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2010年7月10日 (土)

若いピアニストへの手紙 音楽之友社

多分、5年ぐらい前に買った本ですが、いまでも読み返すことがあり、その度に新しい感動を得られる書籍です。この本はフランスの著名なピアノ教師で、ジャック・ルヴィエやミッシェル・ベロフを教えたこともあるジャン・ファシナによるピアノ教本・・・というよりは、ちょっとしたアドヴァイスのようなものです。私はピアノを弾くわけではありませんが、この書籍は音楽を聴くうえでも大事なヒントを与えてくれますし、この種の技術教本をほかに所有していないため、相当に影響を受けているのは確かです。

しかし、私がそうした知識を鵜呑みにしない種類の人間であることは、是非ともアタマに入れて置いていただきたいと思います。例えば私は、この本に賛まで寄せているジャック・ルヴィエの演奏フォームが、この本に書かれている理想的なフォームとは異なるようだということを知っています。私のみられる映像はルヴィエが相当に年配になってからの映像であるせいかもわかりませんが、彼は随分とふかく腰掛け、椅子もさほど低いというわけではないようです。いろいろな映像や写真を使ってフォーム・チェックをしてみると、この本に書かれたフォームどおりに弾いているのは、アダム・ハラシェヴィッチやクリスティアン・ツィメルマンといった一部のピアニストに限られ、ほかではルドルフ・ケンプ、やや鍵盤に遠く前傾が入るものの、マウリツィオ・ポリーニといったところ。椅子の低さでいえば、ウィルヘルム・バックハウスなどがちかいと言えそうです。

本書でファシナは、低めの椅子に浅く座り、背筋を伸ばし手先に重みをかけず自由にして、臀部で身体を支えるというフォームを推奨しています。しかし、ピアノ教師によっては、まったく反対のことを指導している人もあり、どちらかといえばそちらのほうが主流となっているかの感もあります。また、タチアナ・ニコラーエワやダニエル・バレンボイム、それに、わが国の中村紘子も似たタイプですが、彼らは椅子をピアノに近づけ、上から吊り下げられているような形をつくって、折衷的な効果を得ようとしています。例えば中村は師匠のロジーナ・レヴィーン、さらに、その師匠のワシリー・サフォーノフを通じて、同じくレシェティツキにつながっていますので、面白いものです。ジャック・ルヴィエでさえ、すべてファシナの言うとおりでないとするならば、ピアニストの目指すピアニズムや、レパートリーとの取り組み方によっては、ファシナのいうような原理的なものから枝分かれしていく要素もあるのだと思います。

本書にも書かれているとおり、ジャン・ファシナはフランスで教育を受けたあと、ポーランドのヘンリク・シュトンプカのもとを訪れて、彼の信じるに足る技術的な基礎を手に入れました。シュトンプカはパデレフスキを通じて、リストと並ぶピアニズムの源流に位置するレシェティツキにつながっています。ハラシェヴィッチやツィメルマンが、そのストリームに近しいのは当然というわけです。しかし、勘違いしていただきたくないのは、この本がファシナの位置するピアニズムを正統化し、そうでないものを排除するために書かれているわけではないということです。だからこそ、私はこの書物に影響を受けたことを、堂々と明言できるのです。

ファシナの提示する理想と、中村紘子の実際は、その源流にレシェツィツキという共通点を持ちながら、具体的には、かなり相違点があるように思われます。しかしながら、ファシナが演奏姿勢や、筋肉の使い方、手の置き方、手首の使い方、鍵盤との接触の感覚、身体から鍵盤へのエネルギーの伝え方など、フィジカルな要素を重視しているのと同じく、浜松国際ピアノアカデミーにおける講座の内容をみればわかるように、中村もフィジカルな要素には教育的な力点を置いています。なお、ここでいうフィジカルとは、単に筋肉をつけるということではなく、演奏に必要な身体のメカニズムという風に受け取ってください。

細かい内容については、追々触れていく機会もあると思いますが、この書籍でファシナが強調しているのは、ピアニストにとって根本的に大事なものは、技術的なものよりも、その前提にある要素のなかに存在するということでした。本文の最終ページ(P106)に、太字でこのように書かれています。

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

一番必要なこと。それは、ピアノの演奏にかかわる視覚、聴覚、触覚、そして筋肉の感覚の連関を探求し、見つけ出し、記憶にとどめることだと思う。

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

この探求がしっかりおこなわれ、訓練が行き届いていれば、そして、ピアニストが謙虚に自分を磨きなおすこころがあれば、技術的なものはいくらでもついてくる、とファシナは言いたいのではないでしょうか。

題名は、「若いピアニストへの手紙」なのですが、本書は若いピアニストだけではなく、ピアノを愛するすべての人たち、自らの限界に挑むピアニストたちや、彼らを指導せんとするピアノ教師たち、それに、単なるピアノ愛好家にも推薦できる書です。実際、ネットで感想を拾ってみると、実際に鍵盤の前に座って弾いたり、指導している人たちからの共感が、多く伝えられています。私がこの本を何度も取り出して読み返してみる以上に、この本を参考に、実際に鍵盤を叩き、ああでもない、こうでもないと試してみることで、この本の価値はさらに高まることでしょう。

その点で、私はこの本の理想的なレヴュアーではないかもしれません。しかし、そんな私からみても、この本には具体的で、簡潔で、かつ、ピアニストにとって大事なメッセージが詰まっているのは確かと思えます。ページ数のわりに高い値段設定ではありますが、私が買ったときは2004年/第2刷だったのが、2007年の時点で第8刷くらいまでいっています。このような書物では、かなり売れている書籍であることを示す数字だと思います(通常、売れない書籍はいつまでも第1刷のままです)。高い値段設定でも売れているということは、それだけの実質があるということになると思います。訳者は、江原郊子と栗原詩子。このうち江原はファシナの弟子で、訳者の栗原が技術論で理解できない点について、協力を求めたようです。

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