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2009年12月 1日 (火)

ロジェストヴェンスキー シュニトケ オラトリオ「長崎」 Bis 読響 サントリー定期 11/30

ロジェストヴェンスキー&読売日本交響楽団のシュニトケ、普通はこういうことはしないのですが、2回目を見て参りました。詳しいことは28日の記事に書きましたので繰り返しませんが、実に素晴らしい公演でした。会員たちもチケットを放棄したのか、会場の入りはこの日もすこぶる悪かったですが、そんなことは私の知ったことではないのです。いいものはいい。それだけです。

今回は、舞台横のバルコニー席で聴いてみました。こういう席をとると、響きの全体像は掴み難くなりますが、視覚的に面白いのと、非常に細かい部分に気づきやすくなります。

【聴けば聴くほど・・・】

最初の『リヴァプールのために』は何度聴いても(といっても、2度目ですが)、やっぱり理解できない曲ではあります。他の2曲と比べるとオケの練度も低く、イメージが拡散してしまうせいもあると思います。しかし、聴けば聴くほど、味が出てくる曲だということは確かで、わからないならばわからないなりに、ああ、もっとよく知りたい、聴き込みたい・・・と思わせる魔力のある曲だと思うに至りました。

【浮気のモティーフ】

ヴァイオリン協奏曲第4番については、今回の公演を通じて、とても深い愛着を抱くことになりました。「英雄の生涯」シュニトケ版という見方は変わらず、自分なりのストーリーを思い描きながら聴いていましたが、今回、新たに2つのモティーフ・・・つまり、浮気と、伴侶の死というモティーフを見つけました。

まず、浮気のほうですが、例の後方プルトから伴侶のソロ(28日の記事を参照)が出て、温かみのあるモティーフが盛り上がったあと、さりげなく、サックソフォーンに主要モティーフが浮かび上がってくる部分があります。ここでは響きの前面で、独奏ヴァイオリンと弦楽器のグリッサンドが起こっているため、油断すると聴き逃してしまいますが、サックソフォーンにも甘みのある、印象的なモティーフが与えられています。

実は、これには伏線があり、あたまのほうでも、サックソフォーンに響きが与えられているのですが、このときは響きの異質さが際立ち、アンサンブルからはじかれてしまうのです。ところが、異質なものだったはずのサックソフォーンが、この場面では、ちゃっかりと調和的な響きに組み込まれており、一見、何事もなく平和です。しかし、その前面では、先程のグリッサンドによる崩壊が起こります。ここで響きは一挙に調和を失い、不穏な空気が流れ始めます。ああ、これは浮気をしたなと気づくのに長くはかかりませんでした。この流れのなかで、再び伴侶のヴァイオリンがちょろっと出てきますが、その響きは前のものとちがって、哀しげなものに変わっています。

この伴侶のパートは気に入りまして、もう涙なしには聴けませんでした。今回、コンマスなどの手だれではなく、プルトの後ろのほうの人に弾かせていることから、そこを弾くのに本当に一生懸命になりますよね。それがこのソロに相応しい、魅力的な効果を生んでいると思います。あと、メインの長いソロ部分が出てくるより前に、独奏の影を追うようにして、ちょろっと短いパッセージを弾く部分が置かれており、ここで「出会い」の場面をしっかり用意していることにも、今回は気づきました。

ちなみに、28日の記事で、サーシャの年齢を知らなかった私は、伴侶のソロを弾く人を、彼と同じくらいの年ごろの女性から選んだのではないかと書きましたが、間近にみたサーシャは多分、アラフォーはとうに越えていると思われるオジサンだったので、これは訂正しておかねばならないでしょう(自註:よく調べてみると、見かけよりはずっと若いようですので、再訂正しておくべきでしょうか)。

なお、直接は関係ないですが、この曲を捧げられたクレーメルの夫人、イリーナ(D.バシュキロフの娘)は、病床のデュ・プレを差し置いてバレンボイムと出来てしまい、自分はクレーメルと別れて、やがて前妻と死別したバレンボイム夫人におさまって、いまに至っていることは周知のとおりです。今年のウィーン・フィルのニューイヤーで、『南国のばら』をリクエストしたという彼女です。皮肉なものですね。

【伴侶の死?】

最後のほうの解釈は、先程の浮気のモティーフが出現したことにより、ずっと奥行きのあるものに感じられました。私は前回、最後に再び英雄と成長した伴侶が手を携えて、新しい時代に向かっていくというイメージを抱いたのですが、今回は、もうすこし陰影のあるイメージを掴んだような気がします。そこでは、例の優しさに満ちたソロから転回し、はっきりと表面には表れてこないものの、思い悩み、苦しみながら英雄の支えとならんとする伴侶の、切なさがベースに流されます。

作品のあたまのほうで流れる優しげな主題が回想的に、いろいろな形で、各楽器に受け渡されていくとき、それは喜びから悲しみへ、温かさから切なさへと変容していきます。例えば、そのテーマをチェンバロが切れ切れに演奏するときなどは、特に印象的であるはずです。その響きは、周囲に流れる主題の変容形(ドッペルゲンガー)に包まれながら、すこしずつ深みのある陰影に包まれていきます。この前は、それが困難に打ち克ちながら、つよく生き抜こうとする意思にもみえたのでした。しかし、イメージの捉えようによっては、まったく逆のイメージにも結びついていくことがわかりました。

それが去っていく妻のイメージ(それは死とも、別離とも受け取れますが)として、私のなかに突き刺さってきたのです。いまさらのように、その大切さに気づいたヴァイオリン独奏の哀切なカンタービレが、最後、しっとりと優しく、空間を包み込みます。そこで、エンド・・・。苦しいことはあっても、夫婦とはいいものなのだなあというイメージを、最終的に、聴き手は抱くことになったのでしょうか。少なくとも私は、この曲を聴いて、「癒される!」と思ったものです。

なお、この日のアンコールは独奏のみに変わり、バッハが演奏されました。国内オケの定期で、2種類のアンコールが聴けるとは珍しい例でした。どちらにしても、私は、あの素晴らしい協奏曲のあとに、アンコールはいらないと思いました。でも、サーシャについては、物凄く巧かったです。こんな舞台に立てているのも、親の七光りではないのだと実感させられます。

【長崎、まとめ】

オラトリオ「長崎」については、それほど印象が変わりません。ただ、前回の深い緊張感が抜けた代わりに、ずっとスッキリしたサウンドとなり、ロジェストヴェンスキーの明るめのアプローチが、より明瞭になっていました。合唱は舞台裏の客席(いわゆるP席)に配置され、このほうが若干、歌いやすかったのではないかと思います。最後の部分はこころなしか、テンポが速くなったように聴こえて、迫力よりも、響きのシャープさに力点が置かれたように感じじられました。独唱の坂本朱はちかくで聴くかぎりは、この日も良かったけれど、もしかしたら、後方の席で聴くと、すこし声が薄く聴こえたかもしれません。

なお、前回の記事の訂正としては、テルミンは使っていません。あれは、電動のノコギリなんですね。バルコニーに座ってみて、そんなこともわかりましたので、正解だったと思います。

2度目でも、大満足な公演でした。やはり、オラトリオのほうが聴きごこちはいいですが、作品としては、協奏曲のほうがよく出来ています。この曲は、20世紀のヴァイオリン協奏曲のなかでは、とりわけ味のある作品だと思いました。また、いつか、どこかで、聴きたいものです。でも、今回の演奏を聴いて、気に入って協奏曲のCDを買った人がいたとしたら、あまりのちがいに驚くだろうと思います。正に、ロジェストヴェンスキー版でしたね、これは・・・。

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コメント

ご無沙汰しています。
私も二日とも聴くつもりでしたが、サントリーは体調の関係で諦めました。芸劇では1階の5列目中央という、いつもより前で聴いた所為か、ステージの様子が殆ど見えず、不便でした。オケの配置も段差を設けていなかったし。しかし音は素晴らしかったから良しとしますが。

それにしてもロジェストヴェンスキーのマジカルなタクトあってのシュニトケでしたね。彼でなかったら感銘は幾分かは削がれていたかもしれません。その上でオケもソロも合唱団も、持てる力を発揮していました。

仄聞するにサントリーは客層が余り良くなかったそうですが、まぁそんなことは日本の客層の常。どうでもよいことです。

ご無沙汰しております。聞くところによると、体調をひどくお崩しになった時期があったとか。ご自愛ください。

今回、バルコニーからみてわかりましたが、ロジェヴェンさんの指揮というのは、秒針のない時計みたいなもので、棒をみて合わせる役には立たない。針が動いたとき、つまり、指示が来たときに、ぴったり入れればあってますという感じで、室内楽的な自主性が不可欠です。

今回、オケも合唱もハイレヴェルだからできましたが、練習はさぞかし大変だったろうと想像いたします。

客層については・・・論じても無意味ですが、芸劇はもっと薄い反応でしたから、サントリーのほうがよかった面もありますよ。

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