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2009年7月19日 - 2009年7月25日

2009年7月23日 (木)

東京音楽コンクール ピアノ部門 第2次予選 7/22

22日、東京音楽コンクールの第2次予選を観てきました。今回、ヴィオラ・コンクールで伴奏を務め、先日の原裕子さんのミニ・リサイタルでも一緒だった草冬香さんの応援がてらの観戦となりました。結果、草さんがファイナルに残ることは出来ませんでしたが、しかし、今井信子さんの信頼を得ているピアニストでもあり、もっとも印象的なコンテスタントであったと思います。

このラウンドには、予備審査から絞り込まれた10人が参加の予定でしたが、1人のコンテスタントが当日の体調不良のため、ギリギリまで判断を保留したものの、結局は棄権したので9人で争われることになりました。30歳以下という年齢制限がある大会ですが、19歳が最年少、ギリギリの29歳が2人。平均年齢はわりと高めのコンペティションでしたので、突拍子もないアプローチはあまりなく、表現にも深みが出ていて面白かったです。審査員は、伊藤恵、清水和音、小川典子。

本選進出者は、花田えり佳、山田翔、村上明子、加藤大樹の4人です。加藤の19歳が最年少で、村上の28歳が最年長です。男性は10人のうち2人のエントリーでしたが、そのいずれもが本選に残りました。以下、1人ずつ感想を示します。

【1、安藤 まりや】 棄権

【2、花田 えり佳】

予選を通過しましたが、私としては、あまり良い印象を持ちませんでした。猫背になり、首を垂らして演奏するフォームは不合理で、鍵盤への自然な力のかけ方を阻害しています。そのため、ラフマニノフ「コレッリの主題による変奏曲」では、ダイナミズムが貧弱で、ラフマニノフらしい豪華なピアニズムが出ないし、その延長線上にあるデモーニッシュな世界に聴き手を導くこともできません。

ただ、最初に演奏したリストは、意外に印象に残っています。「巡礼の年第1年・スイス〜第4曲 泉のほとりで」という選曲も珍しいのですが、ここでみせた非常に上品な、爽やかなリストのイメージは気を惹くもので、選曲のうまさを引き立てていました。

【3、伊藤 ゆりあ】

この方は、ちょっと演奏が硬すぎる印象を持ちました。最初のドビュッシー(アカナプリの丘〜前奏曲集Ⅰ)はメシアンにきこえるような生硬な音色。プロコフィエフの「ロメジュリ」(フォークダンス、少女ジュリエット)はいくらかマシであるものの、ショパンの「バラード第4番」は中盤までルバートがほとんどなく、後半もフォルムに硬さが目立ちました。ミュンヘンで学んでいるそうですが、ドイツ人が弾くと、ショパンもこうなるということでしょうか。

【4、山田 翔】

この人の演奏は良かったです。ドビュッシーは「前奏曲集Ⅰ」から、〈沈める寺〉〈パックの踊り〉〈ミンストレル〉の3曲の演奏でしたが、いずれも音色やフォルムが完璧に磨き込まれており、いかにもドビュッシーらしい演奏になりました。典型的な〈沈める寺〉の和音の作り方や、音色を聴けば、その人がこの作曲家をどれだけ理解しているかがわかります。果たして、いますこし低音をドスンと打ってもいいかなという以外、理想的なフォルムでした。〈パックの踊り〉は悪戯ものの妖精が踊りまわるイメージを喚起するし、〈ミンストレル〉はそのミステリアスで、人を食ったような感じを、スケルッツォ的な音の動きや堆積で、うまく印象づけています。

この人は多分、とりわけ耳のいいピアニストなのだと思われます。客観的に自分の演奏を判断し、理想的な演奏のイメージと冷静に比較できる演奏者なのです。それゆえ、私たちの耳から聴いてわかるようなアラは、ほとんどが取り除かれています。

リスト(巡礼の年第2年・イタリア〜ダンテを読んで−ソナタ風幻想曲)では、強烈なハンマーも打つものの、それが野蛮なものにはならず、ナチュラルな構造の魔法であることを、しっかりと印象づけています。一方、そこからさっと後退して、弱奏に入るときの響きの艶めきは、より以上に魅力的なのです。タイトルが示唆するような思索的なイメージと、溢れるばかりのロマンティックさ、そして、構造のあやしい輝きを押さえつつ、強烈なイメージを残す演奏でした。

表現力と技術力のバランスがしっかりとれており、プロとして必要なものが全て揃っているピアニストだったと思います。

【5、山田章代】

この方は技術的な弱点も少ないし、しっかりした演奏をなさってはいたものの、そのわりに印象が薄いという感想を持ちました。特に、ラフマニノフの「コレッリ変奏曲」は2番の花田さんと比べて表現が大きくて、よく工夫した演奏をなさっていたように思います。また、最初に演奏したシューベルトの「即興曲 op.90-3」は非常にリラックスした演奏で、爽やかなイメージを残しました。

【6、草 冬香】

多くの演奏を聴いたことで親近感があったものの、いずれも草さんメインの演奏ではなかったため、応援にいったと言っても、実のところ、それほど際立った印象は持っていませんでした。しかし、こうしてソロを聴いてみると、予想をはるかに上回る表現力の持ち主であることがハッキリわかり、嬉しい発見でした。

特に、シューベルトの「即興曲 D935」の演奏は、聴き手のこころを掴むものだったのではないかと思います。明るく、素朴な共感に満ちた草さんの表現はわかりやすく、下手に陰影をつけたり、深みを追わない点が、かえって作品に奥行きをもたらしているようです。一音一音がよく検討され、それは活き活きとして、フレッシュな響きとして、「即興曲」のイメージを補完するでしょう。

ただし、逆にいえば、その完成度がかえって、即興性のもつ脆さ、もしくは、危うさを奪ったということはあるかもしれません。しかし、それも、敢えていえば・・・という程度のことです。

技巧性の高いストラヴィンスキー「ペトルーシュカからの3楽章」は、はじめ、彼女に向いていない曲だと思いましたが、徐々に作品の本質を突いた演奏へと入り込んでいきます。この「ペトルーシュカ」は管弦楽版は好きなのですが、ヴィルトゥオーゾ・プログラムとなるピアノ版はその生命力が失われ、あまり感心した試しがありません。しかし、草さんの演奏はイメージの喚起力に富み、ピアノ1台で、フル・オーケストラの表現力を十分に備えていたのです。ストラヴィンスキーでは、ちょっと不思議な音の集まりが、かえって立体的なイメージを喚起するところに面白さがありますが、草さんの演奏は、その点で抜群の表現力を誇っていました。

技巧的な部分も、徐々に精確性を増し、最終的に素晴らしい演奏になりました。音だけではなく、顔の表情も明るく、音楽を素直に楽しめている希有なピアニストだっただけに、彼女が残るならば最終審査もみたいと思ったのですが、残念でした。

【7、平山 麻美】

この方は、技術不足が明らかでした。ショパンの「アンスピ」は、3番の伊藤さんと比べるとルバートもするし、攻めた演奏ではあるのですが、如何せんワンパターンで、必ず竜頭蛇尾で後ろが詰まるため、必要以上に窮屈にきこえます。最後はミス・タッチも酷く、自分自身、何をやっているかわからなくなっていたはずです。

ラヴェル「クープランの墓」(プレリュード・メヌエット・トッカータ)は、それに比べればマシな演奏です。時折みせる煌びやかな音色は魅力的だったものの、それで全体を彩るまでには至らず、集中力が持続せず、打鍵も神経質です。抜粋だから止むを得ないものの、プレリュードからメヌエットへの接続はいびつで、選曲にも疑問が残りました。

【8、村上 明子】

彼女も、印象に残るコンテスタントでした。リスト(巡礼の年第1年・スイス〜ジュネーヴの鐘)の冒頭の鐘の音を表す和音アルペッジオの音色の美しさは、この日最大の驚きをもたらしました。その後の展開力にやや曖昧なものがありましたが、全体的には骨太の表現をみせてくれました。

つづくラフマニノフ(ソナタ第2番の2ー3楽章、改訂版)では、スケールの大きな表現で、聴き手のこころを掴みます。緩徐楽章では再び持ち味の音色の深さを見せつけ、トリオ形式とはいえ、循環主題を使ったヴァリエーション的な曲想を丁寧に追い、ダイナミックさと冷静な表現とをあわせてアピールしていました。終楽章はゴージャスで、優雅な打鍵が目立つとともに、その収め方も非常に上品で、オシャレな演奏になっていました。

独自の版によるとはいえ、ホロヴィッツの演奏が圧倒的に有名で、それがあるためによく知られている曲だと思うのですが、その悪しき影響を受けることなく、自分なりの構造観を打ち出し、しっかりした筋道を通して、作品の持ち味たる強烈なロマンを結び上げたのは賞賛に値するでしょう。また、その表現のコンパクトさは、改訂版を選んだ妥当性を思わせ、村上さんのセンスの良さを窺わせるものです。

彼女も4番の山田さん同様、自分に厳しいピアニストであることが窺われます。こういう方には、実のところ、私などが申し上げることは何もないのです。

【9、加藤 大樹】

この人は、コンクールで弾くのに馴れているという感じでした。確か、浜コンにもエントリーしているはずです。2曲ともよくトレーニングが行き届いていて、抜群の完成度です。

リスト編によるヴェルディの歌劇「アイーダ」の〈神前の踊りと終幕の二重唱〉は、原曲のオーケストラ伴奏と声部の関係をしっかり分けて、オケ部分では、構造をうまく集めることで強奏をつくっていく、リストの手法を見事に活写しています。リストはオペラからの編曲を得意としていたのですが、それはオペラが好きだったという以外に、彼の書法がこのように構造を集めて響きを根太くすることに長けていたせいであることがわかります。

しかし、完璧な完成度というのは、次のバルトークの「ソナタ Sz.80」のほうです。敢えてあまり多くは語りませんが、これだけ難しい曲で、どこにも文句のつけようがない完璧な演奏をされると、ただただ呆れるばかりでした。もちろん、それは到達レヴェルを落としての安易なゴール設定では決してなく、かなり攻めた演奏を目指しながら、じっくり磨き込んだことによる高レヴェルな完成を示しています。

ただ、それにもかかわらず、私にとっては、加藤さんが素晴らしい音楽家だというよりも、コンクールに馴れているという印象で、まず捉えられたのです。技術だけで、内面が表現できていないとかいう月並みなことではありません。うまく説明できませんが、上手なピアにストだという思いはありながら、どこか表現に共感が少ないのです。技術系ではいちばんの素材で、本選進出には相応しいと思いますが・・・。

【10、遠山 沙織】

前の加藤さんに対し、遠山さんはかなり硬くなっていた印象です。そのためか、ドビュッシー「金色の魚〜映像Ⅱ」は、すこし音色が硬めのラヴェル的な演奏にきこえました。シューベルト「さすらい人幻想曲」では、最初にどでかいミスを犯しましたが、それがかえって開きなおりにつながったのか、徐々に良い演奏になっていきました。特に、第2楽章や終楽章にみられる内省的な表現に優れ、手抜きのない真摯な姿勢がそうした部分で有効に作用します。

今回のパフォーマンスでは、全体的に余裕のない印象になってしまいましたが、本来は、アンヌ・ケフェレックのような高い集中力に支えられた演奏が身上と思われ、もう27歳ではありますが、この日の見かけよりも、まだまだ可能性がある方なのではないかと思いました。

本選は来月29日、現田茂夫指揮の東京シティ・フィルによる伴奏で、協奏曲審査となります。これまでピアノ部門では、第3回の北村朋幹を除き、これといった活躍者が出ていません。そのイメージを覆せるのか、コンクールの行方を見守りたいと思います。

ストラヴィンスキー 兵士の物語 アンサンブル of トウキョウ with 西村恵一 7/22

アンサンブル of トウキョウは、フルート奏者、教育者、指揮者でもある金昌国を中心に結成されたグループだが、一定の編成を定めず、多様なプログラムの表現を可能にするフレキシブルなメンバー構成で、これまでに90回もの演奏をおこなっている。91回目の今回は、「トリオ・ダンシュ」といわれるリード楽器による三重奏をコアとした曲目が選ばれ、金の吹くはずのフルートさえ登場しないプログラムである。

【トリオ・ダンシュによる曲目たち】

前半は、「トリオ・ダンシュ」のみによる曲目3つを、青山聖樹、山本正治、水谷上総の3人で演奏した。最初のモーツァルト「ディヴェルティメント」(K439b-4)の演奏で、なるほど、この3つの楽器の相性の良さは十分に実感できた。3人はやや安全運転の印象はあるが、モーツァルトの素朴な楽想をゆったりしたテンポで演奏し、そうしたトリオ・ダンシュの特徴をしっかりと聴き手のこころの中に刻みこんだ。その流れのなかで、イベール「5つの小品」の演奏も、寛いだ音楽空間へと聴き手を導くものだったが、音色はまるで変わり、3人のコミュニケーションにも動きがついていく。

前半の最後は、トリッキーなフランセの「ディヴェルティスマン」で、全編がスケルッツォのような落ち着かない展開のなかで、トリオ・ダンシュの響きが不思議と据わりのいい雰囲気を出すのが面白かった。

【兵士の物語】

後半は、トリオ・ダンシュが中心ともいえない(そもそもオーボエを欠く)だろうが、それを含むストラヴィンスキー「兵士の物語」が演奏された。メンバーは末尾に示すが、西村恵一が日本語でナレーションを務めた。これは今までに、関西の音楽祭や大フィルの演奏会で取り上げられた上演形式によっており、ストラヴィンスキー(正確にはラミューズ)のリブレットによるナレーションには、関西人らしくボケ・ツッコミを入れた冗談がすこし加えられ、かなり大胆な端折りがあったりもする。ナレーションのリズムやタイミングも、原作品とはすこし変わっている部分もあるし、ドラムロールが繰り返されて鳴り止まなくなる小ネタさえあった。とはいえ、概ねストラヴィンスキーの音楽を変えることなく、全編がそのまま演奏されている。

冒頭、いきなりナレーションのリズムが変わっており、日本語的な平板な抑揚で西村が入ってきたとき、「おやおや」と思ったものだが、既に何回かの本番を経て好評を得ているだけあり、その違和感はすぐに消えた。フランス語と日本語の抑揚は、当然ちがうわけだから、このような変化はあって当たり前だったのかもしれない。その日本語ナレーションがさらに、ストラヴィンスキーの音楽に相応しいのかという議論もあろうが、そこには、いまは立ち入らないことにする。

演奏自体は、どうだろうか。例えば、この作品を象徴する最初のマルシェは、低音(cb:永島義男)やパーカッション(藤本隆文)の印象から、私のもつイメージよりもやや明るめに思われる。それはもちろん、ナレーションの西村の調子から来る影響でもあろう。

大活躍なのは、小林美恵のヴァイオリンである。プロの奏者がすこし外して演奏するのは、かえって難しいものだが、ストラヴィンスキーの場合、そうした微妙な音程に不思議な表出力があって、きれいな響きよりも立体的にイメージを喚起させる。小林のヴァイオリンが優れていたのはその点で、例えば、ナレーションがなかったとしても、彼女の出す響きだけで、それぞれの場面が目に浮かぶようだった。

全体のアンサンブルは緊張よりは弛緩に向かっており、めいめいがやや譲りすぎの印象は否めない。場面によっては、もっと壊れそうなぐらいに激しいぶつかりあいがなければ、この作品が問題にしているものを、十分に拾うことはできないように思う。ストラヴィンスキーが変拍子を好んで使うことの理由のひとつは、そのリズムの歪みのなかで、ひしめきあう楽器の響きの緊張や、それを一気に解放するときの音楽の凄さを知っているからだ。そのような点において、特に、木管の2人がやや控えめであるのは、この作品のもつ響きの多彩さや、厳しい緊張感をすこしだけ損なっているようだ。

タンゴ・ワルツ・ラグタイムによる3つの舞曲をはじめ、若干、舌足らずになったナンバーがないことはない。しかし、全体としてみたときには、音楽劇とも、オペラとも、バレエ音楽ともつかないこの作品のマルチ音楽的な感じをつよく印象づける点で、今回の上演は優れている。そもそも「兵士の物語」は、第一次大戦後の荒廃のなかで、どこでも簡単に上演できるようにと考えて作曲されたものであるという。その土地が提供できるリソースのなかで、俳優がいれば劇として、歌い手がいればオペラ的なものとして、踊り子がいれば舞踊音楽として、いかようにも通用する音楽を書いたのだとすれば、この演奏姿勢はいかにも正しい。

とりわけ、今回の演奏は舞踊音楽としてのリズム感を特に印象づけており、それは時折、ナレーターがつける断片的な踊りのなかにもみえる(だが、その稚拙さを完全にさらけだす前に、さっと袖へ下がってしまうのは一見識だ)。

さらに、最初のほうで述べた響きの明るさというのは、ストラヴィンスキーがこうした音楽の力で、荒廃したヨーロッパを元気づけようとした趣旨と無関係ではあるまい。

【兵士の物語の語るメッセージ】

最後、グランド・コラールにのせてナレーターが喋る台詞は印象に残る。いまの幸福に昔の幸福を加えようとしてはならない。全てを手に入れる権利はない、それこそ禁断。幸福はひとつで十分。2つでは、幸福などなくなったのと同じだという部分である。これは、国外に出るなという悪魔の警告とともに、明らかな反戦へのメッセージだ。やや立場が入れ替わるものの、王子が妃とともに「過去」を訪れるのは、ハプスブルクの皇太子がチェコ生まれの妃をともなって、妃の生地にちかいサラエヴォへ行ったことが原因で起こった、第一次大戦の引き金となった事件と同じ構図でもある。

だが、そんなことはおくびにも出さないほうが、芸術的には高い価値を得るのかもしれない。西村は、この物語で語られているテーマが、あたかも我々の隣にあるような問題であるように喋っている。確かに、二兎を追う者は一兎をも得ずということわざがあるくらい、この台詞はいたって素朴で、寓意的な教訓も含んでいるのだ。そのことをむしろつよく押し出すことには、多分、作曲者も賛成ではなかろうか。ストラヴィンスキーは決して、反戦のメッセージを押しつける意図はないが、その言葉はどうしたって、荒れ地に暮らす人たちにはダイレクトな反戦の叫びとして届いたはずだ。だが、それを拒否したい人には、もっと古典的な寓意劇としてみる権利を認めている。

ところで、現代のみえない「荒れ地」に暮らす人たちにとって、こうしたメッセージはどのような形で伝わるのであろうか・・・。

【結語】

やはり、この作品は素晴らしい。そして、それを演目に選んだ人たちも素晴らしいということに、今回の演奏会は尽きるだろう。演奏もよかった。ただ、すこし辛口にいうならば、これだけ複雑な作品をさも易しげに演奏してしまっているところに、今回のパフォーマンスの限界があるのかもしれないと思った。

【プログラム】 2009年7月22日

1,モーツァルト ディヴェルティメント K439b-4
2,イベール 5つの小品
3,フランセ ディヴェルティスマン
 (以上、ob:青山 聖樹、cl:山本 正治、fg:水谷上総)
4,ストラヴィンスキー 兵士の物語
 vn:小林 美恵  cb:永島 義男  tp:神代 修
 tb:吉川 武典  cl:山本 正治  fg:水谷 上総
 perc:藤本 隆文  ナレーション:西村 恵一
 cond:金 昌国

 於:紀尾井ホール

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