ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2010 公演内容を発表!
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンは第1回から熱心に追ってきたが、GWの一大イベントとして定着してきたのかなと思う。前回から世界同時不況の影響が濃厚で、日数削減ほかの衰退傾向はあるが、一方、このイベントとしては大きすぎるマーケットとなる東京への資源投下を抑え、金沢で2年間の経験のあと、今年からは関西と新潟にも進出するという新たな傾向を示している。
【失われたもの、守られたもの】
2010年のテーマ作曲家は「ショパンの宇宙」ということで、いささか傾向が変わってくるのは止むを得ないだろう。私はもっとショパン以外の同時代の作曲家を集めたイベントになると思っていたが、予想以上にショパンだけで押しているのに驚いた。周知のように、ショパンの作品はほぼ鍵盤作品に集中しており、オーケストラ曲も数えるほどしかないし、さらに室内楽の作品も決して多くないのだ。
そのため、単独で招聘しにくい優れた室内規模のオーケストラや、声楽アンサンブル、室内楽グループを呼んできたり、ここでしか見られないアーティストたちの共演があった従来のLFJの魅力からみると、やや見劣りがするのは否めない。招聘されるアーティストの数もぐっと絞られて、特にピアノ以外のアーティストが少ない。これまでのLFJと比べると、演奏機会が稀少な宗教曲などの演奏もほとんどない。
一方、初回から再三出演して、音楽祭の顔となっているアーティストたちは今年も出演する。例えば、アンヌ・ケフェレック、ジャン=クロード・ペネティエ、ブリジット・エンゲラー、トリオ・ヴァンダラー、アンドレイ・コロベイニコフ、エマニュエル・シュトロッセ、それに、ボリス・ベレゾフスキーなどである。
また、今回の音楽祭の基軸として、2年前におこなわれたショパンのピアノ曲全曲演奏会『ル・ジュルナル・ド・ショパン』の成果が置かれているのは特筆に価する。あのとき弾いたケフェレック、エル=バシャらの6人の奏者が、今回の音楽祭でもショパンのピアノ曲すべてを演奏することになっており、ひとつの目玉企画に据えられている。
【目玉アーティスト】
今回の目玉アーティストは、2人がいる。まずは世紀の奇才、イーヴォ・ポゴレリッチだ。カスプシク指揮のシンフォニア・ヴァルソヴィアとの共演で、ショパンのピアノ協奏曲第2番を演奏する機会が1コマだけある。ホールAでの公演とあって、折角のポゴレリッチのパフォーマンスが楽しみやすい環境ではないので行く気はないけれど、あのポゴレリッチが出演というだけで話題となるのは間違いないだろう。音楽後に予定されているサントリーホールでの公演は、S席で15000円もとるバカ高い公演なので、S席=4000円は安く感じるとはいえ・・・。
もうひとりの目玉アーティストは、ブルーノ・リグットである。彼は最終日に唯一無二の公演をおこなうことになっており、ショパンとシューマンの作品を演奏することになっている。リグットといえば、演奏家としても、教育者としてもこの分野の権威のひとり。ペネティエなど、常連のベテラン・メンバーとともに注目度が高い。
オケのほうでは、やはりコルボということになりそうだが、コルボ&ローザンヌ声楽ens.の目玉企画は、初日におこなわれるメンデルスゾーン『パウロ』の壮麗企画。しかし、ホールAで『パウロ』を聴くなんて冗談じみている。
【変り種】
LFJといえば、クラシックの枠外にはみ出した企画を期待する人も多いのではなかろうか。例えば、小曽根真によるジャズ風のパフォーマンスや、スティール・ドラム・オーケストラ、民俗フィドル、フラメンコなどである。
今回、その方向で注目されるのは、常連の小曽根とポーランドを代表するポップ歌手、アナ・マリア・ヨペックの共演である。ヨペックはクラシック系の音楽をアレンジしたレパートリーもあり、ポーランド版の平原綾香といったような存在である。
もうひとつは、アコーディオン三重奏による「モーション・トリオ」だろう。モーション・トリオは、ポーランドを代表するアコーディオンのパフォーマンス集団として、幅の広い活動を展開しているようだ。いろいろと工夫を凝らした公演のようで、中身が読めない。
【新しい風】
LFJの特徴として、まだ商業的なラインに乗っていない若い才能を紹介してきたこともある、前回の音楽祭からは、見た目からは想像できない音楽を奏でるスーザン・ボイル的ピアニスト、プラメナ・マンゴーヴァや、正統派のフレンチ・ピアニストであるベルトラン・シャマユ、チェンバロ弾きのモード・グラットンなどが起用されている。また、コロベイニコフ、イド・バル=シャイ、児玉姉妹など、重ねて音楽祭に出演してきた若手アーティストが引きつづき起用されている。
今回、そこに名前を連ねるメンバーのうち、特に注目されるのはルイス・フェルナンド・ペレスと、ダヴィド・カドゥシュ(デーヴィッド・カドーシュ)という、2人のピアニストだろう。
ペレスは欧州公演での前評判が高く、例えば、評論家の東条碩夫氏などが絶賛している(・・・にもかかわらず、私はその記事を読むかぎりにおいて、好きになれそうもない気がしている)。
一方、カドゥシュは早期から注目され、名教師、オディール・ポワッソンの特別な計らいで13歳にして大学生となり、パールマン、バレンボイム、ブーレーズらに評価されたという若者。こちらは、NMLでベートーベンの協奏曲第5番の録音を聴くことができ、繊細な打鍵が必要とされる場面において煌くような美しい演奏を披露している。ただし、例えば第1楽章の後半では大崩れしており、全面的には支持できないものの、一聴の価値はありそうな若者であると言っておく。同じく出演のリーズ・ドゥ・ラ・サールとともに、フランスの神童系アーティストといえるが、ラサールよりは高く評価したい。
もうひとり、私が特に注目するアーティストとして、ヴィオラのファイト・ヘルテンシュタインがいる。このヘルテンシュタインは昨年、私が入り浸った東京国際ヴィオラコンクールにおいて、16歳にして3位入賞、しかも、最終審査のパフォーマンスに対して設定された聴衆賞を獲得した才能のある若者で、我らが今井信子女史の秘蔵っ子でもある。彼はいくつかの公演に起用されているが、トリオ・ヴァンダラー、コントラバスのマーク・マーダーと共演するフンメルのピアノ五重奏曲が、なかでも聴いてみたいものに数え上げられる。
コンクール戦線からは他に、既に単独の日本公演も行われているセドリック・ティベルギアンのほか、数々の栄光を掴んできた韓国の俊才、イム・ドンヒョク。クララ・ハスキル(2009年)優勝のアダム・ラルームなどがクレジットされている。ついでにいえば、河村尚子も2007年のハスキル・コンクールの先輩である。
【スペシャル企画】
LFJではここのところ、過去のシューベルティアーデの再現や、プロデューサーのマルタンが集めたアーティストたちによるガラコンなど、他ではあり得ない特別なコンサートを組んで目玉のひとつになっている。
今回は4本柱となっている。ひとつは、「福袋コンサート」と題されたコンサートで、チケットの前売りをしない当日販売限定である点と、内容を事前に発表しないシークレット・コンサートであることが特徴となっている。ホールはスタジオ型ホールのB5と小さな会場なので、鍵盤、もしくは、その他の室内楽によるガラ・コンサートが想定されるが、内容は想像もつかない。
2本目は昨年も好評を得たというマルタンの「ハート直撃コンサート」。要するに、プロデューサーの責任編集により、空いているアーティストをかき集めてパッケージにした企画である。
3本目は「クレール・オブスキュール」=「暗がりのコンサート」と題された企画で、何人かのピアニストが暗がりで登場して演奏し、誰が弾いているのかを想像しながら聴くという内容である。LFJホームページでの記載によれば、19世紀のパリのサロンで同じようなコンサートが試みられ、ショパンやリストも出演したとある。企画の趣旨からいって誰が出てくるかはわからないが、相当にステイタスのある演奏者も含まれるであろうと予想する。
4本目は「ショパンの葬送」と題されたコンサートで、オルガンによるショパンのプレリュードの演奏のあと、管弦楽版による「葬送行進曲」と、ショパンの葬式で実際に演奏されたというモーツァルトの『レクイエム』で締め括るという再現系の企画である。
【私のオススメ】
今回、フレンズ先行予約の方式が抽選となったため、入手の難しいコンサートにもチャンスが出てきた代わりに、チケット入手の可能性は全体的には低くなったとみる。幸い今シーズンのLFJに関しては、ショパンをこよなく愛する私からみても、それほど魅力的な公演は少ない。その原因のひとつには、「ル・ジュルナル・ド・ショパン」で全曲演奏を経験済み(全てではないが)であるということがあるのかもしれない。
さて、わざわざライバルを増やす必要もないのだが、私の推薦するコンサートを以下に示してみる。
【122 ドマルケット&エンゲラー】
ブリジット・エンゲラーはLFJに来る度、私を楽しませてくれるベテランのピアニスト。この音楽祭のマザー的な彼女と、チェロのドマルケットのデュオは人気企画のひとつであるが、今回、ショパン晩年の傑作、チェロ・ソナタで共演するのは聴き逃せない。エンゲラーはレパートリーからみて、ショパンが特に得意であるとはいえないが、その手抜きのない音楽づくりから、中途半端なパフォーマンスには絶対に堕すことはない。
なお、エンゲラーに関しては、ショパンのノクターンに、リストを絡めたプログラム(136)も狙い目のひとつとなる。また、この音楽祭ではともに顔役となっているベレゾフスキーとのデュオ公演(127)も面白い企画になるだろう。
【261 イド・バル=シャイ マズルカ】
ル・ジュルナル・ド・ショパンの企画で、私が勝手にマズルカ賞を送ったのが彼である。他の方の意見などみると好悪が分かれる面もあったが、少なくともバル=シャイのマズルカは、ショパン的に個性があると言ってよいと思うのだ。そんな「マズルカ・プリンス」の素晴らしさを心ゆくまで楽しめるのが261番の公演だ。ポロネーズを1曲挟むが、それ以外は全てがマズルカによるプログラム。それでも、彼は「聴かせて」くれるだろう。
172番の企画ではそのマズルカを含め、「幻想」ポロネーズ、ノクターンなどによる構成が予定されており、自由なルバートを用いたスリリングなパフォーマンスが楽しめるはずだ。
【179 トリオ・ヴァンダラー】
トリオ・ヴァンダラーも、このLFJではお馴染みの顔触れだろう。この179番の企画では、ショパンの初期作品であるピアノ・トリオに加え、カルクブレンナーのトリオが演奏される珍しい機会となる。世紀の大ピアニストだったカルクブレンナーは、ピアノ協奏曲第1番の献呈を受けたり、プレイエール・ピアノに関わったりと、ショパンとの接点が多い。ショパンのトリオは初期作品なので、カルクブレンナーからの影響をみるには好企画だ。なお、カルクブレンナーの曲は、決して稚拙ではない。
トリオ・ヴァンダラーは、172番の企画では、ショパンとモーツァルトのカップリングでも演奏する。ショパンにとって、モーツァルトも重要な作曲家であったはずなので、こちらも興味ぶかい。また、ショパンからは離れるが、むしろこちらのほうが本領を発揮すると思われる、シューマン&メンデルスゾーンの回(258)は、正しく鉄板であろう。
【252 ケフェレック 小品集】
この音楽祭でもっとも根強い人気を獲得したアンヌ・ケフェレックについては、解説の必要はないだろう。前回の音楽祭でも、小品を知的に構成したプログラムで見事なパフォーマンスをみせたが、今回も、ショパンと、ラヴェル、ドビュッシーを組み合わせた構成で魅力的なプログラミングが出来上がっている。ラヴェル「ミロワール」からの選曲は非常に洒落ていて、期待感を高めてくれる。
エンゲラー同様、ショパンが得意というピアニズムの持ち主ではないが、どんな曲でもその原型を絶えず突き放すことなく、しかも、彼女なりの音楽に染め上げてしまうケフェレックの演奏ならば、聴きごたえがあるだろう。なお、247番の公演では協奏曲を演奏する。通常の協奏曲第1番ではなく、ブルーノ・ワルター編による弦楽合奏の伴奏によるエディションを用いるのが特徴だ。共演はオーヴェルニュ室内管だが、指揮を執るのは自らもピアノを弾く沼尻竜典であり、この共演にも若干の魅力を感じている。
なお、同曲をエンゲラーも演奏することになっており(245)、この2人の演奏の聴き比べもまた乙であろう(ただし、指揮はアリ・ヴァン・ベーク)。
【238 メンデルスゾーン 八重奏曲】
238番の企画は成功が約束されていないが、単純にみてみたい企画としてあげておく。シュポアのヴァイオリン・デュオを竹澤恭子とデボラ・ネムタヌで演奏したあと、モディリアーニSQを中心としたメンデルスゾーンのオクテットが演奏される。このオクテットはメンデルスゾーンの作品のなかでも際立って魅力的だが、優れた演奏をすることは容易でない。
今回、モディリアーニSQのほかの4人は、ベテランのドマルケットと竹澤、若手のヘルテンシュタインとネムタヌという構成で、なかなかバランスがよさそうなのがポイントになる。多分、ファーストになる竹澤の華のある音色が、この清純なアンサンブルのなかで輝きを放ってくれれば、存外な演奏になる可能性も秘めている。
【353 エル=バシャ】
ル・ジュルナル・ド・ショパンのときと同じく、音楽祭のピアノ曲全曲演奏でも扇の要となるエル=バシャだが、最終日に興味ぶかい公演を組んできた。そこでは、バッハのいわゆる「平均律」とそれに対応するようにつくられたショパンのプレリュードの組み合わせによるプログラムが披露される。しかし、それは単純に同じ調のものを並べるということではなく、エル=バシャなりのセンスを発揮してのセレクションである。これも通常のリサイタルでは難しいプログラム構成で、LFJならではの試みといえるのではなかろうか。
エル=バシャは近年、その精確な和声のコントロールに注目が集まっており、現在、世界のなかでも指折りの技術系の名手として認識されつつある。そのエル=バシャが、ショパンにとって間違いなく最高のヒーローだったバッハを、どのように表現するかも興味ぶかいところである。
【367 ペネティエ リスト小品】
エンゲラー、ケフェレックとともに、毎回のLFJでの来日が楽しみなジャン=クロード・ペネティエ。「民族のハーモニー」がテーマとなった音楽祭で、彼が弾いたフォーレのノクターンは忘れがたい思い出だ。今回も幅広く活躍するペネティエだが、最大の呼び物は最終日のリストだろう。『詩的で宗教的なしらべ』を中心としたセレクションになるが、この曲集は一昨年のチッコリーニの全曲演奏も思い出ぶかい。ロン=ティボー・コンクール(2007年)では、そのチッコリーニと正・副委員長を務めたペネティエの同曲を聴けるとすれば、私にとって特別な出来事になる。
ペネティエはアンサンブルを得意とし、清楚で美しいピアニズムと、卓抜したコミュニケーション能力をもつアーティストでありながら、揺るぎない磐石な技術の持ち主でもあり、いつも表情ゆたかな演奏を展開してくれるピアニストだ。ペネティエは日本ではまだまだ認知度が十分でないので、多くの人に聴いてもらいたい。
なお、ペネティエはショパンを含む6人の作曲家による慈善プロジェクト、『ヘクサメロン変奏曲』の6台ピアノ版による編曲を担当し、自らもそのなかに加わるという大企画(348)を主導する立場にもある。これもあわせて注目だ。
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