性があった。

【上村文乃】

4人のうちで、もっとも素晴らしかったのは上村である。この日、聴いたコンテスタントのなかでは、基本的なスキルで一枚抜けたものがあった。特に、響きをよく聴いて、その印象を咀嚼しながら音楽をつくっていく能力が高い。良い伴奏者(名前は表記なく不明)を連れてきていることもあり、ベートーベンやフレスコバルディでは、ピアノとのダイアローグから、柔軟にイメージを広げていくようなアクションが目立つ。ベースの芯がつよいため、その分、ソット・ヴォーチェの気品がひときわ印象的だ。

フレスコバルディでは、ほとんどの奏者が苦労していた、高音域での動きがつづくパッセージを立体的に、音程の狂いなく演奏できており、ポリフォニーの部分の輪郭もとりわけ明晰だった。ベートーベンは乱暴にならず、高雅な逞しさがあり、ピアノの動きに反応し、細やかで、機敏なダイナミズムの切り替えがあり、高い機能性を見せつける。プログラム構成的にも、(私が聴いたなかで)尾高を最初にもってきた唯一のコンテスタントで、この捉えどころのない作品を高い集中力でカヴァーし、バッハに乗り込んでいく流れにもキレがあった。

しかし、私は彼女の演奏をもってしても、手放しで賞賛するわけにはいかない。これだけの素材であるにもかかわらず、ときどき気が抜けたような瞬間があり、折角の流れにぶれが生じてしまうシーンが多いからであった。尾高の作品については、前半の非力なコンテスタントに比べ、かなりガッシリしたフォルムが得られたものの、特に強音に実体がありすぎて、「瞑想」というには据わりがわるい感じがしたのも否めないだろう。しかし、この曲に関しては、私もどのような解釈が妥当なのか、俄かには判じかねた。

一応、プロフィールを書いておくと、1990年生まれ、桐朋学園大に在学中。おもな実績は、東京音楽コンクール(2007年)で第2位。アミティエ四重奏団メンバー。この日の演奏を聴くかぎり、クァルテットでの経験が生きているように思われた。

【鎌田茉莉子、加藤文枝】

実績からみて、意外に健闘したのは鎌田茉莉子だろう。彼女も1990年生まれ、桐朋学園大に在学中。全体的にやや押し潰したような響きながら、高音でも安定感があり、フレスコバルディの難所もうまくまとめていたし、全体に、わりと安心して聴いていられた。バッハ、ベートーベンというところにウェイトを置き、まろやかな音色で、よく弾き込んでいるのがわかる。

舞台に出てきたときは(見かけ的に)フランス人形のような穢れのなさで、いかにも優等生的な演奏を想像してしまったが、それを良い意味で裏切る音楽の彫り込みと、しっとりした詩情は印象に残る。大胆な印象づけはみられないが、ひとつの水準となるような演奏であった。

加藤文枝はベートーベンの最初の1フレーズで、非常に高い技能を示した。だが、率直にいって、この人の演奏は好きになれない。威圧感があり、全体的に響きがおどろおどろしい。拍節感をあまりに強調しすぎているのと、アタックが激しすぎるせいで、響きがかさついたものとなり、どこか機嫌がわるいような・・・怒ったような響きにも聴こえる。ベートーベンの楽曲でさえ、そのエネルギーを受け止めることができず、フォルムに収まっていかないきらいがあった。バッハはそのなかでは落ち着いたほうだが、プレリュードでは急ぎすぎて余裕がない。尾高作品は、押し一辺倒で単調すぎるうえに、音楽がナイーヴだ。フレスコバルディは、甘さも信仰心も吹っ飛んでいくような、力づくのパフォーマンスに聴こえた。これが彼女本来の姿とは思えないのだが・・・。

ちなみに、本選まで行った場合であるが、藝大のモーニングで弾いたデュティユーはやめて、チャイコフスキーのロココ変奏曲を演奏することにしたようである。賢明だろう。

【デイヴィッド・エガート】

私が最初に聴いたコンテスタントで、そのときはさほどいいとは思えなかったのだが、あとになって、彼のことが折に触れて思い出されるようになった。エガートの著しい特長は、楽器の鳴りの良さと、音程の精確さに求められるだろう。ベートーベンの3番の第1楽章では、ピアノとユニゾンの部分、もしくは、同じ音程を追いかけたり、逆に追いかけられたりする部分があるので、そこで「答え合わせ」になったときに、その見事な音程づくりの巧みさが明らかになる。

しかし、全体に拍節感がなく、意識的なカンタービレに不足している。前述の女性たちのようにソット・ヴォーチェも使えず、押し以外の起伏がないのが欠点となるだろう。尾高作品では特に、流れがブツブツと切断され、イメージがつながらない。また、息づかいがうるさい熱演型だが、それがわざとらしく感じられた。

【その他のコンテスタント】

前回大会で邦人作品の演奏に対して優秀賞を貰っている【藤井泉】は、技術的な欠点が多すぎるように思えた。特に、高音域のコントロールは上手でなく、フォルムが締まらない。作品の構成把握は優れているようだが、それに見合うだけの技能的なものが不足しており、得意の邦人作品も言葉足らずという感じであった。

2008年の音コンで2、3位だった2人も、特に秀でているようには思えなかった。【伊藤悠貴】はバイタリティがあり、上半身を使いながらバリバリ弾くのはいいが、音楽のつくり方に緻密さがなく、大分、粗いように思えた。特にバッハはテンポが早すぎて、構造が踏み潰されている。尾高作品は、かなりドライな演奏になっていた。

