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2009年12月11日 (金)

事業仕分け、芸術分野の切捨てに異論相次ぐ

まだまだ楽観はとてもできない状態なのですが、事業仕分けによる芸術分野の切捨てへの異論は、野火のように広がってきています。当ページはクラシック分野にほぼ限定した話題を展開してきましたが、もちろん、能楽、歌舞伎、文楽、浄瑠璃、落語、演劇、オペラ、バレエ、日本舞踊、茶道、映画等々の広範な分野に関係するため、幅広い批判が集まってきている感触を抱いています。

【小澤征爾が、民主党幹事長に直訴】

まず、我らがクラシック音楽分野からは、小澤征爾先生が動いてくれました。本丸、民主党の小沢一郎幹事長を訪れた小澤氏は、同じ姓をもつ誼というわけでもないでしょうが、芸術分野への配慮を直訴したとのことです。いや、見直しましたよ。月曜デモのライプツィヒにメッセージを送った、クルト・マズアを思い出します。ここで動かなければ、自らに対して不当な扱いを辞さなかった日本のクラシック音楽界のために、砂を噛みながら尽力しつづけてきたことも、子どもたちのためにたくさんの努力を払ってきたことも、すべてが水泡に帰してしまうことを思っての、意を決しての討ち入りであると思います。

【各界からの発言】

落語界からも、落語芸術協会を代表して、『笑点』でもお馴染みの桂歌丸氏が、「自国の文化をこの日本で行うのに、国の予算を使うのがいけないのか」と訴えました。また、日本演芸家連合会長でもある三遊亭金馬氏も、ユーモアあふれる批判を展開したと言います。

能楽師の若きホープ、山井綱雄氏は、「芸術は自己責任」、「人材育成は不要」、「伝統芸能は地方に任せるべき、国がやる仕事ではない」、「どうせやりたかったら、勝手にやりなさい」・・・という考え方が、どうしても許せないと仰っています。「本来、目にみえないからこそ、民間では収支が合わないこうした公演を、国が行うことに、『真の日本人を育てる』という、大きな意味がある」と仰るのはご高見ではないかと思います。

テレビ出演でも広く知られている映画の崔洋一監督は、仕分けや無駄の排除ということには賛同しながらも、映画教室の廃止などに関して、「事業そのものが無駄という観点はまったくの無知と言うほかない」と批判しておられます。振興会の役割については、問題があることを指摘しながらも、真の価値を「行政的、予算化も含め芸術文化の振興を行使できる能力を持つ人材がすべき」としています。

あまり注目されませんでしたが、演劇人で、内閣府の参与となっている平田オリザ氏は仕分け期間中、既に、このことを心配して会場に足を運び、「いるか、いらないかを仕分けで判断するのは違う。別の方法がいる」と、芸術分野の活動評価を懸念していたようです。このようなメッセージに気づかなかったことは、我々としても恥ずべきことかもしれませんが、それを取り返す時間はまだあります。

日本劇団協議会は、「全体として、今回の事業仕分けの結論は、文化芸術振興に対する国の責務を曖昧に、あるいは放棄するものになっています」としており、この一文がすべてをよく言い表しているように思えます。この日本劇団協議会の文章は(文部科学省に提出されたものと思われる)、いささかひ弱なオケ連のものと比べると、論理的にポイントが整理されており、これまで出てきたもののなかでも、とりわけ有力な批判であると思われます。

 日本劇団協議会の公開文書:
  http://www.gekidankyo.or.jp/sys/pdf/siwake_iken.pdf

【まずは白紙撤回、然るのちに新しいシステムを!】

問題の本質は、崔洋一監督が仰っていることのなかにあると思います。つまり、なにが必要で、なにがいらないのかという判断を、ある程度、公正にできる組織が存在せず、いま、これらの分野にまるで興味がなく、その重要性を認識することもない経済人や役人、政治家だけが、そこについている金目当てに難癖をつけ、国民の手から取り上げようとしているのが実態であるように思われるのです。彼らはそのことで無駄を排し、鳩山政権に必要な改革財源をひねり出した英雄として、手柄を示すことができるかもしれません。

よくよく考えてみれば、これはある意味では、リーマン・ブラザーズを経営していたカネの亡者たちが、自らの利益を追求するためにインチキなルールを立て、インチキな基準をつくり、それが潰れて社会全体に迷惑をかけたとしても、何の責任もとらないという事態と、表裏になっているように思われます。当面の危機が去れば、公的資金をさっさと返済して、またぞろマネー・ゲームの席に着こうとする金融グループと、どこにちがいがあるのでしょうか。仕分け人たちは彼らの行動によって、かけがえのない芸術の芽が摘まれたとしても、それは自分たちのせいではなく、採算性も考えず、素人的な経営に甘んじた芸術家たちの責任であると言い張るにちがいないのです。

確かに、ここで大騒ぎを展開して、元の鞘に納まることで生ずる問題もあるとは思います。現行の助成制度が、完全に理に適ったものであるわけがないでしょう。天下り役人による、ピンハネもあると思います。しかし、とりあえず、現在の無責任な仕分け結果を撤回させることなくして、改善ということがあり得ないのは明白です。その後によりバランスのとれたやり方で、カネの流れをスムーズに配分し、無意味な出資がなされないようなシステムをつくることはできるはずです。そして、そこでは、様々なバックボーンをもった芸術家たちの意見を聞き、集約して、多くの人たちが納得できるような準備が必要となります。

【引きつづき行動を!】

引きつづき、行動をお願いしたいと思います。以前よりも声は大きくなっていますが、まだまだ十分とはいえないと思います。そういえば、パヴコメの締め切りの日は、赤穂浪士討ち入りの12月14日の翌日です。四十七士が義を果たし、江戸市民の喝采を買ったこの日に、どんな結果が出るのか楽しみです。

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