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2010年4月27日 (火)

ダグラス・ボストック クセナキス 管弦楽作品 「音の建築家」 東京藝大 創造の杜 4/22

東京藝術大学の「創造の杜」シリーズで、ヤニス・クセナキスの管弦楽作品が取り上げられた。鍵盤や室内楽ではまだお目にかかる機会もあるクセナキスの作品だが、オーケストラが関心を示しにくい管弦楽作品ともなれば、ほとんど耳にする機会もない。非常に貴重な機会であるため、足を運んだ。なお、今回、藝大でも教鞭をとるジョルト・ナジが指揮を担当する予定だったが、例の火山灰騒動のおかげで来日不可となり、急遽、国内にいたダグラス・ボストックに声がかかった。

ボストックは現在、スイスのアールガウ交響楽団で常任指揮者を務めている中堅の指揮者だが、HPをみてもわかるようにレパートリーが広く、膨大なディスコグラフィを誇っている。日本国内では、特に東京佼成ウインドオーケストラの首席客演指揮者として定期的に来日しているイメージがつよいが、洗足、東京藝大などの学府とも関係がふかいようだ。拠点のスイスではオペラの音楽祭をも手がける、というマルチな才能を持った指揮者である。

【シンプルで親しみやすい作品たち】

今回、聴いてみて特に思ったことは、クセナキスの作品というのはそれを成り立たしめている論理ほどは難しくなく、どちらかといえば、わかりやすい音楽像を描くということである。鍵盤や室内楽の分野でも同様の感想を抱くだろうが、特に管弦楽においては意外なほどシンプルな語法がみられ、響きも爽やかである。どちらかといえば、混沌や倒錯を抱かせやすい現代作品のなかにおいては、クセナキスの作品は表現が伸びやかで、自由なのだ。そういった意味では(作風ではなく)、一方の代表をケージ、シュトックハウゼン、ノーノなどといったところに置くとすれば、クセナキスは、ディティユーやシェルシ、フェルドマンといった作曲家の部類に入ると思われる。

この演奏会では、日本初演を含む5つの作品が演奏されたが、どの作品をとっても、聴衆の感性をカオスに導くような要素よりは、より直感的な共感へと誘い込む要素のほうが目立っている。例えば、最初の『ピソプラクタ』冒頭で、弦楽器のボディを軽く叩くことで構成される立体的な音像は多分に日本的な要素も持っており、こうした演奏会の始動にはきわめて効果的であったろうと思う。この作品は未だ初期作品に属すというべきであるが、確率理論を用いた無機的な作曲技法にもかかわらず、音楽そのものは具体的なものを想起させる。譬えていえば、海辺の岩場で波に削られただけの奇岩が、我々の目に具体的な何かに見えるというようなことに似ていて、そうした意味でのわかりやすさが、まずは印象に残った。

この傾向は、クセナキスの声望を一躍高めることとなった3曲目の『メタスタシス』において、より顕著である。

その間に挟まれた『イオルコス』は、総じて初期作品に焦点を絞ったプログラミングのなかにあって、1996年の作品と晩年のものであるせいか、そうした具体性が解けているように思われ、より直接的なサウンドの構築物としての純化がみられる。しかし、この作品においても冒頭の開放的な和音に、ギリシャの風を感じさせるアコーディオンの響きが模倣され、強烈なアクセントになっている。そのイメージがクセナキス風の分散を経て、再組織化されるというイメージから、私は作品を受け取った。

後半の『シルモス』では、室内楽的な弦楽アンサンブルという楽器構成と、それに見合ったシンプルな語法が作品のキャラクターをうまくフォローする形で輝いており、最後の『デンマーシャイン』では、リズムとフォルムの関係が興味ぶかい接合と分離のバランス(アーティキュレーション)によりデザインされているのがわかり、演奏会全体のなかでも、もっとも奥行きのある知的刺激を与える作品となっている。

このように、めいめいに次元のちがいはありながらも、クセナキスの作品は決して非人間的な、しかし、ある意味では至極人間的な突き放した論理にぶつかることなく、彼の音楽を成り立たしめる論理への理解/不理解を問わずに、聴き手を懐中に導くという際立った特徴をもっている。

【パフォーマンスへの評価】

そのような特徴を描き出した点においては評価できるし、演奏会自体は実に面白いものだったとしても、演奏自体は、十分な評価に値するとは思わない。

例えば、最初の『ピソプラクタ』の演奏は非常に艶やかで、連続的なエピソードの処理がスムーズにおこなわれているし、それはクセナキスの音楽の特徴をよく捉えていると言えるだろう。しかし、そのフォルムはあまりに整いすぎていて、作品本来のじめじめとした詩情をカヴァーできていないようである。また、『イオルコス』の全体や、『シルモス』の前半部分はアンサンブルの精確さに欠け、作品の面白さを一部損なっているようにも思われた。

そんななかで特に目立ったのは、『メタスタシス』の優れた演奏である。もちろん、アンサンブル全体のまとまりという前提的な条件が伴っていたこともあるが、ここではグリッサンドを用いた冒頭部分のサウンドにナチュラルな滑らかさがあり、非常に清潔な印象を与えるのがポイントを成していたとしておきたい。金管を用いた盛り上がりではややジャズ的な雰囲気も交えるなど、ボストックの注釈が効いているし、セリエで構成されるという中間部分についても、視覚的な面白さも手伝って、サウンド自体の不安定さにもかかわらず、ゆたかなポエジーを感じさせるものとして受け取られた。

殊に、ボストックの演奏で優れているのはその独特の間の取り方である。文章では説明しにくいのだが、例えば、お行儀悪くも身体を動かしながら聴いてみると、この作品の複雑な構図も、意外なほどシンプルなバランスの上に、自然な息づかいを伴って成り立っていることがわかるはずだ。

そのことは例えば、『シルモス』にも共通していえることであろう。この作品では楽器構成がよりシンプルであるだけに、構造がタイトに表現されなければ、作品本来の味わいが出てこないことになるはずだ。その分、前半部分のアンサンブルの消極性は惜しまれるが、中間で第1ヴァイオリンの前のほうの奏者が少しずつ、順に独奏を鳴らしていくあたりから、全体のフォルムが急に活き活きとしていくのがわかった。そして、その「フォルム」とは主に、リズムと空間の関係性で表現されているのであり、これを比喩的にみて「音の建築」として捉えるならば、それも一興であろうと思われる。

まあ、決して巧い演奏とは思わない。しかし、真面目によく考えられたパフォーマンスであることは間違いなく、藝大の先生方のつくる音楽としては、まあ、こんなものかなと思う。しかし、そのレヴェルにおいても、これほどの魅力を放つクセナキスの作品というのは、やはり、「なにかを持っている」のだという印象である。のちのノーノなどとちがい(私はノーノの音楽は好きだが)、何よりクセナキスは自由を謳歌している。

この時代の作曲家たちは折角「クラシック音楽」という巨大な遺産を抱えながら、まるで莫大な遺産がパーッと紙切れ同然になってしまったかのように、道なき道を歩むことになったのは周知のとおりだ。例えば、ノーノは「進むべき道はない・・・だが進まねばならない」といって、真っ黒なカンバスに絵を描こうとして苦しむ。そうしたなかで、クセナキスは上手にカンヴァスを白く塗りなおし、そこに自分なりの絵を描くことができた数少ない作曲家だったのではなかろうか。

そのことをつよく印象づける指揮ぶりということでは、作品をやたら難しくすることなく、きれいに整理したボストックの手腕も決して首肯できないものとはいえない。なにしろ、土曜の夜に初めて依頼を受け、翌日に応諾し、いままでろくに見たこともなかった作品を、ほんの数日にして読み込んだ結果なのである。ボストックとしても、こころ残りはあるだろうが、ある程度、やりきったという想いはあるのではなかろうか。

正直にいえば、物足りない。クセナキスの作品を、もっと聴きたいというのが正直な感想である。ステロー・タイプのなかにあるクセナキスよりも、実際の彼はずっと身近にいるようである。コンサートの舞台に向かないような代物でもなく、むしろ、現代作品では突出して自由で、爽やかな音楽を提供してくれる。我々ファンには見知らぬ大きな喜びを、後進の作曲家の卵たちには、ある種の安心感や、希望をもたらしたかもしれない。

そう! クセナキスの作品は人間的なのである!!

・・・建築における師、ル・コルビジェがそうであろうとしたように(実際に、コルビジェの建築が人間的なものになったかどうかの評価は別として)。

【プログラム】 2010年4月22日

オール・クセナキス・プログラム
1、ピソプラクタ  2、イオルコス  3、メタスタシス
4、シルモス  5、デンマーシャイン

 演奏:藝大フィルハーモニア
  (コンサートマスター:野口 千代光)

 於:東京藝術大学奏楽堂

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