2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« 2009年9月27日 - 2009年10月3日 | トップページ | 2009年10月18日 - 2009年10月24日 »

2009年10月4日 - 2009年10月10日

2009年10月10日 (土)

NYCB ニューヨーク・シティ・バレエ Bプロ 10/9

ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)の来日公演、2日目のBプログラムを拝見した。全体的に娯楽性の高さと芸術性のバランスが程よくとれた公演であり、また、群舞がきっちりと整っているというようなレヴェル「ではないところ」で、一体感のある舞台づくりに好感が持てる。しかし、全体としてみると「中の上」というぐらいで、飛び抜けた感興はなかったのも事実だ。

【NYCBの特徴】

年に数えるほどしかバレエをみない私にとっては、もちろん、世界のバレエ団の特徴を的確に表現することもできないし、各々のカンパニーの一般的な評判がどうなっているかも知らない。しかし、そういう私から見ても、このカンパニーがスピードと全身の表現の細やかさに注目してダンサーを集めていることは明白だ。その結果なのか、アメリカ人としてはやや小柄で、足腰の安定したダンサーが多いように見える(見えるだけかもしれない)。そして、プリンシパルを含めて、例えば日本によく来るザハロワのように、自分中心にまわせば、すべてが素晴らしくなると考えるようなダンサーは存在しない。

続きを読む "NYCB ニューヨーク・シティ・バレエ Bプロ 10/9" »

2009年10月 6日 (火)

吉田秀和 世界のピアニスト @ちくま文庫

【吉田秀和氏のイメージ】

吉田秀和氏がもっとも活躍した時期を知らないせいか、私には、この人物の立ち位置がよくわからない。経歴を見てみると、実家は開業医、成城高から東京帝大に入ってフランス文学を学んだあと、内務省に入っている。ここまでをみる限りは、いわゆるキャリア官僚のエリート・コースを歩んだ若者だった。この間、文学への愛情もふかく、批評家の伊藤整や詩人の中原中也に私淑しており、わりに恵まれた環境もあった。戦後は文部省に移ったようだが、ここでドロップ・アウトし、雑誌記事への寄稿をきっかけに音楽批評の道に移っている。

その後、一貫して音楽批評家と呼ばれているようだが、今日イメージされるような音楽批評家のイメージよりは、よほど行動的なスタイルであったように見受けられる。例えば、批評家の長木誠司氏らによってまとめられた『日本戦後音楽史』(平凡社)などを読んでいても、音楽家たちが離合集散する運動のなかで、しばしば吉田氏が世話人のような形で登場しており、二十世紀音楽研究所の所長となったり、アクティヴな活動が窺えるのである。今日の人(吉田氏も存命であるが)では、先の長木氏や日経新聞の池田卓夫氏などにちかいイメージとなり、ペン力よりもより行動の側に傾斜した、記者席よりはピッチ・レヴェルにちかい文筆家というイメージが私にはあるのだが、間違っているだろうか。

【世界のピアニスト】

今回、私は氏の『世界のピアニスト』という著書を読んでみた。著書といっても多分、書き下ろしではなくて、60年代に書かれたものを中心に、ときどきの音楽時評、レコード(CD)時評などをまとめたものと思われる。はじめラジオ技術社で発刊され、つづいて新潮社に移り、いまは筑摩書房に収められている。吉田氏の真価を知るのに相応しい著作ではないかもしれないが、彼の批評家としての態度については、象徴的に表れている作品だといえるのだろう。

続きを読む "吉田秀和 世界のピアニスト @ちくま文庫" »

2009年10月 4日 (日)

変革期を迎える日本のオーケストラ

日本の楽団のいくつかに、人事面で動きが出てきているので、まとめて紹介したい。まずは、いちばん、ちかい情報から・・・。

【東京フィルにエッティンガー】

先日、2010年4月より、東京フィルがダン・エッティンガーを常任指揮者として迎えることを発表した。

エッティンガーはまず、新国でまず東京フィルと顔をあわせたが、そのフィーリングの良さからオケのコンサートにも出演し、その後、両方で共演を重ねることになった。楽団にとって「役得」ともいえるこのパターンとしては、他にペーター・シュナイダーや、藤原歌劇団の公演をきっかけに間もなく客演するゼッダの存在があるが、エッティンガーは舞台上のコンサートでは指揮だけに止まらず、ピアノの腕まで披露し、プログラム中に室内楽を入れて団員と音楽をシェアするなど、この楽団を相手に、人並みとはいえない独特の活動を展開していた。今回、このような関係を重くみて、楽団からのオファーを承諾したようである。

2001年以降、東京フィルは鄭明勲を「スペシャル・アーティスティック・アドヴァイザー」という(失礼ながら)宙ぶらりんな位置に迎えて活動をおこなってきたが、一応、楽団の正式な「顔」としてこの若者が迎えられたことで、東京フィル&新星日響の合併という異常事態から脱皮し、一人前のオーケストラとなるための体制が整ってきたことを示す出来事となった。いわば特別職といえる鄭のポストを除外すると、常任指揮者が置かれるのは10年ぶりで、前任者は大野和士である。

続きを読む "変革期を迎える日本のオーケストラ" »

« 2009年9月27日 - 2009年10月3日 | トップページ | 2009年10月18日 - 2009年10月24日 »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント