2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

« 2010年6月13日 - 2010年6月19日 | トップページ | 2010年6月27日 - 2010年7月3日 »

2010年6月20日 - 2010年6月26日

2010年6月23日 (水)

仙台国際音楽コンクール ピアノ部門 セミ・ファイナル 第2日

映像配信から読み取る、仙台国際音楽コンクールのセミ・ファイナルのリポートは、第2日目の記事である。この日の演奏では、若い音楽家のためのチャイコフスキー・コンクールで優勝しているチャプリナと、予選でよかったイに注目していたが、株を上げたのは意外なピアニストだった。

【No.25 マリア・マシチェワ ロシア】

曲目:モーツァルト 協奏曲第24番 K491

マシチェワは予選でもバッハやハイドンを弾いているように、ロシアのコンテスタントながら、古典的なものをしっかり弾くことを志向するピアニストである。非常に丁寧な打鍵が目立つが、その端正な演奏の運びに対し、音楽的なフォルムはやや硬すぎるように思われる。通奏低音の反転と思わせる右手の打鍵を粘りづよくやるところなど面白いが、上のような特徴がハッキリわかる箇所だといえる。左右の手の役割があまりにセパレートで、親密でない点が問題となりそうだ。

続きを読む "仙台国際音楽コンクール ピアノ部門 セミ・ファイナル 第2日" »

アンサンブル・ノマド 呼び交わす世界 vol.1 フィンランディア2010 6/21

コンテンポラリー・ミュージックのスペシャリスト集団、アンサンブル・ノマドの38回目の定期演奏会を聴いた。今回から「呼び交わす世界」をテーマとしたシリーズが組まれ、今後、「うたうアジア」「現代ラテン世界を行く」という副題が予告されているが、その第1回は「フィンランディア2010」がテーマとなった。もちろん、これはシベリウス後のフィンランドの作曲家に焦点を当てる試みである。コンテンポラリーについて、私のわかる部分は限定的だが、感じたままを書いてみよう。

【演奏会冒頭のトリック】

演奏会は1961年生まれの作曲家、ユハニ・ヌオルヴァラの『弦楽四重奏曲第2番』の2-3楽章の演奏で始まったが、このプログラムには、当夜の演奏会を印象づけるひとつのトリックが仕掛けられていた。この作品の第2楽章は、佐藤紀雄氏(当団主宰、ギター奏者)の解説によれば「夢見がちな浮遊感漂う」ものであり、素朴な詩情がうるうると湧き出ていうようなイメージでありながら、一見、「現代音楽」に対するステロータイプにあるような、ハードな響きが外壁を固めるかのようなイメージもつきまとう。ところが、第3楽章に入ると、何のことはない。作品はピアソラの作品といわれても騙されてしまいそうな、快活な現代風の舞曲なのであった。

ノマドの演奏を聴きに来るような人たちは得てして、新しさへの志向が強いものと思われるし、そういうものを期待してくる可能性が高い。それを見越した上で、「こういうものをご期待でしょう」と第2楽章のそれらしいイメージを取り出して見せたあと、「いえいえ、今回の趣向はちがうのです」といって、第3楽章のイメージを披露するという仕掛けなのであった。

続きを読む "アンサンブル・ノマド 呼び交わす世界 vol.1 フィンランディア2010 6/21" »

2010年6月20日 (日)

仙台国際音楽コンクール ピアノ部門 セミ・ファイナル 第1日

映像配信を聴いての感想を通して見守ってきた仙台国際音楽コンクール、ヴァイオリン部門に続いてピアノ部門のリポートに復帰する。

その前に、このピアノ部門の選考について一言しておきたい。ピアノ部門は、予選が限定条件の少ない自由なリサイタル形式、セミ・ファイナルとファイナルが協奏曲による審査となっており、コンテスタントから見て、2つのラウンドで協奏曲が弾けるというのが特徴的である。ピアニストは必ずしも、協奏曲を弾ける人間だけが一流ではないと私は考えているので、通常のコンペティションでは、自由曲によるリサイタル形式になることが多いセミ・ファイナルを殊更に重視し、それまでにほぼピアニストの評価を決してしまう。ファイナルは、その後のフェスティヴァルのようなものだし、順位もそれに付随的なものにすぎないと考える。

続きを読む "仙台国際音楽コンクール ピアノ部門 セミ・ファイナル 第1日" »

« 2010年6月13日 - 2010年6月19日 | トップページ | 2010年6月27日 - 2010年7月3日 »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント