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2010年10月16日 (土)

ラファウ・ブレハッチ オール・ショパン・プログラム @リリア川口 10/15

【前置き】

ここのところ、ピアノの演奏会ばかりがつづいています。私は、特に他のジャンルに比べ、ピアノ好きということはないのですが、弦や管、室内楽で好みにあった演奏会があまりないことと、この秋は自分の趣向にあったプログラミングをみせる注目のピアニストが多いため、そんな結果になっているようです。もともとが聴きすぎなんですが・・・。今後は、バドゥラ=スコダや、アファナシエフ。それに、先日、このページで紹介したエフゲニー・スドビン。そして、オピッツ、小川典子、瀬尾久仁&加藤真一郎デュオなどの演奏会が候補に挙がっています。

さて、ブレハッチが一躍、名前を轟かせたのは5年前のショパン・コンクールで優勝したときのことです。現在、その次の大会が行われており、2次予選までで日本勢は全滅しているという残念なお知らせもあります。私は元来があまのじゃくですので、経験豊富なイム・ドンミン/ドンヒョク兄弟を3位以下に従え、圧倒的な優勝を飾ったツィメルマン以来のポーランド人ピアニスト・・・しかも、貧困な家庭から這い上がり、まったくエリート・コースを歩んでいないというオマケまでついたピアニストのことを、今日まで5年間も置いておいたのには、若干のこだわりがあります。

しかし、実をいうと、投稿動画のサイトなどを拝見する限りでは、かなり筋のいいショパン弾きであることは間違いなさそうだという印象も抱いてはいました。実際、この日の演奏会の最初で、名刺代わりのバラード第1番を聴いた時点で、ブレハッチが優れたショパン弾きであることは既に明白でしたが、その印象は曲を追うごとに深まっていきます。

コンペティション優勝から5年が経ったとはいえ、まだ20代中盤のピアニストにすぎないブレハッチですが、前日、あれだけのパフォーマンスを披露したペーター・レーゼルと比べても、少なくとも霞まないピアニストであったことは驚くべきことです。しかも、オール・ショパンというのは、意外に難しいと思います。今回、純粋な演奏時間は正味1時間ぐらいですが、それぐらいの時間が限界ではないでしょうか。

ソナタや、協奏曲の独奏版などを組めば話も別になるのですが、数分から10分弱くらいの小品ばかりを並べて、ショパンの曲目だけで貫きながら、聴き手を喜ばせつづけるのはかなり難しいことです。その困難を刺し貫き、もっと聴いていたいと思わせるパフォーマンスまで披露したブレハッチは、やはり、ショパン・コンクール優勝者としての貫禄を示しました。

【変わったフォーム】

まず、ブレハッチのフォームについて述べますが、これはすこしばかり変わっています。彼は基本的な座位でとても良い姿勢をとりますが、不思議なことに、椅子をかなりピアノに近づけています。そのため、過剰な力をかけすぎないように、ときどき身体全体を後傾して力を逃がしています。また、ごく稀に身体を前傾して、体重を加えて打鍵に重みを持たせる動作もありますが、この動作はあまり好んでいないように思われました。また、後傾してバランスが崩れると、片足をテコにして体幹をもとに戻すという動きも散発していました。

このような身体の動きはありますが、それは例えば、同世代の山本貴志のように大げさではなく、ギリギリ自然の範疇に収まっています。そんなことをするぐらいなら、はじめから椅子を遠ざければいいように思えますが、響きとしては、とてもショパンらしい柔和な音が得られていますので、敢えて問題にはしません。

【ブレハッチの印象の概観】

とにかく、コンペティションのときから評判であったように、響きがヘルシーであり、必要なときに必要なだけ鳴らすという基本線をいつも外れることがないというのは事実でした。最近、リリコ・レッジェーロだとか、スピント系だとか、声楽に譬えてピアニストの響きについて論じることがマイ・ブームなのですが、ブレハッチの場合は、そうした声分けに必ずしも馴染まず、いまのところ、ショパンの声としか言いようのない独特の響きの質をもっています。

テンポ・ルバートは意外に強調していないのですが、とても上品に、効果的な動かし方をしています。

【フレージングの天才的な輝き】

また、ショパンの作品のフレージングは難しく、歴史的な巨匠の録音であっても、「おや?」と思う瞬間も多いのですが、ブレハッチはこのフレージングのうえで天才的な才能を示しています。アンコールで弾いた遺作のノクターン『レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ』では若干、恣意的な面も窺えましたが、例えば、この日の白眉であったスケルッツォ第1番などは素晴らしかったといえます。

この作品は、カーレースの鈴鹿サーキットのような一筆書きの難コース(難曲)で、冒頭の和音を打ったあと、ぷくぷくと伸縮するような響きに始まって、一挙に技巧的で、情熱的なパッセージに移行する展開以降、一瞬でも気を抜こうものなら、フォルムがメチャクチャになってしまうという代物です。この作品の表現にとってもっとも重要なことは、この一筆書きをいかなる呼吸で描ききるかということです。その観点を具体的に言葉で表現するのは難しいですが、とにかく「切れない」「自然」「活きている」という表現が相応しいでしょう。この3つのキーワードを完全にクリアする演奏は、実のところ、なかなか聴けないものです。

主部だけではなく、トリオの響きの清冽さにも注目しておきましょう。なよなよした甘さではなく、ブレハッチは、このトリオに含まれるきびきびとしたサウンドの流れを、主部の鋭いサウンドと分離していません。テンポや響きの質はもちろん変わるのですが、その根もとにあるものが揺らいでいないと言うべきでしょうか。そのためトリオの最後にみられれる引っ掛かりのサウンドが有機的に自立し、主部の再現に圧倒的な緊張感をもたらしているようです。

もうひとつ挙げるとすれば、バラード第2番です。この作品も起伏が激しく、なかなか全体のバランスをとるのは困難な1曲でしょう。あちらを立てれば、こちらが立たずという感じで、私は別にピアノが弾けるわけではないですが、4つのバラード作品のなかでも、これが最難関ではないかと感じています。

まず、重要なのは、アンダンティーノの表現がきびきびとして、隙がないことでしょう。次に、中心となるプレスト部分で響きが大げさにならず、ダイナミックな表現のなかにも、適度な落ち着きを兼ね備えていること。スケルッツォと同じで、これらの緩急の部分はもちろん、基本的な性格は異なっているものの、その根もとにおいて同じ表情をもっているということが大事ではないかと思います。ブレハッチの演奏では、堅固な形式を踏みながらも、アジタートに至って昂揚するなか、それに反比例して凝縮していくイメージの集中が実に見事に表現されており、これもまた、ひとつ良い勉強をさせてもらったというところでしょうか。

【各曲の感想】

演奏会は、バラード第1番に始まります。名刺代わりの同曲の演奏は、パウゼを丁寧に扱いながら、どこまでも柔らかい演奏。叩きすぎず、ゆったりしたフォルムをきりっと引き締めていく演奏スタイルは、私の好みにも合致していました。特に印象深かったのは1つ1つの打鍵が丁寧で、1音たりとも無駄にしないというような、静かなる情熱です。しかし、これは下手をすれば、響きの軽重がごっちゃになったり、楽曲の流れを損なうような弊を招くことにもなりかねません。ブレハッチはその点で不安のないメカニカルの持ち主でもあり、上記のように、フレージングに対する繊細な感覚があります。

つづく(op.34)のワルツは、ブレハッチにしては、やや完成度が低い感じもします。フレージング等にまだまだ硬さがあり、熟成の余地があります。会場のリリア川口は上階の音楽ホールではなく、下のメイン・ホールを使いましたが、これは街の文化会館的な多目的ホールで、決して響きはよくありません。響きが拡散するため、多分、ピアニスト自身が自分自身の響きを確認しながら弾くのは、とりわけ難しかったことでしょう。そのようなハンデが、問題になった可能性も否定できません。

ただし、(op.34-2)は自分が好きな曲ということもあるのか、素晴らしく聴こえました。特に、主部の旋律につきまとう高音の装飾音が引っ掛かりをつくり、これが構造的な奥行きを導いている点がよく分かります。スケルッツォやバラード第2番について述べたように、主部と中間部のみえない絆がうまく表現され、全体の感情が統一されて、自然な流れで浮き沈みするのが何とも堪らない演奏でした。

アンコールの「英雄」ポロネーズについてもすこし触れましたが、ポロネーズもどちらかというと、得意分野ではないように思えます。(op.26)の2曲は、速いパッセージでの若干、硬いフォルムはワルツ同様です。しかし、対位法的な素材が現れる部分はうまく弾いており、右手のショパンらしいセンシティヴな(感じやすい、敏感な)メロディに、左手の紋切り型の対位法的素材がつかず離れずで、響き合うような部分は面白かったです(op.26-1)。一方、(op.26-2)は冒頭の低音のユニゾンが、とても深い音色で印象に残りました。

マズルカは、さすがでしょう。ショパンは作曲が煮詰まると、バッハの曲を弾いてインスピレーションを得たという話がありますが、正にバッハの対位法的な響きから、ショパンらしいポーランドの旋律が浮かび上がる様子がハッキリわかり、興味ぶかい演奏でした。(op.41)のマズルカはややプライヴェート性の濃厚な、小ぶりで内省的な作品であることを踏まえ、とても静謐な演奏に終始しましたが、この若さで、そこまで「待てる」落ち着きというのが憎いのではないでしょうか。最後の(op41-4)は真面目ではありますが、きりっとしたユーモアに支えられ、微笑ましくなるキュートな演奏だったと思います。

最後のバラードがおわると、会場は大盛り上がり。そのあと、「英雄」ポロネーズと「レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ」でさらに盛り上がりが昂揚しましたが、私は、この名曲コースには若干、不満です。しかし、最後にチャーミングなマズルカがもうひとつ演奏され、ようやく納得しました。終演後のアプローズではブレハッチにはいくつも花束が捧げられ、相変わらず人気は衰えていないように思われました。

【まとめ】

このあと、ブレハッチはどんな道を歩むのでしょうか。いまのところ、ショパンのスペシャリストとして、確かに数十年にひとりの逸材として珍重すべき存在といえます。でも、それだけで済むのでしょうか。私はちかいうちに、ブレハッチはサバティカルに入ると予想します。そうしないと、活動が広げられません。

ショパンを演奏活動の中心に置くにしても、それ以外にもっと可能性のあるピアニストだと思うし、まずは自分の声というものを育てて、例えば、ショパンと同じくバッハがヒーローだったベートーベンなどで、レーゼルのような独特の表現を試みてほしい。ベートーベンに限らず、バッハ、モーツァルト、シューベルトなどに対しては、既にゆたかな可能性が見えているようにも思えます。それを生かすも殺すも、彼次第です。

また、ショパンについても、これだけレヴェルの高い演奏を披露しながら、まだまだ可能性があることを、今回のリサイタルで示し得ていたと思います。例えば、今回のシリーズでも、エチュードやプレリュードには手をつけていません。このあたりを征服したポーランドのピアニストは意外に多くないわけで、ブレハッチには、そのあたりの期待もつきまといます。それに相応しい、メカニカルの素晴らしさもあります。

いずれにしても、まだまだ若いピアニスト。また5年後には、どんな風になっているのか。聴かずに置いておいて、その成長を確認したいと思わせるアーティストです。

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