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2011年3月27日 (日)

青いサカナ団 チャリティ・コンサート&バザー @シャロンゴスペルチャーチ(池袋) 3/27

この日は、国立オペラ・カンパニー「青いサカナ団」の主催するチャリティ・コンサートに足を運んだ。彼らによるプロダクション『あさくさ天使』が、新国立劇場の閉鎖により延期となってしまったのはご案内のとおりだが、出演者らの発案もあり、それに代わるチャリティ・コンサートが企画された。たとえ仕事に穴があいて、時間ができたからといって、なかなかできることでもないが、ほぼすべての出演者がこれに協力して、ソウルフルな公演に仕上がった。1時間くらいのコンパクトなものを想像していた私の予想をはるかに上回り、たっぷり2時間以上もつづいた。正式な団員は神田慶一ひとりというサカナ団だが、彼に共感し、そのこころを支えてやろうというアマチュア・プロの音楽家が志で結びつき、それをまた、共感した観客が支えるという不思議な構造をもったオペラ・カンパニーをみなさんに是非知ってもらいたい。

【鮨詰めの会場】

本来、予定されていた26/27日の公演に来る予定だった人たちは、ほとんどここに来たのではないかと思えるほど、会場の池袋/シャロンゴスペルチャーチは観衆で一杯になって、避難所もかくやという鮨詰め状態である(無論、こんなことで避難所の苦しさはわからない)。歌い、演奏するほうもぎっちり肩を寄せあい、あれでは、さぞや歌いにくかったろうと思うほどだ。しかし、この鮨詰め状態はもちろん心地よいとはいえなくとも、なんとなく人の温かみを感じることができて良かった面もある。神田氏らは自分たちの力を過小評価していた可能性もあるが、こうして集ってくる人たちの姿を目にして、その点について大いに反省するとともに、同時につよく励まされたにちがいない。

【やっぱり響く神田節】

神田の自作『銀河鉄道の夜』の最初と最後の場面で幕を開けた演奏会の内容は、実に多彩なものだった。神田作品の抜粋のほか、著名なオペラ作品のアリアや、カンツォーネ、日本の抒情歌、コーラス作品、管弦楽団のコンマスを務める成原奏によるヴァイオリン小品、器楽アンサンブルなど、様々な観客の趣向に応えるものであり、こんなことができるのあれば、年間1回のオペラ公演だけではなく、1950-60年的な「青いサカナ団」音楽サークルみたいなのをつくって、年間4回くらい集って楽しむのもまた良いではないかと思ったりした。

しかし、そのなかでもとりわけ胸に響くのは、やっぱり神田慶一の作品だろう。彼の作品はウェットで、とりたてて新しくもないようにみえるし、なんでそんなにも惹かれてしまうのか、言葉で説明するのは難しいところだ。あるいは、私がウェットな少女趣味で固められた俗物であるせいかもしれないし、もちろん、そういう面もなくはないのだが、神田はほかの人とはちがう何かをもっていることは確かだ。例えば、プッチーニがもっていたような何かである。そして、もうひとつ重要なことは、新しさや、進歩的な歴史観といった要素から来る当然の批判に対して、自分の美しいと思うものに正直でいたいと願い、必要な時期が来るまでは、そこに止まりつづけるということに耐えるだけの、強靭な意思の力をもっていることである。

真の神田慶一はそれほどつよい男ではないかもしれないし、今回の公演にしても、周りの人たちに励まされて・・・という面が強いようだ。ただ、音楽家としての彼は、人間としての彼よりもいくらか頑固で、粘りづよい人間だということであろう。そして、ほかの著名な作品たちに比べて、神田の作品がとりわけこころに響いた最大の理由は、歌い演じる人たちが、何より神田の作品が好きでしようがないという、そのことに尽きるのだと思う。

このブログでも何度か述べてきたことは繰り返さないが、消えたアゲハとの再会を信じて歌うケンジ(秋谷直之)の「アゲハの歌」、死んでしまって天使となったユメコが「この街には魔法があって・・・」と歌いだす『あさくさ天使』の最後の場面(菊地美奈)、物質的な新しさを追い求めるあまりにこころが置き去りにされているということを直感的にうたう同作品の「オヤジの歌」(田代誠)など、本当に素晴らしいメッセージが詰まっていて、いつも涙を禁じ得ない。最後、「おやすみ」の一言に凝縮しておわる『終わらない夏の王国』の合唱は、これらのこころ揺さぶる作品たちのなかで、聴き手のこころを落ち着ける響きをもっている。

【ルビーと蔵野蘭子】

そんななかで異質な輝きを放ったのは、『アゲハの恋』ルビー役のアリアを再び歌った蔵野蘭子である。今回、狭い場所の公演でよくわかったように、現代の多くの歌手はイタリア・ベルカントの基礎による歌唱を身につけており、これは日本語の歌とも相性が良い。音楽史に詳しいわけでもないので、覚束ない発言だが、邦人作曲家はどちらかといえば、イタリアの作曲家の書法を倣いながら作品を書いていった感じがあるので、これは納得できる。多くはドイツで勉強した人たちであるが、むしろ、歌はイタリアという実感がつよく、コテコテのドイツ的な歌を書いたのは、黛敏郎ぐらいに思える。ところが、蔵野は最近の若手(!?)では珍しいドイツ唱法に徹した歌い手である。神田慶一の尊敬する作曲家には多分、プッチーニとワーグナーがいる。蔵野のような歌手がいれば、彼はもうひとつの部分を試すことができる。ルビーの歌は、初演のときよりも私をふかく捉えた。

実際、この歌は神田の作品のなかでもかなり難しい部類に入ると思う。私のような素人には、一度、二度の体験ではよくわからない部分もあり、アゲハやケンジの歌と比べれば、ずっと詩情が複雑だ。しかも、ルビーは大歌手とはいえ、もはや落ち目の歌手という設定であり、そこにもう一枚、難しさが加わるのだから手に負えないのである。ただ、こういうことは言えるのではなかろうか。ルビーもまた、過去の自分を諦めてはいない。この歌の行き着くべき先は、結局、ルビーのそのような希望の部分である。

「神田さん!」と呼びかけて蔵野がいうことには、この歌をマレーシアでうたったところ、向こうの人たちがいたく気にいったので、ローマ字に直して楽譜を送らなければならないとのことであった。彼女はマレーシア国立大学に客員教授として招かれており、そのときのことを言っているのであろう。これは、神田の作品が容易に国境を越える力があるということの具体的な証明となる。そして、この歌はとりわけ蔵野という優れた歌い手を得て、もっと逞しく成長するにちがいない。

【グリンカ 悲愴三重奏曲】

器楽のほうでは、グリンカの『悲愴三重奏曲』が素晴らしかった。ピアノ・ベースのうえで、クラリネットとファゴットが踊るトリオ作品であるが、クラリネットはオーボエでも代替可能、また、管楽器を弦に移して演奏されることもある。私は知らない作品だったので、こちらのリンクを掲げておく。著名な演奏家ではないかもしれないが、クラリネットはふくよかで音色が柔らかく、ファゴットは実直で、温かみのあるサウンド。ピアノのラインに派手さがあることで知られているようだが、今回はこれら木管二重唱を下から粘りづよく支える役目に徹した。

作品はごく古典的であるが、第4楽章なんかほとんど二部形式ともいえる短さで、ウェーバーの影響が濃厚である。グリンカについては、今後、よく研究してみたい。

【まとめ】

声楽家は所谷直生、菊地美奈、蔵野蘭子、秋谷直之、田代誠、斉木健詞等々と、二期会や藤原歌劇団で主役級を張れるメンバーだけに、池袋のこじんまりとした教会堂を美しい声で満たすのに不足はまったくない。内容はコラージュ的なものだが、こういうパーツを組み立てていくと神田のオペラが出来上がるのだと思うと、どこか、プラモデルを分解してパーツを並べてみたような面白さもあった。

しかし、できることならば、やっぱり僕らではなくて、本当の避難所にいる人たちに聴いてもらいたいパフォーマンスだ。いまはとても無理かもしれないけれど、みんなでバスに乗って東北道を北上し、被災地のみなさんのところで楽しんでもらうことができたら、どんなにいいだろうか。神田慶一の作品ならば、絶対に、そういう場所で人々を泣き笑いさせる力があるはずなのだし、荒唐無稽な思いつきではないと思う。私は(役立たずだから)行かないにしても、必要ならば、貯金をはたいてバスのチャーター代ぐらいは出してもいい!

【震災に対する私の態度】

さて、最後に、このページをつくる「アリス」の震災に対する態度を、この機会にまとめておくことにしよう。個人的なことだが、興味があれば、おつきあい願いたい。

◎基本的な考え方

私は音楽の力を信じ、それを守り育てることが、我々の喜怒哀楽や、存在そのものを後世に伝えるためのもっとも有効な手段なのだという信念に基づいて行動する。私はこのような苦難のときでも、音楽家の活動を理解し、支えることが、日本人としての誇りを守ることにつながると信じ、私たちの、そして音楽家の日常を守るべく、いくつかの行動をとることを約束する。

◎具体的な行動

1、1回的な寄付

二期会ロシア東欧オペラ研究会、青いサカナ団の主催するチャリティ・コンサートで、総額=1万円を寄付する(行動済)。この金額は僅少ではあるが、低所得者としての私にとっては大きな割合を占めることを理解してもらいたい。

2、東響 TSOフレンズに

本拠地が震災の影響を受け、しばらく使うことのできなくなった東京交響楽団を支援するため、今年中にTSOフレンズに入会し、会費を支払う。

3、毎月の寄付

この悲劇に対する過渡的な共感だけではなく、これと長くつき合っていくようにすべく、今後、少なくとも数年間にわたり、毎月11日に何らかの形で1000-3000円くらいの寄付行為をつづける。

4、福島県への旅行

風評被害と闘う人たちを支援する目的で、状況が赦すようなら、福島県いわき市や、茨城県高萩市など北関東・東北への観光を1年以内に検討し、おこなうようにする。

5、広報

このブログでは、震災に対する音楽家らの支援についての努力を可能な限り情報収集し、積極的に広報する。

6、ボランティア

東京近県などの避難所等でボランティアが必要になった場合、特に高齢者介護などで需要があった場合には、積極的に活動する(サバイバルは得意なほうではないので、現地にいくと、かえって迷惑をかけると思う)。

原発のこともあり、暢気なことを言っている場合ではないのかもしれないが、現時点で、私にもできそうなことを考えてみた。

なお、既に発表のようにキャンペーン・ソングを勝手に設定し、事態の大きさにも配慮して、次の3曲を定めた。

 ①フランク:天使の糧

 ②ピアソラ:アディオス・ノニーノ

 ③マスネ:歌劇『タイス』より最後の場面

①は、敬虔なセザール・フランクがミサ曲のなかに、通常ミサ祈祷文に組み込んで挿入したもの。「天使のパンは人々の糧となりました。天からの糧は形あるものに変わりました。なんと素晴らしいことでしょう。憐れな者たち、そして身分の卑しい奴隷たちのことを(天は)主に託されたのです」・・・人間が生きるために最低限必要な、食べものというものが欠乏する現地をイメージし、励ます意味もこめて入れた。アキルベイ女史の指揮による、アクサンテュス合唱団の洗練された響き、パヴォール・ブレスリクの落ち着いた声が素晴らしい。

②は、アストール・ピアソラが敬愛する父親の死を悼んで書いた作品。追悼の作品だが、湿っぽくはなく、この震災に対する私の基本姿勢と照応する作品として選んだ。作曲者本人による録音もあるが、音色が魅力的なアコーディオン四重奏による版を特に選んでみた。

③はマスネの歌劇『タイス』の最後の場面で、タイスがうたう旋律はヴァイオリン小品などとしてよく知られる『瞑想曲』と同じである。プロットは残念な筋書きだが、タイスは自分を変えてくれた男に感謝しながら目を閉じる。無念な死が漂うなかで、すこしでも希望ある最期を遂げ、魂の平安を得るタイスの姿に我らの希望を託したいと願った。2005年、プローべ中に斃れて急死したスイスの愛すべきマエストロ、マルチェロ・ヴィオッティの録音を用いているのもポイントである。

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コメント

3月27日(日)にシャロンゴスペルチャーチにて開催させて頂きました東北関東大震災チャリティーコンサート「音の水族館」は、御陰様で無事終了致しました。

本日、「日本赤十字社東北関東大震災義援金」受付に募金とチャリティーバザーの売り上げ合計327,399円を振り込ませていただきました。
皆様への感謝と共に報告させて頂きます。

音楽家の力で僅かでも被災地を勇気づけ、そして皆様と共に、さらにお客様と共に力を合わせるアクションを起こせた事を誇りに思っております。
私達の力は微力かも知れませんが、今回集まった義援金が、どこかの誰かの心を少しでも幸せにする事が出来たら、これ以上の喜びはありません。
被災地の方々に於かれまましては、まだまだ困難な状況が続いている事と存じますが、少しでも早く穏やかな日常が戻ってくる事を心より願っております。

再び音楽の溢れる街が戻ってくる事を信じて。

2011年3月30日 国立オペラ・カンパニー 青いサカナ団

素早い、ご報告ありがとうございます。また、公演の盛況をお喜び申し上げます。教会に集った人たちは、みなさんの誠心誠意を尽くした演奏から多くの勇気と希望をもらったと思います。

なお、別記事でも書きましたが、仙台フィルをセンターにして、被災地に音楽を届ける試みが企図されています。サカナ団としてもなんらかの参加ができないものか、検討されてみてはいかがでしょか。私としても、寸志ながら協力は惜しまないところです。事務でも、何でもやります!

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