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2011年8月14日 (日)

第2回定期演奏会 「音楽といのち」

前回からスタートした「定期演奏会」第2回のテーマは、「音楽といのち」とした。テーマはすぐに思いついたが、命をどのように語るべきかについて、私のような未熟者には難しすぎる課題である。多分、このテーマはすこし形を変えて、繰り返し、この演奏会のなかで考えることになるはずだ。

【プログラム】(→NMLページへ
1、ロッシーニ シンフォニア~歌劇『セヴィリャの理髪師』
 (T.セラフィン指揮ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ響)
2、パイジェッロ シンフォニア~歌劇『奥様女中』
 (P.ヴァリエーリ指揮ミラノ室内管)
3、シャブリエ 狂詩曲「エスパーニャ」
 (H.ニケ指揮モンテカルロ・フィル)
4、ルーセル バレエ音楽『蜘蛛の饗宴』
 (A.ルーセル指揮ベルリン・シュターツ・カペレ団員)
5、ドヴォルザーク 序曲「謝肉祭」
 (V.ターリヒ指揮チェコ・フィル)
6、ワーグナー 第1幕への前奏曲~歌劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』
 (G.レーヘル指揮ブダ=ペスト響)
7、桑原康雄 日本の秋の唄
 (D.テヴェス指揮 Mulheim Orchestra of Plucked Instruments)

今回、「いのち」と聞いて最初に連想した作曲家はロッシーニだった。この思いつきは、確かに当を得たものであると思われたので、演奏会の冒頭に、歌劇『セヴィリャの理髪師』のシンフォニアをもってくることを、いちばん先に決めた。そして、この発想から直ちに、私は舞台音楽というものの輝きのなかに、「いのち」の意義を見出すことを考えたのである。私はここから、イタリアを起点に、欧州をぐるっと回転する旅のなかで、「いのち」について考えることをも構想した。まずはベルカント・オペラ専門の歴史的名指揮者、トゥーリオ・セラフィンの録音でエンジン点火といこう。

ここからの展開で真っ先に思いついたのは、ナポリからスペインに渡って活躍したアレッサンドロ・スカルラッティと、その息子のドメニコの作品を入れることだったが、残念ながら適当なものが発見できなかったため、発想を切り替えて、ロッシーニと同じ素材で作品を書いたパイジェッロの登場を促すことで落ち着いた。彼の歌劇のシンフォニアのなかに、私は『奥様女中』を発見した。この題名で有名なものにはペルゴレージの作品があるが、パイジェッロは同じ素材であとから作品をつくり、その大看板を乗り越えたという。そして、その歴史は彼自身の作品について、ロッシーニが同じように超越的な作品をつくったということで繰り返され、ここに面白いアイロニーが生まれたのである。

次に、スペインからピレネー山脈を越えて、フランスへ渡ることは、もちろん、容易に思いつくであろう。そして、フランスの作曲家で、スペインと関係の深い者としては、ラヴェルやビゼーなどが思いつくところだ。しかし、そのほかに私の愛するシャブリエもいる。彼のもっとも有名な作品、狂詩曲『エスパーニャ(スペイン)』はリズミカルで活気に満ち、正に「いのち」そのものを表現する作品であろうと思ったので入れた。私の手もとにもあるエルヴェ・ニケの鮮やかな録音を選んだ。

ここまでの流れで、私は知らず知らずのうちに、人生の肯定、明るさのなかに「いのち」を見出す視点に傾いていたようである。私は今回については、その傾向を押し通すことを決めた。

フランスでは、ここからどこにでも行けるような切符を得るために、ひとひねりしてルーセルの作品を取り上げたつもりである。『蜘蛛の饗宴』と『バッカスとアリアーヌ』のどちらをとるかは迷ったが、NMLにはルーセルによる自作自演の録音があり、これは面白いと思ったので入れてみた。そして、この作品によって、私たちは初めて、「いのち」のもう一端にある死へとつながる道を見出すことができるだろう。

列車は無事、チェコに辿り着いた。ルーセル先生からもらった割符を手に、誰のもとを訪ねるべきかについては迷いもあった。ヤナーチェクやマルティヌーのところへ行くのが、きっといちばん喜ばれる。しかし、私にはこの旅を最後、私たちの母国で終える構想があったので、その乗船券を手にするためにも、やはりドヴォルザークのところを訪れるのがいちばん自然だと気づいた。近年、日本でも一定以上の人気を得たエリシュカ翁も尊敬するヴァーツラフ・ターリヒ指揮の音源で、序曲『謝肉祭』をお送りすることにする。

欧州を離れる前に、私はいちどドイツを訪れることにした。こうした場合、ワーグナーのところを訪れるのは、当然の礼儀のように思えたからだ。実際、彼は支持者のニーチェ青年がちょっと疎遠にしたりするだけで不安になり、風当りを強めるような人物であったということである。『マイスタージンガー』第1幕への前奏曲は、正に「生きている!」という音楽であろう。この作品の録音にはカラヤンやベームなど、古今東西の様々な「巨匠」による録音もあったのだが、1946年生まれのハンガリー人、ジェルジ・レーヘルの録音に大胆で思いきった解釈のものがあったので、敢えてこれをチョイスしてみた。

最後にこの演奏会を、日本人の作品で締める構想は困難を窮めた。そもそも録音が少なく、だからといって、武満徹や三善晃をかけるのでは芸がないだろう。近年の国際的な売れ線である細川俊夫も、私好みとは言い難いものがあるし、ナクソスから出ている邦人作品選集もやや傾向に偏りがある。私の知っている作品で、これはというものもリストにはなかったりするから、なかなか難しかった。室内楽や器楽の録音はわりに多いのだが、管弦楽や舞台芸術に関するものはあまり見当たらない。しかし、諦めずに日本人の名前のものを片っ端から聴いて見つけたのが、桑原康雄によるマンドリン・オーケストラのための作品であった。

元来、国際的なマンドリン奏者として著名な彼の作品には、例えば、湯浅譲二が言うような新しさは微塵もみられないが、今回は新しさを探す旅ではない。彼の作品から聴こえてくるラテン世界の響きは、北欧という透明なフィルターにかけられて、今回の旅を静かに思い出させてくれるだろう。この作品には、イタリアやスペイン、北欧のほか、日本を含むアジア、それに欧州古典の故郷であるギリシアなど、様々な音楽が実にバランスよく混合されているし、ポップスへの抜け道も用意されている感じがする。ややエネルギーは小さくなるが、この作品で旅を終えるのも一興だろう。

以上のようなプログラムを、楽しんでいただきたい。次回は室内楽を取り上げたいと思っているが、テーマは「柔よく剛を制す」の予定である。

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