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2010年4月11日 - 2010年4月17日

2010年4月14日 (水)

下野竜也 ドヴォルザーク 交響曲第7番 読響 名曲シリーズ 4/12

新常任指揮者、カンブルランの就任祝賀ムードが支配する読響であるが、それを迎える側の正指揮者、下野竜也のドヴォルザーク・ツィクルスは、この楽団をみる楽しみのひとつであろう。今週末、札幌でエリシュカの演奏会があるのだが、その前に、若い下野の指揮による交響曲第7番の演奏に興じようという趣向だった。この7番は、エリシュカがちょうど1年ほど前に演奏した曲目でもあり、録音も残されている。不思議な縁である。

エリシュカの演奏はもちろん尊重すべきだが、日本人のなかで、下野のドヴォルザークは傑出して素晴らしい。表面的な音の素晴らしさではなくて、ドヴォルザークのこころに迫っているという意味で・・・である。

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2010年4月11日 (日)

エリシュカ 【新譜】 わが祖国 with 札響

【自分勝手な愛国心】

いきなり題名に似つかわしくないことを書き出すのだが、「愛国心」とは何だろうか。

私はこの言葉が昔から嫌いで、軽薄な自称「愛国者」に対しては軽蔑以外の何ものも感じない。しばしば、愛国心を持てという表現が使われるが、愛国心とは、意識して持つ性質のものであろうか。私は、そうは思わないのだ。持とうと思って持つ愛国心ほど、見せかけの、薄っぺらなものはないだろう。なにかを愛するということは、人間の自然な感情であり、それは国に対するものとて同じはずである。愛国心は、我々のこころのなかで勝手に育つ。そして、自分は愛国者だなどと威張らなくとも、自然に滲み出てくるものだ。スメタナの『わが祖国』とはそのような音楽である。理由などないが、そこにあるものがいとおしくてならない。汚され、支配され、犯されるほどに、その美しさは尋常でないほどに輝く。

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