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2011年4月20日 (水)

漆原啓子 デビュー30周年記念公演 ブラームス ピアノ四重奏曲第1番 @ヤマハホール 4/19 ①

【結びあう編み目たち】

私は音楽について語る場合、あらゆる意味で、コミュニケーション=関係ということを重視するのだが、その要素がもっとも輝くジャンルとして、室内楽とオペラが究極のものであると信じて疑わない。特に、デュオ、トリオ、クァルテットといった室内楽の最小単位は、実のところ、私たちがもっともよく音楽の本質について考え、感じ取るための、エキサイティングな装置にほかならないと思う。そこでは1人1人の音楽家が多分、自分ひとりで舞台に立つときよりも、はるかに厳しくその資質を問われるのであって、加えて、各々のもつ良心やセンスがどのように噛み合うかによっても、聴き手に与える影響はまるで異なったものとなってしまう。

特に、急造のグループで室内楽のコンサートをおこなう場合、その組み合わせが本当にうまく噛み合うことは稀であって、大抵は全員であわせて弾くよりも、一人ずつ進み出て弾いてもらったほうがはるかに幸福であるような、そんな気分になるコンサートが多いものである。室内楽は元来、suite のように、気軽に組み合わせられるはずの単位であるはずだが、プロの演奏会ともなれば、その性質はがらりと形相を異にする。

今回、このコンサートの主役で、ことしでデビュー30周年を迎える漆原啓子を中心に、チェロの向山佳絵子(vc)、鈴木康浩(va)、そして、ヤコブ・ロイシュナー(pf)という4人は、普段から常に行動を共にしているというほどではない。ただし、漆原・向山はハレーSQとしても活動、日本人3人についてはJTアートホールでの企画その他で共演して、まったく知らぬ仲でもなかっただろうし、一緒に演奏した経験も1度や2度ではなかったであろうとは思う。そして、漆原とロイシュナーについては、ドイツなどでデュオ活動を展開しているそうである。こうした編み目がきれいに結び合って仕上がった、良質なパフォーマンスを楽しめた。

私は漆原の演奏に接するのは初めてだった、失礼ながら、これほどまでに濃密なコミュニケーションの楽しめる演奏会になるとは意外であった。本当に、素晴らしいコンサートであった。

【愛すべき静寂のなかで】

演奏会は東北・関東大震災の被災者への献奏という形で、有名なバッハの管弦楽組曲第3番の「エア」を弾くことで始まった。多くのオーケストラが弦楽合奏で演奏するなか、ヴィルヘルミによるG線上への編曲で有名なヴァイオリン&ピアノ・ヴァージョンで聴くのは、少しばかり新鮮だ。演奏後の黙祷はやや長めで、2分ばかりも続いたように思う。コンサート・ホールの役割は、そこで鳴らされた響きをよりよく客席に伝えることと、無駄な外部の雑音を排除することである。こうして黙祷をおこなう場合、後者の役割は本当に痛切な雰囲気をつくるために有益である。私は密かに、この沈黙を愛しているのかもしれない。

【チャイコフスキー ピアノ・トリオ】

さて、本編は当初発表の演奏順をひっくり返して、チャイコフスキーのピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」が最初に演奏された。周知のとおり、モスクワ音楽院の創始者である兄をもち、音楽の方向性ではチャイコフスキーとは時折、意見の対立をみたりもしたが、大体において良き理解者でもあった名ピアニスト、ニコライ・ルビンシテインを悼んで作曲された作品である。このような時局にも、ぴったりくる作品のひとつであろう。私はこの曲がとても好きであるが、以前、安永徹夫妻と石坂団十郎のトリオの演奏により素晴らしい体験をしてからというもの、ずっとしまってあった作品である。久しぶりに聴いたが、やはり曲がいい。

【アンサンブルの積み上げ】

3人のなかで、ロイシュナーの音色はこの作品にとっては、いささか頑丈すぎる。リュベックやワイマール、ケルンの音大でプロフェッサーを務めるロイシュナーは、実にタフであり、カチカチとした拍節感をもつ精度の高いピアニストだといえる。その彼がチャイコフスキーを弾くと、ときどきショスタコーヴィチのような力強いスピントが加わってしまい、ヴァイオリンやチェロの響きと溶け合わない・・・というか、必要以上に硬質にしてしまう場合があったのである。その点、後半のブラームスのほうがずっと相応しいだろうと思われた。

しかし、いま、さりげなく断っておいたように、問題点は「ときどき」出るだけなのであって、その点、私があまりに細かく見すぎているだけなのかもしれないのだ。特に、第2楽章のヴァリュエーションともなれば、3人の響きがそれぞれの変奏がもつ性格と徐々に溶け込んできて、アンサンブルのフレキシブルさが上がっていったのも確かである。特に最終変奏からコーダに至る部分では、最初の主題が浮かび上がってくるまでに、コツコツと盛り上げて深いクライマックスを築くまでの、3人の響きの積み上げが粘りづよく、鋭く張りつめた響きにもかかわらず、適切な右上がりの勾配で組み上げられていく力加減の見事さに感動を覚えた。

【漆原の印象】

肝心の漆原は、いわゆる古楽器奏法にちかい抑制されたヴィブラートによる演奏を主体としており、ある意味で、爽やかな現代風の響きで固めている。ただ、テンションは高く、響きにも華があって、ダイナミズムは腰高である。バッハの「エア」でも印象的だったように、特に中・低音の響きのコクが深いのが印象的だが、高音は通りがよく、鋭さがある。この作品では、その高音の響きに若干の問題があった。というのは、低音ではずっしりと余韻が響いてまったく問題にならないのであるが、高音では僅かに響きの保持が甘いように聴かれ、時折、響きがツンケンとして詰まってしまう印象があったのだ。

敢えて難をいえばそういうことになるが、全体の印象からすれば、重箱の隅をつつくようなことになりかねない。例えば、第11変奏の上品で張りつめたヴァイオリンの音色などは、それだけでお釣りが来そうなたおやかさである。

【偶像としてのルビンシテイン】

そのほかの部分では、やはりルビンシテインへの想いが感じ取れる部分の演奏が優れていた。例えば、それは見事なフーガで構成される第8変奏であろう。ここではロイシュナーのきっちりしたリードが効いており、漆原と向山の息のあった押し引きにも聴きごたえがあった。ただし、単にフーガ変奏をきっちりこなすだけではなく、後半、徐々にイロニーが加わっていくときの3人のテンションが非常に興味ぶかいものであった。

チャイコフスキーはここで、もちろん、彼の知己で、亡くなったルビンシテインを問題にしているのだが、この音楽に耳を傾ける限り、そのルビンシテインとは実のところ、その亡骸となった人物その人であるというよりは、より理想化された歴史的大成者の姿だったのではないかと思わざるを得ない。

その証拠に、チャイコフスキーは伝統的な対位法に基づく厳格な書法を好んだルビンシテイン本人については、既に述べたように第8変奏でアイロニカルに描いており、一方、その直後の第9変奏ではシューベルトの歌曲にみられるような深い哀愁と、ピアノの粘りづよい音型を書きつけているという具合である。さらに、ロッシーニのような息の長い旋律の膨らみを描いてみたり、モーツァルトのようなシンプルな歌のラインを浮かび上がらせてみたり、フランクの循環主題を取り入れたような粘りづよいフレーズを書くなど、実に手が込んでいるのである。ニコライがいかに素晴らしいピアニストであり、作曲家であったとしても、これほどのものを背負い込めるような資質に恵まれていたとは思えない。

【夢から現実へ】

しかし、最後にもとの主題が回帰したときに、我々は一気に、その夢心地から蹴落とされることになる。その圧倒的な哀しみを大きく燃え上がらせる3人のパフォーマンス、その歌ごころの凄まじさは、全員がソリストであるような・・・このような組み合わせの特徴が、最大限に生きたポイントである。特に、常に深くて、ロマンティックな響きをつくり、コクのあるアンサンブルを支えた向山のパフォーマンスには参ってしまった。漆原との相性の良さは、2人が響きを合わせてユニゾンするような場面で明確である。

最後は、ロイシュナーがこんなに長かったろうかと思われるほど、あとを引き摺る後奏をつけて幕を引いた。その歩みはニコライが亡くなってもなお、彼らの心臓のうえで歩みつづけるであろうことを言っているのか、あるいは、その喪失のなかでも、歩みつづけていかねばならない自分たちのことを言っているのか、よくわからない。そして、そのわからないことが、なおさら哀しいことであるということに、私は思い当たった。

この雰囲気のなかで、早すぎた一部聴衆の拍手はあまりにもデリカシーがなかったが、そんなことで揺らぐようなヤワな表現ではなかった。問題もありながら・・・私のセンスとは若干、ずれるものを感じながらも、それでも、ノック・アウトされずには済まない逞しさのある表現であり、こんなにいいものを聴けるとは想像もしていなかっただけに、嬉しい裏切りであったと思う。

(②につづく)

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