2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

« 神田慶一作曲/あさくさ天使 最後のユメコのアリア(初演時)が動画で見られるようになりました | トップページ | ドヴォルザーク 歌劇『ルサルカ』の対訳 @オペラ対訳プロジェクト »

2011年2月14日 (月)

藤田ありさ イザイ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ集 (Intim Musik)

難しい曲は、そうとは気取られぬようにシャンシャンと弾くのがクールなのか、それとも、目一杯に難しくして弾いたほうが迫力がいや増すのか、判断に迷うところである。全6曲にわたるイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタも難曲の代表格であり、その扱いについては多くのヴァイオリニストが苦心を重ねているが、たとえそのなかのたった1楽章でさえ、プログラムにのぼることがあるというほど、その内容は奥深いものがある。

【カヴァコスの録音】

近年の録音のなかで、私が接したことがあるものに限れば、もっとも素晴らしいと信じているのはレオニダス・カヴァコスの演奏である。この機会に改めて調べてみれば、カヴァコスは師匠のジョゼフ・ギンゴールドを通じて、イザイその人に繋がる直系に連なっているから、私の感覚はあながち外れていないのかもしれない(よっぽど、カヴァコスを正式にギンゴールドの弟子とするには問題もある)。いずれにせよ、私はイザイの書いた特殊な表現技法が、作品そのものが必要とする自然な呼吸以上に強調されたものは信用に値しないと思うし、その対岸にあるのがカヴァコスの演奏である。

やはり、難しい作品はシャンシャンと、サクッと弾いてのけたほうが凄みが増すようだ。ただし、三流の音楽家がテンポを極端に遅くしたり、到達点を低く設定してシャンシャンと弾くのとは訳がちがうようである。むしろ、作品のもつ呼吸からみて是非とも必要であるなら、そうやったらより難しいだろうと思える選択も敢えてするというのがカヴァコスなのであり、しかも、それをシャンシャンとやってのけるのだから凄い。それは歴史上の英雄たちが、人々が普通は困難と思うような選択を敢えてすることで大きな成功を掴みとっていくのに似ている。

カヴァコスにはヴィルトゥオーゾ系の作品の録音において、その言葉の意味を根本から塗り替えるような優れたパフォーマンスがあり、これは追って紹介する機会もあると思う。ヴィルトゥオーゾとは、一体、何だろうか。私たちのイメージは、とても浅い・・・。

【独特な位置づけ】

さて、ここで取り上げる藤田ありさの録音も、カヴァコスほどの完璧な美しさとはいえないにしても、それと似たような方向を、日本人らしく誠実に歩いている優れたものであり、静かなる熱狂を引き起こす。近年、イザイの作品はバッハ的な古典作品の息吹にもちかく、高い技術をもつ今日のヴァイオリン弾きにとっては手ごろに難しい程度で、実際の響きはわりに親しみやすい作品でもあることから、豊富に録音リストが揃っている。しかし、そのなかでも藤田の録音は独特の位置づけにある。

彼女のイザイはヴィオラのように根太い響きで、特殊奏法も逞しい幹のようにガッシリと演奏される。それは一見、このヴァイオリニストの不器用さとみる向きもあろうが、それは適切ではない。テンポもリズムも、フレージングも、藤田の解釈は全てどんよりしている。カヴァコスの演奏が天使の歌声のようであるとするなら、彼女の演奏は地上に縛りつけられた堕天使のそれである。しかし、この堕天使は地上でどんな災厄を被ったにしても、既に清く浄化された魂の持ち主となっているようなのだ。藤田のイザイは、もう地上のものとは思えない浮世ばなれした美しさよりは、私たちにも手の届きそうな親近感に支えられている。ただし同時に、容易には触れることのできない高貴さを伴って!

また、音色やフレージングも意識的に硬質なものが選ばれており、そのわりに、楽器のなかでの豊富な共鳴から響いてくるものは、不思議と柔らかくて弾力性があり、そのギャップがまた面白いともいえるのだ。

【個性に見合った第4番】

6曲のなかでも、藤田の個性に特に見合って素晴らしいのが、4番の録音である。なかでもアルマンドの演奏は感情とメティエのバランスが絶妙で、聴き手の内奥をチクチクと刺激する演奏となっている。これは無駄に扇情的な演奏というわけではなく、彼女の音色の深さが効いているせいである。この音色をたっぷりと使い、バロック的なフォルムの洗練よりは和声の重みを強調しながら、藤田は慎重に歩を進めていく。その歌い方は一見して不器用で、とても慎重な表現にも聴こえるが、なんど聴いても飽きることのない包容力と、空気のなかに溶け込む優しい響きに気づけば、もう藤田の術中にはまっているというほかはない。

サラバントも、非常に面白い演奏だ。まず、冒頭のピッチカートに表れる、文字どおり揺れるような詩情の頼りなさ。その雰囲気に基づく、逡巡する舞曲のちどりあし。さりげない動きが多く、一時も退屈しない。フィナーレのみは終盤の技巧的な部分に若干の硬さは残るが、それは全体の統一感のなかで藤田が見出したバランスのなかで導かれたものであることは確かである。

この4番は、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタのなかでも多様な解釈を許すもののうちのひとつだ。先のカヴァコスはバロック的なフォルムを優先させ、洗練されたフォルムを徹底的に織り上げていく正攻法だ。一方、カヴァコスの師匠筋に当たるギンゴールドとクァルテットを組んでいた実力者、オスカー・シュムスキーはもっと尖鋭なフォルムに仕上げている。ドライで、新古典派的なクールな知性によって作品が、かえってダイナミックに捉えられている。この録音も、ある意味では凄い。しかし、藤田の演奏も私はそれらと同列に論じられる特徴をもっていると指摘できそうだ。

【プロフィール】

最後にプロフィールをつけると、藤田はロンドンのギルドホール音楽&演劇学校で、著名なデイヴィッド・タケノに学んでその高弟となった。現在は鍵盤部門に小川典子も名前を連ねる同校で、教授職を務めている。チェロのほのか、ピアノのめぐみとともに3姉妹でピアノ・トリオとしても活動しているほか、現在の英国で代表的なチェリストであるスティーヴン・イッサーリスなどとも親交があり、彼のプロジェクトに参加して日本で演奏した経験もある。

彼女の録音を所収するIntim Musikレーベルは1980年代後半、イェーテボリ響のバス奏者によって設立されたレーベルで、知名度にかかわらず、実力のあるアーティストを紹介している骨っぽいレーベルである。そのなかでも藤田ありさやめぐみのソロ・ディスク、フジタ・ピアノ・トリオの録音は多く、主力アーティストの一角といえる。BISの小川典子にしても、北欧のレーベルと日本のアーティストは非常に相性がいいようだ。

« 神田慶一作曲/あさくさ天使 最後のユメコのアリア(初演時)が動画で見られるようになりました | トップページ | ドヴォルザーク 歌劇『ルサルカ』の対訳 @オペラ対訳プロジェクト »

NML 聴取ログ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/50865406

この記事へのトラックバック一覧です: 藤田ありさ イザイ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ集 (Intim Musik):

« 神田慶一作曲/あさくさ天使 最後のユメコのアリア(初演時)が動画で見られるようになりました | トップページ | ドヴォルザーク 歌劇『ルサルカ』の対訳 @オペラ対訳プロジェクト »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント