2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

« 芥川作曲賞 20周年記念ガラ 室内楽Ⅱ 8/28 19:00〜 | トップページ | センスの悪さが爆発 ティーレマンにブーイング? @NHKTV 芸術劇場 »

2010年8月31日 (火)

ジョナサン・ハーヴェイ サントリー芸術財団 サマーフェスティバル2010 テーマ作曲家:管弦楽 8/30

ジョナサン・ハーヴェイ、やってくれました。素晴らしいコンサートです。サントリー財団のサマーフェスティバルの最終日は、テーマ作曲家が影響を受けた先達の仕事、テーマ作曲家が推薦する若手の管弦楽作品、そして、委嘱新作を含むテーマ作曲家の管弦楽作品によるコンサートです。4年前にダルバヴィでこけて以降、リセ、ジェルヴァゾーニ、陳銀淑と良い流れをつくってきたわけですが、2010年のハーヴェイの作品は、そのなかでも傑出したものとして記憶されるでしょう。

【キリスト教になく、仏教にはあるもの】

私は決してクリスチャンではないものの、キリスト教には敬意を払っています。ハーヴェイの尊敬する生粋のクリスチャン、ワーグナーは、ショーペンハウアーを通じて仏教への関心を払っていたそうですが、キリスト教に対して、仏教を含むアジアの宗教はどのような優位性があるのでしょうか。私はそのことを精確に論じられるほど、宗教論に通じているとは思いませんが、ひとつ思い当たることは、キリスト教がアタマで考え得る究極の知的精神体系であるのに対して、東洋の宗教は禅宗における「座禅」や、ヨーガに代表されるように、肉体的なものに立脚しているということです。

このことは単にメンタルな問題ではなく、人々の暮らしに、意外にダイレクトに関わってきます。例えば医薬品について、私は考えてみました。西洋医学では原因を調べることを重くみて、原因に対して効果のある化学物質を医薬品として位置づけます。ところが、東洋医学では必ずしも原因に対する作用が明確でないにもかかわらず、こういうときには、こういうものを煎じて呑むとよいというような経験的なものが重視されます。このため、しばしば漢方薬は医薬品から除外されるとの議論に曝されることとなり、例の事業仕分けでも、漢方薬が保険適用外に置かれるのではないかという議論が巻き起こったのは記憶に新しいところです。しかし、漢方薬の効き目というのは、多くの人たちが実感するところであり、現在では、医師たちも十分に認めるところとなっています。

西洋人の考え方は論理的で、合理性が高い(大いに反論もありましょうが!)のですが、一方で、その埒外にあるものの重みにはどうしても鈍感になります。また、アタマのなかのロジックを重くみるあまり、実際の現象に対する対応力がきわめて低くなるのが欠点です。ワーグナー(あるいは、そのメンタルな面での師匠であるショーペンハウアー)はキリスト教的な世界での知性の究極をある程度、収めたのではないかと思ったときに、それを乗り越えるためになにが必要なのかを考えたのでしょう。そして、彼らに欠けているものが、東洋の宗教に見られるような肉体と精神の関係にあると気づいたと思われます。

まあ、ショーペンハウアーなんて一行も読んだことがないので、エラソーなことは論じられませんけれども・・・。

【ボディ・マンダラ】

しかし、上記のようなことを踏まえて考えると、この演奏会の最初の曲が『ボディ・マンダラ』だというのも意味がありそうなことに思えますね。この作品はヴィオラ抜きのフル・オーケストラの作品ですが、チベットの仏教寺院で体験した儀式からアイディアを得たものということです。プログラム中に示された、ハーヴェイ自身の言葉が音楽のすべてを言い表していると思います。

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

詠唱をしながら身体を動かすと、身体は小やみなく振動をはじめ、さまざまな部分のチャクラが温まりはじめる。そして、身体は体内で「歌い」はじめる。いわば、音に「照らし出される」ように。

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

金管の低音や、低音弦、それに大太鼓の響きに始まるサウンドは、ここに書かれているように、しつこいほどの振動音を中心に、細かく組織されています。サウンドの特質は総体的には静謐なものであり、多くの余白を残していますが、この振動のせいで常にアタマのなかには熱がこもっています。まるでチャンヤン監督の映画『こころの湯』(公開:1999年)に出てくるような中国の伝統的な銭湯で、マッサージを受けながら音楽を聴いているような気分になるのです。

私は室内楽編のレビューにおいては、ハーヴェイの音楽の響きについて「緻密であることが大きな長所」であり、「音響的なバランス感覚にも優れ」ていると書きましたが、この言葉をさらに「上方修正」して、響きのテクスチャーに対するセンスは天才的であり、聴き手をたちどころに取り込んでしまうようなサウンドの魅力を巧まずして作り出せてしまうような、圧倒的な音楽の凝縮力はこの分野のどの作曲家にも劣らない・・・と最上級の賛辞を投げておきたいと思いました。

この作品でも、最初のトレモロ的な動きがつづくシーケンスが一旦おわったあと、響きは現代音楽に多用されるイディオムを取り込んで、分散的に響きが拡散していくのですが、これをあっという間に手もとに引き寄せて、美しいサウンドへと繋ぎ止めていくのだから堪りません。しかも、室内楽編ではさほど露骨には感じなかったのですが、この作品では東洋的なイディオムがしっかりと織り込まれており、近年のハーヴェイのメンタルな冒険の成果を、非常に穏やかなカタチではあるものの、それでもしっかりと印象づけてくれたのです。このことも、東洋人である私たちにとって、安心して聴ける要素を加えることになったでしょう。

多分、15分強ぐらいの作品であったと思いますが、ヒーリング作品としてもきわめて優秀な作用をもっているように思われ、身体のなかが、優しく火照ってくるような音楽にうっとりとさせられたものです。最後、ようやく目が覚めたように、ニョキッと響きが立ち上がっておわるのも愛嬌があります。

【聖金曜日の奇跡は起きず・・・】

2曲目はハーヴェイが影響を受けた作曲家、ワーグナーの歌劇『パルジファル』より、(カラオケ版の)「聖金曜日の奇跡」が演奏されました。しかし、これは沼尻竜典指揮の東京フィルの演奏が、きわめて良くなかったと思います。なにが悪いかといえば、柔らかすぎるのです。出だしはなかなかガッシリした音楽づくりで期待を抱いたのですが、手綱を弛めるのが早すぎます。あのフニャフニャしたサウンドの上に、長老のグルネマンツのバスが響く様子を考えてみたらギョッとします。あれはプッチーニか、沼尻の得意なベルクやシェーンベルクに相応しい音響のデザインであって、ワーグナーの場合はもっと粘りに粘って、それこそフィジックな響きをギリギリまでキープしていかないと形になりません。

そのため、ハーヴェイが期待したような、「聖金曜日の奇跡」の音楽において止め処もなく繰り返される自らへの問い・・・作曲者自身にも、演奏者にも、そして聴衆にも語りかけられ、そして、全員が鏡を見ながら自己洞察しなければならないような雰囲気に駆られる、あの音楽の緊張感というのが稀薄になってしまったように思われます。これでは、この曲をやった意味がないというものですね。

【ハーヴェイの後継に相応しいパラの作品】

気を取り直して、3曲目はハーヴェイの推薦する若手作曲家、スペイン出身のエクトル・パラによる作品『カルスト=クロマⅡ』です。プログラム中で、「一見したところ水を通しそうもない山の炭酸塩岩が、酸性水によって腐食し、溶けていってしまうように」と書いているのが印象的ですが、なにか一塊のサウンドが生成された途端に、それを打ち消す要素が必ず導入され、それらの響きが絶えず作用しあいながら、最終的に「崩落」していくまでの過程を描いているように感じられる作品でした。そのことで連想したのは、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番で、過去のモティーフを持ち上げては強引に消し去っていく、あの恐ろしい三連符のことです。

なるほどハーヴェイ自身が推薦するだけに、冒頭のサウンド的特質は最初の『ボディ・マンダラ』にも似ているように思われますし、その後のサウンドの凝縮性や、絶えず聴き手(あるいは自分自身)にコミュニケーションを迫るようなメンタルな特徴にも共通性があります。さらに、上に述べたような響きに対する繊細なセンスの天才性まで備えているパラは、なるほどハーヴェイの後継者として相応しい人物だと思われます。1976年生まれとまだ若く、28日に聴いた芥川作曲賞受賞者のほとんどは彼よりも年上(藤倉がほぼ同年代、小出は半世代ほどあとで、それ以外はすべて年上)だというのに、作品そのものをみると、それらの年上の作曲家たちの作品が、このより若い作曲家の作品と比べて、はるかに幼稚なものに思われたのです。もちろん、管弦楽作品と、独創作品ではちがうわけですが、それにしても・・・ですね。

【委嘱新作は日本人へのメッセージ】

最後は今年の委嘱作品、ハーヴェイの『80ブレス・フォー・トウキョウ』です。題名から、80名の大ウインド・シンフォニーによる曲かと勘違いしていましたが、実際はパーカッションや、ピアノ、チェレスタといった鍵盤楽器、それに、弦楽五部と、エレクトロニクスまで使ったフルオケのための作品でした。演奏はしかし、さまざまな楽器を使った「ブレス」の表現から始まります。木管楽器に息を吹き込むだけのものはともかく、弦や打楽器からも息づかいを引き出すハーヴェイの機知に、まずは瞠目させられます。結果として、サウンドは巨人がいびきをかいているようなものとなり、それ自体は、現代音楽のサウンドでは珍しくもないものです。

しかし、そのサウンド自体の凝縮がきわめて手が込んでいる上に、それが段々とカラフルになっていく過程の響きのグラデーションにもワクワクさせられます。しかも、そこらの作曲家ならば、このアイディアに満足して、それこそフェルドマン的な無限的反復に行ってしまいそうなところですが、ハーヴェイは一応のクライマックスを築くと、これをさっと引き上げ、次のエピソードに推移していきます。ただし、このアイディアはあとで再現的に回顧されますので、決して使い捨てにはなっていないわけです。

その回顧の部分まで来たときに、私は2004年のヴィンコ・グロボカールの作品『人質』を連想し、シンメトリカルに作品が閉じられるものだと考えていました。しかし、ハーヴェイの面白いのは、ここからです。私の早とちりを尻目に、ハーヴェイは再現的なエピソードをあとにして、また別の位相を切り開こうとします。そこでは、トロンボーンの印象的なソロを境に、一気にテクスチャーが膨張し、エレクトロニクスを含むサウンドの厚いクライマックスを導くのです。面白いのは、そのトロンボーン・ソロをはじめとして、この最後のシーケンスでは楽器本来の味わいが、もちろん、通常のイディオムとは異なった位相で・・・しかし、それとも隔たらない魅力的なカタチで提示されることでした。

こうして長い旅をおえた作品(=息づかい)は、深呼吸をおえたあとのように、ふうわりと着地して、聴衆の圧倒的な支持を迎えることになります。プログラム中で、ハーヴェイはこの作品が「禅の呼吸法を実践するところから、またゆっくりした音楽を聴き、その音楽が身体と精神に及ぼすパワーを享受することから生まれた作品」としているのですが、正に、その言葉がはっきりと実感できるサウンドの息づかい、ゆたかなこころに満ちた作品であり、そして、多分に日本的な美質(例えば『行間』に対する美意識や、『静寂』『静謐』に対する志向性など)をしっかりと盛り込み、提示してくれた点で、我々日本人のこころに対する力づよい共鳴や、あるいは、エールに似たものを書いてくれたことは明白ではないでしょうか。そのことについて、私はハーヴェイの想いををしっかりと受け止めたいと思いますし、また、そのような美に連なる高度なセンスを守り抜いていくことこそが、我々日本人に課せられた義務であり、責任なのだと思い当たることになります。

【まとめ】

一時期、日本でも流行った「肉体と精神」の関係を再度、真剣に突き詰めているハーヴェイ自身の足が、大変に悪いようだというのは気の毒なことですし、まったく皮肉なことでもありますが、それこそが、氏の作品に込められたようなメッセージを一刻も早く受け取って、受け継いでいかなければならないのだという神さまの啓示であるのかもわからず、2010年、ハーヴェイが日本に招かれたのもまた、偶然ではないのかもしれません。・・・なんて、そんなことも書いてみたくなるほど、私はハーヴェイの音楽をここで聴くことができたことを、本当にありがたいことと思いました。本当は、私みたいなものがそんなことを感じても意味がないので、是非、作曲家のみなさん、演奏家のみなさん、感じ取っていただきたい。お願いします!

【プログラム】 2010年8月30日

1、ハーヴェイ ボディ・マンダラ for orchestra
2、ワーグナー 聖金曜日の奇跡(管弦楽曲版)
          ~舞台神聖祝典劇『パルジファル』
3、エクトル・パラ カルスト=クロマⅡ for grand orchestra
4、ハーヴェイ 80ブレス・フォー・トウキョウ for orchestra

 管弦楽:東京フィル(cond:沼尻 竜典)

 於:サントリーホール

« 芥川作曲賞 20周年記念ガラ 室内楽Ⅱ 8/28 19:00〜 | トップページ | センスの悪さが爆発 ティーレマンにブーイング? @NHKTV 芸術劇場 »

オーケストラ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/49301211

この記事へのトラックバック一覧です: ジョナサン・ハーヴェイ サントリー芸術財団 サマーフェスティバル2010 テーマ作曲家:管弦楽 8/30:

« 芥川作曲賞 20周年記念ガラ 室内楽Ⅱ 8/28 19:00〜 | トップページ | センスの悪さが爆発 ティーレマンにブーイング? @NHKTV 芸術劇場 »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント