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2010年11月21日 (日)

カンブルラン ハイドン 「朝」「昼」「夕べ」 読響 芸劇マチネー 11/20

バレエを除くと、9月以来のオーケストラ・コンサートだ。つい1週間前まではアファナシエフのシューベルト(2曲しか組まれていないから、かなりテンポが遅いんだろうと思う)を聴くつもりだったが、ロケーションのちかさと、久々にカンブルランの演奏を聴いてみたい衝動もあって、チケットを買っていなかったのを幸い、東京芸術劇場に飛び込んだのだが、ここに来て本当に良かったと思える素敵な演奏会だった。

【二重のストーリー】

まず、後半のストラヴィンスキーのバレエ音楽『火の鳥』も、なかなかの佳演であった。今回の演奏では1910年版を使い、これは先日、新国で拝見したバレエのプロダクションと音楽的には同じものである。あのときの公演を思い出しながら聴くと、やはりカンブルランという人は(バレエのピットには入らないとしても)、よく舞台を知っているなあと思う。と同時に、それに付け加える部分もあった。例えば、フォーキンの振付で私がいちばん不満だったのは、当たり前に、火の鳥がぴょんぴょん跳ねながら出てくる最初の場面だ。

別に、これはこれでいいのだが、実のところ、ストラヴィンスキーの音楽にはバレエだけのファンには気がつき得ない、もうひとつのストーリーがあると思う。ひとつはもちろん、筋書きどおりのストーリーだ。しかし、それとは裏表になって、序盤戦では振付で十分には語られない火の鳥生成のストーリーが、同時進行で語られているように、私には思えるのだ。それは、ちょうど似たような時期に書かれたラヴェルの傑作『ラ・ヴァルス』と、響きの上でも発想の上でもよく似ている。

ストラヴィンスキーの音楽はなるほど、フォーキンの動きによく合うように、緻密に構成されている。しかし、その響きは同時に、邪悪な闇のなかから生じ、徐々に手足や尾羽を伸ばして生きものになっていく火の鳥の動きをあわせて想像させるものだ。バレエの舞台で具体的な振付がついてしまうと、そうはいかないかもしれないが、音楽だけで聴く場合は、このような二重性が聴き手のイマジネーションを刺激するだろう。これらを2つながら実現したバレエの振付は、私の知る限りまだ存在しない。

ララバイを中心とする後半部分では、やはり筋書きどおりのストーリーに対して、戦争と平和をめぐるもうひとつの筋書きが動き出す。本来は、火の鳥が魔物たちを眠らせ、そのなかで王子が魔王から卵を取り出して破壊。魔王の城は消滅し、石化した王族や騎士たちが元に戻るという筋書きになるが、これは戦争で破壊され、傷ついた都市(と人民)を、羽ばたく火の鳥が魔法で癒やしていくというイメージに繋がる。これは特に、ララバイと終曲がつながっている1919年版で顕著であり、それはもともと作品に含まれていた平和への祈りの念が、悲惨な第一次大戦の経験を契機にして、よりはっきり強調されたものである可能性が指摘できる。

カンブルランの演奏は、既に述べたように、そのままバレエの舞台がつくれそうなフレキシブルなフォルムを基調としながら、音楽そのものがもつ多層的なイメージを豊富に喚起させる味わい深いものだ。

【終曲のテンポ】

先日、新国の公演を指揮したポール・マーフィーの演奏について、最後、テンポを上げるのが早送りのようで良くないと書いた。しかし、カンブルランも同じことをしたので、これは楽譜どおりなのであろう。ただ、マーフィーとカンブルランでは、同じことをやっても、天と地ほどのちがいがあった。

つまり、マーフィーの場合は、単に楽譜どおりに速くなっただけだが、カンブルランはそれまでに緻密に構造を集め、それらが積み上がったところ(結局は同じ場所)でテンポを上げることで、これらを一気に解放する仕掛けをつくった。カンブルランの演奏は決して早送りとは聴こえず、むしろ、キビキビとした動きのなかで、ダイナミックに構造が輝くという不思議。それ以外にも、いろいろと細かな配慮に満ちた演奏だが、あとは割愛したい。

【カンブルランの造型法】

さて、私がこの公演を選んで良かったと思った最大の理由は、前半のハイドンの三部作、交響曲第6番からの3曲、「朝」「昼」「夕べ」が素晴らしかったからである。カンブルランのハイドンは、最近の流行とは若干、趣が異なる。というのも、マルク・ミンコフスキに代表される近年のハイドン演奏は、音楽を絵画とすれば、それを丸ごとキャプチャリングしたあと、細々と編集して大事なラインを改めて強調していくという方法に基づいていた。ミンコフスキの場合は、それでも、かなり大胆にラインづけを深くして、即興的なサウンドのリアリティも物凄い。

ところが、カンブルランの仕事は、はじめから刀で深いラインを彫り込んでしまってから、さて、この線をどのように結合すべきかともっていくのである。つまり、多くの指揮者は全体像からラインの構造を追っていくが、カンブルランはラインの構造を1本1本生かしきるために、全体のイメージを組み立てていくのである。それは、この三部作がもともとソリスティックな部分が多い、小編成の作品であるからではなく、きっと、より構えの大きな楽曲にも適応できる造型法である。

【様々なる緩徐楽章】

さて、そのような特徴がもっともはっきりと生きてくるのは、これらの交響曲の第2楽章に置かれた緩徐楽章である。

例えば第6番では、ヴァイオリンを中心に、チェロと通奏低音が加わるバロック的なトリオ・ソナタの形式で、美しいフォルムがつくられている。カンブルランはこの構造を丁寧に扱い、3つの楽器に最大の自由を与えるとともに、それらを支える簡潔で、それだけに強固なサポートを組み立てている。ノーラン&毛利のゴールデン・コンビは、文字どおりに会場を酔わせる。

第7番はヴァイオリンを女性の歌い手に見立てた、レチタティーボとアリア。アダージョの導入部をやや軽めに調整し、ヴァイオリン独奏の登場を自然に位置づけているのが巧い。レチタティーボの後半から、型どおりにアリアに入る部分からは、正にオペラのノリだ。日本では自分が求めるような十分なプローベ期間がとれないだろうことから、オペラを振ることはないだろうとしているカンブルランだが、こういう形で彼の至芸を味わえるのは本当にありがたい。ノーランのソロ、男性役に見立てられる毛利のチェロが、ほの明るいロマンスを展開する。

最後の「ソワレ」では、前2曲と比べるとソリスティックな部分は控えめであるにもかかわらず、上に示すようなカンブルランの造型の特徴がもっとも顕著で、当日の白眉とするに相応しい。わざとらしい大げさなフォルムの造型は皆無で、すべてあるべきものがあるべきところに、ぴったりとはまる見事なバランスを組み立てた。

【まとめ】

すべての交響曲でヴァイオリン、チェロ、コントラバス、フルート、ファゴットに中心的な役割が与えられているのは、聴けばわかる。特に、当時としてはチェロとセットで、バスを支えているだけのはずのコントラバスが、頻りにソロを演じているのは当時の「非常識」だったにちがいない。これは多分、主人のエステルハージー侯が自らバリトンという弦楽器を嗜んだように、低音に趣向のある人物だったことが影響しているのだと思う。これに関して特筆すべきは第6番(第3楽章)の演奏で、読響の誇る星・西澤両首席(だと思う)が、片やカンタービレ、片やバッソで悠然と響きをつくり、構造を盛り立てたのが印象的である。

木管楽器ではフルートの倉田優の滑らかなタンギングや、繊細な歌ごころが目立った。

3曲の演奏では、特に6番の演奏が素晴らしかったと思う。全体に朝の長閑な雰囲気が出ており、昼椰ソワレに対して、イメージが喚起力に満ちていた。また、第3楽章と第4楽章の関係も、興味ぶかい。第3楽章は型どおりの三部形式。しかし、音階を利用した構造は共通しており、第4楽章は、第3楽章のヴァリュエーション的にも聴かれないことはない。カンブルランはこれらをほとんど間なく演奏することで、両者の親しさを強調している。

最後の楽章は「朝」とはいっても、貴族のなかでもスラヴ出身の軍事貴族らしいエステルハージー家の活発な1日を象徴しており、全体的に安穏な雰囲気をキープしながら、最後は、「さあ、出かけるぞ」というような気合いを示すような響きの膨らみがみられたのが記憶に残る。私は以前から、ハイドンとエステルハージー侯の関係については興味をもっているのだが、この作品も、両者の運命的な出会いを彩るエポックな作品と思えた。

しかし、それにしても、東響といい新日本フィルといい、日本のオーケストラも随分と気の利いたハイドンを聴かせられるようになったものだ!

これまで、カンブルラン&読響の演奏には十分、共感できないものが多かったが、ここでようやく納得の演奏を聴くことができた。来年以降も、大いに期待したいと思う。

【プログラム】 2010年11月20日

1、ハイドン 交響曲第6番「朝」
2、ハイドン 交響曲第7番「昼」
3、ハイドン 交響曲第8番「夕べ」
4、ストラヴィンスキー バレエ音楽『火の鳥』(1910年版)

 コンサートマスター:デヴィッド・ノーラン

 於:東京芸術劇場

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