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2011年2月 4日 (金)

ショパン マズルカ op.6/op.7 必ずしも華やかではなかったパリにて

【花の都、パリ?】

ショパンは1831年、ウィーンを去ってパリへやってきた。「花の都」たるパリのイメージからみれば、ショパンはいよいよ彼の個性に相応しい華やかな街にやってきたかのようにみえる。そこではいささか不健康な暗さのある、いまでいえば、政治評論家の姜尚中(カン・サンジュン)や戦場カメラマンの山路徹のもつような「影」こそが愛されるのだ・・・という昼ドラのようなイメージで、我々はイメージをつくりがちだ。だが、このときのパリは、我々の思うような街とはいささか異なっていた。

まず、当時のパリには市壁があった。有名なオスマンによるパリ改造はまだおこなわれておらず、現在のようなエレガントなフォルムには遠かった。市壁の門外には課税を逃れた安い酒保が乱立し、労働者階級の不満を呑み込んでいたのである。当時のパリは非衛生的で、街のなかでも、豚が飼われているような地域があったほどだ。汚水にまみれ、スラム街もあるという薄暗い街。奇しくも、ショパンがパリに着いた年の7月、パリではコレラが流行していた。第2帝政期に改造されるまでのパリは、そんな感じだったという。

【歴史的背景】

当時のパリにはカペー朝全盛期の王朝文化の華やかさも、ナポレオン時代にあった逞しさも、フランス革命時代の情熱も存在しなかった。ショパンがパリにやってきたとき、その地では革命の矛盾が次々に噴出し、覆いがたく混乱は深まっていた。ナポレオン体制の崩壊後、革命政府はルイXⅧを王位に就けて欧州各国との緊張緩和に取り組んだ。復古王政のなかで貴族・聖職者の特権は維持され、ブルジョワジーを含む第3階級の不満は燻りつづけた。1830年、ブルジョワジーと農民・労働者らは一致団結し、ときのシャルルⅩに対して蜂起して、いわゆる「7月革命」を成し遂げる。

これも勘違いされやすいが、有名な「自由の女神」が描かれているショパンの親友、ドラクロワの絵画は、昔のフランス革命ではなくて、この7月革命を賞賛するものであった。この混乱の末に、主にブルジョアジーの支持を受けて、ルイ・フィリップが王位につけられ、7月王政が始まる。ショパンの活躍時期はほぼ、この7月王政の時期を中心とする。ショパンの若すぎる死の前年、2月革命が起こってルイ・フィリップは退位する。ここに、カペー朝フランスは完全に幕を閉じる。ショパンが亡くなった年は、第2共和政の時代である。それも短い間で、ショパンの死後ではあるが、今度はナポレオンⅢが権力を掌握し、第2帝政に移行する。世界史の教科書のなかでも複雑で、わかりにくい部分である。

【ショパンと時代】

ショパンのパリ時代は一応、7月王政の安定期が長い。しかし、「安定期」とはいえ、それは大いに括弧つきで書かれるべきであり、政治的にはいつも火種が燻っていた。7月革命では合力したブルジョアジーと、農民・労働者階級が互いにいがみあって、隙あらばと狙いあっていた時代である。このうち、ショパンは貴族階級やブルジョアジーをスポンサー(パトロン)、あるいはクライアント(生徒)として活動した。そのためか、ショパンは政治的な意図を含まない純音楽的な作品ばかりを書いていた。後世、シューマンによるお節介な文学的解釈を嫌がったのも、そのせいであるかもしれない。

ショパンが故国、ポーランドの素材を多く使ったのは、彼が愛国的であったためというよりは、なるべく当時のパリの腐臭に影響されずして、創作を進めるためと考えるのも無理ではないと思う。ショパンは政治的な意見をほとんど語らないか、本音をまったく漏らすことがなかったことから、その立場はよくわからない。愛国心が強かったといわれる一方で、ポーランドの蜂起には加わらなかった。それは虚弱体質のせいばかりであろうか。よくわからない。

私は、その強烈な個性を放つ音楽的性質にもかかわらず、ショパンとは「ゼロ」の作曲家だったと思っている。彼は自分にとってのヒーローである大バッハと同じように、自分を消すことに生涯を傾けた作曲家であると以前に書いた記憶がある。師匠のひとり、エルスナーらの再三の勧めにもかかわらず、そして、その分野に強い興味を抱いていた(ショパンは観劇が大好きだったことはよく知られている)にもかかわらず、彼がオペラを頑として書かなかったのは、オペラを書けば、そこにはどうしたって、自分の思想を乗せないわけにはいかないからだ。特に、喜劇は書けない。喜劇には、鋭い風刺が必要だ。その方面で、彼はロッシーニや、シェークスピアの勇気に遠く及ばなかった。

ショパンにとって、この時代はあまりにも厳しすぎたのだと思う。それゆえ、彼は自分を消し、響きそのものの洗練のみを図ることで、神の領域に迫るという選択をするしかなかった。それは、良客である貴族階級やブルジョアジーへのおもねりとは無縁のことである。

【ショパンの音楽に染み込むパリの腐臭】

彼は薄幸の美人を演じることで、彼らの歓心を買おうとしたのでもない。確かに、ショパンの作品の一部は、相当に不健康な音楽であるかもしれないが、それはショパン自身の鬱屈した、逆説的なヒロイズムとはまったく繋がっていない。それはショパンが図らずも写し取ってしまっていた、当時のパリの腐臭の顕れに他ならないからだ。このことはショパンの弱さと、音楽家としての良心を同時に示すものであろう。最初期の(op.6)や(op.7)のマズルカでは、まだパリに着いて間もないこともあり、自らの見たパリの真実に対する驚きが完全には消しきれていないようである。その意味で、このあたりの作品を聴くことは示唆的なのだ。

ショパンに良からぬイメージを抱いている人があるならば、私は迷いなく、この2つのマズルカ群をお勧めしたい。特に、(op.6-1)(op6-2)(op.6-4)(op.7-2)(op.7-3)などが重要である。これらの作品を上に書いた事情を思い浮かべながら、よくよく聴いてみてほしい。そこにどのようなものを感じとるかということには個人差もあろうが、私はおもにショパンの戸惑いを感じるのだ。多くの優れた文人たちと出会い、洗練された社交界に身を投じて、まずは名前を高めるための散財にも余念のなかったショパンであるが、人一倍に繊細な彼にとって、その裏側にある隠蔽された街の腐臭に気づかないわけもなかった。

彼は慌てて故国の記憶を呼び覚まし、自らの不安を覆い隠さねばならなかった。(op.6-4)はごく短くて、尻切れトンボのように、たった一音の薄い音で幕を閉じる。これ以上、ショパンは書けなかったのだ。気を取り直して、ショパンは(op.7)を華やかに始めるが、快活な(op.7-1)でさえ、ショパンはほんの小さな曲がり角でちらりと目にした(そんな風にちらりと忍び込む)、パリの現実に目を背けていない。そのイメージは(op7-2)で引き延ばされるも、独特のリズムと転調からなる複雑な書法で、ショパンは自らを消そうとするかのように逍遙する。

【ショパンの決断】

そして、この2つのマズルカ群のなかで、私が最高の傑作と位置づけるのは(op.7-3)である。ここでショパンは自らの想いを振りきり、シンプルな形式のなかに、彼のイメージする響きだけを溶け込ませて作品を仕上げた。それと対になる(op.7-4)で、ショパンは最初期の戸惑いからほぼ解放されたといえる。(op.7-5)は(op.6)の第4曲と同様にふわっとした終わり方だが、その内容は対照的であり、彼がパリでの生き方を固めたという自信を示すかのように、確信に満ちている。

ショパンは決して、政治的なアテンションを示すことはない。だが、それと無関係に生きるわけではない。ショパンは常に、生のパリと関わりつづけた。しかし、正確には、そこに関係というものはないだろう。なぜならば、関係とは「己」があって初めて成立するものだから。ショパンは大バッハと同じように、自分の姿を限りなくゼロに近づけることで、当時のパリについて描くべき現実を音楽のなかに閉じ込めよう・・・否、音楽のなかでこそ、それを宇宙的に展開したいと考えた。

そのためにショパンが新しく発明したシステムこそ、フィールドの発想を借りたノクターンに他ならない。ここには、ショパンの宇宙がある。

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