【長谷川彰子】は技能的にもアラが多く、表現のヴァリュエーションが薄いうえに、ダイナミズムも平板だ。フォルムの洗練も甘く、食事後に聴いたこともあるが、いささか退屈な演奏だった。むしろ、伴奏者の魅力が印象ぶかい。音色が美しく、繊細な表現センスをもっているうえに、要所ではダイナモ的な推進力と、受けの強さもあり、いかにも室内楽向きという感じである。後半のベートーベンでは、彼女が、パートナーにいろいろアドヴァイスを投げかけるようなアクションがあった。それに支えられ、長谷川も後半はすこし持ちなおした印象もあるが、今回は、十分に実力が出なかったのだとしておきたい。

1995年生まれと若い【後藤晃士】はバッハで始めたが、これは音色があまりにも浅く、楽天的で、子どもじみた印象だった。フレスコバルディを経て、後半は印象がちがう。ベートーベンですこし取り返したあと、最後の尾高の作品はひときわ内省的な解釈で聴かせ、じっくりと作品と取り組んだあとが窺える。【藤井淳子】は低音の響きが深く、いい声をもっているのだが、高音があまりにもヘロヘロで音楽にならない。元気はいいが、表現が単調で、ひねりがなかった。それをつけるための、技術力がないのだろう。【ニコラス・ヨヴァノヴィッチ】は響きが薄く、印象も薄い。

【曲目の偏り】

初日の印象は、決して良いものではなかった。もちろん、それは現場で聴いた生の感覚でもあるが、もしかしたら、第2次予選の選曲から来ている印象も、すこしはあるのかもしれない。プログラムを買い、コンテスタント全員のプログラムを確かめていったときに、私は大いに失望した。

第2次予選では、カサドの組曲を演奏することが全員に求められている以外、制限時間内において、自由なプログラム構成が許されている。そして、課題曲の条件の最後には、「プロのチェリストに要求される力量を充分に表すことのできる、多様なスタイルの曲目から成るプログラムであること」と書かれている、ところが、コンテスタントたちのつくったプログラムは、実によく似ており、「チェリストに要求される力量」のうち独創性という点において、ほぼ全員が落第点をとることになるのではないか。彼らは少しずつ工夫してはいるものの、まるで1つのクローゼットを全員でシェアしたかのようなプログラム構成しかみられない。

では、そのクローゼットの中身を覗いてみることにしよう。選曲がだぶったものだけを書き出してみた。

○メインとして使われるソナタ
 1、ドビュッシー 
 2、ブラームス(おもに2番)
 3、ラフマニノフ 
 4、ショパン
 5、フランク(ヴァイオリンからの編曲)
 6、ブリテン(伴奏付き)
 7、R.シュトラウス

○サブ・メイン的に使われるソナタ
 1、リゲティ(無伴奏)
 2、ボッケリーニ(イ長調)
 3、アルペッジョーネ・ソナタ(1楽章)

○小品
 1、ショパン:序奏と華麗なポロネーズ
 2、シューマン:アダージョとアレグロ
 3、シューマン:5つの民謡風の小品集
 4、ポッパー:妖精の踊り
 5、ダヴィドフ:泉のほとり
 6、ルトスワフスキ:ザッハー変奏曲
 7、デュティユー:ザッハーの名による3つのストローフェ
 8、パガニーニ:「モーセ」の主題による変奏曲
 9、マルティヌー:ロッシーニの主題による変奏曲
 10、ストラヴィンスキー:イタリア変奏曲

以上のように、はっきりと傾向が出ている。ソナタでは、ブラームスの2番(どの部分を取り上げるかはヴァリュエーションがあるが)が1番人気で12人にも及び、1番のほうも3人が弾くので、両方を合わせると15人となり、全体の実に1/4を占める。ドビュッシーを弾くのは10人で、これだけでも1/6だ。ついで、ラフマニノフが4人。このあたりがチェロのソナタでは人気のある、名曲ばかりであることは言うまでもないが、それでも、もっと多くのチェロの傑作が世の中にはある。例えば、フォーレ、サン=サーンス、ヒンデミット、シマノフスキ、レーガー、グリークなど、1人も選んでいないのは不思議とさえ言えるのではなかろうか。

小品となるともう、なんでもござれの宝の山だというのに、僅かに上の10曲に集中しているのだ。1人しか演奏しない曲目を探すのが難しいくらいで、物好きで数えてみると、ソナタと小品をあわせても僅かに30曲しかなかった。1人が平均して4曲を弾くとすると、単純計算で240曲ちかい数字になるのに・・・である。もちろん、世の中にある小品は歌曲の編曲なども含めて数えきれない。1次予選のトッカータのように、カザルスが編曲したものも多い。

コンクールという場の特殊性はあるとはいえ、これほど多くのコンテスタントが同じところに固まるというのは、音楽家=芸術家として考えるとすれば、実に嘆かわしい事態ではなかろうか。このプログラミングをみる限りで、将来を期待できそうな個性ある人は、2、3人に止まるといえるだろう。もちろん、演奏の素晴らしさによって、そのポテンシャルを高めることはできるだろうが、それ以前の問題があるのではないかと思う。

【まとめ】

それはそれとして、イベントはいよいよ始まった。この土・日は周辺で、音楽関係のパフォーマンスなど、いろいろなイヴェントが組まれているようだし、スタンプ・ラリーのようなものもあるみたいだから、人によって、様々な楽しみ方が考えられる。私としては、近くに銭湯があるため、途中、そこでひとっ風呂浴びて、後半戦に臨むのがオススメだ。とにかく、コンクールをめぐる街の様子にも注目しておきたいコンクールであう。私はできるならば、1次予選のうちもう1日と、2次予選の初日、および、事情が許すならば、2日目にも足を運びたいと思っている。

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