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2011年2月 3日 (木)

Sound of vision のコンセプトにこだわる Quartz Music レーベルの音源から

【世界のレーベルを知る楽しさ】

有料によるクラシック音楽のストリーミング配信サーヴィス、「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」にはいろいろな楽しみ方があるが、そのうちのひとつに、世界じゅうで活躍する個性的な録音レーベルの活動をリアルタイムで追うことができるというものがある。世界にはDGEMIといった大手だけではなく、私たちの知らない数々の個性的なレーベルがあることを、私はこれによって知ることを得た。録音媒体のリリースが以前よりも低コストで、高品位に行えるようになった分、その可能性も広がっているといえる。

CD業界の不況はよく言われるところだが、その一方で、かつては録音をリリースしたとしても、その存在さえ知られなかったであろう中・小規模のレーベルも、このような形で聴き手との接点を見つけられるようになったということだ。例えば、カンパネッラ・ムジカは、著名なオーボエ奏者であるハンス=イェルク・シェレンベルガーが立ち上げたレーベルで、彼がその経験のなかで重要と思われるレパートリーを、ベルリン・フィルの仲間たちに参加してもらうなどして録音している。

コル・レーニョは、ドイツのヴェルゴのような現代音楽専門レーベルで、主要なコンテンポラリーの作曲家のほか、現代音楽のフェスティバルの音源などから質の高いものを選抜してリリースしている。米国はニューメキシコ州のファースト・エディションは、国籍を問わず20世紀の優秀な作品を集めて、そのほとんどが世界初録音であるという勇敢なレーベルだ。オニキスはレーベルの都合ではなく、アーティストの意向を重視し、リリース数を制限することで著名な音楽家と契約できた独特の営業スタイルをもつ。トゥー・ピアニスツはその名のとおり、ニーナ・シューマンとルイス・マガリャアエスによって、南アフリカで立ち上げられたレーベル・・・。

【Sound of vision】

さて、ここで紹介するのは、英国のクォーツ・ミュージック(Quartz Music)というレーベルである。このレーベルは、’Sound of vision’のコンセプトを掲げており、「目に浮かぶような音楽」を録音し、リリースする姿勢を貫いている。しかし、それは映画音楽のようなものばかりを録音するということではなく、その録音リストにはバッハなどの古典作品も含まれれば、現代音楽も含まれている。そのことからみても、このキーワードはより多様な解釈に基づくものであると判断できるが、そのことはいくつかの録音を聴いてみれば、なるほどと思えるだろう。

【HPを開くと見慣れた顔が!】

HPを開いてみると、我々に身近な顔が飛び込んでくる。浜松のコンペティションと縁の深いアレクサンダー・コブリンだ。これはブラームスの録音のようだが、試聴を聴くかぎり、かなり聴き応えがありそうな感じで触手が伸びそう。中心的なアーティストは、ブラームスのトリオで全曲録音をリリースしているグールド・ピアノ・トリオであろう。彼らのブラームスはとても上品で内省的であるが、一方、適度に開かれたアテンションがあり、その伸縮が面白い。正に、難しい顔をしたブラームスの面貌が浮かんできそうな録音である。

【シャピラ&デンクのラヴェル】

さて、このレーベルを知るきっかけになったのは、ヴァイオリンのイッタイ・シャピラとピアノのジェレミー・デンクによるユニークなヴァイオリン・ソナタ集の録音だ。このうちデンクは最近、別のレーベルからバッハの録音を出したのだが、これがなかなかに気品溢れるもので聴きごたえがあった。ならば・・・と深く聴き進んでいったなかに、このレーベルの録音もあったというわけだ。デンクについては、追って個別に記事を書きたいと思っている。しかし、その優れたブログ記事は、ピアニストによるプレゼンテーションとして1つの可能性を示すものなので、ここにリンクしておきたい。

シャピラはイスラエル人で、米国で活躍するヴァイオリニストだ。スタイルとしては、日本でそれなりに著名なところでは、ネマニャ・ラドゥロヴィッチにちかい感じであり、個性のつよさが際立っている(ただし、その個性はケーゲルの記事で述べたような域にあるかどうかは、まだ自信が持てない)。特に、ラヴェルのソナタが変わっている。第2楽章は「ブルース」なのだし、かなり自由に演奏する余地があると思うが、楽章を追うごとに・・・つまり、次の第3楽章では、そのスタイルがさらにアクの強いカタチで表れる。

しかし、そのアクの源を探ってみると、これは単なる演奏の癖にあるのではなさそうだ。あくまで録音なのではっきりとは断言できないが、この演奏者は楽器の鳴りが素晴らしく良い。つまり、声楽でいえば、腹の底から絞り出すような深い音が出ている。これが非常に彫りの深い響きを印象づける鍵なのであって、その分、歌い方に独特の癖が出ていると判断したいのだ。その癖がこのレーベルの追求する ’vision’を立体的にイメージさせるもとである。

無窮動な第3楽章で、楽器の音色を無理なく引き出しながら演奏を深めるとなれば、どのような方法があるだろうか。シャピラがこだわったのは多分、呼吸である。響きの伸縮を慎重にデザインしながら、ときどきは歌曲を思わせるようなナチュラルな呼吸をつくり、全体の構造のなかに散らされている無数の断片を、この伸縮によって繋ぎ止めて構成していく。このラヴェルにおいては、シャピラというヴァイオリニストの卓越した個性と、見通しの良い構造観の素晴らしさに圧倒される(ただし、フランクでは感心するところばかりではない)。

【Piano 4 Hands による『海』の快演】

このレーベルには、日本人のアーティストも選抜されている。そのうちのひとりは、ジョセフ・トングとともにピアノ・デュオ「Piano 4 Hands」というユニットを組んで、おもに英国で活躍している長谷川和香である。2枚のディスクはいずれもデュオによるもので、それぞれドビュッシーとシューベルトの作品を選んでいる。この2人はピアノ・デュオとしては見るからにハイ・レヴェルな演奏者であり、音色よりは構造にスポットを当てている。また、2人が均質なピアノを粘りづよく奏でて、それを柔らかく出力していくことを身上としているようだ。

ドビュッシーの交響詩『海』のピアノ編曲は、2台ピアノによるものと4手連弾(1台のピアノを2人で演奏)によるものが存在するようだが、このアルバムは4手連弾のものばかりを集めているし、聴いた感じからしても4手連弾のほうと思われる。作曲者自身、この作品は演奏困難と感じていたほど難しい編曲で、2人で弾くから簡単になるどころか、かえって、作品の味わいを損ないかねない難曲とされている。しかし、この演奏をドビュッシーが聴けば、本当に喜んでくれるにちがいない。デュオはこの作品の構造的な面白さを完全に掌中に入れ、そして、「音画」としての立体的なイメージを完璧に浮かび上がらせてもいる。

とりわけ第2曲の「波の戯れ」のクライマックスでは、この作品のスコアの表紙にプリントされていたという葛飾北斎の有名な『浪裏』絵図に描かれている、富士と波の豪快なコントラストを見事に活写しているが、それは日本人である長谷川の直接的な感性と、それを客観的に見つめ、ドビュッシーと同じような視座で考えることができるトングとが、デュオとしてコミュニケーションを深めたことから導かれた奇跡的な完成度を示している。

このデュオは日本ではあまり知名度がないが、英国では音楽祭のディレクターを任されるなど、相当の活躍ぶりであることは知っておいてもいい。我々の知らない日本人たちが日々、世界じゅうで、とっても優れた仕事をしているのに、メディアはなぜ、彼らに注目しないのだろう。辻井なり萩原といった音楽家も優れてはいるのだろうが、彼らが突出して有名になる理由はない。もっとしっかりと海外に根の張った実績を残している、優れた音楽家が世界に散らばっているのに!

【井上祐子のバッハ】

そうしたなかにあるもうひとりの「クォーツ・アーティスト」は、今井信子門下の著名なヴィオリストである井上祐子である。井上はかつて、今井に憧れて渡欧して教えを受けた若いヴィオリストだったが、いまでは英国の王立音楽大学で教授を務めるほどのステイタスを誇っている。残念ながら、わが国では今井ほど高い知名度は獲得していないが、演奏を聴くかぎりは、なるほどレヴェルの高い奏者である。「クォーツ」のディスクでは、この井上が大バッハのヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロによる作品を、ヴィオラとピアノによる編曲版で演奏している。楽器こそヴィオラ&ピアノになっているが、その清楚な美しさは決して損なわれることなく、ゆたかな肉声を誇るヴィオラという楽器の特製が、上品に生かされている。

この録音では、’Sound of vision’がヴィオラの音色の立体感によって表現されているようである。もちろん、ヴィオラ・ダ・ガンバ&チェンバロによる神聖としか言いようのない音色の闊達さや、ガット弦独特の寛いだ雰囲気はないものの、内省的なヴィオラの音色がむしろ、バッハの本質を言い当てている部分もある。2つほど例を挙げる(例1例2)が、これらの録音にみられる豪華すぎる特徴(とはいえ、素敵な録音である)が、このヴィオラ版で、むしろプロテスタントらしい落ち着いた形式美にまとまっているようにも感じられるのだ。

なお、この井上は本年5月のヴィオラ・スペースのなかで、ミニ・コンサート「今井信子とアジアン・フレンズ」(5/28)のみに参加予定であり、できれば耳にしておきたいと思う。

【決定版 エルガー/使徒たち】

最後に挙げたいのは、大曲である。エルガーのオラトリオ『使徒たち』は、東京交響楽団の正指揮者、大友直人によって情熱的に日本初演されたが、ここに録音された合唱王国、英国の代表的なコーラス・マスターであるリチャード・クックの録音を聴くと、あの輝かしい思い出も霞んでしまう。最初の音が鳴った途端、すっと開ける美しく、広大な ’vision’ に圧倒される。もともとストーリー性のある作品だけに、声が入ると、なおさらその立体感は高まっていく。しかも、造型の美しさが無類である。敢えて詳しくは触れないが、いかにも英国らしい整然とした合唱に、英国の土(潮)の薫りや、物語の雰囲気が十分に染み込んだ伴奏のメッセージゆたかさにも驚かされる。

【まとめ】

このように、このレーベルの録音はセンスのいい、質の高い響きをつくるアーティストたちを厳選し、かつ、何らかのカタチで視覚性を伴った立体感のあるディスクを製作していることで、紹介に値する特徴をもつレーベルである。Quartz music レーベルという会社の名前と、指揮者であり、同社のクリエイティヴ・ディレクターを務めるマイケル・トムズの名前はともに、読者諸氏のあたまのどこかに記憶しておいていただきたいと願うものである。

なお、上に紹介した以外では、以前、僅かに触れたマルティノ・ティリモによるヤナーチェクのピアノ曲全集の録音が、このレーベルから出されていることも付言しておきたい。

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