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2010年8月11日 (水)

ベルティーニ マーラー 交響曲第10番:アダージョ ・・・往生際の悪さもときには美と連なる

【ガリー・ベルティーニ】

私の尊敬する指揮者のひとりとして、亡くなったガリー・ベルティーニ氏がいる。私が解説するまでもなく、都響の常任指揮者を務め、何度も来日している人気者のひとりだから、いまさらというところであろう。しかし、一応、書いておくならば氏はモルドヴァ生まれではあるが、のちにパレスティナ地方に移ったユダヤ人の家系を引く。師事した顔ぶれは、ナディア・ブーランジェ、オリヴィエ・メシアン、アルチュール・オネゲルと世紀を代表する錚々たるところである。祖国のイスラエル・フィルを振り出しに、デトロイト響、ケルン放送響でポストを得て、特に後者での実績はベルティーニの名声を確かなものにしている。

また、ベルティーニはコンサートとオペラを車の両輪として活躍する伝統的なカペル型の経歴の持ち主でもあり、オペラ劇場でも着実にキャリアを積み上げていく。2005年にベルティーニが亡くなったとき、彼のおもな仕事場はナポリのサン・カルロ劇場であり、彼はそこで音楽監督を務めていた。このポストは氏の歿後、英国のジェフリー・テイトに受け継がれ、劇場のレヴェルは引きつづき高く維持されたと聞いている。

【武士道に基づく三島由紀夫の愚挙】

さて、ベルティーニ氏がその言葉に値するのかどうかはわからないが、今回は、「往生際の悪い」音楽について触れたいのであった。生きることは死ぬことであるという『葉隠』的な精神からいえば、「往生際が悪い」などということは醜悪のうえにも醜悪な、許しがたいことであるにちがいない。しかし、私はしばしば賛美される「武士」の価値観には疑問を抱いており、その点では、相変わらず左翼的なアタマの持ち主である。一所懸命、命がけ、死に様に見出される美、潔さ・・・ドラマティックな言葉が並ぶ武士の価値観は、なるほど、今日の社会において忘れられつつあるものを呼び起こす作用があろう。

しかし、私はそこに含まれるある種の独善的な価値体系について、どうしても身構えてしまうのである。武士の美しさは個的な観点でいえば、ある種の美しさ、劇性を伴っていることは間違いない。しかし、それを社会規範全体のなかに織り込んだときには、殺伐としたものしか感じないのである。生きることが死ぬことであるというテーゼから見ても明らかなように、武士的な価値観はいつも、なにかを犠牲にする。戦国時代のあり方を見れば一目瞭然だが、武士の面目のために多数の農民兵が殺される。武士の死に様は大事にしても、農民の死に様を顧慮することはないのだ。潔く死ぬためには、例えば彼の家族の嘆きも顧慮されないだろう。また面目と面目のぶつかり合いは、激しい戦争という場で清算されるほかない。

三島由紀夫の滑稽な最期を、思い出してみればよい。『葉隠』的な精神に純情な、昭和でいちばんとも言える大きな知性が、これほど惨めな最期を遂げなければならなかったのは、『葉隠』的な武士道の決定的な敗北として嘲笑せざるを得ない。自分は正しく、その行為は美しいと信じておこなった三島の行動は、捕鯨船に激突するエコ・テロリストの行為とさほど変わらない愚挙のようにしか見えない。例えば、自衛隊の若者たちに壮挙を促すにしても、そのための手段が自衛隊駐屯地への突入と、ハラキリだというのでは、一体、彼のやったことが冗談なのか、本気なのかわかったものではないだろう。かくして事件としては有名になったものの、三島の訴えは狂人扱いされて今日に至っている。

よっぽど、三島の最期は徹底して潔いとは言いきれず、多分に「往生際の悪い」スタイルに属するために、あのような道化芝居になってしまったのかもしれない。三島の時代において既にまったく跡形もない、ハラキリを含む武士道をそのまま体現しようとすることは、それ自体がやはり、「往生際が悪い」ことになるのではなかろうか。そういう意味でいえば、三島由紀夫の死に様と、マーラーの作品にも共通点が見出せるような気がするのである。

【やがて、私の時代が来る】

マーラーの吐いたという有名な台詞に、「やがて、私の時代が来る」というものがある。指揮者としては生前から大人気だったマーラーであるが、彼自身が書いた交響曲は「先進的すぎて」理解されず、なかなか高い評価を得られなかったことから、マーラーは上のように嘯いたのだという。現在でも、マーラーに対する評価は両極端であり、例えばスクロヴァチェフスキのように、同時代の大シンフォニストではもっぱらブルックナーを尊崇し、マーラーにはまったく見向きもしないという指揮者は、決して少なくないようである。それは別に、マーラーがユダヤ人だったせいではなくて、どうやら作曲に対する哲学的なものが、マーラーの場合、かなり歪んだものだと思われているからであるらしい。

実際、「やがて、私の時代が来る」などというような台詞は、自らの作品を時代とコミュニケートさせたいとマジメに思っている作曲家には、到底、吐けない言葉なのであって、ライバル視されるブルックナーなどはそれでなくても完成度の高い作品なのに、周りからああのこうのと言われると、コツコツと直していき、どれがクリティカルなのかわからないぐらいに版を重ねていった。マーラーのほうも現場で直すことはしばしばだったようだが、それはどちらかというと、もともと作曲の完成度が低かったせいであるように思えてならない。音楽ジャーナリストの渡辺和氏は、作曲を趣味でやっていたマーラーといったようなことをどこぞの文章で書いていたが、その言葉はなかなか鋭いように思われる。趣味ならば、いま、「時代が来る」ことにこだわる必要もない。

【マーラーは新しくない】

とはいっても、いまにこだわらない分だけ、マーラーは「新しいもの」を書けたということもいえるのかもしれない。それゆえ、同時代人に理解もされなかった・・・という考え方はどうだろうか。だが私は、これもあやしいものであると思わざるを得ない。一体に、マーラーの作品は先進的だったのであろうか。マーラーは時代を先回りして、舌鋒鋭い作品を書いたのであろうか。私は、まったくそのようには思わない。どちらかといえば、私にとってのマーラーは甚だ時代遅れな存在であって、確かにブルックナーと比べると破天荒な作風ではあるが、ワーグナーと比べたときには大して進歩もなく、師匠筋のツェムリンスキーと比べたときでさえ、取り立てて新しい要素があるようには思えないのだ。

例えば後期の作品で多調や無調に引き寄せられていくことは、多分にワーグナーからの影響によるものであり、必ずしもマーラーの独創ではない。「トリスタン」からの引用は第9番のアダージョ楽章においてよく指摘されるが、ここに聴く交響曲第10番のアダージョも、ほとんど「トリスタン」変奏曲であると言っていいほど、ワーグナーの作品に近しいものである。マーラーは有名なワグネリアンのひとりであり、その書誌的事実を知らなくとも、作品を聴けば、その影響はあからさまにわかるであろう。ワーグナーの音楽をさらにブランデーに浸したような音楽が、マーラーである。

【マーラーは往生際が悪い】

マーラーは、少しも新しくはない。だが、その事実に落胆する必要はないのだ。むしろ、そのような特徴を特徴として、彼の音楽を愛好すべきだという話なのである。マーラーは、「往生際の悪い」作曲家だった。そのスタートからして、彼の交響曲第1番はブラームスに「殺された」親友、ハンス・ロットの遺作を偲んでのものだったことが、近年、明らかにされた。日本ではこれを重くみたのか、沼尻竜典指揮日本フィルが日本初演したほか、複数の楽団で立てつづけに演奏されたのは記憶に新しい。

そのほか、マーラーは自作の歌曲の素材を交響曲に引用したり、使いまわしが多いことでも知られている。

自作の引用といえば、ほかにリヒャルト・シュトラウスも有名だが、このシュトラウスも「往生際の悪い」作曲家の代表格である。例えば、歌劇『ばらの騎士』という作品は、中年の高貴な男女が若い人たちの恋を実らせるために、潔く身を引くという物語ではない。そうではなく、仕方なく身は引くけれど、「ああ、惜しいことをした!」と嘆く作品なのである。このちがいは大きい。彼の交響詩『ドン・キホーテ』の主人公は、いつも往生際悪く過去を振り返っているオトコである。最後、キホーテが眠りにつくシーンでは、彼の未練がたらたらと充満しており、醜悪さばかりが際立っているのだが、それにも関わらず、私たちはあの場面に涙せずにはいない。なぜなのであろうか?

それは我々が結局のところ、キホーテのような存在だからである。我々は少しでも良い人生を生きようとして頑張るが、その多くは報われないでおわる。上から目線でキホーテのことを笑う私たちだが、翻ってみれば、私たちの人生はキホーテの失敗と、どれほどちがうのであろうか。シュトラウスの作品では否応なく、そのことに気づかされる。マルシャリンやオックスも、私たちと無関係な他者ではない。彼らは自分なりに、マジメに生きている。しかし、多くの人たちが体験するように、彼らにとっては目覚めるのが遅すぎたのだ。オクタヴィアンやゾフィーをものにするためには、彼らは年をとりすぎていた。それゆえマルシャリンのオンナとしての格好よさも、オックスの純情も役には立たない。彼らが「私たちは遅すぎた」といって嘆くところに、観客も共感するのだろう。格好をつけてはいけない。私たちは、潔さなんてもっていないのだから!

マーラーも、そうして過ぎ去ったときを、いつも懐かしんでいた。やがて彼の時代はきたが、それは先回りしていたマーラーに時代が追いついたのではなく、山歩きに疲れて先に家に戻っていたマーラーに遅れて、なおも頑張りつづけていた時代が疲れ果てて家に戻ったとき、暖炉に当たっている彼に再会したというだけのことにすぎない。皮肉にも、マーラーは時代の痩せ我慢を見抜いていたともいえる。やがて、彼らも引き返してくる・・・と言っていたのだとすれば。勘違いしてほしくないのだが、私はここで徹頭徹尾、マーラーを批判しているわけではない。私はむしろ、そういうマーラーが好きだと言っているのであり、痩せ我慢して格好をつけた彼ではなく、素のままの彼の面白さに気づいてほしいということを言いたいだけなのであった。

【敗者、落伍者への感応】

ここに聴く交響曲第10番の、第1楽章冒頭におけるヴィオラによる平面的な序奏は、いかにもメソメソとした印象を与える。私たちはこの部分を聴いて、多分、意気揚々と頂上をめざす登山家の姿を思い浮かべることはできず、ガックリとうなだれて、トボトボと下山してくる登頂断念者の姿ばかりをイメージするであろう。それこそが、マーラーの音楽なのだ。敗者をカメラで追いまわすような残酷な表現だが、しかし、自らの命を守るために、悔しくも下山を決意した勇者の想いもまた、フィルムにはしっかり刻み込まれているようだ。

負けたものを描くことには勇気がいる。例えば、リヒャルト・シュトラウスは『アルペン・シンフォニー』のなかで、登頂の悦楽をうたったあとで、嵐に追い立てられて山小屋に逃げ込む登山者たちの敗北を、いささかコミカルにではあるが描いている。しかし、この系譜の起源はやはり、ワーグナーに求められるのだろう。ワーグナーのオペラでは、勇者、ジークフリートといえども死を免れず、神々の国は黄昏を迎える。ローエングリンは、エルザが禁問を破ることによって完全な勝利を逸し、トリスタンはひとつの愛がもとで英雄としての生涯を終えて、同時に慈悲ぶかいマルケ王の威信も崩れ去る。しかし、それらの黄昏を往生際悪く、延々と描くのがワーグナーの真骨頂であるように思われる。ハンス・ザックスはヴァルターに勝負を託して見事に勝利するが、実際のところ、もはや、老職人が守ってきたようなドイツの伝統は喪われているのだ。

ワグネリアンは自分たちこそ、音楽的にも、哲学的にも最高のものを享受し、褒め称えているのだと思っているのだろうが、彼らが信奉しているものの正体とは、正に、そのような「往生際の悪い」ものであることを、彼らは気づいているのであろうか。私はワーグナーも好きな作曲家のひとりだが、それはワーグナーの男根的な逞しさに惹かれるのではなく、このような女々しさにこそ、つよく感応するからである。

ヴァルターは許婚の父親からマイスターの称号を譲ろうと言われたとき、それを断ろうとしてザックスに窘められる(最後の場面)。しかし、ザックスの感動的な演説は、もはや「往生際の悪い」ものである。しかし、自分が大切に守ってきたものを、そんなに簡単に見捨てることが正しいことであるわけがない。潔さといっても、良いことばかりではない。たとえ格好が悪かろうが、自分が拠りどころとしてきたものへの強いこだわりを守り通すこと・・・これが、人を感動させるのであり、武士道的に志が立たないときに、すぐさま腹を切るような潔さは、芸術とは相容れない。1回1回に命をかけるような気合いもときには必要とはいえ、何百年と受け継がれてきたクラシックの歴史のなかでは、ワタクシひとりの格好よさなど取るに足りないものだ。

【往生際悪く粘る執念】

ここで、マーラーがユダヤ人だった(カトリックに改宗した)ことを強調すべきでもなかろうが、しかし、まったく無視すべきとも思わない。彼らは数千年の歴史を流浪の生活に捧げながら、自らのアイデンティティを捨て去ることはなく、「約束の地」への帰還を虎視眈々と狙ってきた。その執念はマーラーにおいては、ユダヤ人を思想的に攻撃したともされるワーグナー的な「往生際の悪さ」と力づよく合体し、ついに狂気じみたレヴェルにまで高められた。マーラーの交響曲第9番や、第10番は、そのドン詰まりでマーラーがしょんぼりしている姿を映している。交響曲第9番では、客船の甲板からいまにも飛び降りそうな妖気を感じさせ、第10番では、そんな気力さえも失ったかつての勇者の姿をイメージさせる。

【演奏者について】

ベルティーニは、そんなマーラーのこころが手に取るようにわかっていた。同じユダヤ人であったことも関係がないわけではないが、それ以上に、ベルティーニがとても繊細なコミュニケーション能力の持ち主であったことが、より大きいのではないかと思う。いまでも語りぐさになる都響での最後の定期、「運命」「告別」「未完成」を取り上げた演奏会では、ベルティーニの想いを汲んだ多くの聴衆が涙したほどだ。退任の経緯は定かではないが、一説には、当時の都響の財政逼迫により、ベルティーニへの高額なギャラが払えなくなったせいだと言われている。その無念をあんなにエレガントに叩きつけることのできるベルティーニは、単に音楽性が優れている以上に、やはり素敵な人物だったにちがいない。

このトピックスではNML(ナクソス・ミュージック・ライブラリー)で聴けるものを取り上げているので、名盤と言われるケルン放送響の録音ではなく、ユンゲ・ドイチュ・フィルのものを挙げるが、都響のツィクルスでは日本人に特有の繊細さや、和のテイストを付け加えた演奏で唯一無二の味わいを出していたように、このユース・オーケストラとの演奏でも、相手の純粋な音楽性を丁寧に引き出して、若干、下手クソな部分はあるにしても、マーラーの「往生際の悪さ」をきちんと感じさせる演奏になっている。

先日、カンブルランがマーラーの同曲を指揮したときには、ユンゲ・ドイチュ・フィルよりもはるかに優れた性能のオケを手にしていたにもかかわらず、このような「往生際の悪い」、引きずるような粘っこさがまるでなく、スカスカで、この指揮者はマーラー演奏には向いていないのだと確信した。それゆえ、私は大好きな『大地の歌』をスルーすることになったのだ。どちらかといえば、新しい知性に惹かれる傾向のあるカンブルランには、このような湿っぽい価値観はわからない。ベルティーニの演奏は、このたった数十分の世界に全神経を傾けて、目一杯に、往生際悪くもがいている。あのとき・・・都響最後の演奏会のときのように!

【まとめ】

往生際の悪さとは、喪われたものへの掛け替えのない愛情によってもたらされる醜悪さである。しかし、その醜悪さのなかには、実は、いろいろな美点が含まれていることも忘れてはならない。これはときに、美に連なるものとしても位置づけられるのである。私は、「往生際の悪い」作曲家が大好きだ。なぜならば、彼らには、自分の名声よりも大事にしたい何かが、確かにあったのだから。そのことをを嘲笑するのは、傲慢以外のなにものでもない。

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コメント

アリス様
卓見の数々をいつも拝見しております。
わたくしの父は1960年(昭和35年)の暮
に行われたイスラエル・フィルの初来日
コンサートのパンフのようなものを所有しておりましたが、
そこにメーンのジュリーニと並んでアシスタント
のベルティーニのお名前があります。
指揮をしたのは地方都市が多かったようですが、
そのパンフによりますと
東京体育館でも指揮をしたことになっています。

ケルン放送交響楽団と東京都交響楽団での
マーラーを忘れることはないでしょう。
ナポリのサンカルロ劇場ではモーツァルトのレクイエムも指揮していますね。ベルティーニは2005年の春に第二の故郷である
イスラエルのテルアビブで、がんのために亡くなりました。アリス様、生意気ですが、1995年をお直しくださいますよう。

失礼します。

「『葉隠』的な精神に純情な、昭和でいちばんとも言える大きな知性が、これほど惨めな最期を遂げなければならなかったのは、『葉隠』的な武士道の決定的な敗北として嘲笑せざるを得ない」

という導入部分と

「なぜならば、彼らには、自分の名声よりも大事にしたい何かが、確かにあったのだから。そのことをを嘲笑するのは、傲慢以外のなにものでもない。」

という結論部分との間に、一見して論旨の破綻があるよいに見受けられますが、三島の死についての貴兄の評価も最終的に180度反転しているという理解でよろしいのでしょうか?

「葉隠れ」的な死生観とは、常に自らの死を覚悟して生きるという行動生活の規範ですが、実は戦国時代には未だ「葉隠れ」的な意味での武士道なるものは存在しません。卑怯未練とさえいえる生き残るための術こそが正しいとされていましたし、主君を何度も変えることも称揚されていました。農民と武士の区別も明確にはなく、勝ち目がないとか大将が不人気とかであれば兵力がさっぱり集まらないこともしばしばでした。戦の途中で兵がどんどん故郷へ帰ってしまうこともしばしば。つまりは半ば自主参加であったわけです。もちろん目当ては報償と強奪と出世にありました。身分が流動的な時代ならではの価値観です。大名の家臣は同時にのちの庄屋、名主に相当する存在でもあったわけで、ここもまだ区分されていません。その後、刀狩によって画然と武士と農民に分けられました。「葉隠れ」的な武士道は江戸時代、実戦が遠い過去のものとなった時期に、平時における武士の心構えとして生み出されたものです。

マーラーの先進性はカラヤンの言葉に尽きているように思います。曰く「マーラーの作品は、聖なるものと俗なるものが余りに近く隣り合っている。それを表現するパレットが自分にはない」と。チェリビダッケがマーラーを理解できなかったのもおそらく同じ理由だと思われます。すなわちマーラーのアイヴス的な側面です。

バルタザールさん、ご指摘ありがとうございます。

端的にお答えすると、反転はしていないと思っています。三島の死は、あくまで「潔さ」の側からおこなわれたものとみており、一種の絶望、諦め、ニヒリズムの表れとして考えられます。彼は自分のこだわったものに殉じるという形をとりながら、実質的には、それを投げ出したにすぎないと私はみています。

よって、三島の自決は相変わらず嘲笑さるべきものであり、いのちの無駄遣いとみるのに躊躇いがありません。もっとネチネチと、往生際わるく長生きしてほしかったと思います。

また、マーラーについて、仰るような精神的な新しさについて顧慮しなかったのは迂闊でした。カラヤンがどのような文脈で、このような発言をしたのかは存じませんが、お書きになった程度のことでみる限り、既にルネサンス・バロック時代のジェズアルドや、ベルリオーズなどの先達があるようにも思えます。

ご意見を完全に否定するわけではありませんが、私の現時点での感想では、お書きになっているようなことは音楽、および、それを支える要素の本質的な新しさというよりは、単なるマーラーの精神的な個性としてみるほうが適当と考えます。

また、私の感覚では、マーラーは聖俗が隣り合っているというよりも、聖が俗に抱きこまれている印象をもちます。多くのブルックナー指揮者がマーラーを忌避するのは、そのような理由によるのだと思っています。

「ベルティーニ良かったです」さん、ご指摘ありがとうございます。年代は、訂正しました。

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