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2010年1月13日 (水)

ヨハネス・ヴィルトナー 【1956-】

前回、ヤーノシュ・フェレンチクで第1回を迎えた指揮者列伝、第2回は、ヨハネ・ヴィルトナー(Johannes Wildner)を取り上げます。最近まで、彼はウィーン・ヨハン・シュトラウス管というのを率いて来日していましたし、新春の来日は多くなっています。また、2006年には新国のピットに入り、ハインツ・ツェドニク演出『こうもり』の公演で指揮を振っています。ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンにも出演しましたので、実際に聴かれた皆さんも多いかもしれません(残念ながら、それらのいずれにも、私は足を運んでいません)。

ヴィルトナーは1956年生まれ。ウィーン音大でヴァイオリンと指揮、ウィーン大学で音楽学を学んだようです。その後は主にヴァイオリン奏者として活躍し、トーンキュンストラー管のコンマスを経て、1985年にウィーン・フィルのヴァイオリン奏者として入団。在団時から指揮活動にも携わっています。指揮のキャリアとしてはオペラハウスでの叩き上げのルートを辿っており、プラハの国立歌劇場やライプツィヒ歌劇場でポストに就いていますし、最近では、母国・ウィーンでの指揮機会も多くなっています。ノイエ・フィルハーモニー・ヴェストファーレンでは、1997年から10年間にわたって音楽監督の任にあったようです。

最初のポストである、コシツ国立フィルの首席指揮者の任に就いたのは1990年ですから、指揮者としてはまだまだキャリアが浅いということになります。しかし、彼はNAXOS、および、その姉妹レーベルの代表的なアーティストとして多くの録音を手がけています。ヨハン・シュトラウスを得意としていますが、そのほか、独墺系の録音に手堅い成果を残しています。以下のURLは、彼のHPにあるディスコグラフィーです。

 ヨハネス・ヴィルトナー HP内:
  http://www.johanneswildner.com/de/discography

もちろん、私はヴィルトナーを、フェレンチクのような確固とした実力をもった指揮者として紹介するつもりはありません。例えば、彼がNAXOSでリリースしたブルックナーなどは、決してオススメできる代物ではないのです(補筆完成版で演奏した9番は人気があるようですが)。しかし、彼の録音のいくつかには、かなり魅力的なものがあります。例えば、スロバキアのコシツェ・フィル時代に、彼がAmadisというレーベル(NAXOSの姉妹レーベル)から出したシューマンの交響曲の録音は、如何せん、オケの機能性に大きな問題があるものの、はじけるようなエネルギーに満ちみちて、爽やかな味わいのある録音となっています。

ちなみに、このオーケストラに縁のある指揮者として、ラインハルト・ザイフリートという指揮者がおり、『わが祖国』などで個性的な録音を出しています。現在のところ、まだ研究中という段階ですが、彼のこともやがては紹介することになるかもしれません。

【シューマン 交響曲第4番、序曲集】

さて、シューマンに戻りますが、例えば、交響曲第4番を取り上げましょう。この録音が優れていると思うのは、ライヴ的な活き活きした演奏であることに尽きると思います。この録音を聴く限り、ヴィルトナーはまず、オーケストラがいかに歌いたいかということを重視しているように見えます。そのため、しばしばアンサンブルに乱れが出たり、拍節感が甘くなっている部分があることは確かですが、その分、コシツェ・フィルのもつ溌剌としたエネルギー、もしくは、ある種の若さとでもいうべきものが、録音の壁を破ってヒシヒシと伝わってきます。

スロヴァキア・フィルと、コシツェ・フィルは一時期、NAXOS系のレーベルに馬車ウマのようにコキ使われたオーケストラなので、そのように粗い録音が通っているのだという見方もできないことはありません。しかし、少なくとも、この録音を聴くかぎり、息を切らしたウマたちの吐息は聞き取れません。例えば、第2楽章では、チェコ系のオーケストラに特徴的な野生的な膨らみのある響きが、作品に不思議な明るさを与えており、そのようなエレメントの鋭角的な表れとして見るべきです。

第3楽章から第4楽章のブリッジで、いささか不安定な揺れが目立っていて瑕になっていますが、その後のフィナーレの展開は、実に愉快なものになっています。揺るぎない流れを爽快に刻み、ギャロップ的なリズムの処理には再び、このオーケストラの地域性が反映するかのようです。そうかと思えば、フガートの明瞭な演奏は、作品に思わぬ様式観を付け加え、ハッとさせるものがあります。さらに、コーダの快活な流れも特筆すべきものであり、速度を上げていったときに前のめり気味になってしまったのはご愛嬌としても、そのなかでも、意外と持ち堪えた演奏であるという印象があります。

決して完璧な録音ではありませんが、ライヴ会場で聴くような立体感のある演奏が面白いと思います。

シューマンの交響曲では、同じディスクに入った2番のほうが、どちらかといえば格調高い演奏になっています。それは演奏のせいもありますが、2番こそが4つの交響曲のなかで、年代的に最後期の作品であることにも秘密がありそうです。

ここでは交響曲を取り上げたものの、実のところ、本当に素晴らしいのはポーランド国立放送響を指揮した序曲集です(NAXOS)。このオーケストラはコシツェと比べても明らかに格段上のレヴェルであり、アントニー・ヴィトとの数々の録音が有名ですが、そのオーケストラからヴィルトナーは、オケのもつポーランド人らしい感情の激しい起伏を引き出して、「序曲」の味わいを色濃くしています。『序曲、スケルッツォとフィナーレ』や、『メッシーナの花嫁』序曲、『ジュリアス・シーザー』序曲など、作品の個性に添う形で、それぞれに素晴らしい演奏になっています。

【シューベルト グレート交響曲】

シューベルトの「グレート」交響曲も、表情ゆたかです。この曲は、ラ・フォル・ジュルネでフィルハーモニア台湾を相手に演奏しているので、実演で聴いた人も多いかもしれないですね。ここでのパートナーは、フィルハーモニア・カソーヴィアというグループですが、多分、コシツェ・フィルのメンバーを中心とする選抜オケであると思われます。このオケもNAXOS系のレーベルで多くの仕事を手がけており、この録音もやはりAmadisからリリースされているものです。

演奏は、シューマンでも紹介したコシツェ・フィルの明るく、エネルギッシュなサウンドを基調に、選抜メンバーならではのより精緻なアンサンブル力を付け加えたもので、美しく快活な演奏になっています。全楽章を通じて、ゆたかなヴァリアントを丁寧に織り込んだ演奏で、こんなところにこんな音が書かれていたのかという発見が多い演奏です。それが衒学的ではなく、アンサンブルのバランスの必然性にしたがって、きれいに凋琢されているのが、私がこの録音を推薦する要因です。それがひときわ効果的なのは第2楽章で、しばしば途中から退屈になるABABA的な形式のなかで、細かなアーティキュレーションのコントロールにより、驚くほどゆたかな表情づけを実現しており、悲喜の裏表になった響きの面白さを印象づけています。

第1楽章は、ときどきドヴォルザークの「新世界」を思わせる跳躍感をもったスラヴ的な演奏、第3楽章はより東方的な響きのユーモアを感じさせ、やはりローカリズムが生きている点も面白いと思います。もちろん、それらはわざとらしい媚態によるものではなく、意識外のものが音に滲み出るカタチで表れています。ただし、舞曲のイメージでは、ウィーン育ちのヴィルトナーの会得してきたものも付け加えられ、それらが渾然一体となって独特のサウンドに仕上がっているのです。トリオなどはいろいろな楽器の持ち味が引き出され、スメタナの『わが祖国』の一部分みたいなポエジーに溢れた演奏でもあり、シュトラウス・ファミリーのワルツ的な遊びごころも感じられます。

終楽章は1本1本の楽器を丁寧に扱いながら、ソナタの形式を明確に踏みつつ、コーダに向けてエネルギーを集めていくやり方で感動的なフィナーレを築いています。弦楽器出身ながら、管楽器の扱いにも長けているヴィルトナーですが、この楽章はなんといっても弦の美しく、壮麗なベースに注目してほしいところです。ウィンナー・ワルツの起源は、ベートーベンやシューベルトのドイツ舞曲にあると言われますが、この演奏を聴いていると、正にそういうことなのだということがわかります。コーダは素直で、純粋な歓喜に満ちた木管の響きと、華やかな弦の動きが結びつき、すこし複雑な言い方になりますが、「親密な雄大さ」を感じさせます。最後は楽譜に従い、殊更に盛り上げていませんが、注意ぶかく弦の動きだけを追っていくと、この演奏の特徴がよくわかるでしょう。

同じ組み合わせによる交響曲第5番の演奏や、ロザムンデの演奏も素晴らしいものだと思います。

【その他の録音】

そのほかの録音では、やはりウィンナー・ワルツを挙げないわけにはいきません。特に強烈な個性はないものの、ウィンナー・ワルツ本来の味わいをしっかりと印象づけるものでしょう。例えば、当時の名曲メドレーだった『芸術家のカドリーユ』を華やかに編み上げた演奏や(スロヴァキア・フィル)、ポーランドのカトヴィツェ・フィルを相手に演奏した愛国心に満ちた壮大な行進曲『ハプスブルク、万歳!』(2世の作品だが、ファーターの作品が織り込まれている)、シュラウスⅡのオペレッタに基づく『〈愉快な戦争〉のカドリーユ』(コシツェ・フィル)、ヴィルトナーらしい情報の多さが際立つワルツ『今日は今日』(コシツェ・フィル)など、良い録音が多いです。

ヨハン・シュトラウス作品ではもちろん、オペレッタからの演奏も優れています。

そして、とっておきはモーツァルトです、舞台モノでは歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』のたおやかな録音もありますが、ウィーン仕込みのモーツァルトは、全体的に聴きごたえがあります。特に、深い弦の抉りで聴かせるのは『エクスルターテ・ユビラーテ』です。歌い手のプリティ・コールズは東欧的な強い声の持ち主で、やや大味な面もありますが、歌いまわしは丁寧で、バックは表情ゆたかにいい演奏をしています。

スロヴァキア・フィルからの選抜メンバーによるカペラ・イストロポリターナの高度な演奏力を素直に引き出した「ハフナー」セレナードや、ウィーン・モーツァルト・アカデミーの軽い音色をベースとした協奏曲も、オススメできるものです。例えばクラリネット協奏曲では、エルンスト・オッテンザマーのややメカニカルな響きを繊細なベースで支えながら、自然な風合いを付け加えてまとめています。まったりした録音ではありますが、独特の味わいがあります。

【まとめ】

ヴィルトナーの場合は、録音が多いのでこのあたりで止めておきましょう。ハイパーな個性をもった指揮者ではなく、総じて手堅い演奏が多いわけですが、そのなかで、とても明るいパーソナリティが演奏によく表れているといえるでしょう。演奏者・・・しかも、ウィーン・フィルという自主性に満ちたオーケストラのメンバーであった経験値を生かし、自らの音楽を強力に押しつけるというよりは、オーケストラや独奏者がやりたいことを丁寧に引き出していくタイプの指揮者とみられます。

ナクソスやその姉妹レーベルで活躍した指揮者という点では、前回のフェレンチクなどよりも、文字通りの「B級」にちかい指揮者であるといえそうです。パッとしない録音も少なくはないものの、これだけ多様な相手のもっているものをしっかり引き出せる指揮者というのも、実はあまり多くないもので、ご紹介するのに相応しいと思いました。

例えば、最近、NMLにもティーレマンのバイロイトでの仕事が入ってきましたが、この人は、どこのオケを振っても、どんな歌い手と共演するにしても、同じ音しか出さないでしょう。それが「個性的」だという人もあるけれど、本当に、そうなのでしょうか。聞くところによれば、このテーレマンは歌手とのコミュニケーションをほとんどせず、ピットに立て籠もっているような指揮者であるそうです。そのことはこの『リング』の録音にもよく表れており、確かに管弦楽の響きの組織力は立派であるにしても、声とオケの響きが別々になっていて、決して面白いものではないようです。もちろん、これは録音技術のせいではない。彼の演奏は、例えばフルトヴェングラーの艶やかな音楽性が薫る活き活きした録音とは、比較にならないものです。

もちろん、ヴィルトナーがティーレマンより高い評価を受けるとは思いませんが、指揮者としてどちらが誠実かといったら、私はヴィルトナーのほうに軍配を上げます。彼は演奏者を引き立て、その味わいを出すという指揮者本来の役割に徹しているからです。

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コメント

2006年の新国立劇場「こうもり」を、彼の指揮で3回聴いています。その感想は「クラシック招き猫」にその都度書き込みました。二日目の書き込みからその一部を転記させていただきます。

『問題はオケ。つまりは指揮者ということになります。二日間を観て聴いて、ピットが舞台上の足を引っ張っているという印象を私は感じています。あらゆる意味で舞台上の音楽に付いていけていないのです。楽日(28日)も観る予定ですから、根拠のない悪口にならないように指揮とオケについてはもう一度確かめるつもりです。救いは台詞の部分が多いのでオケの出番が少ないことか。このオケがピットに入るときは賭けみたいなもので、当たり外れがきわめて大きいと思います。ピットにシャンパンのあらま欲しき哉!』

実地のご感想、ありがとうございます。私はその公演をみておりませんので何ともいえませんが、NAXOSの録音で出ている同演目の演奏(スロヴァキア・フィル)は、そんなに酷いものではありません。

日本のオケの活動を、私は最大限、尊重しているつもりですが、オペレッタやウィンナー・ワルツに関しては、日本では明らかに軽視されているきらいもあり、いままで満足な演奏に接したことがありません。そこがポイントだったのではないかと思います。

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