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2011年9月25日 (日)

半澤朝彦監修 日本近代音楽館によせて 明治学院コンサート・シリーズ 第32回 9/25

【日本近代音楽館】
明治学院大学国際学部の准教授、半澤朝彦は、東都大(現在、首都大学東京)名誉教授のご子息で、北大の専任講師を経て、現職に収まっている。専門は国際政治(歴史)学で、とりわけ英国の帝国主義の専門家ということである。ところが、この人物、パリで6年間も学び、チェロ演奏で英国のギルドホール音楽院でディプロマを得たというほど、音楽にも打ち込んだ経歴をもつそうだ。その半澤准教授の監修でおこなわれている明治学院大学のコンサート・シリーズの第32回は、「日本近代音楽館に寄せて」と副題がついた。

日本近代音楽館は長く、評論家の遠山一行氏の設立した財団によって維持され、日本の(西洋)クラシック音楽に関する様々な資料を保存し、その歴史を後世に伝える役割を果たしてきたが、そこが2010年に諸事情により閉館。そこで保存されていた資料の多くは、明治学院大学に寄せられた。大学は図書館の付属施設として「日本近代音楽館」を増設することを決め、準備が整えられた。現在は開架制ではなく、音楽研究・調査を目的とする人のために、予約に基づき資料が閲覧できるようになっているとの次第である。HPによれば、収蔵品は次のようなものである。

1. 図書、雑誌、楽譜、録音資料(SP、LP、CD)など出版物
2. 山田耕筰、橋本國彦、芥川也寸志、武満徹をはじめとする作曲家の自筆譜や初版譜、原稿、初演記録などの関係資料、大田黒元雄、富樫康など研究・評論家の蔵書、および安川加壽子、岩城宏之等演奏家の活動記録を収めた記念文庫、コレクション
3. 作曲家の自筆譜を中心とする、館外所在の作品資料を収めたマイクロフィルム
4. 明治期より今日に至る国内演奏会のプログラム

【このコンサートについて】
さて、今回の演奏会はそれらの資料にも含まれるであろう曲のうち、半澤准教授のセレクションで3曲が演奏され、ラフマニノフ、モーツァルトの作品と合わせて演奏された。クァルテットは寄せ集めで、半澤自身もチェロで参加する。ほかに、竹内弦楽四重奏団のファーストである印田千裕が参加、もう1本のヴァイオリンは竹内弦、ヴィオラは渡邉智生。無料公演である。

【ラフマニノフの保守的な基礎力】
露払いは、ラフマニノフのト短調の弦楽四重奏曲(未完)の演奏であった。これは1896年ごろの作品といわれ、当時、ラフマニノフはデモーニッシュな交響曲第1番の不評に苦しんでいたようだ。作品はいかにも習作的なもので、私には今回のクァルテットによる演奏を聴くかぎり、フランス音楽、例えばドビュッシーなどの影響がつよいように思われた。未完とされるが、アンダンテ・エスプレッシーヴォによる最初の楽章のあと、アレグロ・スケルッツォを演奏するだけでもある程度、形式にはまとまりがついており、これでおわっても特に大きな違和感はない。例えば、『序奏とアレグロ』などと名付ければ、それはそれで通用しそうである。

とはいえ、ラフマニノフには完成した弦楽四重奏曲のレパートリーはなく、室内楽全体にわたっても明確なイメージがないが、その作風はきわめて保守的で、こうした基礎を使い、強靭な構造と響きをもったラフマニノフの交響曲や協奏曲がつくられていると思うと、とっても不思議な感じがする。なお、旋律はさほど目立たず、フランス的な響きの色つやに注意が向いていた。

【技巧に頼らない名技性】
半澤の長いコメントのあと、佐藤敏直の『2人のヴァイオリニストのための「天空によせる歌謡」』が演奏された(印田&竹内)。佐藤は1936年生まれ、清瀬保二の弟子で2002年に亡くなった。この作品はヴィルトゥオージティの高い作品で、クライスラーあたりの影響が顕著である。作品は単一楽章の短いものであるが、それは4-5の部分によって成り、第1ヴァイオリンによる長めの序奏、第2ヴァイオリンのピッチカートにより合いの手が入る部分、その反転、2つのヴァイオリンの共演部分と穏やかなコーダという感じなっている。

既に述べたように、この作品はヴァイオリンのヴィルトゥオージティを素直に引き出すための作品として構想されたように思えるが、ああでもない、こうでもないと磨き込んでいく段階で、かえって響きが厚っぼたくなり、シンプリシティを喪ったような感じを抱かせる。ただ、これはあながち失敗だと言っているわけではないことに注意してほしい。また、いま、クライスラー風のヴィルトゥオージティのある作品だと書いたが、これも誤解のもとになりかねないので付言しておく。多分、佐藤は同じ名技性を狙った作品であっても、従来、イメージされてきたような難技巧たっぷりの悪魔的な作品ではなく、より穏やかなヴィルトゥオージティ、つまり、楽器そのもののもつ響きの豊かさを引き出すような方向で、純粋音楽を書きたいと願ったのであろう。

それは、冒頭の序奏におけるヴァイオリンの爽やかな高音の表現によって、ハッキリと感じられる。難技巧は、さほど出てこない。しかし、音の動きなどは十分にトリッキーで、伸びやかに響きが拡張されていく。序盤のカラフルな響きなどはスクリャービン的で、色彩的である以上に、すこし謎めいている。途中でオスティナートのような動きもみられるし、非常に豊かな曲想が含まれている。それを印田と竹内が、多彩な弓のコントロールなどでさりげなく織りなしていった。

【メンデルスゾーン、シューマンに連なる山田作品】
3曲目は、山田耕筰によるト長調の弦楽四重奏曲第2番。アダージョのごく短い序奏に始まり、アレグロ・モデラートの主部による単一楽章のみによって構成される作品は、山田にとってごく初期の作品である。完成した作品というよりは、それを構築していくときに仕上がったひとつの断片のような形になっていた。半澤は繊細なところがシューベルトに似ていると言ったが、バロック的でゆったりした謎めくような和声の混沌から、快活なアレグロに切り替えていく流れはメンデルスゾーン・シューマン的なものである。さらに響きの表情の明るさや、スムーズで柔らかい構造の優しさがよく似ている。

帰ってから調べてみると、山田はベルリンでマックス・ブルッフに師事している。ブルッフは、そのまた師であるライネッケを通じてシューマンやメンデルスゾーンにつながっているし、もうひとりの師、フェルディナント・ヒラーもメンデルスゾーンとは親しかったという。そういうことがわかるのは、私が特別に優れたクリティックだからではなくて、演奏家たちのパフォーマンスが、前の段で書いたような特徴をハッキリと表現に溶け込ませることができていたせいであろう。

【髙田三郎とプロコフィエフ】
4曲目は、合唱曲『水のいのち』などで有名な髙田三郎の弦楽四重奏のための「マリオネット」である。その題名からは、即座にストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』を連想させるが、序奏に漂う哀感などは、もろにそれであるように思われた。しかし、響きのうえではプロコフィエフの影響が顕著であり、ストラヴィンスキーの素材をプロコフィエフに書かせてみるというような洒落があったのかもしれない。それを中心にしながらも、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチなどの書法がチャンポンになっている。作品は6楽章で構成されるが、例えば、第4楽章の「冷たさ」はショスタコーヴィチのような響きのちぎれ方で表現されており、前の「優しさ」が、ゆったりした響きの膨らみで表現されているのと比べると、なるほど対照的である。

踊りの楽章(第2楽章の『お得意の踊り』と第5楽章の『憑かれた踊り』)は、プロコフィエフのバレエ音楽の影響が濃厚で、「憑かれた踊り」においてはオスティナートなども表れる。これは、先の佐藤の作品とも共通するところであった。後半楽章にいくほどその影響は露骨になっており、髙田三郎の正体見たりという感じであった。

【まとめ】
最後にモーツァルトが演奏されたわけだが、それは割愛して全体を振り返ってみると、ここで取り上げられた日本の作曲家の作品は、ほぼすべてが初期のものと言ってよく、時代が早いこともあって、作曲家個々の特徴というのは僅かに感じられるだけで、それほど明確ではなかった。一方、これらの作曲家が西洋の作曲家、とりわけ、ドイツ・フランスや、ロシアからの影響をまともに受けて、創作を始めたということがハッキリわかって興味ぶかい面もある。

演奏は、モーツァルト以外はとてもよかったと思われる。確かに、常設のクァルテットであれば、もっと抉れそうだという部分はあったにしても、政治学の先生が混じるような公演で贅沢を言うものではないだろう。ただ、誤解のないように言っておくが、確かに半澤はアマチュアの範疇ではあろうが、年若い音楽仲間と比べると、アンガージュマンは意外にふかく、思いきっていて、決して周りの足を引っ張るような感じにはなっていなかった。髙田作品でも、第1ヴァイオリンの印田とシンメトリカルな響きをつくるような場面で、きれいに影を抉っており、専門で、日々修養を積んでいく立場にあれば、もっとポテンシャルがあるのだということを感じさせる。

このなかで、特に魅力的な奏者は第1ヴァイオリンの印田千裕であろう。ホームページで聴くことのできるサンプル音源や、竹内弦楽四重奏団での演奏(ネット配信映像)から、アンサンブルではなかなか良さそうな人だと感じていたが、その予想を裏切らなかった。響きはすこし硬質なときもあるが、全体に表現が伸びやかで、音色にも艶がある。モーツァルトのときは、すこし響きがリッチすぎるように感じたものの、ファーストとして牽引力もあり、アンサンブルのなかで相手を感じられる奏者でもあることが大きい。

彼女のもつノーブルな味わいが、このアンサンブルにおける演奏を、一際、魅力的なものにしていた。クァルテット全体では、がならず、スッキリした響きを透明に流していくというスタイルで統一されている。内声の厚みなどはより増していきたいところであるし、要所における踏ん張りももうすこしあってもよいが、作品の味わいを伝えるには十分なパフォーマンスである。ただ、毎回、メンバーは変わるようである。

【次回予告、ほか】
紙や物質を収蔵する博物館(図書館)の開館にちなんで始まった「音の博物館」的シリーズだが、次回は11月、ハイドン、ベートーベン、ドヴォルザークの3強に、山田耕筰、貴志康一が絡むコンサートになるようだ。そのあいだに、バッハの『ゴルトベルク変奏曲』の弦楽三重奏版を中心にした10月のコンサートが挟まるが、私は日本人作品の回ごとに是非、足を運びたいと思っている。それに、次回も印田が出演する予定というのはありがたいことだ。

なお、譜面台や椅子の出し入れなど、多分、半澤のクラスのゼミ生?と思われる人がやっており、手作りのコンサートであった。会場の明治学院大学アートホールは、音楽専門ではないとはいえ、なかなか音響の良い数百席規模の手ごろな環境で相応しかったと思う。

【プログラム】 2011年9月25日
 1、ラフマニノフ 弦楽四重奏曲 ト短調
 2、佐藤敏直 2人のヴァイオリニストのための「天空によせる歌謡」
 3、山田耕筰 弦楽四重奏曲第2番 ト長調
 4、髙田三郎 弦楽四重奏のための「マリオネット」
 5、モーツァルト 弦楽四重奏曲第17番「狩」

 vn:印田 千裕、竹内 弦 va:渡邉智生 vc:半澤 朝彦

 於:明治学院大学アートホール

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