2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

« メナヘム・プレスラー シューベルト D960 ほか サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 6/16 ② | トップページ | マクミラン版 プロコフィエフ ロメオとジュリエット マトヴィエンコ&小野組 新国立劇場(バレエ部門) 初日(6/25) ① »

2011年6月22日 (水)

モルゲンシュテルン・トリオ スメタナ ピアノ三重奏曲 (Azica Records)

プレスラーに象徴されるように、私はアンサンブルのピアニストが好きである。トリオ・ヴァンダラーのヴァンサン・コック、ガブリエル・ピアノ四重奏団の金子陽子、ベートーヴェン・トリオ・ボンの濱倫子、レヴァン・フランセにおけるエリック・ル・サージュ、ピーター・ドノホー、蓼沼恵美子、市野あゆみ、服部容子・・・。そのコレクションに、新たに加わりそうなのが、モルゲンシュテルン・トリオの紅一点、キャスリーン・クリッフェル(Catherine Klipfel)だ。

【モルゲンシュテルン・トリオ】

モルゲンシュテルン・トリオはドイツ・エッセンの大学に通っていたメンバーによって、2005年に結成されたキャリアの浅いトリオであるが、ミュンヘンのARDコンクール第2位(およびオーディエンス賞)を筆頭に、既に世界的なコンペティションで素晴らしい実績を上げてきた。私がこよなく愛するベートーヴェン・トリオ・ボンとはほぼ同世代であり、強力なライバルである。上のコンペティション実績は、トリオ結成からわずか数年の間に掴んだものであり、ベートーヴェン・トリオ・ボンと同様に、運命に導かれたトリオというべきだろう。

NMLで聴ける録音は2つあり、Telosレーベルからは正統派のベートーベンとブラームス(デビュー盤)。今回、おもに紹介するAzica Recordsレーベルからは、スメタナ、ショスタコーヴィチ、バーンスタインという風変わりなプログラムが収められている録音が出たばかりだ。

トリオは若いが、安定感が高く、既に完成した音楽性の持ち主といえる。しかし、まだ手探り状態のところもあったデビュー盤と比べると、2枚目の録音にみられる最近の成長は目を瞠るばかりである。デビュー盤ではこぎれいな、ムードのいいアンサンブルでしかなかったものが、この短期間に自分たちの個性をはっきりと確立し、響きのなかに色濃く反映できるようになっている。特に、弦2人の成長が著しく、元来、クリッフェルのもっていたダイナモの素晴らしさを生かせるような響きの弾力性を育て、表現への揺るぎない意志を表に出せるようになってきた。

そして、クリッフェルはといえば、その端正でハキハキした響きの特質はそのままに、より艶やかな響き、瑞々しい詩情を身につけて、録音の随所に際立った響きを聴かせている。そういえば、Azicaの録音で取り上げられたスメタナ、ショスタコーヴィチ、バーンスタインはともに、(作曲家ならばある程度は当然としても、)優れたピアニストとしても知られている人たちであり、このラインナップからみて、やはりトリオがクリッフェルのピアノを引き立たせるような・・・というよりは、その優れた表現力なしには残せない録音に取り組んだことは明らかである。

この録音では、真ん中にショスタコーヴィチのトリオ(第1番)を挟むが、本質的には、スメタナとバーンスタインのダブル・メインとみられる。

【バーンスタインのトリオ】

指揮者、ピアニスト、教育者としても知られるレナード・バーンスタインの作品は、この時代にあっては、もちろん、かなり古色蒼然たる保守的な作風である。作曲史的にはさほど価値がないとしても、時代を考えなければ、トリオの作品としては十分に魅力的だろう。ピッチカート・アンサンブルに始まるスケルッツォ的な第2楽章は、カントリー・ミュージックやジャズのテイストを織り込んだバーンスタインらしいものだが、最初のピッチカートやピアノの展開を聴いていると、2曲目に演奏されたショスタコーヴィチの影響も相当に受けていることがわかる。それは終楽章の序奏のあと、主要な部分に飛び込んでいくときの雰囲気からも感じ取れることだ。

さて、モルゲンシュテルン・トリオの演奏は、こうした対応関係を素直に引き出し、バーンスタインが本質的にもっているアイロニーの精神を、大胆に引き出したものである。とはいえ、それは大げさで、誇張的な身ぶりで表現されているわけではなく、しっかりした構造の把握と、その繊細な表現に基づくものである。

この作品に限らないが、モルゲンシュテルン・トリオの表現を貫くひとつの特徴は、そのダイナミクスの幅広さであろう。いま申し述べた後者の要素には、これが大きく力を貸している。例えばバーンスタインの第2楽章冒頭部分では、弦も、鍵盤もちょっと手先で触れただけのような、しかし、ほんのりとふくよかに響く優しさを使っている。これをミニマムに、次のカントリー風のシーケンスではベースよりもやや強めの響き、それもレガートを用いた滑るような響きから、徐々に硬質な響きへとシフトしていく。強音は総じて、やや硬くなる特徴があり、これが唯一、彼らにとっての目立つ課題であろう。その強音を f → ff に漸次上昇させ、次第にがなり立てるように使って、一気に抜いてスケルッツォを締めることでイロニーは倍増する。

単に音量だけではなく、音の質に注目したダイナミクスの幅、その繊細なコントロールこそ、モルゲンシュテルン・トリオのスペシャリティであることに注意したい。バーンスタインにおいては、このようなトリオの良さを素朴に溶け込ませた感じがあった。

【スメタナのトリオ】

しかし、白眉はなんといっても、スメタナのトリオである。まず作品冒頭のヴァイオリンによる序奏部分(第1主題)に注目したい。多くの録音では、この部分に作品の悲劇的な特徴を重々しくも注ぎ込み、そこから全体を組み立てるような感じになっている。さらにアジテートが深まる表現もあれば、いちど退いてから、再び表現を盛り立てるやり方もある。

ところが、モルゲンシュテルン・トリオは mp くらいの強さで、しかし、決然と歌うという選択に切り替えた。そのことで悲劇性は薄まるわけではなく、チェロとピアノが入り、僅かにクレッシェンドして入ってくるとき、その感情は自然に引き出され、次のクレッシェンドでまた高まり、ピアノの情熱的なフレージングで圧倒的に高まるのである。初めから悲劇の強さを強調した解釈では直情的な、ある種のデフォルメと感じられるものが、この解釈ではより自然な、感情の発露として響きが受け取られる。

しかし、そこで重要となるのは、クリッフェルの奏でるピアノのドラマティックさであるが、その点については、トリオは何の懸念もしていないことだろう。ゆたかな情感に基づくピアノの熱いラインは、些細な修飾音をも大真面目に捉え、ややいびつではあるが、ヴァイオリンやチェロの描く涙の響きを貫いて、作品を推進させる。力を抜き、もはや哀しみの乙女が寂しく佇む最初の区切り。だが、哀しみは波動的に、何度も行きつ戻りつするのである。

優しい紳士の「思い出」のような第2主題が現れたあと、対位法的な構造を取り入れていくあたりの筆致も巧みに表現する。対位法の表現は硬質で、それと対立するようなロマンティックな響きの質と鋭く対置されている。先ほどもすこし述べたように、こうしたいびつさというものを、モルゲンシュテルン・トリオは排除しない。むしろ、それをアテンションに使い、作品を昇華するためのエネルギーに変えているかのようにも思える。

主題の扱いはいくぶんライトモティーフ的でもあり、それらが衝突する中程の部分では、ワーグナー的な響きの厳しさが見受けられ、トリオの演奏もオーケストラ的に高まっている(ここで難をいえば、若干、ヴァイオリンの響きの薄さはその構造に見合っていない)。そのあとのショパン的な旋律を奏でるピアノの甘い響きには、クラリとさせられる。上に述べたような主題を用いたドラマ構造は中盤から露骨になってきて、それがソナタ形式の再現などと組み合わされて、作品の印象を決定する。モルゲンシュテルン・トリオの真骨頂は、こうしたところに現れているのかもしれない。

コーダはブリッジからつづくロッシーニ・クレッシェンドのような構造を、例の幅広く、豊富な質のダイナミクスでうまく捉えている。

第1楽章について詳述したが、そのことであとの2楽章については割愛ができる。とにかくモルゲンシュテルン・トリオの素晴らしいところは、構造に基づいた作品のもつ呼吸を自然に、技巧的なものと組み合わせて、効果的に発揮できるということである。そして、その中心に常に輝いているのは、クリッフェルのピアノであった。彼女は上に述べたショパン的な旋律など、いかにもピアノ的な特徴を穿つ部分の美しさに加え、バーンスタイン作品の第2楽章、冒頭にみられるような弦の響きとの溶け合わせについても、かなり良い線をいっているように思われる。

メナヘム・プレスラーの妙技のひとつは、ピアノを叩きながら、弦の響きが出せるというところにあったことを思い出してほしい。クリッフェルはまだ、その域まで完全に達したとはいえないものの、部分的に、そのクオリティを掴みかけているのは確かであろう。

【アンサンブル名の由来】

モルゲンシュテルン・トリオは、まだ結成から5-6年。そのなかで、非常に恵まれた環境を得ているのは間違いないが、その成長力はまだまだ感じられる。若いアンサンブルを聴く楽しみは、そんなところにもある。いずれ、ドヴォルザークのトリオなども聴かせてくれるだろうが、そのときが楽しみだ。

なお、アンサンブル名の「モルゲンシュテルン」は、詩人のクリスティアン・モルゲンシュテルン(AD.1871-1914)からとったものであるそうだ。モルゲンシュテルンの詩からは、ツェムリンスキー、ヴォルフ、リヒャルト・シュトラウス、ヒンデミットなど、独墺圏や北欧、その他の作曲家が近代以降、様々にインスピレーションを得てきた(例えば、キルピネンの歌曲『死の歌』 op.62 はこちら歌詞はこちら)。詩人の歿後90年のメモリアルは、トリオ結成の1年前、2004年に当たっているが、これにちなんで、モルゲンシュテルン・トリオと名乗ることにしたということである。モルゲンシュテルンは特に、イロニーのつよい滑稽的な詩によって知られているということらしいが、あまり読んだことはないので、今後の勉強課題である。

« メナヘム・プレスラー シューベルト D960 ほか サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 6/16 ② | トップページ | マクミラン版 プロコフィエフ ロメオとジュリエット マトヴィエンコ&小野組 新国立劇場(バレエ部門) 初日(6/25) ① »

NML 聴取ログ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/52008968

この記事へのトラックバック一覧です: モルゲンシュテルン・トリオ スメタナ ピアノ三重奏曲 (Azica Records):

« メナヘム・プレスラー シューベルト D960 ほか サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 6/16 ② | トップページ | マクミラン版 プロコフィエフ ロメオとジュリエット マトヴィエンコ&小野組 新国立劇場(バレエ部門) 初日(6/25) ① »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント