2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

« ベートーヴェン弦楽四重奏曲 9曲演奏会 2010 @東京文化会館 12/31 ② | トップページ | 須藤慎吾(Br)&服部容子(pf) 声とピアノのアンサンブル 日本声楽家協会 »

2011年1月 7日 (金)

ケネス・シャーマーホーン 【1929-2005年】

ケネス・シャーマーホーン Kenneth Schermerhorn は1929年、エジソンが自らの会社の本部を置いたことでも知られる米国ニューヨーク州のスケネクタディに生まれた指揮者である。名前からアイルランド系の家系に属するように思われるが、そのことは、アイルランドの舞踊のリズムや民謡を組み込んだエイミー・ビーチの作品を録音するのに好都合であったろう。

【経歴】

シャーマーホーンはもともとトランペット吹きであったが、徴兵されてアーミーの軍楽隊の指揮者を務めたのをきっかけに、その才能を開花させはじめた。本格的なキャリアの原動力となったのは、タングルウッドでバーンスタインの薫陶を受けたことである。その後、NYPでのバーンスタインのアシスタントを経て、1957年以降、ルシア・チェイスとオリヴァー・スミスが率いていたABTで、彼は音楽面を支えることになる。1968年の退任後もシャーマーホーンはバレエ団と関係を保っている。

しかし、バレエの指揮者は大成しないと言われる。オペラ劇場ではなく、バレエ・シアターにその才能を捧げたことは、シャーマーホーンの名声を十分に育てることにはならなかった。彼はその後、ミルウォーキー、ニュージャージー、ナッシュヴィル、香港など、彼の指揮能力からすれば甚だ実力の伴わないローカル・オーケストラを抱えて、それらの能力を大幅に引き上げていった。最終的に彼の成し遂げた最大の成果は、ナッシュヴィル響におけるキャリアであると目されており、亡くなったのもナッシュヴィルの地においてである。

【ナッシュヴィルにて】

ニューヨーク・タイムズによる死亡記事によれば、彼は楽団の指揮者探しを手助けするアドヴァイザーとして、初めてナッシュヴィルを訪れたが、その間に指揮した演奏会の内容を評価され、彼自身が楽団を率いることになった。その成果を象徴する2000年のカーネギー・ホール公演では、その演奏が新聞紙上で絶賛されたということである。また、シャーマーホーンはNAXOSレーベルと親密なアーティストともなり、幅広いディスコグラフィーを展開した。ナッシュヴィルではこれらのシャーマーホーンの功績を賞して、新しく完成したコンサートホールに彼の名前を冠するなど、高く尊敬されていた。

【ブラジル風バッハ】

シャーマーホーンのディスコグラフィーのうちで、多分、わが国でもっとも知られているものは、NAXOSから出されたヴィラ=ロボスの『ブラジル風バッハ』全曲の入った録音である。このうち、小編成による1番と6番を除き、管弦楽編成で演奏されるナンバーを彼とナッシュヴィル響が演奏している。ここでナッシュヴィル響は一般的な知名度からすれば意外なほど、濃厚、かつ、精緻な演奏を展開している。シャーマーホーンは力強い統率力をみせ、基本的には手堅いが、ドイツ的なサウンドの厚みと、ブラジルらしい情熱的な動きをミックスした演奏で、テンションの高さと緻密さを兼ね備えた演奏を披露している。

ときどきはブラジル風なバッハというよりは、ワーグナー的なものにまで近づき、また、ときにはフランス音楽的なサウンドの収縮の柔らかさや、音色のカラフルさをも示し、国籍不明のヴィラ=ロボスの自由な発想の様々な起点を物語る。

【カーターの交響曲】

ワールド・ワイド(特に北米)で彼の代表的な仕事と目されているのは、エリオット・カーターの交響曲第1番の録音である。このシンフォニーはカーターの作品のなかでも、フランクやショーソン、ルーセルなど、フレンチ・シンフォニーの伝統を受け継ぐかのような音色ゆたかな作品である。シャーマーホーンは柔らかい管楽器の音色をチャーミングに歌わせて、カーターの出発点を色鮮やかに織り上げてみせる。どこか行進曲風に常動的な構造をたおやかにまとめた第1楽章。グラーヴェの指示を1拍目から忠実に実現し、やや居丈高なサウンドをドイツ的な響相への風刺として、絶妙にひねってみせたあと、長閑な中間部の演奏でそれらを骨抜きにしてしまう緩徐楽章。そして、終楽章は再び切れ目のないサーキット的な構造を、厳しくなりすぎない、伸びやかなサウンドで表現していて興味ぶかい。

カーターの師匠筋、アイヴズの交響曲の録音は先日もすこし紹介したばかりだ。また、前述のように、シャーマーホーンにとって師匠であるバーンスタインによる音楽劇『ウェスト・サイド・ストーリー』の録音も優れている。さらに、イチ押しはハワード・ハンソンの交響曲第1番の録音なのであるが、これは目下のところ研究中で、追って別項で紹介したいと思っているので割愛する。

【ビーチのゲーリック・シンフォニー】

ほかに興味ぶかいものとしては、最初に触れたエイミー・ビーチ(AD.1867-1944)の録音もある。ホ短調の交響曲「ゲーリック」は、全体としてはドイツ的な構造に基づきながらも、随所にアイルランドの舞踊から来たと思われるリズムや、民謡風の旋律が組み込まれ(ただし、第2楽章はアッラ・シシリアーナとなっているが)、独特の味わいをもたらしている作品である。

愛称である「ゲーリック」とは「ゲール語風の」という意味であり、ゲール語とはアイルランドやその文化圏であるスコットランドやマン島において話されていた言語である。ビーチの時代にはこれらの地域でも英語が浸透していたとみられ、ゲール語はやや古いボキャブラリーとみられていたはずである。交響曲はその古いボキャブラリーを活用して、いわば文語的な展開を見せており、形式的にも伝統的な交響曲の形式によっており、完全に調性的な作品でもある。

シャーマーホーンの指揮では、このような立ち位置にある作品が多く録音されていることに気づくだろう。アイヴズやカーターもそうである。カーターはのちに師匠を批判し、より晦渋な作風に転じていくのだが、上の交響曲は作曲年が詳らかでないものの、多分、それ以前の時期に書かれた作品と思われる。それらのなかでも、ゆたかな歌ごころに彩られたビーチの交響曲では、シャーマーホーンの柔らかいフレージングが効果的に作用し、また、その温かくソウルフルな音色はホ短調という調性をしっかりと利用した、「ゲーリック」な懐古趣味を自然に導くであろう。

【香港フィルにて】

香港フィルに転じてからの録音も、引きつづき手堅いものばかりとなっている。世界的にみても傑出したオーガナイザーである彼にとって、際立って機能性の高いオーケストラは必要なく、その楽団のもっているリソースを効果的に引き出して鍛え上げる手腕が、これらの録音にはっきり表れている。もちろん、香港フィルも日本でいうところの明治時代以来、伝統あるオーケストラ(プロ化してからの歴史は浅い)ではあるが、シャーマーホーン、そして、それにつづくデイヴィッド・アサートンの時代に培った実力がなければ、今日ほどの成功はなかったと思われる。目下、楽団の歴史に桂冠されているのはアサートンの名前だけであるが、それ以前に、たっぷり5年間かけて鍛え上げたシャーマーホーンの貢献も重要であったことは疑いない。

ここでも、チェーザリ・キュイやヴィラ=ロボス、グラズノフなどの珍しい曲目を吹き込んでいるのだが(グラズノフのバレエ音楽なども残してほしかった)、特に素晴らしいのがリヒャルト・シュトラウスの交響曲(ニ短調)である。このシンフォニーは未出版の遺作であり、シュトラウスがティーン・ネイジャーのころ(1880年)に書かれた習作的な作品とみられる。作品自体はベートーベンあたりを参照した古典的な作品で、曲想がキラキラと贅沢に切り替わるあたりには、後世のシュトラウスを思わせるところもなくはないという感じだ。第1楽章などは、ベートーベン的な素朴で堂々とした筆致から、ブラームス的なネオ・ロマンティシズムへと一気に羽ばたいていく様子が力強く、印象的である。

作品自体は時代なりにみるとつまらぬものだが、シャーマーホーンと香港フィルはその欠点よりも、もう、この時代ではあり得ないはずのありふれた形式を輝かせる、若きシュトラウスの才気煥発な若きエネルギーをはっきりとした筆致で描ききっている。その真摯で直向きな演奏と、若きシュトラウスの情熱がうまく噛み合っている録音である。上に書いた第1楽章以外では、躍動感のあるスケルッツォの演奏が素晴らしい。

【スタンダード・ナンバーにて】

スタンダードなナンバーでも、シャーマーホーンの手腕は十分に楽しめる。そのなかには、壮麗なベートーベンの『ミサ・ソレムニス』(ナッシュヴィル響)の演奏もある。母国の音楽の稀少な録音が多いなかに、忽然と聳えるドイツの宗教曲の大曲ゆえに、なにか記念的な録音なのであろうと思われる。声の扱いはかなり巧みで、よくまとまってはいるが、あまりフレキシビリティのなさそうな合唱やソリストを丁寧に扱い、押しては返す波のあり方をベースに組み立てた録音である。随所にやや大味なところはみられるが、それは指揮者云々というよりは、演奏者の備えたデリカシー(限界)を示すものだろうと思う。

スロヴァキア放送響によるシベリウスの『フィンランディア』は、シャーマーホーンの卓越したドライヴを以てしても動かないオーケストラの重さが歯がゆいが、序奏のあとの長いドラム・ロールや、その後の構えの大きな演奏・・・しかし、それは決してわざとらしくはない・・・に面白みがある。緩徐的な部分で濃厚なサウンドを引き出し、そこからミリタリー・マーチ的なサウンドで一気に盛り上がるあたりに、チャイコフスキーの濃厚な影響を描き出すあたりはバレエ・シアターでの経験が生きている。『悲しきワルツ』なども、そのまま踊れそうな立体感のある演奏になっており、個性的だ。

【まとめ】

いずれの録音でも、スコアを一から洗い直すような丹精なリーディングのあとが窺われ、オーケストラへの仕上げにも一切の妥協がない。そして、彼の手にしたオーケストラはどれも、世界的な名声に包まれた優れた集団ではないというのに、それと匹敵するかのような質の高い響きでNAXOSレーベルの北米部門を盛り上げている。オーケストラ・ビルダーとして傑出した才能をもち、一方、そのタイプの指揮者が陥りやすい官僚的な面は少なく、作品の詩情にたおやかに寄り添っていくこころのあるアーティストだったと思われる。

シャーマーホーンは2005年4月、持病の癌と闘ったのちに75年の人生を散らしたが、マルタ夫人と、一男二女がその跡に残されたという。死亡記事は、上記のようにニューヨーク・タイムズも扱っていた。師匠、バーンスタインの名声にはとても及ばぬが、アメリカを代表する名指揮者として記憶しておきたいものである。

なお、ナッシュヴィル響はシャーマーホーンのあと、3年間、音楽顧問としてレナード・スラットキンがフォローして、現在は若手のジャンカルロ・ゲレーロが率いている。香港フィルはアサートンが一時代を築いたあと、エド・デ・ワールトに引き継がれていまに至る。ミルウォーキー響も、マーツァルやスクロヴァチェフスキのようなインターナショナルな指揮者を迎えるようになり、こちらもデ・ワールトが引き継いでいる。こんなところからみただけでも、どの楽団もシャーマーホーンが率いた前後で格段のちがいがあることがわかるだろう。

« ベートーヴェン弦楽四重奏曲 9曲演奏会 2010 @東京文化会館 12/31 ② | トップページ | 須藤慎吾(Br)&服部容子(pf) 声とピアノのアンサンブル 日本声楽家協会 »

B級指揮者列伝」カテゴリの記事

コメント

『ボヘミアンな京都住まい』のしとらすと申します。

ナッシュヴィル交響楽団について検索しているうちに、こちらの記事が目に止まりまして、とても興味深く拝見させていただきましたので、今年のグラミー賞受賞作となったCDについて書いた拙サイトの記事からこちらのページにリンクを貼らせていただきました。

不都合がおありでしたら削除しますので、その際はご一報いただけますでしょうか。
(日付は2月14日にしていますが、実際にWeb上にアップしたのは今日のつい先程です)

ナクソスの配信サービスに加入していますので、早速シャーマーホーンが録音したヴィラ=ロボスのブラジル風バッハを聴きましたけど、とても素晴らしい演奏でした。こちらの記事を拝見しなかったら聴く機会がなかったと思います。ありがとうございました。

しとらすさん、コメント&TBありがとうございます。シャーマーホーンの記事で、このような反応があるとは思っていませんでしたので、望外の喜びであります。

貴殿のページも拝見しましたが、音楽関係の記事だけではなく、小学生のころからとても気に入っている京都に関する記事もあって、面白く拝見しました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/50513991

この記事へのトラックバック一覧です: ケネス・シャーマーホーン 【1929-2005年】:

» ドアティ『メトロポリス・シンフォニー』『デウス・エクス・マキナ』/ゲレーロ&ナッシュヴィル響 [ボヘミアンな京都住まい]
ムーティ&シカゴ響のヴェルレクという強敵がいたためにベストアルバムこそ逃しましたが、今年のグラミー賞で最優秀オーケストラ演奏賞・最優秀録音賞・最優秀録音賞の3部門で受賞したのがこれから紹介するアルバムです。でもジャケット絵を見て ・・・ん? と気づかれると思いますが、そう、見ての通り紛うことなき・・・ 「空を見ろ!」 「鳥だ!」 「飛行機だ!」 「いや、スーパーマンだ!」 ★ドアティ『メトロポリス・シンフォニー』『デウス・エクス・マキナ』  /ゲレーロ&ナッシュヴィル響 マイケル・ドアティ ・オーケ... [続きを読む]

« ベートーヴェン弦楽四重奏曲 9曲演奏会 2010 @東京文化会館 12/31 ② | トップページ | 須藤慎吾(Br)&服部容子(pf) 声とピアノのアンサンブル 日本声楽家協会 »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント