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2011年3月14日 (月)

東北関東大震災に寄せて

日々、おぞましくも膨らんでいく数字に多くの人たちが驚き、恐怖していることだろう。東北関東大震災は、戦後最大規模の震災として歴史に刻まれることは確実だ。地震当日は数十人、数百人という規模で報じられていた被害者数は、一夜が明けると一桁あがっていた。さらに、13日に入ると、もうひとつ桁が上がってしまった。当初、直下型ではないことから、阪神・淡路大震災を越えるものではないと私はイメージしていたが、現在、避難所に集まっておらず、安否のわからない人たちと、既に死亡の確認された人たちの数を合わせると万単位に達する可能性が高いという。

1923年の関東大震災には及ばないものの、戦後の震災被害としては明らかに桁外れの大きな被害に見舞われた。

しかも、福島の原子力発電所の複数の炉で深刻な事故を招くかもしれない危機がつづいており、今後、16日までにマグニチュード7.0以上の余震が起こる可能性も7割以上という高率を示す。その場合、再び高い津波の発生する可能性もあるなど、まだまだ安心はできない日々がつづいている。ライフラインの確保は難航、物資や燃料、医薬品、水、食糧などの運搬にも多大な支障を来すなかで、二次的・三次的な被害の可能性も見逃すわけにはいかない。現在、水や食糧の備蓄も十分でないなかで、救出を待つ孤立状態の人たちも多数存在するようだ。収容が困難で、身元の確認するままならない遺体の数々も放っておくことはできない。

我々は、ほかの国々よりも津波についてよく知っているつもりでいた。しかし、本当はそうではなかったのだろう。不謹慎な言い方かもしれないが、今回のおぞましい映像は、私たちに津波の何たるかをはっきりと教えてくれただろう。テレビ朝日に出ていたコメンテイターの言い方がわかりやすかったが、津波とは海そのものが押し寄せてくる現象なのだ。普通、寄せては返すのが波である。たとえ高い波が来ても、所詮、波は引いていくというのが常識であった。しかし、津波は海そのものが押し寄せる。今回の津波では、その周期はおよそ1時間と長く、その間じゅう、海が街を呑みこんでしまうわけである。

津波については、海辺の人が気をつければいいものだと思い込んでもいた。しかし、例えば、数百体の遺体が回収されずに放置されているという宮城県仙台市の若林地区は、地図でみると、海辺というには海岸線から離れている部分もある。市役所の位置は、海岸線から5km以上も離れたところにある。ただ、名取川というのが海辺からつながっていて、青葉城のちかくまで伸びている。これを遡って、津波がやってきたのかもしれない。こういう地域の人たちは、いかに大津波警報が出ていたとしても、まさか自分たちのところが波に呑み込まれることになるとは予想もしなかったにちがいない。

警報の注意喚起も、こうした地域への呼びかけは含まれていなかったと記憶する。

最初の日、テレビにかじりつきながら、私が予想していた被害はもうすこし小さなものだったが、多くの人たちがそうであるように、私もことの重大さに少しずつ気づいていった。最初の日の夜、まるで爆撃に曝されたかのような気仙沼の映像をみて驚愕したものだが、その驚愕が今ではちっぽけなものに思えるほどに、おぞましい数字が浮かんできている。しかも、核汚染の脅威までが・・・。

今回の震災、現在進行形のときにいうのもどうかと思うが、人災が拍車をかけた面も大きいと思う。例えば、このような大規模な津波災害はまったく予想外というわけではなかったようだ。マグニチュード7.0-8.0程度の大規模な地震、そして津波の起こる可能性は高いと予想されており、それに対する注意喚起や対策の必要性を考える動きは、既に起こっていたという。しかし、歴代政府の動きは鈍かった。

原発についても、今回のような、地震+津波の複合による危険性は専門家からつよく指摘されていたが、政府は原子力の「安全神話」を守る観点からも、そのような危険性に対して、具体的に手を打つことはなかったという。港湾における燃料貯蔵も、千葉県のコンビナートの老朽化も、すべて専門家からみれば危険因子としてみられていたようで、警告もなされていた。しかし、具体的な対策には手がまわらなかったのだろうか。

日本の国力が落ちていくなかで、このようなリスクに対する備えは後回しになっていたのだ。そのツケが、大きな矛盾となって表れたカタチである。

素人からみれば、なんで、そんなところに手が打っていないんだろうというところが、一気に津波で暴かれたような感じになっている。例えば、堅牢につくってあるはずの国の石油備蓄基地が想定され得る津波の被害で、そんなに容易く流されていいものだろうか。

その種の問題で最たるものが、原発だろう。あんな海辺にあれば、津波が来るかもしれないことは素人にだってわかるのに、たとえ未曾有の大津波とはいえ、今回のように切迫した危機にまで陥ることを阻めないとは遺憾である。問題が起こったときの対策も十分であったとは思えず、また、原子炉が何らかの理由で働かなくなったときの対策も十分にできていないとは驚きだ。東京電力は供給地域を5つに分けての、計画的な輪番停電をおこなうことで供給不足を調整する構えであるが、これも私からみれば憤怒の対象である。特に私の努める老人関係の施設や、バックアップのない小規模な医療機関など、死活問題であろうと思う。このような施設が、市民生活の基盤を支えているのではないか?

一方では、日本人のモラルの高さを感じるニュースも、少しずつ漏れ聞こえてくる。痛ましいほうでいえば、職務に殉じた消防職員や警察官らの被災がある。例えば後者については、現在までに50人ちかい警察官の死亡や安否不明が報告されている。市民の安全を守るセクトゆえ、真っ先に避難するというわけにもいかない。毎日新聞では、宮城県南三陸市の職員で、防災無線で退避を訴えつづけながら、自らは波にさらわれて亡くなったと思われる若い女性職員のことが紹介されている。ウェットで、すこしばかり悲しい記事でもあるが、こういう状況にあっては、少しでもこころの温まる記事である。

さて、音楽関係の施設でも被害が出ている。特に驚いたのは、まだ新しいミューザ川崎の被害である。天井の仕上剤や、軽量鉄骨による下地が落下し、ホールの安全性が確保できないため、3月中の公演はすべて中止となることが決定した。フランチャイズする東京交響楽団の川崎定期/名曲全集の公演は今シーズンの日程をすべて終えているが、モーツァルト・マチネの公演が残っていたほか、練習場として使用できないことが大きいと思われる。もともと転形期の難局に当たっていただけに、打撃は計り知れない。4月以降の定期もミューザを使用できない可能性があり、楽団にとっては危機的な事態である。

なお、大きな被害の出た仙台市に本拠を置く仙台フィルであるが、所属の団員全員の無事が確認されたという。同じ東北にある山響はさほど被害の大きな地域ではないものの、地震の翌日の12日の地元定期は中止した。イジー・シュトルンツによるドヴォルザークの曲目が予定されていたが、その公演でソリストを務めるはずだったチェリストの遠藤真理は、九響でエリシュカと共演することになっている。「プラハの春」音楽祭のコンペティションで、優秀な成績を残した若い人であるという。

先日、地震当日に公演を強行した日本フィルについて書いたが、チケットの対応については若干、姿勢が軟化した。翌12日公演への振り替えを推奨していたが、そこに来られない聴衆に対しては、他日公演への振り替えを認めるという追加措置を発表した。しかし、払い戻しには応じない。「市民のための楽団」のはずなのに・・・。かつ、批判的にいうつもりはないのだが、招待を受けている香港公演にはしっかり赴くようである。悪いことではないが、どこかピントがずれているのではなかろうか?

新日本フィルは11日の公演を強行したものの、来られなかった聴衆への払い戻しには応じる。翌12日の公演は中止とし、ハーディングのマーラーを聴けた聴衆は、初日のわずか100名ちょっとに限られることに。また、同公演を聴くために、69歳のオジサンが徒歩で何時間もかけてホールにやってきたということを、指揮者のハーディングがツイッターのなかで報告している。爪の垢を煎じて呑むべきか、疑問に思う。

なんといっても、この被害なのだから、喪章でもして歩かなければならないような雰囲気である。先日、レビューを書いたトルナトーレ監督の映画『バーリア』のなかで、弾圧の犠牲になった人たちを悼んで、市民が喪章をして行進するシーンを思い出した。いま、私たちよりもはるかに苦しい立場に置かれている人たちのことを思うと、胸が締めつけられる想いがする。私たちにできることは、残念ながら少ない。

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