2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 2010年1月10日 - 2010年1月16日 | トップページ | 2010年1月24日 - 2010年1月30日 »

2010年1月17日 - 2010年1月23日

2010年1月21日 (木)

プロコフィエフ 組曲『キージェ中尉』 (1934年)

 参考録音:
  ホーレンシュタイン指揮コロンヌ管 (Voxレーベル)

今回は、セルゲイ・プロコフィエフの組曲『キージェ中尉』を取り上げます。作品はもともと、ユーリイ・トゥイニャーノフの同名映画のために作曲され、公開(1933年)の1年後に、プロコフィエフが5曲を選んで組曲としたものです。本来、第2、4曲にバリトンの独唱が付された版が存在しますが、現在、大抵の場合は管弦楽のみで演奏されています。

今日では、映画そのものをみる機会はあまりないので、その内容は詳らかにはわかりません。しかし、皇帝にくしゃみをさせた犯人として架空の「キージェ中尉」がつくりだされ、その架空の人物がシベリアに送られたり、存在しないはずの中尉が恋をして結婚したり、逆に皇帝の寵愛を受けるようになったり、ついには死んだことにして葬儀までが出される・・・というドタバタ劇の筋書きはよく知られています。制作の1933年がスターリン時代であったことを考えると、気まぐれな沙汰で廷臣たちを振りまわす皇帝の横暴を風刺するとともに、その周りで嘘に嘘を接いだ廷臣たちの二枚舌を風刺する2本立てのイロニーが仕組まれた作品だったと思われます。

続きを読む "プロコフィエフ 組曲『キージェ中尉』 (1934年)" »

ジョルダーノ マダム・サン=ジェーヌ 戦場に翔ける女 東京オペラ・プロデュース 1/17 ②

【弥勒忠史の演出】

今回、演出はカウンタテノールとしても知られ、ここのところ、演出でも力を発揮している彌勒忠史が務めた。これはという奇知をみせてくれたわけではないが、全体的に底堅く、現役の歌手だけに音楽を尊重した舞台づくりだったといえるだろう。正直、歌手としての彌勒には魅力を感じない私だが、演出家としてはなかなか筋がいいように思える。

例えば、第2幕の導入部にある舞踊調の快活な音楽にあわせ、直後の場面に現れる舞踏教師、仕立屋、従僕を登場させ、彼らに軽い振りをつけて、無理のない範囲で躍らせる工夫が面白かった。その振付は、あとのシーンで舞踏教師とカテリーナが交わす会話に基づいており、上流階級の恭しい挨拶の仕種をモティーフにしたものであるのも頓知が利いている。また、歌い手が必ずしも舞踊に馴れ親しんでいるとも限らないことに配慮し、ごく簡単な振付ながら、コミカルで、見栄えのする踊りを考えたのも必要な配慮であると思う。

続きを読む "ジョルダーノ マダム・サン=ジェーヌ 戦場に翔ける女 東京オペラ・プロデュース 1/17 ②" »

2010年1月18日 (月)

ジョルダーノ マダム・サン=ジェーヌ 戦場に翔ける女 東京オペラ・プロデュース 1/17

東京オペラ・プロデュースは、珍しいオペラ作品を数々初演してきたカンパニーである。数年前に代表の松尾洋氏が亡くなられたあとも、故人の内儀であった史子女史が代表となり、その姿勢を変わらず維持している。今回は、ウンベルト・ジェルダーノの歌劇『マダム・サン=ジェーヌ』の日本初演であるが、その2日目のキャストで観劇した。

【作品の素晴らしさ】

今回の公演、なんといっても鍵となるのは、作品の価値がどの程度のものであるかということであった。作者であるヴェリズモの作曲家、ウンベルト・ジョルダーノといえば、やはり『アンドレア・シェニエ』が突出して有名であり、つづいて『フェドーラ』、あとは、いくつかの歌曲が有名というぐらいのものだろう。この『サン=ジェーヌ』は1915年1月の初演、米国のメトロポリタン歌劇場の依頼によって書かれ、トスカニーニの指揮で初演された。ジョルダーノにとって10番目の作品ということになるようだ。題名の「サン=ジェーヌ」とは、「遠慮のない」という意味のフランス語であり、主人公の女性につけられた仇名である。舞台はフランス革命からナポレオン帝政時代の初期に設定されるが、言語はあくまでイタリア語である。

続きを読む "ジョルダーノ マダム・サン=ジェーヌ 戦場に翔ける女 東京オペラ・プロデュース 1/17" »

« 2010年1月10日 - 2010年1月16日 | トップページ | 2010年1月24日 - 2010年1月30日 »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント