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2010年1月28日 (木)

ライナー・ホーネック モーツァルト 協奏曲シリーズⅣ 読響 名曲シリーズ 1/27

読響の今月の指揮者は、マリン・オルソップ。ボーンマス響時代にNAXOSに見初められ、数多くの録音をリリースした指揮者であり、同響では桂冠指揮者として顕彰されている。現在は、ボルティモア響に転出して活躍している。

ただし、今回の主役は、これまで3回のモーツァルトの協奏曲シリーズで共演し、素晴らしいパフォーマンスを披露してきたヴァイオリンの、ライナー・ホーネックだろう。文字どおりの協奏曲5つをすべて演奏し、ツィクルスは終了かと思っていたが、そのほかの協奏的な作品まで腕を伸ばすことにしたようだ。第4回となる今回は、『協奏交響曲』(K364)と、『ロンド』(K269)の2曲が取り上げられた。どちらの曲も、2006年のラ・フォル・ジュルネで聴いて以来である。そして、奇しくも、この日はモーツァルトの誕生日であった。

【ロンドと協奏交響曲】

当初発表から順番が変わり、ロンドからの演奏となった。既にお馴染みとなっているシンプルながら、艶やかな音色で、聴き手を夢心地にさせるホーネック。ちょっとしたポカはあったものの、それを言うのは甚だ野暮であり、やっぱりホーネックのモーツァルトは最高というべきだろう。

協奏交響曲では、ホーネックの多彩な語りくちが見もので、ときには友人に語りかけるように、またあるときには誰かと歌いあうように、そのまたあるときには恋人と囁きあうように、別のあるときには仲間どうしでおしゃべりするように・・・様々なシチュエーションにあわせて、ヴァイオリンの歌い方を工夫していたのがよくわかる演奏だった。今回、楽団のソロ・ヴィオラ奏者を務める鈴木康浩がパートナーを務めたが、ソロ首席の待遇を受けるだけの価値は、しっかり見せてくれたというべきだろう。特に、緩徐楽章における深い音色のアピールは、ホーネックの語りの面白さを、縦に拡充するような効果を示していた。

そのアンダンテは、こころなしテンポを落ち着かせ、じっくりしたテンポで、2本の楽器を中心とする音色のアピールが、作品に内面的な奥行きをもたらす演奏になっていた。この楽章の終盤のカデンツァでは、2本の楽器の対話力が鍵となるが、今回は、それぞれの楽器の持ち味をシンプルに交換しあう爽やかな演奏というべきであろうか。全体的にみても、協奏交響曲の解釈はモーツァルトの楽曲に含まれる闇よりも、光に着目した演奏姿勢が窺われ、象徴的には、ソリストもバックとユニゾンで演奏しはじめる楽曲冒頭の演奏が挙げられる。

ホーネックは周知のとおり、オケマンとしての活動が本職であるので、こうした形で読響のメンバーたちとコミュニケートする方法を選んだのだろうが、ホーネック、鈴木といったソリストがアンサンブルのなかに加わることによって、響きはより華やいだものとなり、全体の響きがガッシリと締まった良い演奏になった。一応、オルソップが指揮台に上がっているが、弾き振りでもいいぐらいのホーネック節が全開で、実に楽しめるサウンドであった。

ただ、先のロンドと並べてみると、およそ3年を隔てた両曲の間には、そんな短い間とは思えないほどの、驚くべき飛躍(もしくは成長力)が見られる。型どおりで、シンプルな曲想をシンプルに追っていく『ロンド』と比べると、『協奏交響曲』は第1楽章のカデンツァからコーダの展開へつづく部分の凝った筆致や、底のふかい哀切さを含んだ第2楽章の奥行き、そして、第3楽章の華やかさなど、格段に内容が濃くなっているからである。作品の性質の問題でもあろうが、圧倒的なスピードで持てる才能を開花させていくモーツァルトの歩みを見るようで興味ぶかい。

【女コバケン?】

さて、モーツァルトではソリストがソリストだけに、わりと大人しかったオルソップだが、ブラームスでは良くも悪くも自分らしいパフォーマンスになった。私はオルソップの録音を聴くかぎり、あまり歓迎できる存在ではないと踏んでいたが、実際には、予想を上回るひどい演奏であった。悪い面ばかりではなく、構造に対するシャープなセンスや、造型の巧さという点については認めなくてはならない。しかし、基本的にフォルテとメゾ・フォルテしかないざっくりした演奏スタイルや、あまりにも劇的な音楽の動かし方、局面におけるわかりやすい音色の強調などから、ある人物のことをイメージさせた。それは小見出しにもあるように、コバケンであった。

大体、指揮者の資質についてのイメージは、最初の15秒であらかた決まってくるものだが、オルソップの場合、繊細さの欠片もないぶっきらぼうなスタートで、私を早速、がっくり来させたものだ。管楽器については、いつもあたまを強く吹かせ、抑揚を嫌う。全体的に抑揚はなく、例えば譜面にフォルテと書いてあれば、そのなかでの揺らぎは必要ないという意見のようである。アーティキュレーションはきわめて簡明で、真っすぐであるだけでなく、時折は、実にエレガントな豪華さを描き出す。しかし、それは決して効果的とはいえない。

オルソップの演奏を聴いていると、ブラームスというよりは、ワーグナーの出来損ないか、もしくは、デフォルメしたシューマンの演奏のように聴こえる。過度に劇的で、内省的な部分が足りないのである。ブラームスの場合には、内向的といってもいいぐらいのパーソナリティをもっているのであり、あまりにもハキハキした演奏はイメージに合わない。響きが真っすぐで、格好よくなればなるほど、逆に薄っぺらなこころしか伝わってこないのである。そして、これこそが最大の問題点だが、ブラームスの特長である構造美が後退してしまうことにもなる。

第1楽章は大体においてガサツで、拍節感が押し潰され、作品のフォルムが死んでいる。第2楽章は各パートが自主的に揺らぎを追っている部分はそれらしいのだが、総じて、そうした味わいは前後のかさついた響きによって毀損される傾向になっていた。第3楽章はあまりにも楽天的で、エピソードに起伏がなさすぎる。第4楽章はレガートがきつすぎる上に、ときには、プレストという基本線まで逸するほど締まりがない。アンサンブルは過度に挑戦的で、アジテートが過剰である。

なぜ売れるかはわかったが、少なくとも私にとっては、このマリン・オルソップという指揮者はブラック・リスト入りということになる。

【プログラム】 2010年1月27日

1、モーツァルト ヴァイオリンと管弦楽ためのロンド K269
 (vn:ライナー・ホーネkック)
2、モーツァルト ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 K364
 (vn:ライナー・ホーネック va:鈴木 康浩)
3、ブラームス 交響曲第2番

 コンサートマスター:小森谷 巧

 於:サントリーホール

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コメント

オルソップに関するアリス様の見解に、全面的に同意するものです。

読売日響はこのところ制作担当者が変わったのか、時折首をかしげるような指揮者やソリストを招聘しているようです。でも結果的にダメだと判断した指揮者は、再度招聘する愚は冒しませんね。

オルソップについてもその類でしょう。聴き手以前に、オケ奏者たちがこの指揮者の音楽家としての資質に首を傾げたはずです。

ついでながらコバケンに加えて、同門の弟弟子佐渡裕も並べておきましょう。

カンタータさん、ご意見ありがとうございます。

政策担当者の問題もありましょうが、オルソップについては、かつてのDG並に力を持ちはじめたNAXOSの営業力、影響力によるところが大きいのではないかと思います。

読響に限らず、日本の各オーケストラのなかにある傾向として、NAXOS系のレーベルで録音しているアーティストの起用というのが目立ってきました。私はNAXOSは好きなレーベルではありますが、それでも、起用アーティストの玉石混交の感は否めません。よって、そこで活躍するアーティストの進出は、当たりハズレが大きいと見ます。

オケ奏者たち云々は、どうでしょうか。例えば、マーラーの演奏について、チューバの次田氏は「ほんまに素晴らしい」と述べています。日フィル時代のことを思い出したんですかね・・・。

アリス様。今後も鋭いご批評楽しいお見立てをお願い致します。

彼女とのドヴォルジャーク・レコーディングプロジェクトを開始した上に音楽監督契約を2015年まで延長したボルティモア交響楽団。彼女に名誉指揮者のタイトルを贈呈したイギリスのボーンマス交響楽団。
(以下、いろいろな実績が書かれたが、管理者が略)

みんなみんな困ったものですね。

将来もニュアンスのない爆演系の彼女と
仕事をするようなら、これらのオーケストラもブラック
リスト入りですね。どうして世界(欧米の一部の楽団)
はこうなってしまったのでしょうか。

彼女に拍手した読響もご商売とはいいながら
辛いですね。

アリス様のコンサート、オペラ評、指揮者論、
演奏家論、これからも楽しみにウォッチさせていた
だきます。

マリンさん、どうしても構ってほしいようなので、すこし短くしてコメントを公開しました。編集が気に入らないようならば、改めて削除、もしくは改変しますのでご一報ください。

酷評に反発をお感じのようですが、私は、自分のセンスを他人に押しつける気持ちはなく、ごく私的な空間で公開しているにすぎません。貴殿も、TBして反論でもお書きになったら、フェアな姿勢だと思います。もちろん、オルソップ女史を評価する人たちがいることも非難しておりませんし、彼女には彼女なりの役割があると思います。

しかし、私にとっては、まったく関心のない指揮者であることは変わりません。

楽団の評価云々は、次に呼ばれるかどうかでわかると思います。仮に呼んだとしたら、センスのない楽団だと思うだけです。別に、それに抗議するつもりもない。価値観は様々で、いちいち不平を言っていたら日が暮れてしまいます。私は、自分と違うセンスを排除したいとは思いません。

最後に、私の言葉を過度に悪意的に受け止めている節が見受けられますので、ご注意を差し上げます。

アリス様

ありがとうございます。
他人に意見を押しつけるつもりのない私的な空間に

私も貴殿に意見を押しつける気のない私見を
述べさせていただきました

と注意を申しあげます。

お忙しいなか
お答え下さり、ありがとうございました。
注意という言葉は
返し言葉でございます。
もう一度感謝申しあげます。
酷評も絶賛も
私的に勝手に楽しみにしております。
お気づかいなきよう。

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