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2010年1月27日 (水)

オペラ彩 ヴェルディ 仮面舞踏会 1/24

オペラ彩は和田タカ子代表の下、市民参加のオペラをつくっている団体だが、他の市民オペラと比べても公演水準が非常に高く、授賞歴もある。今回は、『ナブッコ』『オテロ』とつづいたヴェルディ・シリーズの最終回と謳っている。その2日目のキャストで拝見した。

【秋谷のリッカルド】

まず、この公演をめぐっては歌手の質の高さを賞賛しておかねばならない。レナート役の若いバリトン、須藤慎吾のパフォーマンスがピカイチだったが、穴のないキャスト構成であったと思う。

総督リッカルドは、青いサカナ団の公演でもお馴染み、3年前の『トゥーランドット』でも主役だった秋谷直之であった。決して上手な人ではないが、それにもかかわらず良い歌手であるという印象は変わらない。「できること」と「できないこと」をしっかり把握し、自分の分を知った歌いまわしとでもいうべきだろうか。アリアよりも、それ以外の部分において魅力を感じるのは、3年前のカラフのときと同じだが、声により深みが出てきており、仁君を演じるにも無理がない。技術的にも、成長のあとが窺われる。

演唱に率直さがつよい秋谷が演じることにより、リッカルドは自信満々たる新大陸の仁君というよりは、レナートやアメリアはもちろん、彼の人民や、政敵にさえ、真摯に向きあう実直な青年というイメージになる。

【レナートとアメリア】

これに向きあうレナートは、敬慕の対象でもあるリッカルドを包み込むような、父性が強調されることになる。その役回りに対して、若くキャリアの浅い須藤があれほどのパフォーマンスを見せたことは驚きに値する。単にフォルムがしっかりしているというに止まらず、歌に図抜けた安定感があり、4-50歳代のベテラン歌手が演じているような落ち着き払った舞台さばきが、秋谷のリッカルドと上手に噛み合っているのだ。

一方、アメリア役の並河寿美は持ち前の声の美しさを背景に、身持ちのかたい女を丁寧に描きあげた演唱で好感がもてる。あとで述べるような演出の問題により、ほとんどひとりで取り残された第2幕の序盤戦は可愛そうだったが、その後のリッカルドとの押し問答では、相手の甘い言葉に蕩けながらも最後まで一線を越えない姿勢が明確にされていた(貧弱な演出とは無関係に!)。そのため、第3幕で母親の立場に徹して懇願するアリアが、ぐっと引き締まって聴こえたのではなかろうか。

こうしたアメリアに対するレナート像は、より悲劇的な結末に向き合うことにならざるを得ない。あとで述べるように演出的なアイディアに乏しい舞台において、この最後の場面が呼ぶカタルシスは突出して強いものとして印象づけられるかもしれない。秋谷・並河の演唱に基づくリッカルドの実直さと、気高い妻の貞操に打ちのめされるレナートの矛盾は、より深いものになるからである。レナート役、須藤の成功は、こうした2人との関係によるところも大きいのである。

とはいえ、第3幕第1場で歌うアリア「お前こそ心を汚すもの」の後半部分で、憎しみのなかに、ふっと浮かぶ人間的な優しさが滲み出てくるところなど、須藤の歌唱の優れたところといえるだろう。このアリアは技術的にも完成度が高く、フロアからもこの日最大の賞賛を受けたが、なんといっても観客が評価したのは、先に述べた須藤の歌に沁み出した優しさの部分ではなかったかと思うのである。

【その他のキャスト】

その他のキャストも、持ち味を存分に発揮している。例えば、オスカル役の吉原圭子は、私の考えるオスカル像からすると、あまりにも女性的な要素が出すぎているのは問題だが、美しいアジリタを駆使して、押し引きの尖鋭な歌いまわしは評価に値する。特に、第1幕第1場の最後で、彼女だけがつよく残る部分の突き抜ける歌声は印象的だった。

ウルリカは二期会の押見朋子の強烈な演唱がいまでも印象ぶかいが、それと比べると、今回の丸山奈津美は迫力で劣るものの、より精確なフォルムで聴かせるタイプだった。好みではないが、渦巻くバックの響きに乗せて声をロールさせたときの、絶妙な響きのコントロールなど、随所に見せ場があった。惜しむらくは、歌の積極性が弱く、少しずつリズムを後追いしていくような点が物足りない。

シルヴァーノ役の北川辰彦や、判事役の大橋正明ら、端役まで配慮が行き届いている。また、市民参加に当たる合唱も悪くなかった。ウルリカの場の最後がやや力づくになってしまったのを除けば、そのシーンの役割をよく把握して、発声にも無理はない。特に、プレリュードのあと、リッカルドの与党と、反対者が和声を分けあって、その関係が筋立てを手際よく(象徴的に)説明していくことになる出だしの合唱は、その役割を見事なまでに歌い上げており、深い感銘を受けた。

【貧弱な演出】

これで、演出チームが歌手たちを適切にサポートすることができれば、非常にいい舞台になったことだろう。しかし、私のみた首都オペラの三浦安浩の演出や、二期会の粟国淳の演出と比べると、直井研二の今回の演出は、何もしていないに等しい。特に、第2幕の荒地のシーンは、演出家の無能を物語っている。公領とした荒地の風景はなく、階段だらけで何の装飾もない場景もあまりに無策だが、小学生の工作レヴェルの絞首台の素っ気なさ。しゃれこうべなどはどこにもなく、荒地の草むらもなければ、何もないのである。

このツルツルしたきれいな何もない空間で、不気味な場所の恐怖を歌うアメリアのモノローグなど、冗談めいている。同じ幕の後半で、リッカルドとアメリアが歌う二重唱も、演出のサポートがまったくないカラオケ状態である。

そうかと思えば、やたらとつくりこんだウルリカの「庵」も疑問である。これはウルリカの不気味なパーソナリティを象徴するためであろうが、説明的すぎる。説明的といえば、第1幕の総督府の場で、肖像の抜かれた額縁が飾ってあるのもわざとらしい。これはアメリカの時代の若さと、前の主を追い出してリッカルドが総督の座に座っていることの象徴であろうが、絵の入っていない額縁を飾ることはリアリティがなく、いかにも説明的なのだ。

仮面舞踏会の場は、やや衣裳が安っぽいのは低予算の舞台ゆえ仕方のないことだが、舞踏会の客たちと、主要人物との関係性に彫り込んだ視点がなく、形式的な印象である。

全体的に歌手へのサポートとなるヒントに乏しい演出であり、市民オペラの演出には定評のある直井だが、今回のプロダクションについては、あまりにも手抜きな印象が拭えなかった。

【指揮者、佐藤正浩】

指揮者の佐藤は、非常に素晴らしいパフォーマンスであったといえるだろう。まず、サウンドの特質としては、ヴェルディ作品におけるロッシーニからの濃厚な影響を窺わせるものであり、全体的に軽めにコントロールされているといえる。その上で、1つ1つの楽器のもつ音色の特質を生かした、活力のあるバックをつくっており、かつ、統率力も高い。ホールは意外に音響が優れているが、1300席弱の決して小さくない会場でも、よく響いていた。

まず、題名を思わせるようなステップを踏んで、踊るような指揮で、プレリュードから艶やかなサウンドを引き出した彼は、既に述べたような、幕開き冒頭の場面における合唱のコントロールの素晴らしさで、名刺代わりの優れた手腕を印象づける。ウルリカの場の冒頭に聴かせた心臓が止まりそうな轟音。第3幕、アメリアが最後に子どもを抱かせてほしいと懇願するアリアにおける、チェロのサポートの生かし方なども優れている。

もうすこしはみ出るような部分があるとさらにいいのだが、この指揮者ならば信頼できるというレヴェルではあろうと思う。演出がもう少しはまってくれば、彼の指揮も、歌手のパフォーマンスも、さらに高い統一感を得られたのではないかと思うと残念だ。

なお、オーケストラは臨時編成だが、コンマスの平澤を筆頭に、先日の東京オペラ・プロデュースと比べるとメンバーもよく、アンサンブルにまとまりがあった。

【まとめ】

非常に楽しめた舞台で、ヴェルディの考えた仕掛けがわかりやすい好舞台であったとはいえる。しかし、その功績はほとんど音楽スタッフによるものであり、演出チームはあまりにも貧弱といえる。首都オペラで『仮面舞踏会』が上演されたとき、この演目は世界的にはポピュラーでありながら、日本国内ではどういうことか上演機会が非常に少ないという状態であった。しかし、その後は、こうした市民オペラや、二期会、外来のカンパニーが取り上げることも多くなり、決して珍しい演目ではなくなった。

そのような中にあっては、演出チームの努力が、上演から引き出されるものの絶対値を決めてしまうようになる。特に、今回の上演でわかったことは、『仮面舞踏会』はかなりシンプルな作品であるということで、だからこそ、演出に大事な出番がある。

しかし、そうはいっても、あまりネガティヴに書いてもいけないだろう。歌手の個性を生かし、それらがうまく役柄にはめられた上演であったし、質の高い声の競演に舌鼓を打ったことのほうを、まずは強調しておきたいのである。以前から好感をもっていた秋谷・並河に加え、須藤慎吾の成功は殊に喜ばしく、期待のバリトンとして挙げておきたいと思う。

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JUGEMテーマ:オペラ 和光市で、自主制作によるオペラを上演し続けて24年の「オペラ彩」が、ヴェルディのオペラ「仮面舞踏会」を好演した。 【公演データ】 2010年1月23日(土)・24日(日)  14:00開演  サンアゼリア大ホール オペラ彩 第26回定期公演 ジュゼッペ・ヴェルディ作曲 「仮面舞踏会」全3幕 イタリア語上演 字幕付 指揮:佐藤正浩 演出:直井研二 総合プロデューサー:和田タカ子 キャスト: 23日(土) /  24日(日) リ... [続きを読む]

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