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2010年11月13日 (土)

ドヴォルザーク ミサ曲 ニ長調 エドガー・クラップのオルガンとともに

ドヴォルザークの宗教曲では、『レクイエム』と『スターバト・マーテル』が有名である。これらに比べると「秘曲」という感じが漂うものの、ニ長調の『ミサ曲』もある意味で、ドヴォルザークらしい佳品である。

作品は1887年、友人であったというヨセフ・フラーブカ邸にできた小さな礼拝堂の献堂式のために書かれ、僅か19日で仕上げたという。私邸に造られたお堂であるから広さもさほどではなかったようで、当初はオルガン伴奏と、4人のソリスト、小規模の混声合唱団という編成で書かれていたが、のちに改訂されてオーケストラ伴奏版に仕上げられた。ただし、このオーケストラ版の録音と比べると、どちらかといえば、初演時のオルガン伴奏による録音のほうが多いかもしれない。ここに紹介するのも、オルガン伴奏のものである

オルガンのエドガー・クラップは1947年生まれ、かのヘルムート・ヴァルヒャの後任としてフランクフルト音大で教鞭をとり、ウィーンやミュンヘンでも教授職を務めた権威のひとりである。世界中で弟子たちが活躍していることと思うが、我々に身近なところでは、上野学園大学の教授で、東京芸術劇場のオルガニストでもある小林英之がそれに当たる。

そんなことは、あとで調べてわかったことだが、まずは「キリエ」の演奏を聴いてもらいたい。ふわふわとしながらも、適度に潤いのある序奏。合唱(フランクフルト・カントライ)が入ると、それと優しくコミュニケートしたあと、歌声の広がりにあわせて、ゆったりと響きを広げていく。あくまで中低音に軸足を置きながら、僅かに高音を伸ばす独特のアーティキュレーション。一旦、落ち着いたあと、もういちど同じ波が描かれる。人間の息づかいのように、フーフーと吸ったあと、ハーッと吐き出すというような声の波動が、オルガンの響きにハッキリと溶け込んでいるのがわかるはずだ。

このシーケンスが過ぎ、声楽部分と役割が分かれたあとは、声の塊のラインとオルガンのラインの太さがちょうど等しくなるように、オルガンに息を吹き込んでいく。そして、終盤、再び柔らかく声にタッチしてその下に隠れたあと、もっとも荘厳な響きで「キリエ・エレイソン」の響きを天井に届けようとするかのような力強い動きをみせる。

指揮は、ヴォルフガング・シェーファーという地元・フランクフルトを中心に活躍するコーラス・マスターである。彼の機微を心得たコントロールも、もちろん、この録音の楽しみのひとつである。リリンクらにも起用されている合唱団、フランクフルト・カントライに、ドロテア・レッシュマン、インゲボルク・ダンツ、クリスティアン・エルスナー、ヨハンネス・マノフという独唱陣も豪華で、マイナー曲の録音としては陣容が整いすぎているぐらいだ。

グロリアは7分くらいしかないが、そうとは思えないほど内容豊富である。三部構成になっており、ソリストの顔見世となる中間部が聴きどころになるだろう。クレドも、アルト(ダンツ)の独唱に始まる’Et incarnatus est’の部分は、追って入ってくる合唱も含めて、こころをとろけさせるような甘みを含んだ静謐な響きが、胸のうちに広がる。これと対象になるのは、最後のアーメンに至る盛り上がりの、格調の高い響きである。オルガンが重要なモティーフを繰り返すなか、祈りの声がそこをならしていくようにしておわる。

サンクトゥスに入り、ベネディクトゥスで、間奏曲のように奏でられるオルガンのソロが印象的。バリトン独唱で始められるアニュス・デイは、涙ぐましいほどに真摯な対位法的な構造に、独特の甘さのある歌いまわしが効果的で、これは畏れ入るしかない。ヒンデミット最後のオペラ『世界の調和』のフィナーレにも比されるような、圧倒的なスケール感をもった重厚な多重フーガとなっている。そのバックに蠢くオルガンの神秘的な響きが、この構造観に一枚かんでいるのも見逃せないところだ。

ところが、ミゼレーレからその響きは漸次下降をつづけ、’Dona nobis pacem’へ自然に落ちていくと、イエスが息を引き取る最期の瞬間を追体験するような、静かな静かな響きで閉じられる。バッハのロ短調ミサ曲のような盛り上がりはない。このようなミサ曲の締め方は、意外に珍しいものではなかろうか。

古いようで・・・新しい作曲家、ドヴォルザークである。たったの3週間足らずで書き上げることができたのは、作品が伝統的な形式に基づいたシンプルな作品だからであろう。いかにもドヴォルザークらしい作品というのではないが、この作曲家がもつ謙虚さや、優しさを十分に吸い込み、また、粘りづよく、雌伏するような時間の長い作品は、チェコ人の心根を象徴するかのようでもある。型どおりのミサ曲だからこそわかる、ほのかな自己主張を感じたいところだ。

チェコとは関係の薄いメンバーによる録音であるが、言語もラテン語のミサ通常文によっているし、ドヴォルザーク独特の舞曲も見られないことから、そのことによるハンデはさほどないものと思われる。ドヴォルザークは子どものころ、オルガンを習っていたこともあるそうだが、オルガンのための作品はさほど残されていない。そういう観点からみても、この作品はとても興味ぶかい。その上、クラップのような優れたオルガニストが取り上げてくれたことは、神さまの恩寵というほかないだろう。

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