2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« ラザール・ベルマン シューベルト ピアノ・ソナタ D960 (Dynamic) | トップページ | ダグラス・ボストック クセナキス 管弦楽作品 「音の建築家」 東京藝大 創造の杜 4/22 »

2010年4月22日 (木)

ファブリス・ボロン サン=サーンス & ブノワ (ヘンスラー)

【プロフィール】

前回は往年の名ピアニスト、ラザール・ベルマンを取り上げたが、今回はまだ評価の定まっていない若手の指揮者を取り上げる。フランスの指揮者、ファブリス・ボロンである。評価が定まっていないと言ったが、欧州では既に一定の評価を獲得し、若手の指揮者では成功を掴みかけているうちのひとりだ。また若手といったが、既に40代に突入している。

ボロンはウィーンのモーツァルテウム音楽院で学び、アーノンクールやギーレンに薫陶を受けている。どちらかといえばコンサート指揮者としてキャリアを積んできたが、現在は、フライブルク歌劇場のGMDに収まっている。かつてのキャリアでは、4年間を過ごしたフランダース交響楽団での実績がもっとも目立つ。そのほか、欧州各地で客演しているので、しばしば名前を見かける。既に来日も果たしており、広響や新日本フィル、都響で演奏を披露しており、特に広響では出演を重ねた。

【サン=サーンス】

いま、経歴を書いたのはあながち無駄ではない。NMLのリストにあるボロンの録音は、近代以降に限定されている。サン=サーンスから、ヴォルフガング・リーム、グロボカールなどにわたっている。そういう意味では、ヘンスラー・レーベルの大先輩であるギーレンの路線を受け継いでいるように思われる(いま、ドイツで活躍する指揮者は多かれ少なかれ、そういう方向にいかざるを得ないのだが)。しかし、よくよく聴いてみると、もう一方の師であるアーノンクールの影響も濃厚な、古典的な教養の深さが息づいていることも無視できない。

ここで取り上げるサン=サーンスという素材は、非常に先進的なアタマをもちながら、古典的なものへの憧憬を常に捨てなかったという意味で、ボロンのもつ特徴を発揮するのに格好の対象であることは議論を待たない。

特に素晴らしいのは、2番のほうである。まず、冒頭のベートーベン風のカッチリした構造のつくり方が象徴的であろう。独奏はこれまた売り出し中のヨハネス・モーザーで、私も生で聴いたことがあるが、歯切れのいい透き通った響きで、音楽を内側から組み立てるというタイプの演奏者である。

ボロンはそうしたモーザーの仕事を、繊細な詩情の配置と柔らかな出力、そして、ときには気品あるゴージャスな盛り上げで支えている。特に、私は後者の要素に注目していて、その鋭く、ベルベットな表現性はサン=サーンスの高雅な音楽性とダイレクトに結びついているように思われるからだ。一方、ソリストの厳しい表現とともに、アンダンテ楽章で透徹と輝く前者の特徴も、忘れてはならない。これらのバランスが徹底的に磨き込まれたフィナーレの演奏は、サーフィンの波乗りを思わせるモーザーの積極的な動きに対して、適切に「遅れている」。あとちょっとだけ積極的に追いかけたほうが、さらに素敵な演奏になるように思うが、そこまでは求めすぎかもしれない。

【ブノワ】

次に、ブノワの『フルート協奏曲』(正確には、フルートと管弦楽のための交響詩)についてみるわけだが、まず、このペーテル・ブノワという作曲家が一般にはよく知られていない。ベルギー国民楽派の始祖とされる作曲家であるとともに、1898年に彼が創設したアントワープの音楽院は、現在までつづくベルギーを代表するアカデミーであるように、教育者としても広く知られている。彼は1901年に亡くなったが、その数週間前にヴェルディが亡くなっているということで、時代背景を想像してもらえればと思う。ブノワの生涯については、指揮者の小澤和也氏のページに詳しい。

