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2010年11月 9日 (火)

ルドルフ・バルシャイ氏も逝去 〜良い人ほど早く亡くなる

本年7月、愛すべき最後の巨匠、チャールズ・マッケラスがこの世を去った。このニュースにつづき、再び世界は貴重な人材を喪った。ルドルフ・バルシャイである。

バルシャイは1924年生まれ。弦と作曲を習ったバルシャイは、特に作曲ではショスタコーヴィチの愛弟子のひとりとしても知られているし、オーケストレーションでは、かのプロコフィエフの薫陶も受けた。室内楽、そして、歴史的な大教師のムーシンに指揮法を叩き込まれたあとは、室内オーケストラを中心に指揮活動も展開し、師匠の了解を得て、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を室内交響曲に編曲する手柄も挙げた。また、マーラーの交響曲第10番の補作もおこない、その録音は一時期、大きな話題となっていた。

録音ではそのほか、ブリリアントから発売されたショスタコーヴィチの交響曲全集も人気がある。それとは別だが、モスクワ・フィル&ジャーマン・ユース・フィルと入れた交響曲第7番の録音は、この曲の録音のなかでも代表的なものとして数え上げられる。この録音は、レニングラードをめぐって、かつては争ったソヴィエトの楽団と、ドイツの若い人たちによって成し遂げられた冷戦中の快挙のひとつである。

私がバルシャイの演奏を聴いた最初で最後の機会は、読響を指揮し、ショスタコーヴィチの室内交響曲(op.110a)と、交響曲第5番を指揮したときである。この演奏は、私にとって忘れ得ない演奏会のひとつであり、特に、自ら編曲を成し遂げた室内交響曲の素晴らしさを遺憾なくPRしてくれたおかげで、ひとつ開眼させられた。あの飄々として、核心を突く指揮ぶりが二度と拝めないというのは残念でならない。

見かけのキャリア以上に、重要な人材だったと思う。

上の「レニングラード」の演奏は、彼自身の悼ましい死の衝撃を想うには、なんとも相応しい録音である。しかし、こんなものもある(リンクを参照)。(私とは)異教の神よ、かの人を相応しき場所に導きたまえ。アーメン!

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