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2010年11月20日 (土)

澤和樹&蓼沼恵美子&ヘンシェル弦楽四重奏曲団 シューマン ピアノ五重奏曲&ブルッフ 弦楽五重奏曲 変ホ長調 @紀尾井ホール 11/18

このコンサート、表看板は2009年からスタートした「澤・蓼沼デュオ&プレミアム・アーティスツ」のコンサートだが、今回は実質的には、ゲストのヘンシェル弦楽四重奏団(ヘンシェルQ)がメインとなる公演だった。

ヘンシェルQは、ドイツの若手から中堅に入りつつあるクァルテットで、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが双子の兄弟で、彼らの姉がヴィオラを担当。それに、チェロのマティアス・バイヤー・カルツホイが加わったクァルテット。「ヘンシェル」は姉弟3人のファミリー・ネームである。いまは解散したアイルランドのポップス・グループ、ザ・コアーズ(The Corrs)を思い出す。だが、今季は、セカンド・ヴァイオリンのマルクス・ヘンシェルの体調がすぐれずに休んでいるそうで、そこにペーターゼン四重奏団のファースト・ヴァイオリン、コンラッド・ムックがヘルプに入ってツアーを行っているとの次第だ。

【ブルッフのまだ若い秘曲】

今回の演奏会はトリプル・メインと言ってもいいと思うが、何よりの呼びものは、ブルッフの変ホ長調の弦楽五重奏曲だろう。この曲はブルッフの書いた数少ない室内楽作品のひとつであったが、きちんとした初演もなされず、出版もされないまま大戦の兵火のなかで楽譜が散佚。イ短調のもうひとつの弦楽五重奏曲と、八重奏曲はようやく出版に漕ぎ着けられたものの、この変ホ長調の楽譜だけはなかなか表に出ず、2008年になってようやくヘンシェルQによって世界初演の運びとなった。その折に第2ヴィオラを引き受けたのが、澤であったというわけである。

そのときからすると、前述の事情でセカンド・ヴァイオリンが交代しているが、ほぼ初演のメンバーによる貴重な再演となった。

しかし、この作品は1世紀ちかくも前に作曲されたとはいえ、まだ作品が若いというべきだ。楽譜の行方がわからなくなるということは、それを取り巻くように生きていた演奏伝統までもが失われてしまうということを意味する。同時代の他の作品演奏から類推されるインテリジェンスを適用できるにしても、従来、演奏伝統が大事に引き継がれてきた作品を演奏する場合とでは、やはり差が出てくるのは当然だ。あらゆる作品は、スコアを形にする演奏者たちの様々な実践の積み重ねが作品を研磨することなしに、はじめから原石のまま輝いていることは少ないものだ。特に、室内楽のフォームにおいては。

ボウイングやフレージング、アーティキュレーションなどにも、まだまだ深彫りできる余地が大きいのだろうと思う。現在のところ、特にフレージングの大胆さが不十分で、わざわざ弦楽クィンテットにもっていったスケール感が完全に生かされているようには思えない。アーティキュレーションの面でも、通常の弦楽四重奏からヴィオラを2本に増強している強みを生かし、低音の動きや厚みをふくよかにしながらも、なお第1ヴァイオリンのリードに頼っている構造観の単純さを打ち破れていないようにも思われた。

とはいえ、ヘンシェルQのような団体が卵を産み落としてくれなければ、作品の成長もあり得なかったわけである。幸い彼らは良い母親であって、この時点で、随分と丁寧に作品の特徴を捉えており、また、これを繰り返し演奏することで熟成を進めようという目的意識もはっきりしている。

例えば、この作品の冒頭に置かれた序奏的な部分を抜群の気品で描き上げていたほか、最後の楽章に現れるフーガ的な構造は、古典的なものよりずっとパワフルな内面性を浮き彫りにすることで、この作品の立ち位置を指し示す。また、第1楽章からチェロとヴィオラのグルーピングによる低音の響きにも、古典時代からの明らかなインプルーヴがみられる。面白いのは2本のヴィオラの動きを、弦楽四重奏の2つのヴァイオリン同様に、役割を色分けしている部分があること。そのような箇所ではセカンドの澤がチェロのカルツホイに歩み寄り、丁寧な響きの層を形づくる一方、ファースト・ヴィオラのモニカがヴァイオリンの声部と結びつき、美しくも、さりげないカンタービレで作品の立体性を膨らませる。

基本的な構造はこれでよいと思うが、細部におけるアーティキュレーションは必ずしも明瞭でない部分があり、すべての構造が論理的に生かしきられている印象を持てない局面もあった。ただ、それは聴きつけない音楽を把握しきれなかった当方の問題であるやもしれず、その責任を相手に押しつけるの穏当でないだろう。

【蓼沼のダイナモが効いたシューマン】

さて、これと比べると、さすがに手練手管の発達したシューマンの名曲、ピアノ五重奏曲は文句のつけようがない。まず、ピアノの蓼沼恵美子の演奏に接したのは初めてだったが、彼女の堂に入ったダイナミックなピアノのドライブには、大きな感銘を受けることになった。ただし、思いきった表現で気っ風よく、音色も重厚で動じない蓼沼の響きを受け止めるには、ヘンシェルQをもってしても未だ不十分なようだ。

もちろん、蓼沼のアンサンブル能力が独善的で、力ずくなのではない。むしろ、彼女の圧倒的な表現力に、若手の才気がいかにも卑小なものに見えるということが言いたいのである。

そうはいっても、当夜の演奏はこれはこれで、かなりの満足感を与えるものでもあったことは、しっかり述べておく必要がある。第1楽章はダイナミックなルバートの構造を手がかりに、弦が裾野を伸ばしていくフォルムの美しさが、ひときわ目を惹いた。ダイナモとなるピアノは前述のような特徴を遺憾なく発揮し、クァルテットも1本1本のラインどりが鮮明で、響きに曇りがない。

第2楽章の葬送行進曲は、気取ったフォルムの第1ヴァイオリンのリードと、それと呼応しあう第2ヴァイオリン、ヴィオラの呼び交わしが型どおりでなく、味わいが深い。特に、旋律を受け継いで割り込んでいくときの響きの受けわたしが大変に見事だったが、もうひとつ、第2ヴァイオリンにヘンシェルからみればずっと先輩のペーターゼンQ、ファースト・ヴァイオリンのムックが加わっていることで、彼の出番が来たときに響きが若干深く、クールになり、微妙な変化がつく点がかえってアクセントとなっている。また、出すぎず隠れすぎないチェロのカルツホイと、ピアノの蓼沼のつくるベースのポジショニングも、全体を引き立てるのに貢献している。

この楽章の主要主題は執拗で、適度に甘みもあるが、繰り返すことで重みが加わり、このことが作品に奥行きをもたらす一方で、下手をすれば、聴き手に飽き飽きした印象を与えかねない。ヘンシェルQの演奏は、この構造的な重みを徹底的に味わい尽くすことを念頭に組み立てられており、特に、音色や響きのコミュニケーションの面で独特の密度が感じられ、1回1回のシーケンスが新鮮である点が素晴らしかった。

白眉は、スケルッツォである。主部は、音階の上下行を単純に生かしたシンプルな構造だが、当夜の演奏では、ピアノと弦の巧みな共謀によるぼかしの味わいが際立った。2つのトリオの主張もハッキリしており、特に後半の陰影のあるトリオでは、1本1本の楽器が音色の深みを追求するクァルテットの特徴がよく生きていた。主部へ戻ったあと、ピアノのゴージャスな動きを中心に、5人の演奏は完全に構造を呑み込み、弾きおわりではこれがフィナーレのような印象をもたらす。

いわば、古典的な構造はここで尽きているというクィンテットの主張が、明確に読み取れた。では、そのあとに置かれる第4楽章とは何だろう?

【一歩先へ!】

シューマン本来の意図を断言するには、私はあまりにも学が浅く知見が足りないが、そんな自分の素直な印象に従えば、この楽章は、いつも一歩先をいこうとしたシューマンの姿勢を、よく表すものである。つまり、彼は第3楽章までで古典的に必要とされる要素をすべてこなし、最後に、ほんの僅かに新しい道筋を書き足すことで、作品を小さく完結させるのではなく、未来へ大きく開くという選択を採ったのだ。しかし、コーダでは偉大な先達のベートーベンに倣い、鮮やかなフーガで神に感謝を捧げることも忘れない。

このコーダは当夜、分析的には二重フーガとみられる構造であるが、4本の弦楽器、そして、ピアノの響きの積み重ねがより厚みのある表現になっているせいか、実感としては、より多層的なフーガのラインが浮き彫りになったような印象を与えた。5人の奏者が特徴を発揮しあい、この部分も当夜のハイライトに相応しい部分のひとつである。

【まとめ】

最初のヤナーチェクについては、ごく簡単にまとめたい。この作品「クロイツェル・ソナタ」の演奏としては劇的ではなく、その悲劇性を声高に叫ぶよりは、秘めごとのように内省的に表現する姿勢が特徴的だった。第1ヴァイオリンほか、ヘンシェルQのひとつの特徴である音色の深さ表現するには、絶好のプログラムであったろう。

欧米のオーケストラが来日するシーズンとあって、とてもお客の少ない公演であったが、そのなかでわざわざヘンシェルSQの公演を選んでいるだけに、客席もなかなか熱く、少数とはいえ、アプローズは十分に盛大に聴こえた。それはもちろん、演奏がどれも素晴らしいものだったせいであろう。真摯に構造をつくっていくクァルテット・エクセルシオとはちがい、まずは音色に特徴のあるヘンシェルQ。今回は、セカンド・ヴァイオリンにベテラン奏者が入ることで、その特徴により深い洗練が加わった。

クァルテットに対しては、そのグループがもつ絶対的な実力よりも、聴き手との相性のほうが重要であるというのが、私の持論である。その意味でこのクァルテットから、私はとても良い波長を感じ取ることができて、幸せだった。実に愉悦的で、印象的だった一夜!

【プログラム】 2010年11月18日

1、ヤナーチェク 弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」
2、ブルッフ 弦楽五重奏曲 変ホ長調
3、シューマン ピアノ五重奏曲

 ヘンシェル弦楽四重奏団

 va:澤 和樹(2)  pf:蓼沼 恵美子(3)

 於:紀尾井ホール

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