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2010年10月28日 (木)

わが国のクラシック音楽を守ろうとするいくつかの動き

日本は衰退局面に入ったのではないかと感じられている方は、多いのではないかと思う。政治の混迷と国民の政治的無関心と諦め、打ち破れない官僚たちの利権構造、一向に進まぬ規制緩和、少子高齢社会への突入、ジャーナリズムの崩壊、外国との厳しい交渉、「円高」、産業の空洞化、大量解雇、格差問題、減らない国と地方の借金、企業エゴ・・・私はどちらかというと、自ら弱者のほうにいくほうを選んだ人間なので、こうした問題にむしろ絶望感がつよいが、さりとて、まだ比較的には若く、恵まれた境遇だということも自覚している。

綴れは着てもこころは錦と思いなして、この音楽という人間にとって本質的に、母性的な性格をもつ趣味をもつことは、私の生にとって計り知れない価値であると感じている。

先日、私は二子玉川にある岡本静嘉堂の美術館に足を運び、中国の新石器時代から清朝時代にまで至る陶器のコレクションを拝見してきた。周知のように、中国は古来から異民族の侵入に悩まされ、元や清の時代には、異民族の支配を受けている。しかし、そこに並んでいた陶器をみる限り、偉大なる中国の文化は異民族の支配によっても揺らぐことなく、唐三彩からつづく官窯、民窯の織り成す図太い生活、そして文化の歴史は、一本筋の通った伝統の流れのなかにしっかりと位置づけられていた。

外形的な国は滅び、他民族の支配を受けても、文化が折れなければ、その外形はいつか復活する。例えば、ポーランドは歴史のなかに消滅しても、ショパンの音楽が生き続ける限り、後世におけるポーランドの新生は常に予告されていたのである。一方、タリバーンは偉大な仏教芸術であるバーミヤンの大仏を大砲で破壊したが、これはある意味では賢い選択なのだ。文化が滅びれば、国は本当の意味で滅ぶ。タリバーンの徹底した原理主義の暴力性が、あのような形で表現されているのはもちろん悲しむべきことであるが、意外にも、彼らは人間の本質をよくわかっているともいえなくはない。

タリバーンの時代はあまりにも現代にちかすぎるので、議論に混乱を生じさせかねないが、アンコール王朝のジャヤヴァルマンⅧ世の治績ならば、まだ冷静な議論が可能であろう。彼は父親の時代までに力を持ちすぎた仏教勢力を一掃し、国の礎を正すためすべての仏像を破却し、あるいは、首から上をヒンズー教の神にすげ替えるなどして、革命的な国家の立てなおしを図った。このことは2001年の発掘で、大量の仏像の首が押し込められていた場所が発見されたことにより、いまや有力説に格上げされているという。こうした仏教の締め出しとヒンズー教の振興により、Ⅷ世は父王の代までに行き詰まった国家体制を一新し、財政を持ち直すことにも成功したのではないかといわれているのだ。

文化を変えることは、国を変えることに繋がるという顕著な例だ。西洋人の誇張が入っている可能性も否定できないが、Ⅷ世の時代のアンコール遺跡は従来の通説どおりに衰退などしておらず、黄金に輝いていたともいう。

さて、前置きが長くなったが、ここでは現在、頻りに行われている芸術・文化を守ろうとする動きについて、まとめてみたい。私はこれらすべてに必ずしも共感するわけではないし、これらほとんどが「署名活動」に集約されている点も不満に思うのだが、我々のプライドを守る運動の一環ということで、もちろん、どちらかといえば賛成である。

【もっと文化を!】

もっとも大きな運動は、日本芸能実演家団体協議会(芸団協)がとりまとめを行う運動で、「もっと文化を!キャンペーン」、もしくは、「文化予算の増額を求める100万人署名」などと呼ばれるものである。内容は、前々回の事業仕分けで問題になった芸術分野の支援に対する批判に反論し・・・

①諸外国に比べて、日本の文化予算の比率が低すぎること
②文化庁予算のうち、専門芸術団体へ回る支援が少なすぎること

などを主張し、現在、国家予算の(0.11%)に止まっている芸術予算を少なくとも(0.5%)まで引き上げることを軸に、国民が芸術に触れる機会を増やすことや、助成制度の充実、文化・観光産業の一環として成長戦略のなかに位置づけることなどを、衆参両議院議長宛に誓願するものである。

リンクは、日本フィルのページ内に設置された運動のアピール兼署名用紙である。論点がよくまとまっているので、ご参照願いたい。(0.5%)はドイツなどより多い数字だが、隣国の韓国と比べると、まだまだ少ない水準となる。この程度の引き上げならば、それこそ、かなり軽い予算の組み替えで十分に対応できる範囲とみられる。

また、現行の文化庁予算は総額で1020億円であるが、そのうちの僅か38億円だけが専門団体に配分されているにすぎないという。文化予算内の組み替えだけでも、かなりの悩みは十分に解消できるかもしれない。そのあたりに対する不満が、非常に色濃く感じられる誓願である。

私からの批判点としては、誓願において提起されている助成制度の充実や、芸術拠点の整備、成長戦略としての芸術分野のあり方に具体性がみられないことが挙げられる。それがないために、見ようによっては、浮世離れした人たちがもっと金をよこせと騒いでいるようにも見えないことはなく、本来、人々の要求に親密な誓願であることが見えにくくなっている印象を抱かせることは問題だと思う。

【カザルスホールを守る会】

次は、本年の3月をもって閉館したカザルスホールをなんとかして守ろうとする運動である。オーナーである日大の再開発に絡み、カザルスホールは閉館し、取り壊されることが決まっているが、これに反対して、ピアニストの岩崎淑らがコンサート活動や署名活動をつづけて、ホールを支援しようとしている。ホールの閉館を惜しむ声は根強く、3月閉館後、7月末には同大歯学部出身者などの要請に基づき、特別にホールが開放され、「ファイナル・コンサート」と称する演奏会も行われた。

リンクには、「カザルスホールを守る会」のHPに記されている「お願い」を貼りつける。ホールの果たしてきた歴史的意義と、ホールの質の素晴らしさを訴え、音楽家としての直截な想いに基づいて、正しくお願いをする文章である。

先日まで、会の存在は知っていたが、それをPRするHPすらなく、「なんだ!」と思っていたが、ようやく公式ページも立ち上がった。芸団協の署名活動とはちがい、岩崎女史を中心に支援コンサートが開かれたり、来月11月にホールの価値を再検証する関連講演がおこなわれるなど、実質がいくぶん伴っているのが特徴であるが、それ以前において、カザルスホールのスケジュールがあまり埋まっていなかったことなどを思うと、いまさら・・・という想いもなくはない。しかし、既に仙川のヴェン・クワント・オで最初の支援コンサートが開かれるなど、岩崎女史などは本気のようであり、その点は信用して応援したいと思う。

【神奈川フィル】

神奈川フィルも、独自の運動を行っている。同団のスポンサーは、神奈川県と、横浜・川崎の両市である。このうち、松沢成文知事の神奈川県は財政悪化を理由に楽団への支援を大幅に削減、今年度は昨季に比べて1800億円あまりも予算を削られ、両政令指定市の経済状況も厳しいことから、これ以上の予算削減は楽団の存続に関わるとして、運動を始めた。

楽団は10万人署名を目標としてきたが、この10月の発表で、11万人を突破したという。「いただいた多くの力をバネに楽団の存続と皆様に感動していただけるように演奏で恩返ししてまいります」と決意を述べているが、その楽団の来季のプログラムを見ると、いささかガッカリしないこともない。しかし、署名の景気づけに夏場には無料のサマーコンサートを展開。10月末には、目標達成のお礼として、やはり無料のコンサートを開催しており、楽団の想いは理解したい。

楽団は「オーケストラの永続はその国、その地域の文化と心の豊かさの象徴といえます」と言っているが、これは私も同じ意見である。ところが、そのこころが弱ってきており、もう、文化なんかどうでもいいから、パンが欲しいということになりつつあるのは憂慮すべきことだと思う。

【子どもたちのための芸術体験事業】

既に受け付けは終了しているが、関西フィルのページではリンクのページのように、内閣府と文部省へのパヴリック・コメント送付を呼びかけていた。これは、前々回の事業仕分けで廃止が方向づけられた学校などにおける芸術体験事業に対する支援を呼びかけるもので、政府部内での政策コンテストに追い風を吹かせるために、前向きなパヴコメを大量に送ろうとする運動である。

【まとめ】

実に、いろいろな運動が動いていて、これらをまとめてフォローするのも難しい。私のように、一応、音楽に関心の深いものでさえそうなのだから、運動を大きな流れに育てるのは簡単ではない。また、たとえ署名が集まったとしても、名前は貸しても、それ以上にはならない運動というのも散見される。例えば、仕分けの際に文部省に届いたパヴコメはすごい量だったようだが、それに見合う、実際の(つまり、お金などの)草の根支援というのは見られない。また、大阪センチュリー響の存廃に関して、補助金カットのときの反対署名はさかんだったのに、実際、切り離されるとなったあとの動きは、あのときのようではない。

現在、SNSなどのツールにより、世の中の若者たちには「友達」が1万人ぐらいもいるのが、普通なのだそうである。ツィッターなどのツールを使えば、わりに簡単に運動を起こすことはできそうに思える。実際、芸団協のアピールには、ツィッターの公式サイトなども利用されている。ただ、その1万人の「友達」のなかで、あるいは、署名を寄せてくれた「心ある人たち」のなかで、本当に大事なときに行動をともにしてくれる人たちは、どれだけいるのだろうか。

その点で大いに不満はあるが、エントリーとしては、それもいいのではないかと思う。少なくとも、このような動きがあることだけは知っておいてほしいと思い、このような記事を作成した。一方、署名集めだけで満足せず、そのあとの運動をどのように繋いでいくかということにも、是非、目を向けてほしいと思う。そのことに苦言を呈して、文章を閉じる。

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