2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

« オトマール・スウィトナー氏が逝去 | トップページ | ジョルダーノ マダム・サン=ジェーヌ 戦場に翔ける女 東京オペラ・プロデュース 1/17 ② »

2010年1月18日 (月)

ジョルダーノ マダム・サン=ジェーヌ 戦場に翔ける女 東京オペラ・プロデュース 1/17

東京オペラ・プロデュースは、珍しいオペラ作品を数々初演してきたカンパニーである。数年前に代表の松尾洋氏が亡くなられたあとも、故人の内儀であった史子女史が代表となり、その姿勢を変わらず維持している。今回は、ウンベルト・ジェルダーノの歌劇『マダム・サン=ジェーヌ』の日本初演であるが、その2日目のキャストで観劇した。

【作品の素晴らしさ】

今回の公演、なんといっても鍵となるのは、作品の価値がどの程度のものであるかということであった。作者であるヴェリズモの作曲家、ウンベルト・ジョルダーノといえば、やはり『アンドレア・シェニエ』が突出して有名であり、つづいて『フェドーラ』、あとは、いくつかの歌曲が有名というぐらいのものだろう。この『サン=ジェーヌ』は1915年1月の初演、米国のメトロポリタン歌劇場の依頼によって書かれ、トスカニーニの指揮で初演された。ジョルダーノにとって10番目の作品ということになるようだ。題名の「サン=ジェーヌ」とは、「遠慮のない」という意味のフランス語であり、主人公の女性につけられた仇名である。舞台はフランス革命からナポレオン帝政時代の初期に設定されるが、言語はあくまでイタリア語である。

作品はブッファ、セリア、ヴェリズモの要素を、少しずつ持っている。だが、全体的にはブッファ的な側面が強い。ナポレオンをはじめ、彼の政権下で秘密警察の長を務めたフーシェ、ジョセフィーヌ皇后、ナイペルク伯など実在の人物が登場し、主人公であるカテリーナと、夫のルフェーブル元帥も実在している。しかし、これらの名前はまったく無意味ではないとしても、作品の根本的な部分に関わるものではない。唯一、洗濯屋の女主人にして、いかがわしい酒保の主でもあった女が、革命によって高い身分に上り詰め、その奔放な性格に対して、身分なりに求められる品性の間で思い悩むという部分だけが重要になっている。

前置きが長くなったが、作品としては、とても魅力的である。現在、よく知られた作品と比べても遜色なく上等とは言わないにしても、無理なく楽しめる作品であるし、特に、ソフィア・ローレンの主演で映画化もされたというように、主人公の魅力は、作品に登場する綺羅星のような名前に匹敵する。そのことについては後述したいが、音楽的には総じてシンプルで、声の造型に焦点が絞られている。主人公のカテリーナ夫婦が主要役ということになるが、カテリーナ役はコケットで、リリカルな演技力と、ややドラマティックにも踏み込むような深い歌唱力が必要となる。一方、夫のルフェーブル役は割に合わないくらいの難役で、スピント系のつよい声が求められる。こうした声の主導力に基づいた、内的(心理的)な構造の面白さというのが、この作品の特徴となるであろう。

そうした特徴を描きあげるのに、ジョルダーノの用意した素直な筆致というのは、この時代においては、既に時代遅れな面もあったと思うが、後世からみれば、それもまた魅力のひとつとなる面もある。また、作品はプッチーニやマスカーニといった同時代人へのオマージュも僅かにみられ、この時代の創作史をみる上でも興味ぶかいところがある。

【サン=ジェーヌの魅力】

既に述べたように、「サン=ジェーヌ」とは決して褒め言葉ではない。第1幕で、ルフェーブルがその仇名を持ち出したときには、カテリーナが怒って恋人の腕をひねるという演出が入っている。しかし、物語が進むにつれて、その意味は徐々に変化していく。第2幕以降では革命後、上昇したステータスとは対照的に、カテリーナは自らの「サン=ジェーヌ」たることを誇るような態度をとり、そうして自由に生きた昔を懐かしむような場面さえある。作品は、そうしたマダム・サン=ジェーヌの庶民性にみられる精神の自由や、遠慮のない奔放な人性のつよさに対する讃歌となっていく。

そして、それは後世からみたナポレオン帝政の矛盾を鋭く突いているわけだが、そのような政治的な視点は副次的なものにすぎない。ここではあくまでも、国家や社交界、社会秩序の呪縛のなかで、地位も名誉も得た人が、サン=ジェーヌという強烈な個性を前にして、昔つけた脛の傷を懐かしむように、自らも「ボヘミアン」であった過去に戻って、傷ついた人性を回復するという部分に焦点がある。ヒトラー総統のような孤独に閉じこもり、愛する夫人さえも信用できなくなっているナポレオンが、正体を明かしたカテリーナと語り合い、昔の暮らしを嬉しそうに思い出す場面が象徴的だ。4Fとは言いながら、屋根裏にまで食い込んだ部屋に住んでいたという設定は、もちろん、プッチーニ『ボエーム』へのオマージュであろう。サン=ジェーヌは、ミミやムゼッタのようにボヘミアンたちの中心にいた。

マダム・サン=ジェーヌは、作品後半にかけて、このような特別な魅力を放っている。第1幕においては、女性としては勇敢な、相当に気風のいい江戸っ子的な女性という視点がつよい(そこに、ナイペルグのいのちを助けるというヒューマニズムが滑り込んでいくにしても)。第2幕においては、そうした性質が災いしての不適応が描かれるとともに、どんな身分に上り詰めても変わらないサン=ジェーヌの気性の強さが、厭でも強調されることになる。この幕の最後で、ナポレオンの2人の妹に啖呵を吐き、ナポレオンにも打ち克ってみせると嘯くシーンは、正に全編中のハイライトであろう。第3幕では、その言葉どおり、皇帝と真っ向からわたりあってしまうサン=ジェーヌの勇敢さが、暴君と化する皇帝のヒステリーの下で、いよいよ輝くことになる。

だが、最後の幕のカテリーナについては、それまでの彼女に比べ、私はいささかリアリティに薄い印象を抱いてしまった。市井での逞しい生き様に立脚した彼女の人性の圧倒的な輝きは、セリア的な部分に走りすぎた第3幕では十分に生きていなかったのではなかろうか。ナポレオンのボヘミアンとしての記憶を呼び覚ますまではいいのだが、その後は、どこにでもいる無力な女性となって皇帝に振りまわされ、ほんの偶然によって視界が開ける展開は、やや白けてしまうように思われる。

それにしても、今回、2日目のキャストは菊地美奈がこれを歌ったが、なんとも見事であった。確かに、以前から好きな歌手ではあるのだが、第1幕の登場からしてフェロモンがムンムンと放出されており、艶やかな演技力と、コケティッシュな表現力、しっかりした歌唱力で、正にはまり役と思わせた。第2幕は序盤のレチタティーボの面白さで飽きさせず、後半に移るにしたがって鋭さを増していく表現が奇跡的にはまっていく。最後の啖呵の場面は、背筋が寒くなるほど。ひとつだけ、ソット・ヴォーチェがやや硬いのが難点だった。後半、ややペースが落ちた面も指摘できるが、ダブル・キャストでなく、何日か歌う機会があったとしたら、そのような問題点もすぐに解決していったであろうと思われる。

【オペラに隠されたメッセージ】

ジョルダーノは、決して裕福な層の出身ではない。彼の共感はサン=ジェーヌであり、庶民の暮らしのなかで活き活きと人生を謳歌するカテリーナの生き様のなかにあったのだろう。『シェニエ』のようなヒロイズムではなく、庶民の生きるエネルギー、その象徴としてのマダム・サン=ジェーヌに託したジョルダーノの想いは、実のところ、かなり重要である。その象徴的な人物であるカテリーナは、戦場を翔けまわった女性だったからこそ、いのちの重みを大事にしていることに気づくだろう。それを当たり前だと見ずに、なぜだろうと考えてみることが大事である。

例えば、そこには、時代背景が反映しているのかもしれない。第1次大戦の波は、この当時のイタリーにはまだ届いていない。彼らは当初、中立の立場を決め込み、作品が初演された1915年の4月から、オーストリアに宣戦布告して参戦しているからだ。しかし、大戦の序盤戦、フランスは『ラ・マルセイエーズ』を口にしながら、ルフェーブル夫妻の故郷であるアルザス=ロレーヌ地方の奪還に野望を燃やしていた。その雰囲気がこの作品のなかに、かつてのフランス革命の光景と重ねて表現されていることに気づかねばならない。ジョルダーノの想いは届かず、やがてイタリーは戦に巻き込まれていき、欧州は総力戦の恐怖に曝されることになる。せめて、オペラのなかでは、問題を平和的に解決したかったのは察するに余りある事情だ。

最初のほうで述べたように、筋書きにおいては、実在の人名は別のなにかに代替可能なものであり、最近流行りの読み替えにも都合がいいだろう。しかし、ナポレオンのような独裁者、そこにくっついている秘密警察、人間同士のばかしあいといった要素は、十分に意味があるとも言えるのである。カテリーナが登場したときに、その音楽はえらく豪奢に飾られている。一体、何だろうと思うだろうが、思えば、このような事情があるのであった。彼女はあらゆる意味で、ナポレオン時代だけではなく、ジョルダーノの時代を象徴する存在なのである。

(②につづく)

« オトマール・スウィトナー氏が逝去 | トップページ | ジョルダーノ マダム・サン=ジェーヌ 戦場に翔ける女 東京オペラ・プロデュース 1/17 ② »

舞台芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/47324116

この記事へのトラックバック一覧です: ジョルダーノ マダム・サン=ジェーヌ 戦場に翔ける女 東京オペラ・プロデュース 1/17:

» 東京オペラ・プロデュース「マダム サン・ジェーヌ(戦場を翔ける女)」 [オペラビュー日刊]
JUGEMテーマ:オペラ ヴェリズモオペラの巨匠・ジョルダーノの喜劇、「マダム サン・ジェーヌ(戦場を翔ける女)」が東京オペラ・プロデュース第85回定期公演として上演された。 【公演データ】 2010年1月16日(土)・17日(日)  15:00開演  新国立劇場 中劇場 東京オペラ・プロデュース 第85回定期公演 ウンベルト・ジョルダーノ作曲 「マダム・サン・ジェーヌ(戦場を翔ける女)」全3幕 日本初演 Umberto Giordano “Madame Sans-Gêne” ... [続きを読む]

« オトマール・スウィトナー氏が逝去 | トップページ | ジョルダーノ マダム・サン=ジェーヌ 戦場に翔ける女 東京オペラ・プロデュース 1/17 ② »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント