2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

« 今年度以降、このブログではLFJを推奨しません ~「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」公演中止に寄せて | トップページ | 義捐金もふるさと納税扱いに! »

2011年4月16日 (土)

シュテファン・メラー(モェラー) ピアノ・リサイタル ベートーベン 交響曲第9番(リスト編) 4/13

先ごろ閉幕した「東京・春・音楽祭」のクライマックスを飾ったズビン・メータによる『第九』のチャリティ演奏はとうとう聴くことができなかった。その代わりにはならないが、この時局に来日を決意した演奏家のうちに、ピアニストのシュテファン・メラー(Stephan Möller)も入る。メラーは日本ではほとんど無名であるが、ウィーン国立音大の教授を務め、ウィーンの国際ピアニスト協会会長などの立場にもある重鎮で、特にベートーベン演奏の権威とみなされているようである。意外にも来日は多いが、今日までその知名度は十分とは言い難い。

今回はもちろん、メータの演奏会とは無関係に以前から、リスト編曲によるベートーベンの交響曲第9番の演奏がプログラミングされていた。そのほか、日本でのレッスンや声楽家とのコンサート、アマチュア・オーケストラとの共演をしっかりこなすことになっている。

【言葉か、音楽か?】

この編曲は昨今、チラホラと録音も見られるようになってきたものの、甚だ問題の多いもののようでもあり、その点はもちろん、メラーも承知しているところだろう。彼の書いたプログラム・ノートによれば、特に第4楽章では編曲は困難を極めたのか、ピアノ用の大譜表に2段に分けてスコアが書かれ、さらに合唱とソリストの声部が別に表記されているそうである。これは単にすべての声部を2手=1台ピアノに収めるという困難を示すだけではなく、ベートーベンがその革命的な仕事のリーサル・ウェポンに選んだ歌(詩)のボディを、単に純音楽的な声部に解体して組み入れてよいものかどうか、リストが最後まで迷ったことを示しているのではなかろうか。

言葉か、音楽か・・・という問題は、彼の女婿となったワーグナーを含めて、この時代の主要な芸術的な悩みのひとつであった。

メラーはしかし、そうした部分において、できるかぎり声部を生かしながら、最終的な編曲をピアニストが完成させなければならないことについて、ベートーベン以前のピアノ演奏が常に備えていた、即興的な仕事の性質になぞらえて解釈しようとしている。

【ドイツ的な演奏】

さて、私はウィーンのピアニズムについて十全に語ることのできる知識も体験も、感覚も、まるで有していないものであるが、その範囲において、私はその中核に「省くこと」の美学を見てきたような気がしてならないのだ。例えば、野平一郎のベートーベンはテクスチャーの全体がこの上もなく明解であるが、一方、あまりにもすべての音が粒だっているために、本来、その余白に生きてくるはずの余裕が喪われ、せかせかした感じを与えるのである。ただ、この方法の良さはベートーベンの音楽の骨組みを成す伝統的な対位法の整然とした美しさを示すには、他の方法に比べて優れている。

この方向で演奏した人といえば、例えば、アルフレッド・ブレンデルやディノ・チアーニなど、幾分、力づくな演奏をするピアニストの名前が挙げられる。

一方、アルトゥール・シュナーベルやウィルヘルム・バックハウスといったピアニストの本流をいく人たちは、音の強調と抜き方をリズムや音色というベースのなかで、繊細に組み立てているのがわかる。私はこうしたものを、ベートーベンの・・・つまりは、ウィーン・ピアニズムの核心的な部分とみなしてきた。それは絵画の分野で、ルノワール(印象派)以降、ぼかしや省略が大きな意味をもってくるのに符合していると思われる。絵画に対して、音楽がこの分野で大きく先行できたのは、ひとえにベートーベンのような、つんのめるほどに前向きのベクトルをもった天才がいたからであろう。

しかし、メラーはこの点で、典型的なウィーンのスタイルというよりは、構造や拍節感を重視するドイツ的な特徴を示す。ただし、上のような性質から、演奏するのに相当、無理のある楽曲についてのパフォーマンスから、メラーの特徴について語るのが適切かどうかは疑問である。

【キーワードは対位法】

メカニカルな面でいえば、彼よりも優れたピアニストはごまんといるのではなかろうか。「すべての人はみな兄弟となる」をテーマとしてもつ『第九』の特徴を挙げ、今般の震災被害についてプログラム上で言及してはいるが、そうしたメッセージ性をこれでもかと訴えるようなコミュニケーションの強さも持ち合わせない。むしろ、そうした要素を排除するクールな知性こそがメラーのすべてであり、そのキーワードはやはり、対位法である。

こうして1台ピアノに編曲したことの意味は、ほぼそこにしか見出せないともいえようか。つまり、オーケストレーションや声の介在を抜き、淡彩なピアノの響きと言葉の排除から生まれるリスト編曲の世界は、ひとえに、ベートーベンの並外れた対位法への強い執着を示すのであり、また同時に、そこからダイナミックに飛翔するための数々の約束事の破壊、そして、これらを対立のまま呑み込んでしまうような圧倒的な把握力ということにおいて、リストの編曲はベートーベンのすべてを物語っている。この前、公開されたブリュッヘンのプローベと、今回のメラーの演奏を聴いたことは、私にとって、この曲をより深く理解するためのヒントとなるような機会だと思えるのだ。

特にスケルッツォの前半部分は衝撃的な演奏であり、ベートーベンが伝統的なものと、その飛躍的な逸脱から、とんでもなく大胆な対位法的な構造を構築しているかを示すのに、これほど見事な演奏はそうそう聴けるものではなかったいうほどのものだ。ただし、その演奏はそのような特徴だけに収束するものではなく、この構造を引き出すための美しいアーティキュレーションと、整然としたリズムの構築にも注目しなければならない。特に、弱奏を滑るアルペッジオの涼やかな響きや、そこからあっという間に構築される堂々とした響きの対比などは、この上もなく明晰である。

【準備は十分でない】

もっとも、演奏全体はよく準備されているとは言い難くて、それが本当にメラーの意図による演奏であるのか、単に打鍵をし損ねたものであるのか、よくわからない瞬間も少なくなかった。リストは例えば、いま褒めたばかりの第2楽章では時折、調がずれたようなサスペンドな響きのアーティキュレーションを強調し、ベートーベンをディオニュソス的な視点から描き出そうとするかのようなポーズをとる。メラーはこうした要素を通常よりも深い打鍵で、きっちり捉えているかのようにも見えるが、実際には響きのキャッチがきつすぎて、フレージングやアーティキュレーションの俯瞰的なイメージが、その部分だけ浮かびにくいようになっている。

【終楽章/緩徐楽章】

終楽章は、思ったよりも整然とした論理的構造で導かれている。概ね主要な声部を素直に引き出してのシンプルなアーティキュレーションが目立つが、それらは実のところ、管弦楽の伴奏では埋もれがちな細部のイロニーによってトリッキーに浸食され、終結の部分に向かって、一進一退を繰り返していく様子がわかる。

面白いのは、リストがどういう楽譜に基づいてトランスクリプションを進めたかということである。以前、我々により近い先達は誤りの多いブライトコップの旧版に従って演奏するのを伝統としており、近年、その誤謬がベーレンライター版などの新校訂楽譜によって正されてきた。しかし、ベートーベンとは直接、会ったこともあるリストはどんな楽譜を手にしていたのであろうか。そして、どの程度まで、ベートーベンの真意を理解していたのであろうか。そのことまで深く潜行して論じることはできないが、メラーの演奏を聴いていて、リストの時代、既に相当の誤解や誤謬が進んでいたことも確かではないかと思った。もちろん、周知のとおり、ブライトコップ社にしても、ベートーベンの時代にはもう存在したわけであるし、ベートーベンの悪筆もまた有名であるから!

緩徐楽章も、やはり対位法の構築力で固めていた。しかし、この楽章ではそのくびきが一時的にしても解放される。その機微をちらりちらりと垣間見せる、メラーの繊細な手法にはやはり感心させられる。

【やはりこの作品は曲芸用】

とはいえ、たとえメラーがどんなに丁寧に演奏したとしても、この曲では、やはり最後は曲芸になってしまうのを避け得ない。この作品の演奏が、私にとってほぼ初めてのメラー「体験」であったことは、多分、不幸だったであろうと思う。改めて、しっかりしたプログラムで聴いてみたいものである。

« 今年度以降、このブログではLFJを推奨しません ~「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」公演中止に寄せて | トップページ | 義捐金もふるさと納税扱いに! »

ピアノ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/51390514

この記事へのトラックバック一覧です: シュテファン・メラー(モェラー) ピアノ・リサイタル ベートーベン 交響曲第9番(リスト編) 4/13:

« 今年度以降、このブログではLFJを推奨しません ~「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」公演中止に寄せて | トップページ | 義捐金もふるさと納税扱いに! »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント