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2011年3月 8日 (火)

コンヴィチュニー演出 リヒャルト・シュトラウス サロメ 二期会オペラ公演 Bキャスト 2/26 ファイナル

このオペラに対する記事も、いよいよこれが最後になります。まず、ここで改めて書いておきたいのですが、ここまでの記事で私が書いたことには、あとで考えて付け足したものというのは、ほとんどありません。ここで書いたほどには磨きがかかっていなかったにせよ、劇場で、舞台を見ながら直感的に考えたことしか、私は書きませんでした。そのことは、是非、信用していただきたいと思います。逆にいえば、劇場で感じた感覚的なものを、なんとか文章という形で整理したのが、このレビューだと思ってくだされば幸いなのです。

事前に多少の情報は入ってきたものの、最初のほうの記事で書いたように、その場がシェルターであることすら忘れてしまい、事前にブログやツイッターもみないようにして、ある意味、「万全を尽くして」舞台に向き合ってみたのでした。そして、この一連の記事の最初のものを書きはじめたときに、ようやく情報収集を始めました。しかし、それらを参考にすることなく、私は私の記事を書いてきたつもりです。

さて、最後の記事では、自分以外の書いた記事とのダイアローグ(対話)という形で進めていきたいと思います。私の記事とは正反対の、著述家で教育者としても知られる樋口裕一氏の記事を紹介します。正反対の記事なので、自然、批判的な書き方になりますが、その点はご容赦いただきたいと思います。

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

せっかくの『サロメ』のスキャンダラスで刺激的なところをすべてなくし、単に悪趣味で意味不明の妄想に仕立てあげてしまっている。コンヴィチュニーは、刺激的にしているつもりかもしれないが、あまりに陳腐であまりに安易な展開のために、『サロメ』が持っているはずのスキャンダラスな面は消えてしまっている。

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あまりに断片的な引用ですし、こころある方は是非、リンクのページのほうをご覧ください。しかし、これが樋口氏の主張の要点であることは間違いないと思います。この主張は十分に掘り下げられて書かれていない部分もあるので、完全には理解できません。ただ、氏の論点は、コンヴィチュニーが作品が本来的に備えているスキャンダラスな部分を捻じ曲げて、自分の主張にすり替えてしまったために、多分、音楽とは関係ない、まるで緊張感のない舞台になってしまったということに向かっているらしいのはわかります。

このような主張には、私は首をひねらざるを得ません。私の見方が甘いせいかもしれませんが、今回の演出を見るにつけ、コンヴィチュニーが恣意的に作品を刺激的にして、スキャンダラスにみせてやろうという意思をもっていたとは、到底、感じられなかったからです。

氏は「むしろ、演技が音楽の力、歌の力を殺していると感じていないのだろうか」と述べて、可愛そうな歌役者たちに反問していますが、その問いかけは、明らかに歌役者たちの反発を買うにちがいありません。このプロダクションでユダヤ人のうちの一人を歌った高田正人氏によれば、コンヴィチュニーは指揮者かコレペティのように、ピアノを弾きながら歌い手に語りかけることのできる演出家なのだそうです。だからといって、音楽に忠実だと決めつけることはできませんが・・・。

このあとの問題は、多分、私たちのセンスの問題かもしれません。樋口氏のセンスと、私のそれは明らかに異なります。例えば、氏が贔屓にするネマニャ・ラドゥロヴィッチがそんなに個性的で、素晴らしいアーティストだとは、私には思えません。むしろ、彼のほうがコンヴィチュニー以上に音楽をいじくりまわしているのではなかろうか・・・と感じるのです。反対に、私がもう最初のほうからジンとしっぱなしであったコンヴィチュニーの舞台に、氏は怒りを感じると仰っています。

もちろん、氏のほうが人生経験も、教養も豊富であると思いますし、私のほうが優れていると主張できる根拠は何もありませんし、そう言いたいとも思いません。

しかし、先の高田氏が同僚の畠山氏の言葉を引用して述べたことに、私はつよく支持したいと思います。それは作品が本来もっていながら、我々がいままで気づいていなかったような魅力が引き出された「紛れもないサロメ」であったという意見です。これが歌い演じる側や、コンヴィチュニーらによる「よがり」ではなかった証拠に、正にまっさらな状態で臨んだドシロウトの私が、彼らの言うようなサロメのイメージを確かに掴んでいるのです。私は、それほど傑出したオペラの鑑賞者なのでしょうか。

無論、そんなわけはありません。今回、私は高田氏の書く記事をみて、大変に驚きました。「答え」があっているからではなく、そこに至る考え方が驚くほど似通っていたからです。このページに、出演者の一部から好意的な言葉を寄せていただけたのも、私が偶然にも、これらの人たちの表現したかったものに近づくことができたからではないでしょうか。

私は決して間違っていたとは思いませんが、30代までの自分は、とても勝手で、傲慢な人生を送ってきたと思います。しかし、昨年から新しい仕事に移って、収入こそ減りましたが、いまの仕事に誇りをもって臨むことができています。私は常に、自分がどうあるべきかを考えて生きてきたつもりですが、それはあらゆる意味で不徹底でした。大晦日ごとに、三枝さんの企画でベートーベンの交響曲をすべて聴いているとき、自分の人生はどこか狂っているのではないかと考え続けてきたことから、ようやく、最近になって自由になれたのです。そういう迷いをもつ人たちに、コンヴィチュニーの表現は特につよく響いてきます。

再び高田氏のページによれば、コンヴィチュニーは、次のように述べたそうです。

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

このオペラを観終わった後に、
たとえ一人でもいい、
こんな風に思ってくれる人がいたら、僕は嬉しい。

よし、わたしもわたしの人生を変えてみよう。
明日から新しい自分を生きてみよう。

あの、サロメのように。

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

それがコンヴィチュニーの本当の願いならば、少なくとも私によって、彼の想いが満たされたことを証明することができるのでしょう。そして、これこそオペラのもつ力ではないのでしょうか。声がいいの演技が悪いの、斜めに構えて、あんなのは古臭いだの、否、新しいだの・・・そんな議論は意味をもつでしょうか。そんなことより、もっと真剣に自分と・・・舞台と向き合うべきだと言っておきたい。これが、私の結論です。

きっと自分に満足な人間、あるいは、自分と向き合うことに恐怖を感じるほど怠惰な人間には一生、彼のこころはわからないにちがいありません。樋口氏が、そうだと言っているのではありません。氏は氏なりに、自分なりのオペラ観に基づいた美学なり、希望を語っているのでしょう。実に純粋で、誠実な方なのです。私は、氏の考え方も尊重したいと思います。それだからこそ、もっと詳しく知りたいと願うものです。

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舞台芸術」カテゴリの記事

コメント

アリス様
 はじめまして。大震災と音楽に関する検索をしたところ、こちらのブログに行き当たりました。そして二期会の「サロメ」についての詳細なレビューを読ませていただき、アリス様の鋭い観察眼と深い洞察力に感銘を受けました、震災後の混乱している時勢に、かなりズレたタイミングで恐縮ですが、コメントさせていただきました。
 私は2/25のAキャスト(?)を見たのですが、コンヴィチュニー演出をどこまで理解できたかは自信がありませんが、斬新さや奇抜さの陰に確固たる思想性を感じながら(それもよく解らないまま)、素晴らしい演奏との融合で、かなり完成度の高いオペラに仕上がっていたと感じたものです。
 私は単なる音楽好きのひとりでしかありませんが、オペラやコンサートに通い、感じるところをプログに書いています。覗いていただければ幸いです。私もアリス様のブログをブックマークに入れて、楽しみに読ませていただきます。

ぶらあぼさん、コメント、ありがとうございます。

確かに、時節柄にあわないご投稿ではありますが、表現は悪いものの、音楽「バカ」もそれはそれで結構じゃないでしょうか。この重苦しい時節、私の記事が少しでも役に立ったのであれば、それは幸いなことです。

原発でも最悪の事態が回避され、避難所の事態が好転し、電力もある程度確保され、堂々とクラシック公演ができるような状況がはやく来ることを願っています。しかし、最悪、LFJの中止なんてこともあるんじゃないかと懸念しておりますし、事態が長引けば、東京のオーケストラも運営が難しくなります。

既にいくつか、音楽家が勇気を振り絞って、被災地支援のためのチャリティなどを企画・実行しており、そういう動きも、私のページのなかで伝えていければと思います。その際はツイッター的にいえば、拡散の方、よろしく、お願いいたしたく存じます。

また、原子炉がある程度安定するようなら、次の記事では、海外のアーティストが慌てて帰国、あるいは、来日拒否するなかで、日本での公開レッスンと公演に意欲を燃やす、E.ザラフィアンツ(pf)について書くつもりです。

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