 小澤氏 HP ・・・ http://kazuyaozawa.com/

さて、この協奏曲は1866年、パリで書かれた。先の小澤氏のページによると、この作品は、ブノワの故郷、ハルレベケの古い伝説や物語に基づいているとの次第である。それらの物語については詳らかでないものの、ボロンの演奏を聴くとハッキリわかるように、非常に劇的な曲である。小澤氏によれば、この時代のブノワはオペラ作曲家として名声を確立したいという野望があったようで、その反映であることは言うまでもない。

まず、金管と低音弦による刻みから、いきなり強烈に燃え上がる立ち上がりの演奏に驚くだろう。すこしくワーグナーの『ワルキューレ』を思わせる出だしだが、よりスッキリした音像が滑らかに広がる。全体を通してタフなフルート・ソロだが、いきなり技巧的なアジリタではじまり、それを包み込むように劇的なモティーフをボロンは燃え上がらせる。フルート独奏は、ギャビー・パス=ファン・リエという人で、浅学にしてよく知らないが、かなりレヴェルの高い奏者であることは間違いない。彼を助けて、野太い詩情を引き出す第1楽章の伴奏はヴィヴィッドで、印象ぶかい。

しかし、ボロンの本領がより明瞭に発揮されたのは、第3楽章(終楽章)である。そこでは、モーツァルトをすこし酔っ払わせたような流麗なカンタービレが前面に出てくるものの、過度に劇的ではなく、フルートの名技性を柔らかく生かした音楽の爽やかさのほうが際立っている。面白いことに、徹底的に音楽をドラマティックに染め上げた場合よりも、この作品では、こうしたアプローチでより詩情が輝くように思われる(実際、ブノワの録音リストは少ないので、本当にそうであるかどうかはわからないが)。

いずれにしても、ボロンの演奏は響きの切れ味を重視しながらも、作品のもつ詩情をたおやかに切り取っていく丹念なものである。ときどき響きを硬直させ、つよい響きを燃え上がらせるときのアクションがきついが、それはボロンやオーケストラ云々というよりは、ブノワ自身の若々しい創作意欲を象徴するように思える。それにしても、フルート独奏にはかなりタフな仕事が求められるのは素人目にも明らかで、難しい作品だ。

なお、このディスクには、ブノワの師匠筋に当たるフェティスの『フルート協奏曲』も収められており、これも聴きごたえがある。ブノワよりも、ずっと清廉な音楽性を持ち味としている。

【まとめ】

録音リストをみても協奏曲が多く、有名な曲の録音もみられないので、太鼓判を押すわけにはいかないけれども、私はドンドン評価を高めていく指揮者であると思う。もちろん、未来のことは誰にもわからず言ったもの勝ちであるので、予言は好まない。ここで言いたいことは、現時点において、私はボロンの才能に期待するということにすぎない。

なお、この少ない録音リストのなかでも、シュトゥッツガルト放送響、バーデン・バーデン=フライブルクSWR放送響、ベルリン放送響と3つのオケを相手にしているボロンだが、特に、ベルリン放送響との組み合わせが好きである。このコンビで残されている、ブロッホの録音もなかなかに味がある。NMLに入っていないものでは、デ・ファリャの『三角帽子』や、ルーセルの録音がいいということなので、これもいつか聴いてみたい。

« ラザール・ベルマン シューベルト ピアノ・ソナタ D960 (Dynamic) | トップページ | ダグラス・ボストック クセナキス 管弦楽作品 「音の建築家」 東京藝大 創造の杜 4/22 »

NML 聴取ログ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/48151733

この記事へのトラックバック一覧です: ファブリス・ボロン サン=サーンス & ブノワ (ヘンスラー):

« ラザール・ベルマン シューベルト ピアノ・ソナタ D960 (Dynamic) | トップページ | ダグラス・ボストック クセナキス 管弦楽作品 「音の建築家」 東京藝大 創造の杜 4/22 »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント