2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« エリシュカ シンフォニエッタ & ドヴォルザーク 札幌交響楽団 528th定期 4/16、17 ① | トップページ | ラザール・ベルマン シューベルト ピアノ・ソナタ D960 (Dynamic) »

2010年4月19日 (月)

エリシュカ シンフォニエッタ & ドヴォルザーク 札幌交響楽団 528th定期 4/16、17 ②

【ヤナーチェク】

前回の記事も踏まえながら、より細かい演奏風景を描写しておきたいと思う。

まずは、『シンフォニエッタ』から。最初の楽章の金管のファンファーレは、2日目が圧倒的に良い。初日は素朴で、生一本な感じが面白かったが、アンサンブルとしてのまとまりに欠けていた。2日目はよりカラッとしたサウンドであるが、十分に堂々とした吹奏となり、エリシュカとしても満足感が高そうなリアクションをみせていた(指揮がスダーンならば投げキッスを貰えたかもしれない)。バンダはもちろんエキストラになるわけだが、どうやらプロの音楽家ではないようだと書くと、誰もが驚くのではなかろうか。なるほど音色の柔らかさ、深みには不足するものの、山谷もしっかりアピールし、ヤナーチェクの伝えたかったメッセージを伝えるという役割は問題なく果たしていた。立派である。ティンパニのサポートも素晴らしかった。

意外なことに、特に初日の演奏において、この第1楽章のモティーフが、それぞれの楽章でどのような意味を持つのかがわかりやすかった。エリシュカは詩情の推移を大らかに捉え、楽器たちに柔らかく歌わせることを旨とするが、主要なモティーフだけは丁寧に彫琢し、きれいにパズルのピースをつくってみせる。我々はそれを記憶の空きピースに嵌め込んでいくことで、容易に作品の構造を追っていくことができる。ヤナーチェクのこころがわかっていない演奏では5つの楽章は有機的に関係せず、バラバラに聴こえる。しかし、今回の演奏では、5つの楽章は分かちがたく絆を深めているのが確認できた。

第2楽章はヤナーチェクのロシア趣味を反映している感じがするが、ドヴォルザークのヤドカリ的手法ではないにしても、それがモラヴィアの草原といかにダイレクトに結びついているのかを物語るだろう。今回の演奏では、サウンドにかかる深い陰影が持ち味であり、ときに沈痛な叫びを上品に抱え込みながら、最初のテーマに回帰するまでの内省的なブリッジまでの部分に、表現の中心が来ている。この特徴は2日目の演奏に特に顕著であり、金管のコラールは、既述の第1楽章のモティーフを用いたピースであることが明確だ。

全体的に通用する特徴であるが、エリシュカの演奏では主要な部分に対して、そのベースに敷き詰められるサウンドの重要性が強調される。典型的には、モデラートによる第3楽章冒頭のコントラバスがある。ちなみに、この低音弦のモティーフは、第2楽章のおわりのモティーフと親密に印象づけられる。のちにより勇壮な金管のモティーフに高揚する主要なテーマは、ふくよかなカンタービレを逞しく造型する。特に、チェロ・パートで弾かれるときの濃厚な歌ごころは印象ぶかい。ホルンをフウッフウッと物凄い勢いで吹かせ、そこから粘りに粘ってクライマックスに飛び込むときの圧倒的重量感は涙ぐましい。

背景の弦や木管の動きもシャープで、特に2日目の演奏では、金管の間に木管が風がぴいぷう吹くように鳴り響くのだが、そのナチュラルな音像は寒い地域のオーケストラだけにリアリティがあった。しかも、単に描写的ではなく、内面の寒さと結びついて真に迫っているのが面白い。

第3楽章のコントラバスに匹敵するのが、終楽章のアレグレットに移る直前から燦然と輝く弦楽器のアンサンブルだろう。しかし、そこに行く前に、アンダンテ・コンモートの部分の見事な演奏についても触れておきたい。既述のように、『シンフォニエッタ』は主要な部分の下に敷き詰められるサウンドの美しさに肝があるが、このアンダンテ・コン・モートでは特定の楽器が特定の役割を演じるのではなく、その交代が非常に激しく頻繁で、これが構造的な厚みを生んでいる。その切り替えがより見事に表現されていたのは、2日目の演奏である。

①の記事で述べたように、最後のアレグレットは2日間でまるで異なったイメージで聴こえた。特に初日の演奏では、アレグレット以前から響きがすこぶる野性的で、それは上に書いたような第3楽章のイメージと符合していたように見える。いよいよアレグレットに移ってからは、ザックザック(今回のレヴューは擬音語が多い!)と響きがブツ切りにされ、それらが粒だった味わいを放つなか、対位法的な手法(しかし、甚だ粗挽きな筆致である)が援用されて、あっという間に組織化されていくのがわかったはずだ。しかも、ガッシリとした上部構造によって踏み固められていくような印象が、同時にこころに刻まれる。そこではもはや混ざりようもない純粋な要素が、超然たる力によって無理やり結びつけられるかのような風刺的な視点となり、厳しいサウンドの頂点に突きあわされる。

一方、2日目の演奏では下部構造にある弦の響きが最大限に生かされ、整然としたアーティキュレーションが強調されることで、ヤナーチェクの仕組んだ深いカンタービレがダイレクトに呼びかけてくるような、豊満な演奏になっていた。

【ドヴォルザーク:シンフォニー】

ドヴォルザークは初日のりラックスした演奏が一変し、2日目は特に第1楽章においてアンサンブルの緻密さが不足して、対位法的な構造美などが乱雑に扱われた。これは恐らく、『シンフォニエッタ』で会心の演奏をしたことによる演奏者の気の弛みとしか考えられない。初日の第1楽章は、冒頭の印象的なクラリネットのテーマに象徴されるように、温和で、明朗なテーマを楽しそうに扱う楽団とエリシュカの姿をみれば、それで十分に楽しんでいられた。特にクラリネットの演奏は2日間を通して素晴らしかったが、フルートも上手とはいえないまでも、一生懸命にカンタービレをつくろうとするこころが感じられたほか、オーボエも決して悪くはなかった。

2日目の演奏では全体のフォルムが相当に甘くなり、指揮台のうえのエリシュカが首を傾げるかのような場面(実際に、そういう意味の首の動きだったかどうかは不明)も見受けられた。

第2楽章は、1年前に聴いた『女狐』のパントマイムのところの音型に似ていると思って聴いていたが、そのせいか、意外に退屈しなかった。のちには、惜しげもなくメロディを投入して贅沢なシンフォニーをつくるドヴォルザークが一生懸命に素材をこねくりまわしているのを聴いているだけでも、私には面白くてしようがなかった。初日の演奏では、そのようなドヴォルザークの苦労を印象づけるかのような音楽の関係性が明確であったが、この美点は土曜日の演奏では失われていた。

2日目の演奏では、最初のチェロのアンサンブルから、ようやくもとの方向性に戻ってきたきた気がしており、終演後、エリシュカが長くチェロの首席と握手をしていたのは、その功績を称えたものと思われるがどうだろうか。

第3楽章は①の記事でも述べたので繰り返さない。第4楽章は、ベートーベンの「第九」風の低音弦による弾きだしからはじまる。だが、そのこころはまったくもってスラヴ的。ここでも、見事なヤドカリぶりが目を惹く。それにしても、幻想交響曲+第九とは物凄い組み合わせであるが、その素材にして、これだけ薄いシンフォニーをつくるドヴォルザークの力量も、逆に面白い。パワフルな2つのテーマのしつこいまでの転用はアイディアがないが、そのまま押し切ってしまうのも、ある意味で凄いのかもしれない。名品とされる『新世界より』にしたところで、根本的には変わらないと思う。

ホルンと弦楽器によってはじまる勇壮なメロディは、のちの『新世界より』のモティーフに酷似しており、次にやる曲(未定だろう)がもしかしてそれなんだとすると、意外によく考えられているプログラム構成なのかもしれない。全奏による第1主題の演奏は伸びやかで、弾力性がある。この楽章に対する札響の弦楽器陣の愛着は非常に深いようにみえ、両日を通して高い集中力で演奏しきっている。トゥッティの高揚するアンサンブルにおいても身体を動かしたりすることなく冷静なコントロールを試みていることは、外に発された熱いサウンドからみると意外であるが、これは響きやリズムに対する安定感をもたらしたと思われる。

ただし、その副作用として、最後のシーケンスで少しだけ跳躍する部分で、響きが弾みきれない原因となってしまう。初日では瞬間的に響きがポキリと折れるような印象を受け、2日目ではやや慎重になりすぎたものか、跳躍感そのものが物足りなかった。どちらかといえば、積極的なミスである前者の演奏姿勢が微笑ましく、ポキリとなったところで私はむしろ満面の笑顔となり、最後の弾きおわりを楽しみに待ったものだ。そして、圧倒的なテンションで迎えた最後のアンサンブルの引き締まった美質については、言葉がないほどである。

【まとめ】

ドヴォルザークの『謝肉祭』は、両日を通じて素晴らしい演奏が聴けた。初日の演奏では、丁寧に弾くコール・アングレのソロが特に印象ぶかかったが、2日目の演奏は全体的な響きの明度が上がり、初日よりもはるかに肉厚なサウンドが聴けたのではないかと思う。祝祭的な演奏会用序曲であるが、そのド派手なサウンドにドヴォルザークの厚い信仰心が乗り移っていて興味ぶかい面もある。2日目の演奏では前日、若干足を引っ張ったオーボエにも潤いのある響きが出て、隙がなかった。最初のファンファーレの優雅さだけは、初日が勝った。最後のギャロップ感は初日に欠けていたもので、土曜日の演奏では上手に補われて、いささか突き抜けた名演となった。

どこかまとまりがつかないが、このあたりで止めておこうと思う。この記事は、あとで相当に手を入れるかもしれない・・・少なくとも、そうしたいという想いだけはもっている。

私は漫画にほとんど興味がないのでわからないのだが、なんでもドヴォルザークの5番は、例の『のだめカンタービレ』(TVアニメ版?)のなかで重要なエピソードを構成する作品のひとつであるらしい。そして、これまたハード・ボイルドに興味のない私には無縁なのだが、村上春樹の小説『1Q84』ではヤナーチェクの『シンフォニエッタ』が重要なモティーフを構成しているそうで、報道されていたように、初日の16日はその第3巻の発売日に当たっていた(小樽で温泉に浸かっているときに知った)。まったくの偶然ではあろうが、のだめ+1Q84のブームを取り込んだ曲目構成になっているのは可笑しい。

次のエリシュカ登場は、11月の札響の名曲シリーズで、ドヴォルザーク『スラヴ舞曲集』の抜粋のほか、札響との出会いのプログラムであったリムスキー=コルサコフの作品から『スペイン奇想曲』、そのほかのロシア・プロとなっている。12月初旬には、東京フィルとの初顔合わせで「新世界より」が聴けることになっているのが楽しみである。

« エリシュカ シンフォニエッタ & ドヴォルザーク 札幌交響楽団 528th定期 4/16、17 ① | トップページ | ラザール・ベルマン シューベルト ピアノ・ソナタ D960 (Dynamic) »

オーケストラ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/48124169

この記事へのトラックバック一覧です: エリシュカ シンフォニエッタ & ドヴォルザーク 札幌交響楽団 528th定期 4/16、17 ②:

« エリシュカ シンフォニエッタ & ドヴォルザーク 札幌交響楽団 528th定期 4/16、17 ① | トップページ | ラザール・ベルマン シューベルト ピアノ・ソナタ D960 (Dynamic) »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント