ヤナーチェク ブロウチェク氏の旅行 東響 サントリー定期 12/6
この日は、オペラ・・・しかも、かなり現実感のないオペラを2つも観てしまいましたので、知友のPilsner氏のお誘いもあったのですが、帰ってきてしまいました。しかし、どちらのオペラも感動的でしたので、不思議と、あたまは冴えています。まずは、あとでみた東京交響楽団によるオペラ、ヤナーチェク『ブロウチェク氏の旅行』から感想をつくっていきましょう。
【いまを生きるブロウチェク】
このオペラ、ご覧のみなさんは、どのように受け取られたのでしょうか。ざっくりしたアウトラインだけ書きますと、酔漢のブロウチェク氏が夢のなかで、唯美的な月の世界と、フス戦争のクライマックスを迎えた15世紀のプラハを順に旅して、2回死に、かつ、2回蘇ってくるという物語です。一応、スヴァトプルク・チェフによる原作に基づいていますが、オペラ化にはヤナーチェクを含め9人もの台本作家が関わったということで、中身はゴチャゴチャになっています。
チェフは元来、行動を起こさず唯美的な芸術論に明け暮れていた当時のチェコの文化人を皮肉る意図があったようで、彼らの蠢く自国の芸術界を月の世界に移して描き、第2部の愛国的なフス派の人たちの運動と対比して、ブロウチェクに象徴される非行動的な人間を風刺する作品を書いたつもりのようです。しかし、ヤナーチェクはその姿勢をそのまま受け継ぐことなく、換骨奪胎して、まったく別の世界観をつくり上げています。そのことは、第2幕の冒頭で、原作者のチェフが亡霊として現れるところでも、はっきりわかりますし、何よりも、ブロウチェク氏を可愛げのある、共感できるような人物として描いているところから、自然に導かれる見方です。
詳細な対訳・解説本をつくられたPilsner氏に対して、ケツをまくるようなことになって申し訳ないのですが、私はこの作品をみるに当たって、チェフの考え方や、彼による原作そのものを知っている必要はないし、第2幕でヴェルディ的な史劇風に描かれているフス戦争の背景さえ知らなくとも、作品を理解するのに、さして問題はないだろうと思っています。単純化しすぎた見方かもしれませんが、この作品でヤナーチェクが描きたかったものは、生きていることの喜びであり、いまを生きることの大事さです。チェフの原作(実際に読んだことはありませんが)は、そういったテーマに迫りながらも、最終的に「いま」を否定しているように思えます。ヤナーチェクはその点を反転することで、自らの想うような世界観を表現しようとしたのです。
2つの旅を終えたあとのエピローグで、ブロウチェク氏がどんなに活き活きとした表情で蘇ってきたか、思い出していただければいいでしょう。ブロウチェク氏は酒場の主人に、ジシカ将軍と話し、プラハのために尽くしたのだと法螺を吹きます。これが原作にもあったプロットなのかどうか不明ですが、もしあったとしても、オペラでは全然ちがう意味になっています。原作にこの部分があるとすれば、きっと、こうした法螺によってブロウチェクの胡散臭さを皮肉るために使われるはずでしょう。しかし、オペラでは、自分は生きているんだ。言葉が通じ、自分のよく知っている「いま」に戻ってきたんだ・・・という、ブロウチェク氏の天にものぼらんとする喜びを表すための道具立てとして、仕立てなおされているのです。
幕切れで、ブロウチェクはこの話は内密に・・・とヴュルフルに頼みますが、これはまるで、子どもたちが秘密基地の場所を互いに教えあうような、無邪気さを含んでいます。
以上のようなテーマを表すのに、元気いっぱいで、ユーモアにあふれ、人間味にも満ちている題名役、ヤン・ヴァツィークの演唱はぴったりだったと思います。ソーセージを食らって顰蹙を買うブロウチェク氏に対して、彼がベジタリアンだということを除いて!
(②につづく)
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