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2010年6月18日 (金)

イヴァン・モラヴェッツ ショパン、ほか (VOX)

今回、NMLの膨大なリストから取り上げるのは、80歳を越えて現役をつづけるチェコのピアニスト、イヴァン・モラヴェッツである。といっても、私は浅学にして、このピアニストを従来からよく知っているわけではなかった。

モラヴェッツは1930年、プラハに生を受けた。ボヘミア出身のヴィルトォーゾ・ピアニスト=コンポーザーであるグリュンフェルトの近親に習う。グリュンフェルトは自身がウィーンで正統を担うことになる大ピアニストで、師のテオドール・クラックはリストから直接、曲を献呈されているようなピアニストでもある。また、バカラ、フィルクシュニー、ステパンなどの優れた弟子を輩出したヴィレム・クルツの高弟にして、その娘であるイローナ・シュチェパーノヴァー=クルゾヴァーにも師事している。

モラヴィアからウィーンへつづくピアニズムの正統のひとつを受け継ぐモラヴェッツは、社会主義下のチェコでは珍しく西側にも広く名前を知られたピアニストで、現在でも、欧米を中心に旺盛な演奏活動を展開している。直近の来日はどうやら、1999年のN響の演奏会ということらしいが、その頃はまだ、私はさほど熱心なクラシック・リスナーではなかった。

【モーツァルト】

さて、上記のプロフィールからわかるように、ボヘミア出身のピアニストとはいえ、モラヴェッツのもっとも得意な分野は、モーツァルト、ベートーベン、ブラームスといった独墺系の作品であり、ディスコグラフィーにも、こうした作曲家の名前が並ぶ。つづいて、ショパン。そして、ヨーゼフ・スークとか、ヤナーチェク、それにドビュッシーなどの名前が並んでいる。

このうち、独墺系の作品で、NMLのリストにあるのは、モーツァルトの後期の協奏曲4つと、規模の大きなものではシューマンとブラームスの協奏曲(後者は1番)、それにハイドンのソナタである。シューマンとブラームスの併録されたディスクは、Dorian Sono Luminusというレーベルのもので、なんでも高音質で知られたレーベルだったらしい。確かに音が美しく、モラヴェッツのクリアなタッチを象徴的に物語るが、我が家の貧弱なPCのスピーカーのせいか、かなり音が遠くて判断を難しくする。

しかし、最強奏でもまったくブレることなく、毅然としたフォルムをさりげなく際立たせることのできる手腕は、並大抵でないことは確かだ。譬えるならば、彼は誰も知らない速い走行ラインを攻めるモト・レーサーのようなもので、不思議と厚いバックをすり抜けて、鮮烈なピアノのラインが浮かび上がってくるときの戦慄は言葉にできないほどだ。

モーツァルトの録音は、ヘンスラーによるものである。収録されているのは、20/23番と、24/25番のカップリングによるもので、バックは、マリナー指揮セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ・アカデミー管(アカデミー管)のアグレッシヴなものとなっている。この両者の組み合わせによるモーツァルトは、きわめて明朗なカンタービレに包まれながらも、最大級の上品さに包まれたものである。清潔なトリルが棚引くモーツァルト、24番のフィナーレなどはなんとも優雅な演奏であるし、この作品に限らず、現代ピアノのダイナミズムをふくよかな膨らみだけに利用したナチュラルな演奏は、ひとつの粋をいくものであろう。

25番は、マリナーのある意味、濃厚なツケに対して不思議なほど軽いタッチにもかかわらず、要所で引き締まった響きをみせることで、アーティキュレーションの素晴らしさが印象づけられる。このナンバーはモーツァルトの最後期のピアノ協奏曲群のなかでは、なぜかさほど注目されない存在だが、モラヴェッツ&マリナーの気品溢れる演奏により、そのようなイメージとは無関係の堂々たる音楽世界が構築されている。全体的には温情的な和やかさがあるものの、ときどき見せる「怜悧」というにも似たクールな響きもまた、モラヴェッツの特徴のひとつして見られる。この謎めいた冷たさが、また魅力なのである。

この25番では、オーケストラとの協奏関係もいっそう有機的で、モラヴェッツが単に唯我独尊の求道者ではなく、柔らかいコミュニケーターとしての資質をもっていることを窺わせる。例えば、緩徐楽章の提示部の最後、息の長いピアノのトリルのうえで、木管楽器が響きを走らせる場面の響きの立体性に注目したい。フィナーレは対位法的な構造を生かした、シャープな音楽づくりである。そのラインを彩るようにして、オーケストラの響きがしっとりと結びついてくる。ピアノのストーリー・テリングは、母性的な親密さと気高さの総体であるように、柔らかく、高貴にして、ときには毅然とした響きとして受け取られる。

【ショパン】

ショパンは、変ロ短調のソナタ(第2番)を中心にしたVOXのオール・ショパンの録音をはじめ、ドビュッシーや、ヤナーチェクなどとの併録がいくつか聴ける。技巧的な完成度の見やすいエチュードはないものの、プレリュードのような技術/表現系から、マズルカ、ポロネーズといったいわゆる「お国訛り」もの、さらにソナタ、ファンタジー、バラードと幅が広い。これらの分野をなべて高いレヴェルに弾ききることのできるアーティストはさほどいないのだが、モラヴェッツは、その稀少なピアニストのうちのひとりに入るかもしれない。

例えば、(op.28)のプレリュードは、ヘンスラーによるモラヴェッツの小品演奏を集めたもののなかで、17番以降、24番までが抜粋で収められている。確かによい演奏だが、この前のエル=バシャのようなキレはない。これを聴くと、やはり本領はマズルカにあることがハッキリ感じられる。つまり、作品の呼吸に合わせた自然なルバートが、ゆったりと効いているからである。技巧的で派手なナンバーよりも、17番、21番、23番あたりが実にいいのだ。特に、この変ロ長調(21番)でここまで味わいふかい演奏を印象づけられるのも珍しいことだろう。23番も、毒の抜けたラヴェルの「オンディーヌ」みたいで面白い。ピアノが壊れそうなフォルムの揺動を感じる、フィナーレの演奏も独特といえる。

VOXのディスクは、端整な変ロ短調のソナタに始まる。このソナタ自体は、アシュケナージ的なカッチリした演奏である。これに比べると、(op.57)の子守唄とバラード第4番を挟んだあとのマズルカが、絶妙の呼吸で素晴らしい演奏だ。第3番(op.6-3)、第17番(op.24-4)、第20番(op.30-3)とつづくが、それぞれの作曲時期のショパンの特徴をよく捉えた知的な演奏でもある。例えば、第3番ではポーランドへの郷愁がつよく作品に表れた、民俗性の濃厚な演奏であるし、第17番はサンドと出会った時期の作品だけに、少し謎めいた雰囲気を忍ばせたカタルシスが流れる。第20番は、サンドとの交際が始まった時期であるが、実に優美で、自信に満ちた書法であることが、モラヴェッツの明確なタッチにも現れている。

このアルバムでは、ソナタのほか、バラード第4番とファンタジーがトリプル・メインを構成する。

ノアン時代の充実期に書かれたバラード第4番も、ときどき深いルバートを刻み、気紛れな心性をものの見事に描いている。パデレフスキ・スタイルにちかい枠の伸縮もみられるが、それはギリギリ、作品の呼吸に従った自然さのうちに止まり、効果的なカタチで作品に奥行きをつけている。テンポはかなり動き、劇的な演奏が試みられているのだが、その選択にはまるで恣意的なものは感じられず、この曲のフォルムにあった独特のメトロノームが、彼のなかに備わっているかのような感じさえ与える。一筆書きのようで、その内側に激しい息づかいを感じさせるコーダの演奏などは、ソナタの終楽章の感じに骨組みを与えたようなものに聴こえ、ユーモアのある解釈だった。

ファンタジーは、とてものんびりした演奏である。ここで描かれるショパンのイメージは、とても穏やかで、気の大人しい青年だ。しかし、それはロッシーニ・クレッシェンドのような息のながい昂揚を伴って、ときどきは相手役、ジョルジュ・サンドの登場を願いながら、作品に立体性を増していく。私たちになにか生きるヒントをくれそうなロ短調の瞑想的な部分は、実に詩情ゆたかな演奏で印象に残る。それを打ち破るように始まる大コーダとも言える部分は、苦悩を突き抜け歓喜に至るベートーベン的な構造だが、ショパンのそれはずっと優しく、親密なのが特徴だろう。モラヴェッツはあくまで、優しさという点において、ショパンの作品を描く。それは、最後の収め方の見事さでもわかることだろう。

そのことは、『子守唄』(op.57)には、より典型的に表れている。しかし、もちろん、しばしば登場するライト・クラシック的なショパン演奏と異なるのは、正に、そのひとつひとつのタッチに示される優雅なタッチの質と、筋の通った美しいルバートのデザイン、そして、これらに支えられた構造の清らかさによっている。

【まとめ】

モーツァルトにおいて、ショパンにおいても、その他のレパートリーにおいても、モラヴェッツの解釈は決して派手さのあるものではない。むしろ、ともすればクールな方向に流れそうな峻厳さや、清潔さというものが、何よりも先に感じられる。ところが、そのことがかえって音楽の内側に秘められた内省的な輝きを、上品にほのめかす。

モラヴェッツのピアノ演奏はいつも、何かをほのめかし、聴き手のイメージを刺激するというところに本質がある。見せびらかしや、押しつけがましい表現に陥らず、いつも我々とともにあるような音楽だ。それゆえに、正統的なピアニズムの源流にちかいところにポジショニングしながらも、かつ、既成の概念に捉われないゆたかな演奏が可能なのだ。

私は、このようなピアニストが大好きである。

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